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会い(あつまる)・綾

水野先生のお宅へ集まります。

 翌日。私は水野先生の家を訪れていた。


私のサポートとして、清水さんも同席してくれることになった。



その家は、御殿のようだった。


どうやら水野先生の家は由緒正しい家系らしい。



緊張で胸が震える。

足も、膝と膝が小刻みに動いている。

私は玄関に入る前から限界だった。



(――もうダメだ……)


目眩を起こしそうになり、清水さんに凭れ掛かった。



ふと、電車内の会話を思い出した。



『源氏って、凄い勢いだったんですね』


壇ノ浦の後の平家の衰退。


散り散りで逃げた人々。


そんなことをあれこれ想像していたら……



『実は俺の先祖は源氏側だったんらしいけどね』


そう言った、水野先生。



(――あの時私は言葉を失ったんだ。


――先生は本物の王子様かも知れない……)


私は不安に怯えていた。





 エントランスは大理石らしい。

良く見ると、アンモナイトの化石もチラホラある。

私は益々緊張した。


靴を脱ごうとした。

でもみんなそのままで上がる。



(――えっ!?


――土足で良いの?)


私は慌てて学校指定の革靴の底を見た。

幸いなことに、余り汚れてはいなかった。



振り返ると門から庭一面に芝生があった。



(――此処まで歩いて来る内に泥が落ちたのかな?)



そんなこと思いながら躊躇していたら、水野先生が優しくエスコートしてくれた。



「リラックス」

清水さんが小さなガッツポーズで応援してくれた。

私は深呼吸しながら、そっと二人に寄り添った。





 「この方が例のお姫様?」

水野先生のお母様が何かを言っていた。


でも私は上の空だったようだ。



「紹介するよ。俺の親父とお袋。この人は、俺が研修していた学校の生徒で」


水野先生は、そんな私の肩に優しく手を置いてくれた。



私はハッとした。

余りの緊張に一時的に我を失っていたためだった。



「佐々木綾と申します。よろしくお願い致します」


私は慌てて、深々と頭を下げた。



「初めてね。孝之がイトコ意外の女性を連れて来るなんて」


お母様は、ティーカップのソーサーをさり気なく膝に置いている。


上品そうな振る舞いに、私はときめいていた。



「女性に興味があると分かって、正直ホッとしてる」



(――えっ!?)


お父様の発言に私は戸惑いを隠せなかった。


慌てて清水さんを見ると、普通にしていた。



「『実は俺』なんて今流行りのカミングアウトはイヤですものね」

お母様もそれに続いた。


両親は水野先生を、ゲイだとでも思っていたのだろうか?

でも何故清水さんは平気なのだろう?

もしかしたら、何時もこんな風にざっくばらんなのだろうか?



テーブルは何時かテレビのマナー教室で見たような、優雅なセッティング。

其処に漂う紅茶の香り。


それはまるで、本物のシンデレラ姫になったような心持ちだった。





 「オネエ系だと思っていたのかい? ヤだな。興味がなかっただけだよ。勿論男にも」


水野先生は軽く言った。



「そう言えば、『先生になるんだ』って言って、勉強ばかりしていたわね」



「いつの間に目覚めたんだ。確かバレンタインデーはまだのはずだが?」



「渋谷だよ。この子のお母さんがデッカいパネルを持っていて、『綾ちゃーん!!』 って交差点の真ん中で叫んでいたんだ」



私は急に恥ずかしくなって口籠もった。


水野先生が心配そうに覗き込んでいる。


私はそっと顔を上げた。

おそらくは赤面しているはずだ。

頬が熱を帯びていた。





 「あの時本当にコケた姿が可愛くて、思いっ切りハートをグサッと遣られた。一目惚れだったんだ」



(――えっーー!? そんな事聞いてないよ!!)


私はただあ然としていた。





 「そう言えば、あの時の顔も今のように真っ赤だったな」


そう言いながらって水野先生も急に口籠もった。


その後、清水さんに確認するように目配せをしながらそっと私に寄り添ってくれた。


私は幸せな一時に酔いしれていた。





 「雪の降る中。この子は自転車で学校の行事に参加しようと頑張ったんだけど、警備員に止められんだ」


でも水野先生は私が一番触れてほしくない話題を口にしていた。


私はハッとして、水野先生を見た。



(――先生お願いそれだけは言わないで!!


――イヤだよ先生、言っちゃイヤだよ!)


