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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第八章
145/208

亡霊狂騒劇_陸

「んんっ?」

 

 意識が浮上する。

 霞がかった頭のまま、拓真は手を床に付いてゆっくりと上半身を起こす。

 彼が周りを見回すとすぐ傍には数十人の男女がいた。

 彼自身よりも小さな子供や高齢の人間が具合悪そうにしているのが見える。

 昔、ニュースで見た被災した人たちが避難所に集まっている時の光景が寝起きのようにぼんやりとしたままの彼の脳裏に過ぎる。

 

「おお! 君、気がついたかい!?」

 

 彼の様子に気付いて近付いてきた男性は、ほっとしたように笑った。

 

「あ、えっと……大丈夫、です」

 

 自分が今置かれている事態が飲み込めずに拓真は混乱していた。

 彼の最も最近の記憶は飛びかかってくる半透明の幽霊の姿。

 恐ろしいその光景を思い出してしまい、彼は思わず身震いし悲鳴じみた声を上げそうになった。

 しかし話しかけてきた男性の自身への気遣いを感じさせる表情と言葉を受け、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻す事が出来たのだ。

 

「ここって……それに俺、どうして?」

「ここは迷路型お化け屋敷の中さ。訳のわからないでっかいカボチャ頭が大穴を開けてくれたお陰で外みたいに明るいけどね」

 

 指で示された方向には屋根から床までを上から押し潰したような跡とその周囲に散らばる瓦礫があった。

 車が突っ込んだとしても、このような跡にはならないだろう事が拓真にも理解できる。

 ただ『でっかいカボチャ頭がやった』と言われても、現場を見ていない彼にはぴんと来なかった。

 そこまで思考したところで彼はぼんやりしていた頭を通常通りに稼働させ『自分の家族がどうなったか』に思い至った。

 

「す、すみません! 俺の両親と妹知りませんかっ!?」

 

 勢い込んで目の前の男性の肩を掴んで叫ぶ。

 どうして忘れていたんだと自分に怒り、『無事だろうか、怪我をしてないだろうか』と焦る彼を、男性は落ち着かせるようにゆっくりと諭すように声をかける。

 

「大丈夫。君の妹さんは貧血みたいになっているけどそこで横になってるよ。ご両親も一緒だ。お母さんの方は足を挫いてしまっているけど大きな怪我はない」

 

 ほら、あっちにいるよと示された方を拓真が見ると何人もの人間が横になっている先、建物の壁に寄りかかるようにしている父と同じく壁に寄りかかって座り込んでいる母の姿、そして二人のすぐ傍に上着を枕にして横たわっている妹の姿があった。

 

「よ、良かった……」

「君は迷路の中にいた人間でかなり後に見つかってね。ご家族と離れた場所になってしまったんだ。ごめんね」

「い、いえいえそんなっ! あ、謝らないでください。俺、全っ然平気ですから!」

 

 困ったように眉を下げる男性に拓真は慌てて手を振った。

 思わず大きな声を出してしまい、周りからなんだなんだと注目を集めてしまう。

 当然、その声は家族にも聞こえていた。

 

「「拓真!」」

 

 両親の自分を呼ぶ声に彼は途方もない安堵を覚える。

 訳のわからない状況、恐ろしい物を見た記憶。

 心細さはどうしてもあった。

 しかしそれも最も近しい人たちに名前を呼ばれる事で解消した。

 目尻に涙が浮かぶのを乱暴に拭う。

 

「ほら、周りの人を踏んだりしないように気をつけて」

 

 優しく家族の元へ行くよう促してくれる男性に声もなく頷き、拓真は言われた通りの慎重な足取りで家族の元に向かった。

 

 彼には『事が起きてから今までの記憶』がまったくなかった。

 

 自分が何をしていたのかも。

 だから倒れていたすぐ傍に先ほどまで握りしめていたドライバーが何を意味するのかなどまるでわからなかったのだ。

 

 

 建物の外からは人の物とは思えない叫び声や、爆発でもしたのか激しい轟音が聞こえてくる。

 彼らは戦場もかくやの喧噪から逃れたい一心で息を潜め続けていた。

 

 そしてこの事件がどのように終息したのかまったくわからないまま、誰かが呼んだのだろう警官や救急隊員によってパトカーや救急車に運び込まれ、テーマパークから離れる事になる。

 連れ出される際に彼らが見たのは激しい戦闘によって薙ぎ倒されたと思われる木々や破壊されたアトラクション。

 そして所々に開けられた月の表面を思わせるクレーターの数々だった。

 

 彼が慕っている男性と再開したのは病院で手当を受けている時のことである。

 

 

 

「くっくっくっくっ!」

 

 男は一人、自宅でテレビを見ながらこみ上げる笑いに喉を震わせる。

 テレビに映っているのは休日のテーマパークを襲ったテロ事件。

 ハロウィンにあやかったイベントを行っていたテーマパークに仮装をしたテロリストが紛れ込み、一般客を無差別に襲ったという痛ましい事件だ。

 しかし男は映像の中に映り込んでいる『塔』と『瘴気』、そして『魔物』がどういう存在であるか気付いていた。

 

「テロ、テロと来たか。……くっくっく!」

 

 缶ビールを一気に煽り、空になった缶を片手で折り畳みながら男は口角を吊り上げる。

 

「面白いなぁ。これがどんなものかわからないこの世界の人間たちが騒ぐ様は。実に、実に面白い」

 

 彼は呟きながらチャンネルを適当に回す。

 ニュースがやっている時間であるからか、どのチャンネルも今日起きたこの事件の話題で持ちきりだ。

 テーマパークの代名詞とも言える巨大な城の横に映り込んでいる塔についても「やれホログラム映像だ」、「やれ合成映像だ」と何もわかっていない専門家を自称する人間達が見当違いの考察を披露している。

 

「クククッ、まったくどこまで私を愉しませてくれるのか……」

 

 テレビには現場に居合わせた人間のビデオカメラや携帯で撮影された映像が映っている。

 

「……それにしてもあの時遭遇した見かけた狼があの男と行動を共にしているとはな」

 

 専門家がテロリストだと言っている狼男に噛みつく白い狼の写真を見つめる。

 その隣にはずいぶんと画像が粗いが、鎧兜を装備した男の背中の写真が貼り付けられていた。

 

「現状、この男に真っ向から挑んで勝てるとは思えん。……これからは愉しむ時、今まで以上に注意せねばならんか。くくっ! 愉しみが増えたと思えばこれもまた有りか。……いや適度に自身を追い込み生存本能に刺激を受ければ、あるいはこれへの理解を進め、より強大な力を手に入れられる可能性もある」

 

 彼は自身の右手を見つめ、力を込める。

 服の裾から掌を覆うように瘴気が溢れ出た。

 それはあっという間に掌を覆ってしまう。

 彼は肌が見えなくなった右手に自身のイメージを送り込む。

 すると掌はまるで流動する水のように蠢き、その形を蛇の頭へと一瞬のうちに変化した。

 

 続けてナイフの形状に変え、ハンマーの形状に変える。

 その他複数の形状に変化させると満足したのか、元の手の形に戻し瘴気も裾の中へと吸い込むように消す。

 

「未だに右手一本だけではな。ただの余興にしかならん。とはいえこれ以上何か出来るようになると思えない。……何か外的刺激、『切っ掛け』が必要か?」

 

 先ほどまで熱中していたテレビの事など忘れ、彼は己が取り込んだ『瘴気』をさらに使いこなす方法について模索し始めた。


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