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噫(嘆く)・綾

母娘SL旅が始まります。

 体育祭の翌週。

父には内緒にして、三峰口の駅からSLに乗るために出発した。


父に言うと又悪戯されるからだ。


本当に父は、私達母娘を不愉快にさせる名人だったから。



何故三峰口かと言うと……

熊谷駅十時十分発車のSLには、間に合うはずがなかったからだった。



でも、終点熊谷駅までは乗るつもりだった。



JR高崎線の改札口近くで驚いた。

群馬でSLに乗ろうと言うポスターが貼ってあったからだった。



私達は、顔を見合わせた。



「秩父線ではとっくにSLは走っているわよねー」


母はそう言いながら笑っていた。





 私達は父がパチンコに出掛けた後に出発した。


これで夜十時までは帰って来ない。


そう……

それが何時ものパターンだった。


結婚記念日でも、誕生日でも、母が肺炎で苦しんでいても、私が病気になったとしても……

父は遊んでくる。


煩わされたくないからだ。



でもあのRDイベントのように……



『何時位に帰れるから』


などと言って出掛けると、必ずその時間より早く帰宅してイチャモンを付ける。



このような最低最悪の父には、何も言わないで外出する。


これがベストだったのだ。





 熊谷に十一時、遅くても十一時半には着きたかった。


どうせなら、転車場を見たいと思ったからだった。



でも……

やはり一足遅かった。



私はベンチに座った。

母はと言うと……

線路を見つめていた。



(彼処で一体何しているんだろ?)


私はそっと近付いた。



母の視線の先は、一匹の鳩にあった。

鳩が線路の上を歩いていたのだった。



気が付くとホームにも鳩がいた。



何時かニュースで見た、電車に乗る鳩。

この鳩もそうらしい。

長閑だなあと思った。





 今日は日曜日。

フリー切符が使える日で、秩父線をどんなに乗っても一律千四百四十円だった。



でも秩父方面へ行くだけなら……

八高線、東武東上線合流点の寄居駅。

此処からなら、千円ちょっとだそうだ。


でも秩父方面のみで、熊谷行きには使えないようだ。



ついでにオマケ情報も仕入れた。


十一月十四日は埼玉県民の日なのだそうで、この日のフリー切符は全線千円ちょっとだそうだ。


それに埼玉県にある鉄道全部がお得なフリー切符を発売するそうだ。


素直にいいなあと思った。



県民の日は休みになる。

又母と来たいと思っていた。



今年のフリー切符は一体幾らになるのだろう?


消費税が変わったから、千円が幾らになるのか見当がつかない。

どうせなら、千円のままがいいのだけどね。





 十一時四十時七分。

三峰口行きの普通電車が出発した。


座席は青だった。


一番端の座席に腰を下ろした。


此処はシルバーシートとそうでないのと二通りある。


勿論、何も書かれていない方に座った。


でも其処は……

開閉ドアが車窓を隠してしまうために、余り景色は見えそうもなかった。



「お母さん、此処だと景色見えにくいね」

私は言った。



「寝るには良いけどね」

母はそう言いながら笑っていた。



私達は思い切って、中よりの座席に移動した。



「上長瀞の先にね、鉄橋があるの。それが楽しみだったの。此処からなら見えるね」

母は嬉しそうに言った。



「あれ何かな?」

灰色の建物の傍に黒い丸い線路があった。



「転車場かな?」



「てんしゃじょう?」



「ほら、SLの方向転換する線路よ。きっと此処はSLの保管庫ね」



「へえー。此処から出て行くのか?」


私はその倉庫をじっと見ていた。





 その鉄橋が近付く。

母は体を進行方向に向けて斜めに座った。



間もなく、鉄橋から荒川が見えた。

母はずっと目で追っていた。





 目的地に近くなると、乗客は極端に少なくなる。


私と母はたわいもない話をしながら、移りゆく景色を眺めていた。



秋の景色と言うにはまだほど遠い。

でも確実に近付いている気配を感じた。



そう水野先生との別れのも着実に迫っていた。





 三峰口駅で下車して、転車場まで行くことにした。



来る途中で見た景色が頭の中をよぎったからだった。



でもその前にSLの乗車券を購入することになった。



駅前にはバス停があった。

でもそれは西武秩父へ向かう方だった。


三峰神社行きは反対側の建物の中だった。



(三峰神社か、何時か行きたいな)


