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一から全て、自分達で作った曲。旭さんが編曲してくれたそれらを、毎日集まって練習した。朔と私は学校があるから集まるのは放課後、私の家にある練習室。そうして完成させた四人の曲。ついにRエンターテイメントの人達に披露する日がやってきた。九月の二週目土曜日。とんでもなく緊張するけれど早く聴いてもらいたくて、ワクワクとドキドキが胸の真ん中で暴れ出す。私もメンバーのみんなも最高の曲が出来たと思っているし、自信はある。
一番はじめに演奏したのは、あの日朔が書いたバラード。四人で相談して完成させた一曲だ。その次は翔平さんが書いた元気な曲。そして最後に、旭さんの大人な曲。
全ての演奏が終わり、緊張しながら審判を待つ私達に向けられたのは、悟おじさんの満面の笑みだった。どうやら、その場にいた大人が全員満足するような曲が書けたみたい!
「君達のグループ名が決まりました! Hollyhock、意味は聖地の花」
満面の笑みでオーケーサインをくれた悟おじさんが曲を聴いた後で切り出したのは、グループ名について。
「それって、立葵の英名?」
「お! ちぃちゃんよく知っているね。花言葉が、大望、野心、豊かな実り、気高く威厳に満ちた美とかなんだけど、なんだか君らにぴったりかなと思ったんだ」
「へー……カッコいいですね」
旭さんが満足そうに頷いて、翔平さんと朔も顔を輝かせてる。私だけじゃなくて、みんな気に入ったみたい。
「それでね、色々下準備したいから、デビューは立葵の開花時期に合わせて来年の六月になります。それまでは、曲作り、レコーディング、レッスンにプロモーション撮影、CM撮影も入るのでそのつもりでいて欲しい」
悟おじさんからの言葉に、私達四人は元気良く返事をした。
「デビューしてないのにCM撮影があるんですか?」
不思議そうに尋ねた旭さんへ答えを返す前、何故か悟おじさんは私へ視線を向けて苦笑を浮かべる。
「それはね、ちぃちゃんがボーカルだからだよ。――ベスのファンのオーランシュさん、ちぃちゃん覚えてる?」
その名前を聞いて思い浮かぶのは、ママの大ファンで、必ずといっていいくらいママの公演へ顔を出すフランス人のおじさん。私もよく話し掛けられて、オーランシュさんの会社の商品のイメージキャラクターにならないかなんて誘われた事もある。確か、香水を作っている会社の社長さんだ。
「……香水?」
首を傾げながら呟いた私に、悟おじさんは正解だと言って笑った。
「オーランシュさんの会社で、春に日本人向けの新商品を出すらしいんだ。ちぃちゃんを出す条件で、それのプロモーションにグループ全員と曲を使ってくれる事になった。それが、君らのデビュー曲になる」
ママかな? オーランシュさんにデビューの話をしたの。きっと……いや、絶対ママだと思う。オーランシュさんてどれだけママの事が好きなんだろう。
「……俺らって、実はとんでもない子にボーカル頼んだんですかね?」
「俺もそんな気する。お姫さんってば俺らの女神?」
「なんか……住む世界、違うんだな」
旭さんと翔平さんにはぽかんとした顔で見つめられ、朔はしみじみ呟いた後で顔を歪ませてる。そんな彼らに、困った気持ちを乗せた笑顔を向けた。
「すごいのは両親。親の七光りってやつだよ! オーランシュさんはママを大好きなおっかけの人なの。多分、ママが彼に何かを言ったんじゃないかな?」
そんな私の推測は概ね正解だけど、事実とは少し違っていたみたい。何故なら悟おじさんが、私の視線の先で首を横に振っている。
「いや、慎吾だよ。あいつ、ちぃちゃんの事応援するって」
言葉に出来ない感情の所為で、鼻の奥がツンとした。つくづく愛されているなと感じて胸が熱いくらい、幸せな感情で一杯になる。益々頑張らなくちゃって、思いっきり気合いが入った。
そこからは、毎日が目の回るような忙しさだった。学校へは普段通り通って、放課後は曲作りにレッスン、練習やレコーディング。あれよあれよという間に月日は過ぎて冬への一歩を踏み出した十一月、CM撮影当日がやって来た。私達のマネージャーになってくれた広瀬さんっていう若い女の人に連れられ現場入りした私は、会うなりオーランシュさんの腕の中へ閉じ込められてしまった。力一杯のハグ。少し苦しいくらい。
『チトセ、久しぶりだね。益々ベスそっくりになって、いくつになったんだったかな?』
フランス語が得意じゃない私に、オーランシュさんは英語で話し掛けてくれる。ハグとキスを返して、私はオーランシュさんの腕の中で彼を見上げた。
『お久しぶりです。十四歳ですよ。このお仕事をくださってありがとうございます』
『慎吾から聞いて驚いたよ。日本で、しかもバンドデビューだなんてね。曲も聴いた。相変わらず良い声だ』
『ありがとうございます。メンバーを紹介しますね!』
笑顔で振り向いたら、三人は緊張した面持ちで遠巻きにこちらを窺っていた。ただでさえ緊張している状況でスポンサーの社長さんが外国の人だなんて余計緊張するよねって納得した私は、オーランシュさんの手を引いてメンバーのもとへ連れて行く。
「この人がオーランシュさん。このお仕事をくれた人だよ」
戸惑いと緊張の中で三人はそれぞれ挨拶をして、私はオーランシュさんに英語で彼らを紹介する。
『彼らの音も良いね。才能ある若者達だ』
『そうでしょう? 私が見つけたの!』
オーランシュさんの言葉に嬉しくなって、私は彼にハグと頬へのキスを贈る。オーランシュさんからの言葉を通訳したらみんなすごく恐縮していたけど、それと同時に隠せない喜びが顔に滲み出していた。
CMに使われるのは、旭さんが書いた大人格好良いロック調の曲。オーランシュさんが香水のイメージで選んだんだって。これが私達のデビュー曲になる。私の衣装は、真っ白でシンプルなドレスに赤い口紅。それに顔の上半分を隠すゴールドの仮面を付ける。紫の瞳が強調されて、色っぽい美女になった。
「美女。すっげぇ美女だ。それで十四歳なんて詐欺だよ」
「本当、姫って感じ。十四歳って言い聞かせてなきゃ惚れちゃいそうだ」
翔平さんには美女だと連呼され、旭さんは感心した様子で観察してくる。朔はいつも通り、ふいっと顔を逸らした。そんな三人も真っ白なシャツに真っ白なスラックス。私と同じ仮面を付けて、みんな裸足だ。顔を隠すのは、私達は顔じゃなくて曲で勝負したいから。デビュー後もあまり顔は露出させないで、PVでもメンバーの顔はチラ見せ程度の予定なの。今回のCMでも顔は仮面で隠して雰囲気重視だと説明された。
いよいよCM撮影。緊張する足を踏み出して、私はカメラの前に立つ。




