時空を繋ぐ道。目覚め、決着
全力を持って鎧人形を撃退し瘴気を刺激したオイチたちは、攻撃の余波と瘴気の沼が届いていないほど遠くまで逃亡し、汚染されていない地面に降りて一息付いていた。
ラヴァイアタンがその頭部にライコーを乗せたまま空中で静止し、瘴気の沼と塔を監視している。
背で起こる異常に最初に気付いたのはトラノスケだった。
「あれはっ!?」
瘴気の沼から飛び出す鎧人形とその腕に抱えられたタツミの姿。
鎧人形は素早く周囲を見回し、彼らを見つけると紫色の光を纏って飛翔する。
「トラノスケ、状況は!」
「鎧人形が瘴気の沼から再出現! タツミ殿を抱えて急速接近中ですっ!」
全員が武器を構え、近付いてくる鎧人形を警戒する。
ラヴァイアタンの頭の上で息を整えていたライコーも、魔力の一斉放出で息も絶え絶えになっていたカロルも。
老竜だけが鎧人形が敵対した存在から変化している事に気付いていた。
『よっこいせっと』
近付いてきた鎧人形は空中でくるりと一回転しながら、ラヴァイアタンの背に着地する。
気軽というか緊張感のない、しかし聞き覚えのある声が着地の瞬間に警戒していた皆の耳に届いた。
「ミストレインさん!?」
最初に声を上げたのはオイチだったが、ラヴァイアタン以外の物が聞こえてきた声の主に驚きを露わにしている。
『やあやあ、オイチお嬢ちゃん。とりあえず時間が無いのでタツミをお返しするよ』
ぞんざいな動作で鎧人形はぽいっとタツミを放り投げる。
オイチとその傍にいたキルシェットが慌ててタツミを抱き留めた。
「た、タツミ殿!」
「タツミさん」
ぐったりと抱えられるままになっているタツミだが、か細いながらもしっかり呼吸は行われている事を確認出来た事で二人と駆け寄ってきたカロルは安堵の息を付いた。
「で、なんで死んだはずの婆さんがその鎧人形になってんだよ?」
先ほどまで相対していた存在を警戒してタツミたちと鎧人形の間に立ったライコーの語気の強い問いかけ。
彼の隣には同じく警戒している様子のトラノスケとアーリ、ルンの姿がある。
『あんまり詳しく説明している時間がないから掻い摘まんで話すよ。まず私はミストレインがタツミに残した竜の加護さ。ミストレイン本人じゃないよ。ミストレインが使用した老婆の声と人格を使っているのはその方がお前たちにとってわかりやすいだろうからさ』
鎧人形は両手を上げて攻撃意志がない事を示しながら語る。
『あの瘴気の沼に引きずり込まれた後、瘴気の影響でしばらく加護が上手く働かなくてね。ギリギリのところでタツミを守る結界を発動したんだがタツミを覆う尽くすまでの時間の間に一部だけ浸食されてしまったんだよ』
一同の目が気を失っているタツミに注がれる。
誰もが浸食された彼を案じるが、そんな彼らの心情を無視して鎧人形は説明を続けた。
『この鎧人形は瘴気によって浸食されていたタツミの力をタツミ自身から引き剥がした事で生まれたタツミの力の化身なのさ。安心しなさい。切り離しには成功しているからタツミに瘴気の影響なんて残りはしないよ。外に出てきた時、大量の瘴気を纏っていたのは切り離した後の瘴気の浸食汚染が酷かったせいでね。お蔭で私が主導権を取り戻すにはどうにかして入り込んだ瘴気を減らす必要があったんだよ』
やれやれと妙に人間らしく肩を竦める鎧人形の説明に溜まらずライコーが声を上げる。
「俺たちを襲った理由は戦って瘴気を消耗させる為かよ! せめて戦ってる時に事情を言えよ!!」
『無理だよ、鬼の子。主導権を持って行かれていたんだ。言葉を喋る事はおろか指先一本思い通りに出来なかったさ。まぁ生きている人間なんて瘴気からしたら格好の標的だったから、私が何かする必要も無くお前たちに襲いかかっていったわけだが……』
抗議の声を一刀両断し、鎧人形はマイペースに話を続けた。
『お前たちが全力で攻撃してくれて瘴気を大量に消耗したお蔭で残っていた瘴気を自力で追い出した私は、また浸食されないよう守りを固めた上で瘴気の沼の中へ戻り、この化身とタツミとの繋がりを目印にタツミを救出して今に至るというわけだ』
わざわざ「ちゃんちゃん」などと合いの手を付け足しながら鎧人形は説明を締めくくる。
「掻い摘まんだ事情は理解した。しかし今の説明だと『窓の無い塔』と『瘴気の沼』についての事態解決にはまったく手付かずという事になるが?」
口を挟む事無く黙していたラヴァイアタンが問いかける。
今後の方針に関わる事である為、タツミを抱えていたオイチたちの視線も鎧人形に集まった。
『確かに私は何もしていないねぇ。だが事態はもうまもなく収束に向かうよ……』
鎧人形はラヴァイアタンの言葉を首を横に振って否定した。
『浸食された時に幾らか情報を奪い取ってね。もうじきこちらにいられる時間が切れる事が分かっている』
「時間切れ? それはどういう……」
オイチが代表して疑問を口にしようとした瞬間、地震のような震動が彼らの会話を断ち切る。
『……来たようだよ。あちらの世界へ行く時間がさ』
