第9章 ゴーレム
クエーックアーッコーッ!
アルケミスト領の商店街。そこに不気味な人影があった。真っ黒のマントをその身に纏った、アメリアである。アメリアは商店街の衣料品店に入り、品を探そうともせず店主に言った。
「下着と……、ワンピースをちょうだい」
金はそれなりにある。毎週ヴァレリーが薪や山菜を売りに行っているからだ。
「ワンピースは何色?」
「うーんと、桜色がいい。あと、シャツとズボンも頂けますか」
店の奥から桜色のワンピースと適当なシャツとズボンを持ってきて、手渡した。
「はいよ」
「金はここに置いておく」
声色を変えて話す少女アメリアを「アメリア・グレーマン」と気付く人はいない。
「おい、釣りがあるんだが……」
歳のいった店主は、アメリアを止めた。
「釣りはいらないさ」
紙袋に衣服を乱暴に詰め込み、アメリアはその場をあとにした。
(?)
街に活気がある。花火も上がっている。
(お祭りかな? 何のお祭りだろう、いや、祝日? となると広場ね)
好奇心が彼女を祭りの中心地へ駆り立てる。
広場まであと数メートルというところで、男の叫びがした。
「おい、ユリアンはどうした! 代表者がいなけりゃ、式がはじまらねえ!」
その叫びを聞いて、アメリアは立ち尽くした。
(ユリアンは、樹海で……)
「そこのアンタ、誰だか知らねえが、銀色の……長い髪の女見なかったか」
「あ……」
「お前に聞いてるんだ」
棒立ちするアメリアを男は肩を掴んで揺すった。
「あっ!?」
「!?」
肩を揺らされフードが外れる。急いで、フードをかぶるが、顔を完璧に見られたアメリアは男から顔を背けた。
「アメリア・グレーマンじゃねえか!? 今までどこ行ってやがった!」
首を横にぶんぶんと振って否定を示したが、野次馬が次々と現れる。
「次期領主の座を持ちながら、失踪したアメリア・グレーマン!?」「最強の錬成術師と謳われたヤツが現れたのか!」「どこから来た!?」
アメリアは走った。樹海へ真っ直ぐに走った。
「待て!」
背後からおぞましい音が聞こえた。
(錬成術だ……)
相手が錬成術を使ったなら、こちらも使うしかない。アメリアは天高く手を掲げた。
(これが、私の研究の成果)
アメリアは半年間、ヴァレリーのもとでとある研究をしていた。
(でも、魔術にはならなかった。ただの真似事だよ)
くすんだ光がアメリアの正面に浮かび上がる。
「魔術か!?」「いや、魔術書がないぞ!」
光はその大きさを増してゆき、それが人の形を成したとき、光はひいてゆく。
「人!?」
(いや、ちがう。さあゴーレム、あたしを乗せて、逃げて)
光が消えて、残ったのは巨大な土の人形だった。大の男三人分の大きさを持つ人形は、ゆっくりと動き出した。
「ひい!」
あちらこちらから野次馬が現れ、悲鳴をあげる。
その中で、土の人形は立ったままの体勢から、ゆっくりとしゃがみ込み、アメリアに肩に乗るよう促す。
(残念ながら、自我がないのよね。きっとこれが限界だ)
ゴーレムの肩に軽々と腰掛けると、アメリアは樹海を指差した。
(走れ、ゴーレム)
ゴーレムは再び立ち上がり、足を前に一歩、また一歩歩き出し、だんだんと加速してゆき、走り出した。
「なんだ、あれは!」
手練れの錬成術師達が、一斉に手を掲げた。遠くから攻撃できる銃を作り、ゴーレム目掛けて発砲した。
(大丈夫、そんなチンケなバズーカやライフルでやられるほど、ゴーレムは脆くないわ)
ガシガシと鈍い音を立てて走るゴーレムの背後に砲弾が直撃し、炸裂した。
(爆風で困るのはあたしだけどね)
鋼鉄の盾を構えてアメリアは爆風を防いだ。
(でも水だと一発で終わるのよね。そこが弱点だわ)
水辺での実用は遠いな、と次々とおそいかかる爆風や、火花を防ぎながら考える。
(やっぱ、防サビ加工の金属で錬成するのがいいかな)
そんな事を考えながらゴーレムは樹海へ辿り着く。
(ま、冥土の土産でも置いておこう)
アメリアはゴーレムから飛び降りると、いくつかの爆薬を錬成した。
「じゃあね! 馬鹿野郎!」
常備している火打ち石で火をつけ、それを遠くに投げる。
(あ、そうだ。ゴーレム、投げなさい、遠くに)
ゴーレムに火のついた爆薬、否、ダイナマイトを渡す。そのダイナマイトをゴーレムは力いっぱい、街へ放り投げた。
そして、大爆発。
(まあ、防いだだろうねえ)
ダイナマイト程度の爆発を防ぐなら簡単だろう。
「たーまやー!」
そう捨て台詞に残して、ゴーレムと共に樹海の中へ去ってゆく。