Hollyhock
千歳視点
デビューからここまでを駆け抜けて来たHollyhock。メンバーもほとんどが人生の伴侶を得て、このタイミングで貰えた長期休暇。私は、朔を連れて里帰りする事にした。日本とオーストリアのどちらが故郷になるのかは悩む所ではあるけれど、両親がいる場所が私の故郷なのかなって思うんだ。
「ねむい……」
「眠いねー」
結婚する前の相談も結婚した報告も電話でしか出来ていなかったから、朔が家族になって初顔合わせなんだけど……大きな口開けて欠伸して、全く緊張していない様子の朔は大物なのかも。だって、奥さんの両親に会うのって緊張するものなんじゃないかな? というか、私は緊張でガチガチになる朔が見たかった。それを見て、大丈夫だよなんて言って励まして――なんてものを期待していたんだけどな、ちょっとだけ。
「千歳、おかえりなさい」
空港へ迎えに来てくれた両親。私は二人に駆け寄り、腕の中へ飛び込んだ。
「ママ! パパ! ただいま!」
ぎゅうっと抱き締められて、キスとハグを交わす。私の後ろからはのんびり朔がやって来て、朔も二人にキスとハグでご挨拶。慣れていない朔は、ちょっと動きがぎこちない。
「あら、朔は随分男前になったじゃない?」
「変わってませんよ」
「そうかな? 少し身長が伸びたんじゃないか?」
パパとママは朔を囲んで身長が伸びたっていうけど、毎日一緒にいるから私にはよくわからない。それは朔もみたいで、あんまり伸びた実感はないみたい。でも、初めて会ったあの時よりは確実に身長は伸びていて、体付きだって男の人って感じになったと思う。改めて言うのもなんだけど、朔ってカッコいい。
「どうした?」
まじまじと観察していた視線に気付かれて、私はあたふたと慌ててしまう。自分の旦那さんに見惚れていただなんて、恥ずかしくて言えないよ。
「惚れ直したか?」
「自意識過剰!」
にやりと笑われて、条件反射で即否定しちゃった。ちょっと自己嫌悪。そんな私の頭にぽんと朔の手が置かれた。見上げてみれば、柔らかな笑みが私を見下ろしている。わかっているから大丈夫って、言われたような気がした。
「……嘘。惚れ直した」
「そうか」
素直になったご褒美は、朔の嬉しそうな顔。この笑顔を見ると私の心臓はどきどきして、そこから温かな幸せが広がるの。
「四年も経てば色々変わるものね」
「それだけ経っていれば、二人が大人になる訳だ」
「やだ、パパとママも歳取ったみたい」
「それはそうだよ。人とは老いる生き物だからね」
直接顔を合わせるのは久しぶりだから話は尽きない。空港から家に帰るまでの車の中でもたくさんお話をした。休暇はまだはじまったばかりだけど、パパとママと話したい事がたくさんある。それは二人も同じみたいで、でも二人が話したい相手は娘の私よりも朔みたい。娘の旦那様の事って、やっぱり気になるものなんだね。
「二人共疲れたでしょう? ベッドの用意はしてあるから寝ちゃいなさい」
オーストリアの我が家へ帰り着いてすぐに出されたママの提案には、私も朔も即座に頷いた。飛行機ってとっても疲れるし、時間の感覚がおかしな事になっていて眠くて堪らないんだよね。シャワーを順番に浴びてから、私と朔はベッドへ倒れ込んだ。
「やばい。ねむ……」
「存分に寝よう。おやすみ、朔」
「おやすみ……千歳」
朔の声は既に半分夢の中。でも朔の腕はいつもするみたいに私を抱き寄せて、守ってくれるみたいに腕の中へ閉じ込める。私も朔の胸元へ擦り寄って、彼の寝息を子守歌にしながら目を閉じた。
目が覚めた時、朔が隣にいなかった。いつもは私が起きるまで抱き締めていてくれるのに、トイレかな? 朔が隣にいない寂しさに少しだけしょんぼりしつつ、私はベッドから起き出して朔を探してリビングへ向かう。
『おはよう、千歳。朔は慎吾が連れて行っちゃったわよ』
今は朔がいないからか、ママは私に英語で話しかけた。
『えー! 私そんなに寝ちゃってた? 起きたらデートしようと思ってたのに!』
