会社での一幕。タツミの懸念
「幽霊?」
いつも通りに会社で仕事をしていた辰道は上司の裕也から聞かされた単語に鸚鵡返しに聞き返した。
時刻は午後3時。
休憩時間に開放されているラウンジでチームメンバーと談笑している時の話だ。
「ああ。俺も息子に聞いたんだけどね。最近、そういう噂が立っている場所に行って本当に見たっていう話が増えているんだそうだよ」
「僕の友達も見たって言ってましたよ。良い年した大人が何をやってるんだって思ったんですけど、なんだか真に迫っていて気になってたんですよね」
裕也の言葉に同僚が同調する。
「そういう所に行ったわけじゃないですけど、なんか夜更けに出歩いてたらそういうの見たって言う話って最近多くないですか?」
「あ、それ私も思いました。よくある怪談話みたいに木の下に人が立っていて瞬きした次の瞬間には消えている、みたいなそういう話を最近よく聞きますよね?」
その場にいる者たちに話が普及し、幽霊という共通した存在にまつわる話が次々と出てくる。
集まった人間のほとんどが同じ話題で何かしらの情報を持っているという奇妙な状況。
ただの話題とするには異質な盛り上がりを見せているが、辰道としても『そういう話』には興味があった。
「(盛り上がっているなら丁度いい。色々聞かせてもらおう。何か手掛かりになるかもしれない)。言ってはなんだがああいうのは大概眉唾だろう? それにもうすぐ10月で時期こそ外しているが、そういう話はいつだってあるものじゃないか?」
打算的な内心を押し隠しながら、彼はその話の輪に加わる。
否定的な意見を出したのは半分が本心、もう半分は場の空気に反した発言で詳細な情報が引き出せるかもしれないと読んだからだ。
「確かにオカルトな話って四季関係なしに盛り上がりますけど、最近妙に多いんですよね」
「ちょっと前に『病院の一室を見つめ続ける狼』、『山の中に聳え立つ塔』とか『蠢く森』、ちょっと毛色違うけど『都内の烏大量変死』とか面白そうな話ってあったんですけど、その頃からなんか多くなったんですよ、こういう異常な話」
「そう、なのか?(……全部、俺が関係しているヤツじゃないか。烏の変死やら森が動いたやらの話は最近の話だから仕方ないが、健志さんの話もまだ話題に上がってるんだな)」
指折り上げられた全ての事件に関与していた事実に、辰道は頭痛を抑えるように米神を軽く叩く。
「? ええ。オカルト話の考察サイトとかって言ってみるとどこでも似たような話してますよ」
同僚は辰道の態度に首をかしげながらも、深く言及する事も無く話を続ける。
「考察サイト? そんなのもあるんだねぇ」
「そうなんですよ! これが見てるだけで結構面白くて! こういう話が嫌いじゃないんだったらぜひ1回見てみてください! あ、サイトはこんな感じです」
裕也の感心した風な言葉に、先ほどから率先して話している女性の同僚が興奮気味に応える。
自分のスマフォでお勧めのページにアクセスし、裕也や辰道、その他の同僚に見せながら薦めてくる。
「『怪綺談研究室』ねぇ。雰囲気が本格的だねぇ」
トップページのおどろおどろしさに見せられた人間たちの半数は引き気味だが、何名かは面白そうだと自分の端末にURLを入力し、個々でアクセスし始めた。
辰道も異常な話を探っているが故にその場のノリも手伝ってURLを入力し、トップページを表示する。
適当にページ内を見ていると、彼の脳裏でサイコロが舞った。
同時に彼の視界の端にいた裕也の頭上にサイコロが舞っている様子が見える。
「っ!?(なにっ!?)」
裕也の出目は『2』。
ほとんど反射的に辰道は『運命逆転』を使い、彼の出目を『5』に変更した。
同時に自分の方のサイコロの目が決まる。
『2』と表示されたサイコロの効果はすぐに現れた。
彼の背後を通ろうとした別の社員が何もないところでつまずき、持っていた紙コップを手放す。
放物線を描いたソレは周囲を警戒しようとしていた彼の頭を直撃。
中に入っていた烏龍茶を頭から被ってしまったのだ。
まるで漫画のような悲劇にラウンジにいた者たちは唖然とし、つまづいた社員は顔を真っ青にする。
「わぁぁぁ!? すみませんすみません!」
「いや、大丈夫だから」
