1-2 冒険者ギルドにて
俺は荷物を背に、雑踏の中を歩いていく。
行き交う人々は、武装している者が非常に多かった。
そのほとんどが冒険者。
迷宮に潜り、モンスターを狩ることで生活している者たちだ。
言うまでもなく俺もその一人だが、この街にこれほどの冒険者がいる理由は単純だ。
この街の通称は迷宮都市マルグスリア。
世界最大の迷宮――マルグスリア迷宮を地下に有する巨大都市なのだ。
「さて……どうするかなぁ」
つぶやく。
フリーになってしまったわけだが、そうなると次のパーティを探さなければならない。
支援術師は一人では戦えない。
俺ができるのは、あくまで仲間の力を引き上げることだけだからな。
それに、ソロで迷宮に潜る物好きなんてそうはいない。
大抵は六、七人程度のパーティを組んでいる。
それ以上は数が多すぎて邪魔になるし、それ以下は少なすぎるというのが定説だ。
ひとまず俺は冒険者ギルドの方へ向かっていた。
ギルドが近づくと、いっそう冒険者の数が増え、ちらちらとした視線も感じるようになってきた。
まあ俺は仮にもこの街で最強と呼ばれた『勇気あるもの』の一員……だった。
『パーティのお荷物』呼ばわりされていたように、顔と名前はそれなりに知られている。
「おい、『勇気あるもの』の支援術師ロイドだぞ……」
「なんで今日は一人なんだ?」
俺が一人でギルドに顔を出すことは珍しいから、訝しまれているようだった。
「あれ、ロイドじゃん。どうしたの?」
そこで声をかけてきたのは、茶髪ショートカットで明るい口調の少女だ。
やたらと露出が多い恰好をしていて、拳には防護布のようなものを纏っている。
「ミレイか……相変わらずとんでもない恰好してるな」
彼女は武闘家のミレイ。
中堅パーティ『鋼の剣』の一員で、優秀な実力者だ。
ミレイは胸を強調するように前かがみになり、ニヤニヤしながら言う。
「あれれ、あたしの恰好が気になっちゃう? ロイドもそういうお年頃かな?」
「アホか」
軽く頭をはたくと、ミレイは「あたっ!?」とオーバーなリアクションを取る。
俺みたいな嫌われ者にもガンガン話しかけてくるコミュ力の高い奴で、ありがたくはあるのだが……いかんせん男をからかうような言動が多すぎる。
『鋼の剣』のパーティメンバーがみな硬派な男たちだからいいものの、他のパーティに所属していたら俗に言う『パーティクラッシャー』と化してもおかしくない。
「ていうか、何で一人なの?」
「『勇気あるもの』を追放されたからな。今日から俺はフリーだよ」
「ええ!? 本当に!?」
基本的にミレイの声がデカいので、いろんな人が俺たちの話を聞いていた。
俺が『勇気あるもの』を追放されたという話も、これで広まってしまうだろう。
いや、別にそれが嫌というわけではないけれど。
「そ、そっかぁー。じゃあ、次のパーティを見つけないとだね」
「そうだな」
俺が頷くと、周囲からクスクスとした笑い声が聞こえた。
ミレイは若干ムッとした表情をしたが、
「ミレイ、行くぞ」
「あ、うん!」
そこで『鋼の剣』のリーダーであるグランが声をかけてきた。
見た目は使い込まれた装備を身に纏った、ダンディなオッサンといった感じだ。
「うちのミレイが迷惑をかけたな。君も頑張ってくれ」
彼は淡々とした口調でそう言って、ギルドを去っていく。
ミレイも慌てたようにグランの後を追い、俺に手を振って消えていった。
これから迷宮に潜るのだろう。
『鋼の剣』は中堅パーティで、だいたい地下二十五階層あたりを狩場にしていたはずだ。
前はもう少し深くまで潜っていたが、最近はミレイ以外のメンバーが衰えてきているのでリスクを下げているのだとか。
「さて……と」
再び一人になった俺は、ギルド内の掲示板の方へと向かう。
ここにはフリーの仕事依頼と、パーティメンバー募集などの張り紙が張ってある。
ざっと目を通したけれど、支援術師を募集しているパーティはなかった。
どこも『ヒーラー募集中!』とか『前衛職求む!』とかは書いてあるけれど、支援術師という不人気職業を求めているパーティは存在しないらしい。
困ったな……。
最悪、しばらくはソロで迷宮に潜ってもいい。
けれど、俺の実力だと地下五階層あたりが限度だろう。
それ以上深く潜ればモンスターの強さに対抗できないし、荷物が増えすぎる。
仲間がいれば荷物も共有できるし、分担して持つこともできるんだが。
それに地下五階層程度の、いわゆる上層と呼ばれる場所のモンスターたちは弱く、あまり質の良い魔石が取れない。
つまりは儲からないということだ。
俺たち冒険者は、迷宮に棲みつくモンスターの核となっている魔石を狩り、それを売ることによって生活している。
魔石は魔力を内部に溜め込む性質があり、現代文明において重要なエネルギーの源だ。
いくらあっても足りることはない。
ただ質の良い魔石に限っての話だが。
質の悪い魔石は安値で買いたたかれてしまうので、生活できるような金は得られない。
「やっぱ募集するしかねえか」
昼間のざわつくギルド内で、俺は受付嬢に紙とペンを借り、『支援術師ロイド、仲間に入れてくれるパーティを募集中。報酬の配分などは応相談』の旨を書く。
そして、それを掲示板に貼り付けた。
今日は迷宮には潜らないらしい暇な冒険者たちが興味深そうにその紙を見やるが、馬鹿にしたようなふくみ笑いを漏らす。
「よぉロイド。フリーになったらしいな?」
早くも酒瓶を手にしている黒髪オールバックの大男が声をかけてきた。
「ああ。お前なんかの同類になっちまった」
「ハッ。ソロでやってる俺と寄生虫のお前を一緒にすんなよ」
「否定はしないが、相変わらず物好きな奴だ」
魔法剣士のギルバード。
剣、魔法、回復、支援と一人で何でもこなす万能職の天才冒険者。
わざわざ効率の悪いソロで迷宮に挑んでいる冒険者として有名だった。
その分、自信家で素行も悪いことでも名が知られているけれど。
「ハッ、俺様は俺様の力を証明する。そのために迷宮に潜る、仲間なんざ不要だよ」
不敵な笑みを浮かべるギルバードに、俺は肩をすくめる。
相変わらず俺の正反対のような奴だった。
俺が俺の力を証明するためには、信頼できる仲間が必須だというのに。
……とはいえ、こいつは嫌いじゃなかった。
ひそひそとバカにするような暗い連中と違い、はっきりと物を言う性格だからだ。
「俺と組むか?」
「テメェは話を聞いてたのか? 嫌に決まってんだろ」
「だろうな。言ってみただけだ」
俺は揺らがないギルバードに苦笑すると、身をひるがえす。
「帰んのか?」
「ああ。今日のところはここにいたってしょうがねえだろ」
もう昼になっているから、冒険者の大半は迷宮に潜っている最中だろうし。
どのみちパーティの新メンバーなんて大事な話を、すぐ決められるはずもない。
そんなわけで俺は今晩の宿を探すべく、ギルドから出ていくのだった。




