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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第七章
130/208

ドラゴン退治の終焉

 人間と竜。

 

 跳躍からの振り下ろし。

 左前足の爪による突き出し。

 

 あまりにも質量が違う二つの刃がぶつかり合う。

 本来なら勝負にならないはずのぶつかり合いは、しかし竜の左前足の切断という結果に終わった。

 

「ギィアァアアアアアア!!」

 

 タツミは先ほどの悪天候での戦いでダメージを負っていた。

 

 彼にだけ見える数値化されたステータス。

 彼自身のHPは既に半分を切っている。

 蓄積したダメージを引き金にして、彼の称号『運命に立ち向かう者』に付与された基礎能力強化が発動していた。

 その結果が目の前にある。

 

「倒させてもらう、ぞっ!!」

 

 宙を舞う左前足を踏み台にして即座に竜の懐へ飛び込む。

 そんな彼を撃ち落さんと竜の周囲に出現した魔力弾が殺到した。

 空中で自由の利かない身であるタツミだが、しかし視界に広がる青白い球体の群れを前に怯む事はない。

 体勢を崩しそうな物だけを刀で切り伏せ、致命傷にならない攻撃は避けずに身体で受け止める。

 

「ぐぅっ……」

 

 激痛。

 致命傷にならないと判断したとはいえ、攻撃を受ければ痛みを伴う。

 それが竜という人外の中でもトップクラスの化け物の攻撃ともなれば、当たる事を覚悟して受けたとしても只では済まない。

 そして弾幕の目晦ましに視界を遮られた彼は、死角から猛烈な勢いで迫る竜の尻尾に対処する事が出来なかった。

 

「がふっ!?」

 

 横殴りの衝撃にタツミは弾き飛ばされ、中空を凄まじい勢いで吹っ飛ぶ。

 

「タツミ様!」

 

 そんな彼を式神の最大速力で追い越したオイチが受け止める。

 彼女は辛うじて鳥型の式神の姿勢制御を行いながら、受け止めた彼の身を案じた。

 

 尻尾の一撃で外れてしまった兜はどこにもなく、頭部からは血が流れ頬を伝って落ちている。

 さらに直撃を受けた左腕は手甲が粉々になり、左手は力なくだらりと下がったまま。

 時折、痙攣するようにピクリと動き、その度にタツミは顔を歪めている。

 

 身体の各所には魔力弾を受けた後なのだろう焦げたような痕も見られる。

 誰がどう見ても重傷だった。

 

「オイチ……ミストレインの正面に回ってくれ」

「ですがタツミ様、そのお体では!」

「回復してる時間はない。時間をかければお前がせっかく戻した天候をまた操られる。そう長くは持たないんだろう?」

「っ……」

 

 指摘された言葉に彼女は己の実力不足を悔しく思い唇を噛んだ。

 彼女らを追う様に魔力弾の群れが襲い掛かる。

 オイチはそれらの攻撃を式神の繊細な操作と結界符で的確に防いでいた。

 

「責めているわけじゃない。お前は充分にやってくれてる。それに俺は大丈夫だ(コマンドスキル『内気功』)」

 

 オイチを励ましながら、タツミは心中でステータスからスキルを使用しHPの回復に努める。

 しかしその効果は受けたダメージからすればまさに雀の涙であり、焼け石に水だった。

 

 だがそれでもしないよりはマシである。

 事実、視界を塞ぎかねない勢いで出血していた頭部の傷は塞がり折れた事を全力で訴えていた左腕の痛みは引いていた。

 戦う為に必要な最低限の手当ては出来たのである。

 

「頼む。次で決める。その為にお前の協力が必要なんだ」

「っ……わかり、ました」

 

 本当はすぐにでも本格的な治療を行いたかった。

 しかしオイチはこのままではいずれ負けるという事も理解していた。

 ここは無理をしてでも勝ちにいかなければならないのだと。

 

 だから搾り出すような声で、タツミの言葉に同意を示す。

 

「ありがとう。そんなに心配するな。絶対に決める」

 

 彼はふらふらとオイチに支えられていた身体を起こし、武器を持つ右手に力を込める。

 決して刀を手放さないという意志を乗せて。

 