日本では堂々と街中を歩く事なんて出来ないから、こっちだったらいつもは出来ない外出デートが出来るかなって期待していたのに……がっかりだよ。
『男同士のお話ですって。千歳は私と出掛けしましょう?』
ママからの誘いに、私は笑顔で頷いた。ママと会うのも久しぶりだし、母娘揃ってのお出掛けも久しぶり! 休暇はまだはじまったばかりだもん。朔とはまた明日にでもデートしよう。やりたい事、紹介したい友達、私がこっちでお世話になった人とか、通っていた学校だとか……朔を案内したい場所がたくさんあるんだ。お義母さんがしてくれる朔の子供の頃の話を聞くのが楽しくて、私はよく朔の実家へ顔を出す。一度、朔が通っていた小学校と中学校へ連れて行ってもらった事があって、昼間だと騒ぎになっちゃうから行ったのは夜で外から見ただけだったんだけど、朔本人から直接聞く思い出話もとっても楽しかった。だから私も、朔に私の子供の頃の話をしたいし、知ってもらいたい。
『千歳、こっちよ』
ママと出掛けた先は教会だった。今日は聖歌隊が練習している日だから、それを聴きに来たの。こっちに住んでいた頃はよく散歩がてら聴きに来たんだ。
『あれ? ママ、入口はそっちじゃないよ?』
『こっちなの。いらっしゃい』
ママの微笑みに導かれ、教会へは何故か裏口から入った。首を傾げつつもついて行った先、用意されていたそれに、私は息を呑んだ。
『千歳に着てもらいたくて用意したの』
そこにあったのはウェディングドレス。ベアトップのスレンダーラインのそのドレスには繊細なレースがあしらわれていて、くびれ部分を白い花がついたグリーンのリボンで縛るデザイン。
『ママに、あなたの花嫁姿を見せてくれる?』
『もちろんだよ、ママ』
思わず泣きそうになって、必死に堪えて頷いた。
すぐさま私はそこで待機していた人達の手によって着替えさせられる事になり、綺麗に結われた頭の上には花を模ったティアラがのせられて唇は淡いピンクで彩られる。途中でママも準備があるからと退室して、着替えを終えた私を迎えに来たのはパパだった。
「千歳、とても綺麗だ」
「ありがとう。パパ」
パパのエスコートで連れて行かれたドアの前。きっと、この向こうには朔が待っている。柄にもなくサプライズだなんて……私に隠れて準備していたのだろう朔を想像すると、口元が緩んだ。
両開きの扉が開かれる。私の耳に届いたのは、聞き慣れたドラムとベースの音色。どういう事? 答えを求めてパパを見たけど返ってくるのは微笑みだけで、いつも側にある三人の音が、私の胸を震わせる。ゆっくり開いたドアの向こう――Hollyhockのメンバーが、揃っていた。ギターを奏でる朔の前にはマイクスタンドがあって、朔が私を瞳に映し、歌い出す。
****
ねぇ君は 僕たちが君に向けるこの感情 どれだけ正確に理解しているのかな
君は僕らの運命の女神 僕らをここへ導いた天使 紫の瞳のお姫様
君に出会う前の僕たちは 夢を描いて掴めなくて 諦められず燻って
現実突きつけられてへこたれて だけどやっぱり足掻いてた
世界はいつでも厳しくて 現実はいつでも残酷で 優しい世界はどこにもない
恋した君には相手がいて 叶わない恋を僕は抱え続けてた
ねぇ君は 僕たちがどれだけ君を大切に思っているのか 知っている?
君がこの手を取ったから 君がいたから僕らはここにいる
優しく明るい世界を僕らへ与えたのは君なんだ
だから僕らはたくさんの愛を返すよ
君の涙も弱音も受け止める 泣きたい時には 僕らの所へおいで
誰も君を拒絶しない 誰も君を幻滅なんてしない 僕らは君を受け止めるから
君がそうしてくれたように 僕らが君を守るから
涙だって笑顔に変えてみせるよ Dear our princess
****
こんなに最高のサプライズ……私だけの、三人からの曲。朔の歌声は優しく柔らかで、二人きりの時に聞かせてもらえるその歌声が、私だけの特権だった。独り占めしたい程に大好きな声。本当は誰にも朔がこんなに素敵な声で歌うんだって、教えてあげたくなかった。でもだからこそ、これは本当に最高のプレゼントだよ!
