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恋歌  作者: よろず
タチアオイのつぼみ
12/57

2の5

 今日から一週間お世話になる洸くんの部屋で、私は爆睡した。時差ボケはこれでもかってくらいに寝ちゃうのが私の解消方。目が覚めた時には洸くんの腕の中で、幸せに蕩けそうになった。


「ちぃ、起きた?」

「起きたぁ。どのくらい寝てた?」

「八時間くらい。もう夜だよ」

「ごめんね? ずっとハグしてくれてたの?」

「うん。たくさんキスもしてた。もっとしていい?」

「良いけど洸くん、私はまだ十四歳という事をお忘れなく」


 わかってるよと言って笑った彼の顔が近付いてきて、唇が優しく触れ合う。私だって、もっとキスしたい。だから自分から舌を絡めて、彼の髪に両手の指を埋めて抱き寄せた。


「ちぃ、それマズイ。理性効かなくなっちゃう」

「ごめんね。……十四歳の身体がもどかしいな。早く大人になりたいよ」

「精神年齢、五十代だっけ?」

「失礼な。まだ四十八です」

「あんまり変わらなくないかな」

「そうかも」


 囁くように笑い合って、お互いの存在を確認するキスを交わす。甘い雰囲気の中だけど、私は嫌な事はさっさと終わらせたい派なんだ。だから洸くんが弱いと知ってる上目遣いで、彼の首に両腕を絡めて切り出した。


「悟おじさんから、聞いた?」


 途端、眉間に皺を寄せた洸くん。返事を待ちながら人差し指と中指で皺を伸ばす私の手を取って、洸くんは私の手首へ口付けた。


「ちぃは、やりたいの?」


 優しいお兄ちゃんモードの洸くんだ。彼の声音と瞳の優しさに安堵する。激しい拒絶や怒りは、そこにはない。


「うん。すごく良い音を出す人達なの。あの音の中で歌うの、気持ち良かった」


 手首から腕を伝ってキスしてくる洸くんは、動きを止めて私の瞳をじっと覗き込む。確かめる視線を大人しく受け止めていたら、洸くんの口から大きな溜息が溢れ出した。


「ちぃが決めてるのなら、俺にどうこうする権利はないよ。でも――浮気したら監禁する」


 低い声で言われた後半の言葉にも愛を感じちゃうなんて、朔の言葉を借りるなら私も変態なのかもしれない。


「ちぃは、洸くんのもの」


 にっこり笑ってキスしたら、ぎゅうっと抱き締められた。


「ちぃ、早く大人になって。我慢、辛いよ……」


 掠れた甘い囁きを零した洸くんは、狼の瞳になって私の唇を貪るようなキスをしてくる。そのキスを受け止めながら私はちょっとだけ、留学で離れてなかったら自分の身は危険だったのかもしれないなんて考えちゃった。


 それから一週間は、プチ同棲生活を楽しんだ。本当は洸くんも夏季休暇中なんだけど、少しでも卒業を早める為に夏学期を利用して勉強しているんだって。だから私は、勉強を頑張る彼の為にご飯作ったり、お部屋の掃除をしたりして過ごす。アメリカへ来た目的は観光よりも二人でいる事がメインだし、私はまだ免許を取れないから洸くんがいないと足が無くて出掛けられないし、家にいるしかないっていう理由もあるんだけどね。

 幸せな時間はあっという間に過ぎて、オーストリア行きの飛行機へ乗る日がやって来た。どうしても名残惜しくて、空港のゲート前で強く抱き締め合う。


「ちぃを本当に監禁しちゃいたいって思う俺は、やばいよね?」


 本気で悩んでるっていう表情で洸くんがそんな事を言うから、私は小さな笑い声を立てる。


「監禁は困るけど、とっても愛されてるんだなって思うよ」

「すごく好き」

「私もだよ。また会えなくなるの、寂しい」

「俺も、すごく寂しいよ」


 洸くんは、私の首元にいつもあるネックレスを手に取って、シルバーリングへキスをした。だから私も彼の左手を取り、薬指の指輪に唇を触れさせる。最後に深く繋がるキスをして、またねと笑ってお互い手を振った。