私は何故かそんな事を考えていた。



三峰神社にはイザナギ・イザナミと言う夫婦の神様がいて、夫婦和合の象徴だと聞いていたからだった。



私は後少しで逢えなくなる水野先生を思っていたのだった。



それに三峰神社は今話題の、パワースポットなのだそうだ。



(先生、大好きだよ。先生ずっと傍に居たいよ……)


いつの間にか泣いていた。


叶わぬ恋の炎に身を焦がしながら。





 転車場へ向かう道は長かった。

秩父線で実際に使用していた貨物列車が、道なりに展示してあった。



「懐かしいねー。こう言うの」

と、母は言っていたが。



(ごめん。私には解らない)

そう思った。



「うん、懐かしい」

それでも一応そう言っている自分がいた。





 SLの前の部分だけが転車場にある。


流石にシルバーウイーンの最終日とあって、周りは人だかり。


何とか掻き分け、柵に近付いた。



「わあー、デカい!」

私は思わず声を上げた。



私の肩に温もりを感じる。

母の手だった。


私は母に寄り添った。

いつになく輝いているその瞳が嬉しくて。




 ……ブォーッ!!


突然大きな音がした。



いきなりの出来事にに私は少し震えていた。



「大丈夫? 以外とビビりなんだね」

母はそう言いながら笑っていた。





 午後二時三分。

SLは定刻に出発した。



「さあー、いよいよ始まるね」


ボックス席で私は伸びをしながら言った。



「いい綾、お父さんには絶対に内緒よ」


母が笑いながら言った。


勿論、私は大きく頷いた。



(当たり前だよ。絶対に内緒。二人だけの秘密だもんね。お母さん大好き。大好きだからもう泣かないでね)



私はその時……


確かにそう思っていた。





 次の停車駅は御花畑駅だった。


その途中で垣間見た武甲山の痛々しい姿があった。



「ネェお母さん。この山はどうしてこんなになっちゃったの?」


母が知る訳がない。

でも私は知りたかった。



「あれはね、頂上だけはキープしているの。だから今でも登山が出来るそうよ」



「へー、そうなんだ。どう見てもそんな風には見えないね」



「この山は秩父の生活の糧と言うか、基盤なのね。崩れるのは悲しいけれど仕方ないのかな」


母は、武甲山を見ながら寂しそうに言った。





 「さっき三峰口におりたでしょう? 私あの時、何時か好きな人が出来たら三峰神社に行ってみたいなと思ったの」


私は、水野先生を思いながら思ったことを母に言ってみた。



でも……

母は急に泣き出した。



「彼処は駄目」

そう言いながら……


母は目にいっぱい涙を溜めた。


どうやら私は、触れてはいけない琴線を触ってしまったようだった。



「ごめんなさい」


私はただ誤った。



(もしかしたら?)


私は伯母の会話を思い出していた。





 「三峰神社って夫婦和合の象徴だと聞いたの。それに、物凄いパワースポットなんだって。だから是非行ってみたいと思ったの」

私は戸惑いながら、言い訳をしていた。



「えっ、夫婦和合? そんなはずは……私達の時は違っていた」


母は……

遂に辛い恋を語り始めた。





 母は二十四歳の時、二十歳だと言って近付いて来た人と恋に堕ちた。



『私より年下の男性をお義兄さんなんて呼べない』


どうやら叔母がそう言った人のようだ。



「今度二十歳になります」

そう言いながら、祖父に母との交際を願い出た。

でもその時その人は十八歳だったのだ。


それさえ知らず……

外国産のタバコを吸っていた人を大人だと思い、母は恋の火に包まれたのだった。





 「本当は、二十歳以上じゃないかと思ったの。私はその人に夢中になった」



その人と訪れた三峰神社。

その後……

別れていたのだった。



清い交際だった。

勿論男女関係も求められた。


でも結婚するまではと頑なに思っていた母だった。



「田舎者だから、それが当然だと思っていたの。でもお父さんと結婚した後で……」


母は急に黙ってしまった。

見ると涙が溢れていた。



「初めてだった。お父さんが新婚旅行先で、その印に気付いたの。私は『初めてだから』って言ったのよ。でもお父さんは言ったの。『こんなモンは、手術すれば男には解らなくてなるって聞いたぞ』って。目の前が真っ暗になるのが解ったの」


