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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第八章
146/208

亡霊狂騒劇_終

「……疲れたな」

「そうだな」

 

 テーマパークでの大規模テロ事件。

 その事情聴取や友人達とのやり取りがようやく終わり、彼らは自宅へと帰ってきていた。

 部屋着に着替える気力もなく、そのままベッドに倒れ込む。

 

「大丈夫かね、辰道君」

「……」

 

 今の彼には自らを案じる声に応える余裕もなかった。

 とにかく休みたかったのだ。

 

「(まぁ無理もない。警察には拘束され、その後は同行していた友人達や知り合いにずっと付きっきりだったのだからな)」

 

 健志の気遣う視線を受けながらベッドに倒れ込んだ辰道は事件が終わった後の事を思い出す。

 

 

 

 辰道たちが鴉天狗もどきを倒した後、やはりと言うべきか元凶である塔は幻のようにその姿を眩ました。

 思わず舌打ちするも彼は気持ちをすぐに切り替え、豊子たちと合流しようと動き出すのだが大きな問題があった。

 彼は今タツミとしての姿のまま、つまり鎧武者の姿なのだ。

 

 このまま戻ってしまえば悪い意味で目立つのは確実でいらぬ詮索を受ける事はわかりきっている。

 どうしたらいいかと建物の影に隠れながら悩んでいると、どういうわけかあっさりと元の2人の状態に戻ってしまった。

 あまりに拍子抜けの展開に思わず横に出現したタツミと顔を見合わせている。

 

 しかしこれ幸いにと辰道は豊子たちがいると思われるお化け屋敷へと向かった。

 はぐれていた友人達とはすぐに合流している。

 拓真たち斉藤家の人たちも無事だった。

 明美がやや衰弱していたことが辰道には少し引っかかったが、それでも談笑できる程度には元気で安心していた。

 拓真にはそれとなくここで起きた事について聞いてみたのだが、本人はお化け屋敷で幽霊に襲われてからの記憶がまったくない事がわかっている。

 

 彼自身はどこに行っていたかを誤魔化すのに苦心していた。

 ただ彼らが純粋に心配してくれる様子は赤の他人である健志が傍で見ていて胸を痛めるほど真摯なもので向けられる辰道からしてみれば、本当の事を言えない罪悪感もあってかなり心に来るものがあった。

 その事を健志は正しく理解し、辰道の心をただ案じていた。

 

 そしてようやく到着した警察や救急によって事態が収拾されていく。

 そんな中、比較的怪我もなく落ち着いていた辰道は真っ先に遊園地で起きた事についての聴取を受けることになった。

 

 しかしその光景は『聴取というには些か強引な物であった』というのが、塔がなくなり周囲のほとんどの人間から認識されないのを良いことに辰道について行ったタツミと健志の感想である。

 何が起きたのかについて、辰道は何も隠す事なく全てを話したが、あまりにも非常識過ぎて聴取をしていた刑事には終始疑いの目で見られたのだ。

 そうなるだろうとわかっていたが、他の人間からの聞き取り結果と合わせれば彼の言葉が事実だということは裏付けられるはずなのでこの疑惑の視線について辰道はそういうものだと受け入れて流していた。

 何度となく真面目に答えろと言われ、最後の方は声を荒げられ、第三者から見ればまるで辰道が何かしたのではないかと追求されているように見えたことだろう。

 

 まともな聴取にならない苛立ちからか、今回の件との関連性が見られない明美や拓真と関わる切っ掛けになった人身事故についても言及された事にはさすがに辰道や聞いていたタツミと健志も腹立ったがそれでもなんとか耐えていた。

 これもまた彼の精神的疲労を促進させていた。

 

 最終的に他の聴取と証言が一致したことで何もふざけず真面目に事実を答えていたのだという事が判明し、あの刑事は罰が悪そうな顔をする事になる。

 

 事件が解決したのがおよそ15時のこと。

 そこからかなりの時間拘束されていた彼はその足で友人達が運び込まれた病院に向かい、到着した頃には日は完全に落ちていた。

 

 そして向かった先は訳のわからない事態に見舞われて今も尚、混乱している被害者たちがまとめられている幾つかの会議室。

 備え付けの長机などは移動され、できる限り人が入れるスペースを確保されている。

 辰道が出入り口から中を窺うと、そこは災害時に緊急避難先になった学校の体育館のように人でごった返していた。

 

 軽く見回せば仮装をしたテロ集団による襲撃という、日本では見舞われないような事件に巻き込まれ実際に怪我をしたという事実に、救助された今でも不安がっているようで家族や友人たちで身を寄せ合っている者たちがいる。

