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天国を見に行きました。

 秋桜コスモスの花が咲いていた。良い香りがする。花に囲まれて、木造の建物がいくつか建っていた。俺たちがその一軒に近づくと、扉が開いてひとりの妙齢の女性が出てくる。


「あらあら。まあ、よく来たわねえ」


 その顔に覚えがあった。俺が小さなころに、よくお世話になっていた、病気で亡くなってしまった父方のおばさんだ。


「おばさん!?」


 俺は驚いた。


「久しぶりね、弘君。もうこちら側に来てしまったのね」


 おばさんは、すこし悲しげだった。


「はい。今は神さまになるために、いろいろと学んでいます」

「あら! 神さまを目指すの? 偉いわねえ」

「こちら、天照さまと、狐神の柚子です」


 俺は二人を紹介した。


「まあ! 神さまがこんなところにいらっしゃるなんて。家を片づけなくちゃ」


 おばさんが慌てたように言い、家の中に引っ込んだ。しばらくバタバタと家の中を片づける音がして、おばさんがひょいとまた外に出てくる。


「何もないところですけど、どうぞ!」


 おばさんは溌剌はつらつとした声で、俺たちを招いた。家の中に入ると、輸入家具のような、洗練されたデザインの椅子や机や、棚などがあった。


「天国に近づけば近づくほど、良い『気』をまとったものを具現化できるようになるんだ。それに、ここでは地獄と違って、我々の姿はふつうに誰にでも見える。地獄は現世に近いから、我々のような神や霊といった存在は見えにくくなるんだよ」と、天照さまが俺に言った。


「へえ……」


「さあさあ、椅子に座ってくださいな」と、おばさんがにこやかに笑う。


「天照さまに、ここが天国って聞いたんですけど、そうなんですか?」

「そうねぇ。ここではお金もいらないし、食べ物を食べる必要もない。欲しいものは何でも手に入るわ。わたしと同じ考えを持つお友達もたくさんいるし。それに、こちら側に来た有名なアーティストたちが今でも、演劇や絵画や音楽を無料でやってくれるから、それはそれは素敵な生活よ」


 そうだ。おばさんは、クラッシックや絵画、演劇などをたしなむひとだった。俺も、何度か子ども向けのお芝居を一緒に見に行かせてもらったことがある。高校に入って美術部に入ったのも、このおばさんの影響があったからかもしれない。


「やりたいと思えば、アーティストに弟子入りすることもできるのよ。わたしは今、刺繍ししゅうを習っているわ」

「へえ……」

「でもねえ。最近は、もう一度現世で経験を積みたいとも思っているの」


「なんでですか? ここは理想的なところじゃないですか。現世の苦労なんかしなくてもいいんだから」と俺。


「現世でしか経験できない、人生の学びを、わたしはちゃんとやってきたかしらと思うのよね」

「人生の学び?」

「そう。現世で何かと苦労をするのも、かけがえのない学びなのよ」

「はあ……」

「人生で悩むのは、本当は生きている人間の特権なの。ピンチはチャンスってよく言うでしょう。そうして迷い、苦しんだ後で経験を手に入れるのは、素晴らしいことなのよ」


 おばさんは微笑みをたたえたまま、答えていた。


「そういう、現世での経験を積みたい人には、また新たな人生が与えられる。今度は、迷い悩む人に手を差し伸べられるような存在として現世に生きることになるだろうね」と天照さま。


「立派なのです」と、柚子もおばさんのことをほめた。


「現世に戻りたいかい、工藤君。君の行く先を変えることもできるよ。君のおばさんのように、現世の経験をして、もう一度誰かのために尽くしたいと思うのなら、それは神さま、仏さまと、現世でも言われることになるだろう。そうした経験を積むのも、神への道だよ」

「いや……せっかく神さまになるって決めたんです、こちら側で出来ることを考えたいです」


 俺はその申し出を丁重に断った。


 大学受験に就職活動。俺はそれをやれなかったけれど、試されることなくこちら側に来れたのは、かえって良かったかもしれないと思った。受験を控えると、友だちとの関係もぎすぎすしたものになってしまうかもしれないし、就職だって、ちまたで言う、ブラック企業に勤めて心身疲労することになるかもしれない。それを経験せずに死んだのは、気楽と言えるかもしれなかった。


 そうだ。友だちの克也かつやは、今ごろどうしているだろう。神藤克也じんどうかつや。同じクラスで、よく学校の屋上で一緒に昼飯を食った仲だ。


「弘はまだ、今生の執着があるですね」


 柚子が俺に言った。


「……ばれたか。今、現世のことを考えてたんだ」

「あらあら。それならまだ、無理することはないわ。わたしももうすこしここでの生活を楽しむつもりだもの。弘君もじっくりと神さまになる勉強をするといいわ」


 おばさんが微笑む。なごやかな時が流れる。生前のことや、これからのことを相談して、すっかり俺は気が晴れた。


 出会って気持ちの良い人、というのは、神さまからの加護が厚い人なんだろうな。反対に、愚痴ぐちが多かったり、人生のマイナス面ばかり見る人というのは、周りの人も敬遠するようになるんだろう。


 逆境こそ笑え!


 どこかの小説で読んだフレーズを思い出した。俺も、天国のこの『気』のように、いつでもほがらかでいたいもんだ。


 神さまになるために!


「現世の気がかりなことが出来たようだね。様子を見に行ったらいい」

「はい。おばさん、ありがとうございました」


 俺はおばさんに礼を言った。


「じゃあね。弘君、立派な神さまになるのよ」


 俺たちは家の外に出て、秋桜の花畑を歩いた。おばさんはずっと、家の入口で手を振っていた。

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