 オーストリアの空港へ降り立った私は、パパとママの胸に勢いよく飛び込んだ。

 ママとは英語での会話が主だけど、パパとは日本語。オーストリアの友達とはドイツ語で会話をする私は、前世では考えられないグローバルな生活を送ってると思う。去年の夏も冬も帰っては来たけどこっちのお家は久しぶり。もう一つの我が家の体に馴染んだ自室のベッドへ飛び込んで、私は死んだように寝る。パパもママも私の時差ボケ解消法に慣れているから、何にも言わずに起きるまでそっとしておいてくれた。

 存分に寝てから自然と目が覚めて、リビングへ行くとパパがいてコーヒーを淹れてくれる。お礼言って受け取った私は、懐かしいパパのコーヒーを飲んでから体中の空気を吐き出して力を抜いた。


「悟から聞いたよ。ついに日本でデビューするんだって?」


 悟おじさんとパパは仲良し。私の近況報告とかでもよく連絡を取り合っているらしい。面白い事が好きなパパの瞳が輝いてるから、反対とかそういう話はやっぱりないみたい。


「成り行きでそんな事になっちゃった。パパはどう思う?」


 答えはわかっていたけど、聞いてみた。穏やかに目を細めたパパは、私が想像した通りの言葉を口にする。


「良いと思うよ。千歳には歌の才能があるからね。ただ、今まで声を掛けてくれた人達は悟に奪られた事を悔しがるだろうね」


 あははーっなんて声を出して笑いながらも、私は少し頭を抱えくなった。これまでにもパパやママの知り合いにオペラとか、歌をちゃんと学ばないかと声を掛けてもらっていたんだけど全部断ってたんだ。華やかな世界って苦手で、私は平凡に生きたかったから。そういう人達に知られたら申し訳ない上に騒がれそうで、ちょっとだけ怖い。


「チトセの好きに生きたら良いのよ。ママもパパも賛成よ」


 リビングへ入って来たママが日本語で言った。ママは日本にも長く住んでいたから、実は日本語も流暢に話せる。私と英語で話すのは教育の一環で、教育には厳しい人。ママは晴れた日の青空のような瞳で私を見つめて、ママと同じ色をした私の髪にキスをくれる。


『でも、やるなら本気でとことんやりなさい。中途半端は許さないわよ』


 今度は英語になって、キラリと光ったママの瞳は音楽に厳しいプロの瞳をしていた。だから私は真面目な顔で頷き約束する。


『やるって決めたらとことん本気でやるよ。ママとパパの子なんだって堂々と言えるように、日本で頂点目指しちゃうんだから!』

『流石私と慎吾の娘ね。困った事があったら連絡するのよ?』

『わかった。愛してる、ママ、パパ』

『私達も愛しているわ、チトセ』


 お互いの頬にキスを贈り合い、ママとパパと順番にハグをする。私の両親は、いつも私のしたいようにと言って見守ってくれる。でも、間違った事をした時には厳しく叱って道を正してくれるの。親としても一人の人間としても尊敬出来る二人が、私は大好きだ。

 オーストリアでは、久しぶりに合うこちらの友達と遊んだり、パパとママの仕事場へ顔を出したりしながら夏休みギリギリまで滞在して満喫した。




 八月二十九日。日本へ帰り着いた私を迎えてくれたのは悟おじさんと旭さん、翔平さんに朔の四人だった。なんだか待ち構えられていたみたいで変な感じ。思わず苦笑を浮かべた私に、悟おじさんが白い歯を見せた満面の笑みを向けてきた。


「おかえりちぃちゃん。慎吾から聞いたけど、決めたんだって?」


 予想通り、悟おじさんにはパパから連絡がいっていたみたい。嬉しそうに笑う四人の顔を見回して、私もなんだか嬉しくて楽しくて、にっこり笑う。


「はい! よろしくお願いします!」


 頭を下げた私は、旭さん、翔平さん、朔の三人に頭を撫でられたりして揉みくちゃにされた。三人の顔を見上げたらみんな笑顔で私を歓迎してくれていて、心底嬉しくなる。これからの事を考えたら心臓がドキドキして、身体まで震えてきて、去年日本へ帰って来た時以上の胸の高鳴りに溢れる笑みが止められなかった。


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