「うぉおおおっ!!」

 

 その手を伝って夥しい量の魔力が刀へと注がれる。

 オイチの的確な操縦のお蔭で、式神は数秒後にはミストレインの正面へと位置取った。

 

 しかしそこにはタツミたちの狙いを呼んでいたミストレインが大口を開けて待ち受ける姿がある。

 開かれた口内には己の死を予感させる高密度の魔力が、放たれるその時を待っていた。

 

「(山を貫いた魔力砲撃!!)」

「タツミ様!」

 

 オイチの悲鳴のような声が、彼の耳を打つ。

 しかし自身を案じるその声に応えているだけの時間も余裕もなかった。

 彼はさらに己の魔力を刀に込める。

 刀身が彼の魔力を受け、真っ白い光を放ち始めた。

 まるで刀身が巨大化したかのように広がる光。

 尚も勢いを増す光はミストレインが放たんとしている光と同等の力を宿していた。

 

「砲撃ごと……斬り捨ててやるっ!!!」

 

 彼の苛烈な意思に呼応するように刀身から広がる光は勢いを増す。

 対抗するようにミストレインも魔力を高める。

 

 次の瞬間。

 

「はぁあああああああっ!!!」

 

 竜の後ろ足首に甲高い叫び声と共に轟音が響いた。

 

「グギャァアアアア!!」

 

 次いで上がったのはミストレインの悲鳴。

 タツミが僅かに視線を下げれば、そこにはナイフを振り抜いた姿勢のキルシェットがいた。

 今までにない強力な斬撃は竜の足のかかとの辺りを深く抉り取っている。

 

「タツミさんッ!!」

 

 決めてくれと言葉なく訴えかけるその声に応えるべくタツミはさらに魔力を刀に注ぐ。

 予想外の一撃に揺らぐ巨躯だったが、それでも深手を負った足では踏ん張る事が出来ないと瞬時に判断し、すぐさま空へと羽ばたこうとした。

 

「逃がすわけないでしょうがよ」

 

 静かな声と共にドラゴンの頭上に音もなく忍び寄る影。

 閃く忍者刀が竜の両目に突き立てられる。

 

「ガァアアアアアアアッ!!!」

「おまけも持って行け」

 

 思わず叫び声を上げた竜の大口に放り込まれる導火線に火をつけられた爆弾。

 それは口の中にある魔力の渦と接触する直前に爆発する。

 

「おっとっ! あとは頼みますよ、タツミ殿」

 

 痛みによって大きく首が振られ竜の頭から振り落とされながらも、トラノスケは落ち着き払ってタツミにエールを送った。

 

「ウルルルルガァアアアアアッ」

 

 散々、気を散らされたがミストレインの口には未だ恐るべき出力の魔力が放出の時を待っている。

 キルシェットとトラノスケの妨害によって多少は威力が弱ったとはいえ、それでも正面切って相対するには普通の人間には荷が重いだろう。

 しかし対するタツミの準備も整っていた。

 彼の刀にはドラゴンが用意した砲撃に勝るとも劣らない魔力が注ぎ込まれている。

 

「任せろ」

 

 タツミが呟いたその言葉はこの場をお膳立てしてくれた仲間たち全員への言葉だった。

 ドラゴンの口が、タツミを正面から捉える。

 彼は刀を下段に構え、振り上げる態勢を取る。

 

「ガァアアアアアアアアッ!!!」

「うぅおおおおおおおおっ!!!」

 

 咆哮と共に放たれる両者の一撃。

 ぶつかり合う閃光は弾き合いながらも互いを打ち負かさんと突き進む。

 余波で地面が雪ごと吹き飛び、戦っていた者たちは一人の例外もなく攻撃のぶつかり合いによる余波である爆風によって吹き飛ばされていく。

 それはあの『窓の無い塔』も例外ではなく、白光によって破損していく。

 そして周囲が真っ白な光に包まれ、タツミの意識はそこで途切れた。

 

 

 

「っ!?」

「起きたか、辰道」

 

 辰道が目を開けば、そこはいつかのあの場所。

 互いの世界の境界線と目されている地平の果てまで真っ白な空間だった。

 