 見知った顔を捜しながら他の会議室を覗くと不安を誤魔化すように病院関係者に状況説明を求める者、訳のわからない事態によって溜まっていくストレスを吐き出すように周囲に怒鳴り散らす者などこの事態に向けて様々な動きをしている人間の様子がよくわかった。

 

 そんな騒がしい喧噪の中をひた歩き、辰道は3つ目の会議室でようやく友人達と再会することが出来た。

 辰道以外は大なり小なり怪我をしていたらしく、一人だけ警察に連れて行かれた辰道の事を皆が案じていたのだ。

 心配をかけたという事実に申し訳なさ半分、良い友人に恵まれたという嬉しさ半分で男性陣からの手荒い歓迎を甘んじて受ける。

 

 豊子がやや無理をして普段の態度を装っていた事に彼と一義は気付いていた。

 しかし一義はこんな事件の後だから仕方ないと思い、辰道は自分が事件当時にやっていた行動を考えると当然かと自己完結していた。

 

「(どこかで話をしないとな。口止めも含めて)」

 

 自身が化け物相手に大立ち回りを演じていたなど、彼からしたら決して広められたい物ではない。

 幸いにも豊子は彼の行動について友人達には話していないようだった。

 

「すまん。いろいろ気を遣わせた」

「気にするな。あまり公にしたくないだろうし。それに、言ったところで誰も信じないさ」

 

 聞かれてもわからないようにぼかして礼を言えば、彼女は言葉の奥の真意もしっかり把握した上で回答してくれる。

 打てば響くと言って良いその気持ちの良いやり取りは、数時間に渡り拘束されていた彼の心を癒やしてくれた。

 

 ようやく会えた友人に安堵し、しばらく談笑しながら辰道は彼らのケアに努める。

 しかし彼らが幾らかの精神的余裕を取り戻した頃、どこか取り繕ったような態度を取っていた豊子の身体が目の前でふらついた。

 

「おい、豊子!」

 

 彼女の身体を辰道が咄嗟に支え、静かに床に寝かせる。

 明石や一義たちが慌てて近付いてくる中、辰道は彼女の頬に手を当てながら呼びかける。

 だが彼女は意識が朦朧としているらしくかけられる言葉に反応することはなかった。

 

「一義! 誰でもいいから病院関係者呼んでこい!」

「わかった!」

 

 自分のジャンバーを脱ぎ、冷たい床に敷いて改めてその上に豊子の身体を寝かせる。

 その間も三嶋と高野が不安げに彼女に声をかけ続けるが、その言葉に反応は返ってこなかった。

 か細い呻き声が時折漏れるくらいだ。

 

「(これは、まずいかもしれない……)」

 

 ただの貧血や立ち眩みと判断するには彼女の症状は重すぎた。

 周りが彼らのやり取りに気付いて遠巻きにざわめくだす中、一義が連れてきた医師による診察が始まる。

 

「これは……ひとまずベッドに運びます! 担架、急げ!」

 

 新たに呼びつけられてきた2人組が手早く組み立てた担架に豊子を乗せて去って行く。

 それを彼らは見送る他なかった。

 

 あの後戻ってきた医師を問い詰めたところ、張り詰めていた緊張の糸が切れたためかこれまでの精神的疲労がたたっての失神らしい。

 今日は目を覚まさないだろうと言われて意気消沈していると、それから程なくして怪我の程度が軽い者については帰宅指示が出された。

 豊子の事は心配だが親族でもない辰道たちが残るわけにもいかず、ホテル暮らしの一義が近くのビジネスホテルに泊まり明日も様子を見ると言ってくれたので他の面々は後ろ髪を引かれる思いでそれぞれの帰路についている。

 

「あいつの家族にも連絡しないとな」

「それも俺の方からやっとくよ」

 

 戦闘や事情聴取の疲れも手伝い、辰道は豊子の家族への報告を一義に一任した。

 この時になってようやく彼は斉藤家の人たちに病院で会っていない事に気付いた。

 帰りがけに拓真にあれからどうなったかをメールで聞いておく。

 電話で直接聞かなかったのはもう遅い時間で、いろいろとあった事もあって疲れているだろうと気を遣ってのことだ。

 

 そこまでの事を終わらせて帰路につくことしばらく。

 明日の朝食用にとコンビニで適当なおにぎりやパンを購入し、這々の体でようやく彼は帰宅する。

 そしてベッドに飛び込んだ彼の意識は、眠りを促す柔らかい心地よさにあっさりと途切れていった。

 

 健志やタツミは彼が眠りに落ちたことを見届けると、タツミはソファーに寝転がり健志はベランダ寄りのフローリングの床に伏せて目を閉じる。

 彼らの長い一日がようやく終わったのだ。

 

 

 しかし事態は彼らの疲れなど無視するように進んでいく。

 後日、ポストに投函されていたとある手紙によって。

 

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