私は必死に目で訴えた。


頭を振って抵抗した。





 でも心配する事は無かったんだ。



「家族の具合が悪くなって車で送れなくなってね」


水野先生は両親に向かってそう言った後、私を見つめてから震えている体を抱き締めてくれた。



「佐々木は主役だった。でも……だからって訳じゃなく、責任感が強くて努力家なんだ」


水野先生は泣いていた。

泣きながら私を抱き締めていた。



「あの後で、君が来た道を目で追ってみたんだ。雪の中に自転車の車輪の跡が続いていて、思わず守ってやりたいと思った。だから……だから」


水野先生も震えていた。

でも必死に耐えていた。


そして遂に言い放った。



「だからもっと君が好きになった」

と……





 私は水野先生と結婚出来ることになった。


十六歳になった日に、日本で一番若い花嫁になる。



水野先生が離島の中学へ就任するためだった。


日本の憲法では、女子は十六歳。

男子は十八歳から婚姻は認められている。

だから私は、私の誕生日に日本一若い花嫁になれるんだ。





 「おめでとう綾ちゃーん!!」」

清水さんが叫んだ。



(――本物の友達になりたかった……


――でも、家族になれる)


優しい家族の中で、私は何時までも喜びに震えながら泣いていた。





 目の前にあるスイーツは全て水野先生のお母様の手作りなのだそうだ。


清水さんは、お呼ばれする度に食べていたそうで羨ましくなった。



絵本そのままのカステラは後で清水さんが作り方を伝授してくれると言う。



「御祝いだし春休みから、私も久し振りに行ってみることにしたの。だからその時にね」


清水さんはそう言いながらウィンクをした。





 「でも伯母様これはまだ……」

清水さんは白いババロアのようなスイーツを指し示しながら言った。



「じゃあこのブラマンジェだけは後で教えるね」


お母様はそう言いながら微笑んだ。



(――ヘエー、ブラマンジェって言うんだ)


私はお母様の魅力に圧倒されていた。





 勉強は勿論続ける。


だって私には水野先生が付いている。



昨日母が教えてくれた通信教育と文部科学省認定の《高校程度》もある。

それを受けて、大学の勉強もするんだ。

そして何時か……

夫婦で教壇に立ちたい。

それが夢になったんだ。



母は大好きだった彼が中卒なのを悩んでいた時、それがあることを教えたそうだ。

だから、私にも勧めてくれたのだ。



でもまだ課題が残ってる。


水野先生が何故叫んだのか?

本当の理由を知らなければいけないと思った。



暫くして、水野先生は泣きながら言った。



「二人は出会うべきして出会ったんだ。そう思うだろ。親父! お袋!」

水野先生の言葉に両親は頷いた。



(――でも……いくら次男坊だと言っても、こんなお屋敷の花嫁が本当に私でいいの?)


私はまだ夢の中にいた。





 「叔父さん、やっと見つけたよ、俺のお姫様を」


水野先生は携帯電話を掛けていた。



(――俺のお姫様? って、一体誰?


――勿論私よね?


――ねぇ先生教えて。


――あの時何故『姫ー』って叫んだの?


――私とどんな関わりがあるの?)





 『この方が例のお姫様?』


そう言えば、水野先生が紹介する前にお義母様が言っていた。


私が緊張の余り上の空だった時だ。



『紹介するよ。俺の親父とお袋。この人は、俺が研修していた学校の生徒で』


水野先生はそう言いながら、優しく私の肩に優しく手を置いてくれた。



そうだった……

私はどうすることも出来なくて舞い上がっていたのだった。



(――私は先生のお姫様……


――でも何故!?)





 私は高校一年の単位を取得してから、学校を退学した。

勿論水野先生との婚姻は内緒のままにした。



後は離島へ行くだけとなった。


でも、最後にSLに乗ろうと父が言い出した。



「あの時思わず怒鳴ってしまった訳は、俺も本当はSLに乗りたかったからなんだ」


あまりにも以外な発言に、母と私は目を合わせた。



「あははは、何だそうだったの」


母は大笑いを始めた。



すっかり蟠りの無くなった夫婦の姿が其処にはあった。





 調べてみたら、私が離島に旅立つ前日より運行しているようだった。



「よし、最後の思い出作りだ。それに乗ろう」



「ねえ、お父さん。清水さん一家と水野先生も誘っていいかな?」



「勿論そのつもりだ。綾のことちゃんと頼まなければいけないから、いいチャンスかも知れないな」



「それで、綾とはお別れなのね」


母はそう言いながら涙を拭った。





 「あっそうだ。あの時のおばさんから招待状が届いていたんだわ。熊谷で個展やるんだって。ねえ、どうせなら早目に出掛けて寄ってみましょうよ」



「ああ、例の綾が人助けしたって、あれか?」



「九時からだって書いてあるから発車時間に間に合うし、ねえお父さん行ってもいいでしょう?」


私の言葉に父は頷いた。






結婚が決まり……

蟠りの取れた親娘はSLの旅へと出発します。

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