唖然とした。

父は……

結婚したその日から母を見下していたのだった。





 「その後で言われたの。『もしこれで子供が出来たとしても、俺は絶対に認めないから良く覚えておけ』って」


酷い話だった。


本当に父は、愛情の欠片も持ち合わせていない非情な人だった。





 母の辛さに身が詰まる。


二十四歳の母に二十歳だと言って近付いた人。


十八歳だと解って耐えられなくなった母は、別れてしまったのだった。



二十歳でも叔母より年下だったから、それよりも彼は二つも若かったのだ。





 その後お見合いをして父側の仲人が強引に早急に結婚を決めた。


そのことで、何かあると勘ぐった父。


だから……

見下したのだ。


何の落ち度もない母を。



純情可憐な乙女だった母を……





 父側の仲人は隣町の人で商売人だったそうだ。


父が偶々営業で訪れたのを利用したのだった。



『誰か良い娘さんは居ないか?』

そう声を掛けて、地盤を拡張する。


そんなとこだったらしい。



そして、地区の顔役だった祖父の娘だった母を紹介されたのだった。



祖父に近付くために父と母は利用されたのだった。


祖父には、そんな力があったらしい。



私は叔母を思い出した。


そんな祖父だったから、母を叩かせたのだ。


自分の力を誇示するために。





 愛に餓えていた。

父にも兄弟にも卑下されていた母はその恋の虜になった。



「今度二十歳になります」

交際を父に申し出た時、確かにそう言った。



母の愛を見た両親は、兄弟達の反対を知りながら密かに許していたと言う。


それは田舎に泊まった時に伯母が言っていたから知っていた。


でも……

その人は二十歳でもなかったし、これから二十歳にもならなかった。



彼は十八歳だったのだ。



私が水野先生のことを七歳年上だと悩んだように、急に六歳年下だと判明した彼に母は別れを切り出したのだった。



別れたのが一月。

結婚させられたのが、翌年の一月。

私が、その人の子供であるはずがなかったのだ。





 「ごめんね綾ちゃん。アナタには辛い思いをさせてしまって。全部母さんのせいなの」


母の言葉に思わず息を止めた。



(えっ!? まさか浮気? だから父は……)


そう思った。



でもそれは、思いもかけない方へ向かった。



「お父さん、本当は男の子が欲しかったの」



(なーんだそんな事か)


そう思っていた。

でもそれは余りにも理不尽な話だった。





 父は母のお腹の中に私が出来た時言ったそうだ。



「『俺は子供が嫌いだ。だけど老後の面倒をみて貰うためには必要だ。だから男の子だったら俺の子供にしてやる。もし女なんか産んでみろ。叩き出してやるからな』そう言われたの」



(そんな馬鹿な……。私は女だよ。何で追い出されなかったんだ!)



「でもお母さん、私があの家に居るって事は……」


私はそう言ってみた。

でも母は続けた。



「私が実家の近くの産婦人科で出産するために、アパートを出た時にも言われたの。『女が産まれたら、帰って来なくていいよ』って言ってた」

私は又言葉を失った。



伯母の家で言われたことは間違いではなかったのだ。





 「だから何時もキツくあたって……」

母は泣いていた。



「産まれて来た子供が女の子だったから追い出すなんて言えなくなったのよ。だから仕方なく家に連れて帰ったの」



やはり父のせいだった。



何時も泣かせてばかりで、母の目が暗くなるはずだった。





 『目? 母の目ですか?』

私はその時、突然に渋谷であった老人との会話を思い出した。



『そうだ。私は初めと見た。あんな哀しそうな目をした人に』




『母は父親を亡くしたばかりなんです。哀しそうな目はそのためだと思いますが』



『いいや、あの目はそんな生易しいものではない。そうだ娘さん、あんたお母さんの瞳の奥を覗いて見たことがあるかい?』

私は確か首を振った。



『一度覗いてごらんなさい。きっと何かが見つかるから』


そうだ……

全ては此処から始まったのだった。

自分探しの旅が……





 自分の子供は絶対に男だと決めていた父。

だから女の私を軽蔑したのか?

暴力を振るったのか?


私は益々父を許せなくなっていた。





 「あれっ、貴女は……」

車内で声をかけられた。



「あっ、この前上の通路にいた人?」



その人は上長瀞手前の鉄橋を撮影しようとして異動していたのだった。



「奇遇だね。又母娘旅かい? 本当に仲いいねあんたら」



「ところでお姉さんは又SL撮影ですか?」



「おばさんでいいよ。何時か写真展を開きたくてね。それであちこち撮りまくっている訳さ。あっ、ごめんなさい」



……ブォー!!