必死に頭を下げる彼を落ち着かせようと努めて平静を装いながら上着を脱ぎ、ハンカチでYシャツに滴り落ちそうになっていた烏龍茶を拭き取る。
「ちょっと双葉君! まず髪を拭かないと!」
裕也が慌てて自分のハンカチで彼の頭を拭き始める。
すぐ横にいたはずの彼に被害がまったくいっていないところを見るに、彼のサイコロの効果はこれで消化されたようだ。
「うわぁ。こんなコントみたいな事、本当にあるんですね」
「いやいや感心してんじゃないよ。双葉さん、こっちも使ってください!」
周囲が騒ぎ立てる中、辰道は盛大なため息を付いた。
「本当についてない」
その日、チームのメンバーから気を遣われ続けた彼は常に居た堪れない気持ちを抱えて仕事をする事になる。
「……」
辰道がいない昼間の自宅。
健志は連日のように何か手掛かりがないかと街を歩き回っている。
よってここにいるのはタツミ1人だけだ。
彼は静かに目を閉じて胡坐をかいてリビングの床に座っていた。
別に精神統一をしているというわけではない。
彼が気になっている事について考えをまとめる為だ。
「……(俺と初めて出会った時から起こっていた辰道の肉体の変化。既に弱い魔物なら倒せるレベルにまでなっている)」
タツミがこの世界に足を運べるようになってからありえない速度で辰道の肉体と精神は強化されている。
あちらの世界で普通に鍛錬したら数年はかかるだろう成長を一年にも満たない時間で行われたのだ。
あちらの世界に来た最初、戦う事に怯えて、恐れて、刀を握る事にすら苦心した頃など無かったかのようだ。
しかし本人にはその変化の自覚症状が薄い。
辰道はまるで元からこれくらいの事は出来ていたとでも言わんばかりに行動する。
それが前の事件の折に肉体がボロボロになる結末を招いたのだが。
この世界に来て辰道を視たタツミには理解できた。
『全快と同じ動きをしてもびくともしない身体が出来上がっている』という事が。
「(辰道の身体はあちらとこちらを行き来する毎にあちらの身体能力に合わせられていっている。このままだとそう遠くないうちに俺に追いつく)」
それはタツミにとって直感であるが確信でもあった。
しかし辰道にとってそれが良い事とは必ずしも言えない。
常識を無視した無茶も無理も認められているあちらの世界では良かった。
だがこちらの世界では非常識は恐れられる。
他者と違う個は常識の名の元に寄り集まった群に迫害されてしまうのがこの世の大多数を占めた理屈だ。
「(これまで以上に気をつけるよう言い含めるのは当然の事だが……それだけでどうにか出来るもんでもない)」
辰道はいざとなれば躊躇わないだろう事もタツミにはわかっていた。
電車に轢かれるところだった双子の学生を助けた時のように。
「(肉体の変化が俺との繋がりの影響なのは間違いない。だからと言って俺と辰道は切っても切れない。そもそも瘴気のせいで割られちまった物が元に戻ったなんて状態である以上、逆にどうすればまた割かれられるんだって話だろうしな)」
もっとも魂を分割する方法が見つかったとしても、タツミにその気はまったく無いのだからこの方法は探す意味はないのだが。
「(影響があいつに集中しているのも気になる。俺にあった変化はこちらでの生活の記憶くらいだし)」
偏っている変化。
これが何を意味するのか、タツミにはわからなかった。
「(ともかく今後も要注意か。何がどうなっているかについて知りたいのは俺とあいつで一緒なんだが……それで辰道が危ない橋を渡るのはごめんだ)」
だがそう伝えても辰道が止まらない。
それがタツミには手に取るようにわかる。
「(あれこれ考えてはみたものの、結局のところあいつがこっちで安穏と過ごせるようにこれまで以上に気をつけるしかないんだよなぁ)」
はぁとため息を一つ付き、タツミはゆっくりと立ち上がる。
「こうしてうんうん唸ってるより爺さんを見習って外に行った方がいいな」
すっぱり気持ちを切り替えて、彼はベランダに出て行く。
ガラス窓を素通りし、かなりの高さにある部屋のベランダから彼は躊躇い無く無造作に飛び降りた。
「何か見つかるといいんだけどな」
そんなぼやき声は落下の風切音に掻き消されていった。




