↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
支援術師の迷宮探索記  作者: 雨宮和希


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/31

1-20 臆病な冒険者

 ――率直に言って、死を覚悟した。

 サラ=アメジストにとって、猪人とはかつて越えられなかった壁だ。

 迷宮都市の外を旅していた時、ロベルトに連れられてサラが戦ったことのあるモンスターの中で、間違いなく最強の敵。討伐を果たすどころか追い詰められ、ロベルトに交代した屈辱が、サラの中に蘇る。同時に、恐怖の感情もせり上がってきた。

 ごくり、と唾を呑む。

 サラは楽観的な振る舞いをするが、それは内面の恐怖を誤魔化しているだけだ。

 強大な敵を前にすれば、相応に怯えを抱く。

 それが以前、負けたことのある相手ともなれば、平常心ではいられない。


「でも……」


 やるしかない。胸に手を当てて、深呼吸。いつになく体は充溢していた。

 きっとロイドの支援術の効果だろう。

 その支援が、サラの心にも影響する。


 ――わたしは一人で戦っているわけではないのだと、その温かさが教えてくれる。


 ギャリィ‼ と、後ろで金属音が響き始めた。

 戦いが始まったのだろう。同時にサラが相対している猪人も、動く。

 何も、倒す必要はない。サラがロイドに任されたのはあくまで時間稼ぎだ。

 それなら、いくらでもやりようはある。

 初手。猪人の振るう槍を、サラは大きく右に旋回するようにかわした。

 自分のイメージよりも速く体が動くせいで、若干大回りになってしまう。支援術の弊害とでも言うべきか、強化された体を基準に戦術を組み立てられない。

 だが、それは単なる経験不足――もっと言えば、ロイドとの連携不足だ。

 やっているうちに慣れるだろう。

 何より、自分のイメージと少しずれるとしても、速くなる方が良いに決まっている。

 左から迫るサラに、猪人はその槍を薙ぎ払った。

 その剛腕が、おそるべき威力を叩き出す。轟‼ と、風切り音が唸りを上げた。

 一撃でも受ければ、サラの体では致命傷かもしれない。もちろんロイドの支援術が防御力も底上げしているけれど、もともとサラの戦い方は攻撃を受けないことが前提だ。

 攻撃を受けた時点で、負けだと考えろ――。

 咄嗟に屈むことで、もともと低い身長を活かしてかわしたサラは、そのまま猪人の懐へと飛び込んでいく。最大の好機。ぐぐっ、と剣を引き絞った。


「破神流剣術二式――《雷剣》ッ‼」


 鋭い呼気。同時に、目にも留まらぬ速度でサラの剣が振り抜かれる。


「な……っ!?」


 だが、サラは想定外の事態に声を上げる。

 別に猪人が何かをしたわけではない。むしろ猪人は、懐に入り込んだサラの攻撃に反応できていなかった。けれど、猪人の剛毛は、サラの剣を堅く防御した。


「浅い……っ!」


 懐から潜り抜けたサラは、絶好の機を逃したことに舌打ちする。

 力が足りなかった。ロイドの支援で強化されてなお。サラの根本的な膂力がなかった。

 ゆえに、リスクを負って得たものは浅い斬り傷のみ。多少の血飛沫は舞ったが、当の猪人はけろりとした様子で槍を肩に載せている。

 直後に、その槍が振り下ろされた。巨体から弧を描いてサラへと肉薄する。

 体を右に振ってかわしたが、地面が爆発したように四散した。瓦礫がサラに直撃する。


「くっ……!?」


 腹部を痛めたサラは思わず膝をつくが、その時にはすでに猪人が踏み込んでいた。

 あっさりと、サラは追い詰められた。

 これが中層のモンスター。いくら破神流剣術四段の実力者でも、単独では互角以上。

 けれど――サラは冷静だった。



「……まだだよ」


 猪人は決着がついたと思っているだろう。

 だが、猪人の動きはサラに比べると鈍重だ。回避手段はいくつかある。

 思考の中で、状況を打破する手段を選ぶ。どれを選択すればもっと戦いで優位に立てるのか。


「――サラ!」


 その時、ロイドの声が聞こえた。

 同時に、猪人の顔に火属性魔法が炸裂し、よろめいてたたらを踏んだ。

 一瞬、ぼうっとしていたサラは慌てて立ち上がり、後退していく。

 すれ違うように、『奇跡の縁』のパーティメンバーが前に出ていった。


「あ――ありがとう」

「お互い様だろ」


 魔法使いのカールはサラの言葉を受け、端的に頷いた。

 後ろに目をやると、もう一体の猪人はすでに倒されていた。

 だからサラに手を貸すことができたのだろう。

 ロイドは少し焦ったような様子でサラに近づいてくる。


「サラ、傷は大丈夫か?」

「う、うん……まだ、戦える」


 サラはそう答えたが、ロイドは彼女の様子を見て苦々し気に言った。


「……いや、駄目だ。回復が必要だな」

「――ひゃっ!?」


 サラはびっくりして変な声を出してしまい、顔を赤くする。

 いつの間にかロイドの肩に担がれていた。


「退くぞ!」

「ちょ、ちょっとロイド、まだやれるのに……!」


 ロイドはそう言って通路の方に逃げようとするが、しかし『奇跡の縁』は退かなかった。