その時、SLの警笛が鳴り響いた。



おばさんは鉄橋の手前から連写でシャッターを切った。



「この橋の上は連写が一番なの」


そう言いながら、以前撮影したデジカメの映像を見せてくれた。





 「あれっ、川の傍で赤い何かが動いてますね」


私の発言で、おばさんはその一枚を拡大した。



「本当赤い服の誰かが動いているね。でも、何をしているのか解らないな」


おばさんはそう言いながらデジカメを締まった。





 「そうそうまだ気が早いけど、熊谷駅の近くのお店で来年写真展開くつもりだから名前教えてちょうだい」


その言葉を受けて、私は彼女のメモ帳に住所氏名電話番号を記入した。





 水野先生とはその後何事もなく……


そう……

あれだけ釘を刺されたら誰だって根を上げる。


私はつくづく、女性の嫉妬ほど怖い物はないなと思った。





 水野先生はそんな中、無事に研修課程を終えたようだった。


最後の日ぐらいまともに話をしたかった。


それでさえも邪魔された。


我先にと、先輩方が押し寄せて来たからだった。



手紙攻撃。

携帯電話やスマートフォンによる写真撮影などだった。



どちらも、勿論デジタルカメラもない私は物欲しげに指を噛むしかなかったのだ。





 水野先生が居ない学校。

急に寂しくなったように感じた。


でも私は水野先生のお陰で、清水さんと仲良くなれたのだ。


そのことが何よりも嬉しかった。





 清水さんのお陰で、大いに盛り上がった文化祭。

それに続いた体育祭。


秋のメインイベントの学園祭、無事終了した。



そう……

私の初恋も終了していた。


もう逢えない人を待ち続けらなれくて……


自らピリオドを打ったのだった。



苦しい。

苦しくて堪らない。


でも他に方法が無かった。



学校の先生なら、又逢えるけど……


水野先生は教育実習生。


もうこの学校へ来ることもないのだ。


例え清水さんのイトコだとしても。



もう会える訳などないと思っていた。





 清水さんのお父さんは、ずっと離島の中学で教鞭をとっていた。


その人は水野先生が渋谷で待ち合わせをしていた叔父さんだった。



私はその時の成り行きや、デカパネルに苦労したことなどを話した。


それが水野先生と……

水野先生が私を覚えてくれたきっかけになったのだから。



あの時私はオーデコロンの香りにときめいた。

あれがあったから私はより深く水野先生を愛したんだと思っていた。





 清水さんから伝え聞く水野先生の噂。



本当なら、胸が焦がれて耐えられなくなるはずなのに……



私は何故か懐かしく聞いていた。





 清水姉妹はずっと離島で生活をしていたと言う。


でも母方の両親の病気療養で本土に引き上げてきたと言う。



でも、本当の目的は外にあった。



清水さんのお姉さんの高校進学だったのだ。



「確かに祖父母は元気じゃなかったの。でもね。私達の顔を見た途端に物凄く元気になったの」



「あはは、もしかしたら騙された?」


私は不謹慎なことを言っていた。



「違うよ。きっと寂しかったんだよ」


清水さんはそう言いながら何処か遠くを見つめていた。





 その離島には、今臨時教員が赴任していると言うことだった。



いずれは戻りたいと清水さんは言う。

でもそうなると寂しくなっちゃっうな。



私は見たこともないその離島へ思いを馳せていた。





 そんな時、家に電話があった。


それは、熊谷駅で声を掛けたSL好きのおばさんだった。



おばさんは車内で私が指摘した部分を下車してすぐに警察に持ち込んだ。



「もしかしたら長瀞で、荒川で人が殺されたかも知れません!!」


って叫びながら……





 提出されたマイクロSDソフトを、警察はおばさんの許可を得てからすぐにコピーした。


そして、映像分析が行われたのだ。





 その結果。

其処には、少年が川の中で押し付けられて殺されかけた姿が写し出されていたのだそうだ。



その少年はその後で、母親を殺してしまったのだ。



苦しまぎれに川の中で拾った石でその人の後頭部を叩いたのだ。



叩いたのは一度だけだった。

だけど当たり処が悪かったのか、その人は川の中に顔をつけて亡くなったそうだ。





 おばさんは私達から離れて席に戻った後で映像をじっと見ていた。

そして気付いたのだそうだ。



その映像の中身に……



私の指摘は殺人罪で逮捕された少年を救ったのだ。



(良かった)

何故かそう思った。





 私は喜んで母に報告していた。

傍で父が聞いているとも知らずに……



「テメエ等は、俺に隠れてコソコソと何を遣っているんだ!!」


父の怒りが爆発した。






おばさんの写した女性とは?

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