鎧人形越しの老婆の声からは、今までの軽い口調が消えていた。
重々しく緊張感の孕んだその言葉に、その視線の行き先を全員が注視する。
そして気付く。
あれだけの戦闘の最中ですら沈黙を保っていた『窓の無い塔』。
その唯一の出入り口である鉄扉がいつの間にか開いていた事に。
そしてそこに瘴気が流れ込んでいっているのが注視する全員にわかった。
「まさかあの沼のような瘴気を吸い込んでいるのか?」
アーリの言葉通りだった。
揺れているのは地面だと彼らは思っていたが、事実はそうではない。
地面を浸食してその範囲を拡大していた瘴気の沼が、塔に吸い込まれて移動していく事によって発生しているのだ。
鳴動する沼は、まるで引き潮のようにそれまで広げていた浸食範囲からどんどん塔の真下にまでその範囲を減少させていく。
「本来、瘴気というのは世界に一定の量存在するものだ。生物の負の感情が消滅する事はないのだからね。そしてそれが世界を回る事も……そういう法則で世界が成り立っているんだよ」
老婆の声が語る。
「それを生物側で利用しようとした結果、瘴気その物が変質しつつある。そしてソレとはまた別にあの塔が出現し、結果的に大量の瘴気を移動させる補助をするようになってしまった事で世界を回る法則が綻び始めてしまった」
塔は凄まじい勢いで瘴気を鉄扉の奥へ奥へと吸い込んでいく。
事態が収束する光景だというのにそれを見る彼らの心は、老婆の語る事実によって不安に苛まれていた。
「このまま行けば遠からず世界は滅ぶ」
かつて天候を司った竜の残滓からの言葉の重みに誰かが、あるいはその場の全員が息を呑む。
「方法なんてどうでもいい。塔を破壊しな、手遅れになる前に。その過程で出現するだろう障害はすべて排除して」
有無を言わさぬ言葉には、そうするしかないのだという問答無用の説得力があった。
「簡単に言いますがね。タツミ殿の鬼殺しもラヴァイアタン殿の攻撃でもびくともしなくなった建造物なんてどうやって破壊しろと?」
トラノスケの言葉は的を射ている。
一時期はボロボロになった事もあった塔は、今やチーム最大火力ですら揺るがないほど強固な防御力を持ってしまっていた。
これも瘴気の影響だと言うのならば破壊するのは容易ではない。
「確かに異様に外側は硬くなっているようだ。外側から破壊するのは現実的ではないだろうね。となれば答えは一つじゃないかい?」
問い返されたトラノスケと察しの良いメンバーの顔が曇る。
「内部からの破壊。瘴気渦巻くあの扉の奥に踏み込めと仰るのですね」
オイチの固い口調は、その手段を取る事の難しさを何よりも雄弁に物語っていた。
「ただ突撃したんじゃ無理だろう。あの中でも自意識を保ち、望んだ行動が出来る対策が無ければ……」
アーリの言葉もまたやらなければならない事の難易度の高さに尻つぼみになっていく。
「気張る事だね。そうしなければ死ぬんだから」
突き放すように冷たく言い放たれた言葉には、しかし自分たちを叱咤する想いが感じ取れた。
だからこそ彼らは鎧人形に何も反論せず、結果的に話が途切れてしまう。
この街を破壊した原因である瘴気がどんどん『塔』の中へと消えていく光景を、彼らは警戒を怠らずに見守った。
この異様な光景に対して出来る事がない以上、見守るしかなかった。
そんな余裕が彼ら自身になかったというのもある。
誰もがあえて口にはしていないが、先の鎧人形との戦闘で疲労が蓄積していた。
少なくとも先の戦いと同じ動きをする為には少なくない休息が必要だ。
だからごく少数の者以外、それに気付かなかった。
「……往生際が悪いね」
彼らの背後から飛び出してきた瘴気の塊は真っ直ぐにカロルを狙った。
この中で最も体力を消耗し動く事が出来ない少年は、格好の獲物と判断されたのだ。
咄嗟にルンがカロルを抱き締め、迫りくる瘴気に対して背を向けてその場にしゃがみ込む。
防御も回避も間に合わないが故に、彼女は咄嗟にカロルの盾になった。
しかしその行為は無駄に終わる。
光の斬撃が瘴気を引き裂く。
怯んだ隙に近付いた鎧人形の拳が瘴気を塔の方へと吹き飛ばす。
さらにラヴァイアタンの口から放たれた光線が宙を飛ぶ瘴気へ追い打ちをかけた。
最後の一欠片だったんだろう瘴気が塔へと吸い込まれ、そしてその鉄扉が重々しく閉じられる。
しかし彼らはもはや塔の事など見ていなかった。
最初の斬撃を放ったのがオイチに支えられていたタツミだったからだ。
「タツミ様……」
肩を支えられ息も絶え絶え。
その状態で刀を握って彼はオイチを見て、そして仲間たちを見て微かに口角を釣り上げる。
「ただいま。心配掛けてすまなかった」
タツミの身体にオイチの細腕が回り、抱き締められる。
間を置かずにライコーとキルシェットが彼に飛びかかるように抱きついた。
傍に寄ってきた仲間たちは示し合わせたかのように同時に彼に言葉を贈る。
「おかえりなさい」
迎え入れる言葉にタツミは今度こそしっかりと笑った。