「こいつを倒してからの方が安全じゃないですか……!?」


 どうやら一体目の猪人を討伐したことで、自信がついたらしい。

 あれは綱渡りだった。

 ロイドの支援がなければ一気に崩れていたと、その自覚がないのだ。


「ロイド、わたしも一緒に戦えば、きっと倒せるよ!」


 サラはそう言ったが、直後にロイドの言葉の意図に気づく。

 ――この、足音は……。


「聞こえないのか!? まだ下から猪人が上がって来てるぞ!?」


 ロイドの叫びと共に、奥の通路から二体の猪人が一気に姿を現した。


「くそ……っ!?」

「なっ……!?」


 ものの数秒だった。

 信じられない事態を前に固まった『奇跡の縁』は、一気に猪人に囲まれる。

 総勢三体。その威圧感は尋常ではなかった。

 まずは近くにいた『奇跡の縁』をじっくり狩ろうとしているのか、奥のロイドとサラには無関心だ。じりじりと、『奇跡の縁』との距離を詰めていく。

 このままでは、絶対に死ぬ。

 せめてサラたちの助けがなければ、包囲から脱することも敵わないはずだ。


「ロ、ロイドさん!」


 バートが悲鳴を上げてロイドを呼ぶ。だがロイドは顔を伏せていた。


「ロイド……まずいよ! 助けなきゃ!」

「無理だ」

「え……?」


 ロイドの呟きに、サラは唖然とした。

 彼はあくまで冷徹な瞳で淡々と言う。


「逃げよう。あいつらはもう――助からない。俺たちじゃ助けられない」


 それは確かに、現状を考えれば一面の真実であり。

 けれど、かつての青年を知っているサラにとっては、信じられない言葉だった。


 ◇


 ――冷静な判断を、下したつもりだった。

 助けられるものなら助けたい。それは、そうに決まっている。誰だって人の不幸を望んでいるはずがないのだから。けれど、今の俺とサラでは無理だ。

 何かしらの突破口を開くイメージが湧かない。

 脳裏に過るのは、サラが猪人に嬲られ、死んでいく光景だけだった。


「……っ!」


 ついに戦闘が始まった『奇跡の縁』の面々の必死な表情を見ながら、俺はただこの場から逃げる覚悟を決める。それはきっと、覚悟なんて大層なものではないけれど。

 もう二度と、仲間が死ぬのは御免だった。

 だから背を向けて駆け出そうとすると、サラが叫んだ。


「離して……!!」


 暴れる彼女を取り落とし、サラは地面に着地する。

 彼女は僅かに腹部の痛みに顔をしかめたが、直後に真剣な瞳で俺を見る。


「何で、逃げるの?」

「俺たちが行ったところで、死体が増えるだけだろ……!」

「そんなの、やってみなきゃ分からないよ」

「分かる。現にお前は、さっき傷を負わされた。俺たちだって綱渡りの勝利だった! それが、同時に四体なんて無理だ。だいたい、俺たちがそうまでしてあいつらを助ける理由があるのか? ……何の義理もない、さっき会っただけの連中を」

「――そうやって、自分を納得させるの?」


 絶句した。けれど、言い訳を重ねて正当化しているのは何より自覚していた。


「昔のロイドはそうじゃなかったよ。わたしを助けてくれたきみは」


 そんなことは言われなくとも分かっている。誰より俺が知っている。

 誰だって、死んでほしい人なんていない。助けられるなら――などと考えられる状態であったなら、俺は一も二もなく助けに向かっていたはずだ。

 けれど、それでも。俺は――怖かったのだ。恐ろしかった。

 たとえ今日知り合った者たちを見捨てることになったとしても。


「俺はもう、仲間を失いたくないんだよ……!」


 サラはそんな俺をただ、じっと見ていた。

 そして、そっと目を伏せた。


「……そっか。ごめんね、わたしが間違ってた。きみが変わってないって思い込んでいただけだった。――ロイドは、もうあの頃のロイドじゃないのに」

「サラ……?」


 要領を得ないサラの言葉に、俺は眉をひそめる。

 だが彼女は何も言わずに背を向けた。

 見ているのは、いまだ持ちこたえている『奇跡の縁』の面々。


「サラ、俺は認めないぞ。ここで逃げる。これはリーダーとしての命令だ」

「ロイド」


 そこでサラは蒼い髪を揺らして、肩越しに俺を一瞥した。

 今にも泣きだしそうな淡い色を灯した瞳が、俺を捉える。


「――わたしを、信じてほしい。きみが支えてくれれば、わたしが突破口を開く」


 その言葉が、脳裏でかつての幻影と重なる。炎のような赤髪の少女が俺を責めていた。


「俺、は……」


 答えられなかった。

 サラに俺の支援があれば、この状況を打破できると、そう言うことができなかった。


「リーダーとして逃げることを強制するなら、パーティはここで解消するしかない」


 初めて見る寂し気な微笑は、ひどく大人びているような気がした。


「サラ……」


 もう俺の言葉には反応しなかった。

 サラは剣を構え、苦戦している『奇跡の縁』のもとに突撃していく。

 最後に、一言だけ残して。


「今のロイドは――ただ臆病なだけだよ」

 

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。