化粧が崩れるから泣けないのに、涙がせり上がってくるのを必死に堪えている私の顔は今、きっととってもブサイクだ。
パパのエスコートで進む道。両サイドには知ってる顔がたくさんだ。連城のおじさんとおばさんに、樋田のご両親。恵美さんに愛香ちゃん、オーストリアの私の友達に、パパとママの友達で私がお世話になった人まで勢揃い! 結婚式に興味はなかったはずなのに、いざこの道を歩くとこれは、とっても大きな意味があるんだって気付いてしまった。親に守られ成長して、出会って来た人達に見守られながら歩くこの道は、私が選んだ最愛の人へと続いている。
「千歳」
「姫」
「お姫さん! 俺らからのサプライズプレゼントだよー!」
ステージ上の三人まで辿り着くと、パパの手が離された。無言のいってらっしゃいに背中を押され、私は伸ばされた三本の手の中へ飛び込む。
「お、お化粧、崩れる~!」
涙を溢れさせた私をその腕に迎え入れ、朔が笑った。酷い顔だなんて、花嫁に失礼な。ここは綺麗だねって嘘でも言うものだよ。
「ありがとう。本当に嬉しい! 嬉しくて涙が止まらないよぉ」
笑いたいのに涙が止まらない。泣き笑いになった私の涙を旭さんと翔平さんがハンカチで拭ってくれる。朔の腕の中、両側から涙を拭かれているのがおかしくて、私は思わず笑ってしまった。そうして気付けば涙は止まり、顔には笑顔が溢れてる。私の涙が止まった事を見届けて、旭さんと翔平さんはそれぞれのパートナーのもとへ戻り、私は朔と並んでドイツ語のミサ。これはオーストリア式の結婚式で、朔の手にはカタカナで書かれたカンペがあった。パパの字だ。
聖歌隊も、知り合いだった。私にオペラの勉強を勧めてくれた人達だ。みんなへ笑顔で手を振って挨拶していたら、朔が私の手を引いて何処かへ連れて行こうと歩き出す。
「今度は何?」
「披露宴的なもの」
「式、オーストリア風にしてくれたんだね」
「それは千歳の両親が。お前が育ったのはオーストリアだからって」
「そっかぁ。歌は?」
「作詞は旭さん、作曲は俺、編曲は翔平さんがやった」
「三人の合作?」
「そう」
「いつの間に練習したの?」
「千歳が愛香と遊んでる内に」
「愛香ちゃんも共犯者?」
「あぁ。気付かなかった?」
「全く気付かなかったよ! すっごく嬉しい!」
披露宴的なお食事会はオープンになっていて、招待客とかは関係無くたくさんの人へ食事を振舞うの。場所はお城で、なんだか本当にお姫様になったみたい! 来てくれた知り合い一人一人へ挨拶して周り、ダンスもしたりして大騒ぎ。
「……あいつが、千歳のウェディングドレス姿を撮って送れって」
スマホを手にした朔は、何故か不機嫌そうな顔をしてる。
「あいつ?」
首を傾げた私へカメラを向け、朔は断りもなく写真を撮った。
「副社長」
「洸くん? てか待ってよ! 今のは送らないで! 化粧直すから!」
「もう送った」
舌を突き出してあっかんべーをして、朔は逃げて行く。
「ちょっと、朔!」
追い掛けたいけどドレスは動きづらくて思うように追い付けない。ひらひら逃げて、朔は何枚も写真を撮っている。意地悪な顔して、とっても楽しそうに。
「あいつ、来られなくて残念そうだった」
このサプライズパーティーは、悟おじさんと洸くんも協力してくれたんだって。私達に与えられた休暇も、この結婚式の為だったらしい。でも社長と副社長が二人して会社を空ける訳にもいかないからって、洸くんが日本へ残った。
「見たかったって。千歳を絶対幸せにしろって言われた」
「……朔は、なんて答えたの?」
「当たり前だろって」
追い掛けていたはずの私の方が何故か、朔の腕の中へ捕まってしまった。見上げた先で、朔が不敵に笑っている。そんな表情にすらきゅんと反応する私はもう完全に、朔に参ってる。
「あいつの子供……」
「エレナ?」
「それ。可愛いな」
「会ったの?」
「作戦会議にファビオラが連れて来た」
「ファブにも会ったんだ?」
こっくり、朔の首が縦に動いた。
「あいつもあいつで、幸せそうだったな」
「そっか」
日本へ帰ったら、洸くんとファビオラにもお礼を言いに行こう。撮った写真を見せながらまたたくさん、話をしよう。
「千歳。ハネムーンベイビーでも作るか」
「え?」
突然の朔の言葉に、思考が停止してしまう。
「これ、ハネムーンだったの……?」
「俺はそのつもりだった」
ふわりと体が浮いて、私の体は朔の腕の中。お城のお庭でお姫様みたいなドレスを着て、お姫様抱っこをされている。
「どうだ? 俺にも出来るようになった」
嬉しそうに笑う朔って本当に可愛くて、愛しい。
ふっと目の前が陰って、キスだと思ったら違っていたみたい。朔の唇は私の耳へと寄せられた。
「あ……愛してるよ、千歳」
驚いて見つめた先の朔の首筋が赤い。私の肩口に顔を隠してるけど、触れている場所が、熱いよ。
「私も、私も朔を愛してる!」
涙を飲み込んで、私は笑った。嬉しい。嬉しくて嬉しくて、体の底から感情が溢れ出しそうだ。私と朔を中心に幸せが広がって、みんなが幸せになれちゃうんじゃないかなんてバカな事を考えちゃうくらいに私の全身には、幸福が広がって行く。
「すげぇ嬉しい」
満開の笑顔を浮かべた朔は、今度こそ私の唇へキスをした。そしてそのまま何処かへ向かって歩き出す。でもきっと、想いは同じ。愛する旦那様に身を預け、私は朔に抱かれて会場を後にする。下手したらこの食事会は夜まで続く。途中で主役が抜けたとしても、そういう会だから誰も文句を言わない。だって、花嫁と花婿にはやらなきゃいけない事があるものでしょう?
私と朔の間には、三人の可愛い子供が産まれる事になる。
最初に産まれるのは男の子。朔と同じように、幼い内からギターに触れて成長する。次に産まれるのも男の子。その子の興味はピアノへ向く。最後に産まれる女の子は歌が好き。私と、朔と、子供達。私達は、時には泣くし、喧嘩だってするだろう。だけど朔となら、朔がいてくれたら私は何度でも、笑顔を取り戻せるの――
End