 隣には大の字で倒れていた自分を案じるように片膝をついていたタツミの姿がある。

 

「タツミ……ここは、またあそこか?」

「ああ。それと今回も俺たちだけじゃないぞ」

 

 顎をしゃくって彼が指し示す方向を見れば、『窓の無い塔』とミストレインの姿がある。

 辰道は飛び跳ねるように立ち上がって身構えるが、ミストレインは竜の姿のまま彼の行動を面白そうに眺めていた。

 

「そう警戒する事はないよ。もう勝負はついたからね」

 

 満足げに喉を鳴らす竜に敵意も戦意もない事がわかると、辰道はふぅと息をつきながらその場に胡坐を掻いて座り込む。

 

「窓の無い塔はどうなってる?」

「不気味なくらいに静かさ。私を侵蝕する事だけは諦めていないようだが、もはやそれにも意味はあるまい。最後の一撃の余波であちらの世界にあった塔その物がほぼ半壊という有様だからね。完全に実体化したわけでもないのにダメージを与えるのだからあの時の私とタツミの攻撃のぶつかり合いは相当な威力だったようだよ」

 

 楽しげに笑いながらあちらの状況を説明するミストレイン。

 

「……だからそこの塔も前よりボロボロなのか」

 

 よく見るまでもなくドラゴンの傍に立っている塔はボロボロだった。

 天井は砕け、門は片割れが外れ、壁はところどころ罅割れ、酷い所では崩れて穴が開いてる。

 

「ここにある塔は言ってしまえば鏡だからね。あちらの世界に在る時はそちらの状態が反映されるのさ。……そしてそれはもちろん辰道、お前さんが暮らしているもう一つの世界にある塔も同じだよ?」

 

 抜けていた肩に思わず力が入る。

 じっと竜を睨みつけるが、彼女はその視線の強さを気にした様子もなく見つめ返した。

 

「タツミ、俺の事を教えたのか?」

「いや。俺から言ったのはお前が俺と魂を分かった半身だって事くらいだ。なにせ俺の魂が変だってのを見抜いたのもこの婆さんだからな。隠しても意味がないと思ってそれについてだけは話した。塔については話してないぜ」

 

 タツミもまた刀に手をかけながらミストレインを睨みつける。

 

「そう警戒するんじゃないよ。私が塔について知っているのは身体を蝕む瘴気の記憶を吸い出したからさ」

 

 緩んでいた空気を締めるには充分過ぎるその発言に、辰道たちは思わず顔を見合わせ同時に竜へと向き直る。

 

「それじゃあんたは瘴気が何なのか、この塔が何なのかわかったのか?」

「ああ。『瘴気が何故発生したのか』はわからなかったがね。どういう物なのかは把握しているよ。そこの塔がとある少女の死にたくないという想いが生み出した産物である事もね」

「……」

 

 タツミたちは一度も塔の成り立ちについてこちらの世界では触れていない。

 老人となった狼からの話でほぼ確実にそうだと思ってはいたが、それを自分たち以外の第三者に語った事もない。

 そんな事柄を確信を持って目の前のドラゴンは言い切った。

 ならばその情報の信憑性は高いだろう。

 

 2人は同時にそう考え、そしてドラゴンに頭を下げた。

 

「教えてくれ。瘴気が何なのか。塔がどういう存在なのか。あんたが知った事を」

「頼む。俺たちを取り巻くこの不可思議な状況を解決する為にはあんたの知識が必要だ」

 

 示し合わせたかのように同時に頭を下げる2人にはドラゴンは、ゆるりと口元を緩めて優しげに笑う。

 

「同じ存在だという事は理解していたのだけどね。真っ直ぐな性根まで同じとはね。分かたれて随分と経っているというのに」

 

 彼女はそこでふと緩んでいた気を張り直した。

 元々、見上げるような巨躯に神聖な雰囲気が漂い出し、それは周囲の何もない空間をまるで厳かな神殿にいるかのように作り変えてしまう。

 辰道たちは彼女の雰囲気が変わった事に釣られて姿勢を正す。

 

「話そうか。私が理解した事を全て……」

 

 彼女の長い話が何もない空間に響く間も、塔は不気味な瘴気を放ち続けていた。

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