成果の上がらぬ日々と蠢く蛇
何度目かの異世界からの帰還から早いもので10日ほどが経過した。
相変わらず日常生活の合間に非日常の手掛かりを探す日々だ。
今のところ成果は上がっていない。
10日の間にあちらの世界の『ルドルフ・エドガー』である『近藤和弥』から連絡が来たのだが、会社側からのアプローチは難航しているようだ。
「バグ記録表を見てみたところ、この件については既に解決扱いになっていました。システム側の問題として、開発者が対応済みであると。ただ対応の詳細については記載されていません。誰が対応したかも開発部と大枠でしか記載されていません」
電話越しの会話であったが、その言葉には成果が上げられなかった無念さ、辰道たちへの申し訳なさが感じ取れた。
「わかっていた事でしたが、しがない一シナリオライターではシステム面に直接関わる事は中々に難しいですな。もう少し詳細を掴めるよう今後も尽力します。もちろん他の切り口からのアプローチも試してみますよ」
「無理はしないでください。自分の生活を犠牲にするようなことまでする必要はないんですよ」
自分に関わったことで貴方の身に何かあっては申し訳が立たない。
そういう気持ちを込めた辰道の言葉に和弥は電話の向こうでふっと微笑む。
「ええ、心得ています。ただ出来るところまではやってみたいのですよ。なぜ自分がこうなったのか、個人的にも気になっていますのでね」
彼は冗談めかした言葉の裏に自身の知的好奇心を匂わせ、和弥は辰道が感じている罪悪感を薄めようとしていた。
「……そういう事にしておきます」
それが全てではないが全てが嘘というわけでもない男性の言葉に、辰道は続けようとしていた言葉を飲み込んだ。
かけられた言葉に含まれた気遣いで気が楽になったのは事実だったからだ。
「直接、危険に飛び込む貴方の方こそどうかお気をつけて。それではまた」
「気をつけます。それじゃまた」
それからも辰道は仕事の傍ら情報収集に励んでいたが、有力な情報は今のところ出ていない。
それは常日頃から周囲を見て回っているタツミや健志も同様。
時たま、人から噴出する瘴気を追いかけて塔を発見するも彼らが到着する頃には幻のように消えてしまう為、事態の進展はほとんどなかった。
そもそも和弥のように明確な指標と呼べる物がほとんどない状態で、手当たり次第に探しているのだ。
そうそう成果が出るとは誰も考えていない。
気長にやっていくしかないという覚悟は全員がしていた。
そんなある日、辰道に以前に駅のホームから落ちたのを助けた縁で仲良くなった斉藤拓馬から連絡が来ていた。
「へぇ、『The world of the fate(運命の世界)』を始めたのかい」
「はい! なんか周りも結構やってて面白いって勧められたんで始めちゃいました。ま、全然弱いんですけどね」
「始めたばかりだからね。誰でもそうだから自分のペースでやっていけばいいさ」
他愛のない談笑の中で、辰道は自分に言い聞かせるような事をしゃべっていた。
長期に渡って手探りの調査をする覚悟を決めていたとはいえ、やはり実りがない作業だ。
彼の心にも焦りや苛立ちは少なからず生まれていた。
拓馬との会話はそんな自分を再認識すると言う意味で、彼にとって大いに意味がある物になっているのだ。
「でも学業や部活を疎かにしては駄目だぞ」
「わかってますって。勧めてくれた友達や辰道さんには悪いんですけど、やっぱり俺は身体を動かすほうが好きですから」
話し上手な拓馬は次々と話題を変え、辰道はその一つ一つに反応を返す。
弾む会話はとても楽しく時間はあっという間に過ぎていった。
そんな彼が最後に振った話題は。
「遊園地?」
「ええ、今度ハロウィンじゃないですか。でしばらく入園料が安くなるって言うんで。それ用のイベントとかもやるから久しぶりに家族で行こうって事になったんです」
「遊園地、か(最後に行ったのは高校の頃か?)」
男たちでの馬鹿騒ぎで甘酸っぱい思い出とは無縁な出来事だった事を辰道はぼんやりと思い出していた。
「中学の頃に行ったきりだったんで結構、楽しみなんですよねぇ。辰道さんはそういうところ最近行きました?」
「いや働き始めてからまったく縁がないな、俺は」
「えーっ、働くのってそんなに大変なんですか?」
「いや……単純に俺がそういう所に行かなかっただけだ。時間はあったがここ数年遊ぶのは近場で県外に出たのは年に2回実家に帰省した時くらいか」
指折り数えながら彼が告げると拓馬は電話越しに大げさに驚いた。
「えー! それはなんか面白くないですよ! 彼女さんとか友達とかと行った方がいいですって! なんなら一緒に行きます!?」
「いや家族団欒を邪魔するのは悪いから遠慮しておくよ。俺の分まで楽しんできてくれ」
やんわりと誘いを断ると所詮、話題の一つに過ぎなかったのか拓馬もそれ以上食い下がる事はなかった。
「ちぇ、そんな遠慮しなくていいのに」
拗ねてしまった拓馬を諌めながらこの日の会話は終わる。
辰道はこの時、まさかこの話題に出た遊園地に自分が行く羽目になるとは思いもしなかった。
まさかそこでこちらの世界に来たあちらの世界の人物と遭遇する事になる等とは夢にも思っていなかった。
「遊園地。集団で楽しむ娯楽施設。あちらにはこんな物はなかったな」
暗い部屋で蛇のように舌をちろちろと口の端から覗かせながら男はぼそりと呟く。
「目ぼしい相手を探すのに都合が良いか。この身体の前の持ち主もそうやっていたようだし。ここは先達に倣うとしよう」
喉をひくつかせて嗤いながら男は自身が動かしている身体の記憶を反芻する。
この身体の持ち主は犯罪者だった。
それも快楽殺人者だ。
平常時は何食わぬ顔で真面目な仕事人間を装い、その実何らかの特徴で自身の琴線に引っかかった獲物を気の向くままに思いついた方法で殺す。
自身が殺した事は決して気付かせない。
最初の殺し以外で標的を殺せなかった事はなかった。
初めての殺しの際は、勝手がわからずに標的の祖父を殺し損ねてしまい、予想外の反撃を受けて逃げ出した。
後に調べたところ、
それを教訓とし、以降は徹底的に標的にした人間の身辺を徹底的に洗うようにし邪魔な者たちは念入りに確実に殺すようになった。
殺すことで彼の中に生まれた快感。
それを得る為にこの男はあらゆる努力を惜しまなかった。
その努力の記憶を覗き込みながら、今の身体の持ち主である男はそれがさも愉快であるという風に嗤う。
「何度見ても面白い」
男は自分がこの身体に入った事を偶然とは考えていなかった。
人を殺す事に快楽を見出すというその性質が、あまりにも似すぎていた為だ。
「こいつの記憶が読めるお蔭で私はあっという間にこの世界に馴染むことが出来た。まったく実に好都合な身体を得られたものだな」
この男は今、身体の持ち主の生活をなぞった生活をしている。
外面は元の男同様に完璧に演じてみせ、その裏で記憶を読みさらにそれを実地で体験しながらこの世界の事を学び取っていた。
己の目的の為ならいかなる努力も惜しまない点もこの2人は似通っている。
「ヒヒヒッ、さて週末が楽しみだ。この男のお眼鏡に適う標的がいればいいんだがな」
目を細めてまだ見ぬ殺害対象に思いを馳せるその様子は獲物を見定めた蛇に酷似していた。




