34:はじめてのキッチンカー
「魔王様、どこに行ってたんっスかっ!?」
魔王が周作達の部屋に顔を出したのは、イベント初日が終了し、拠点にしている月極駐車場にキッチンカーが戻ってからだった。
「ああすまぬ、大事な日に留守にしてしまった。買い出しに行ったら特殊イベントに遭遇してしまってな」
「なんかまた、地球滅亡のシナリオとか宇宙存亡の危機とかっスか?」
「そこまでの話ではないのだが、この魔王にとって許しがたい出来事があったのだ。責任者を探し出して、そいつの首から下を芋虫に変えてきた」
「芋虫に」
「書類上は責任所在が判らぬようにしてあったので、関係者の記憶を順番に読みとって権力関係などを把握し、誰が真の首謀者なのか突き止めるまで半日。
二度と同じことができぬよう組織のスポンサーを社会的にデリートしていく作業に、さらに半日かかった。
国ごと焼き尽くすほうがはるかに簡単だったのだが、話を大きくすると日本国内のイベント開催にも影響が出てくるからな」
「く、国ごと?」
「あー心配するな、余所の国の話だ。唐揚げ売りとは無関係なのでこの話はもう忘れろ。これは買い出しの土産だ」
「あっ! カニさんだ!」
「わんわんわん!」
「浜茹でのタラバガニだ。冷凍していないから美味いぞ」
「どこの国に行ってたんスか?」
「だから忘れろ。今日の初売りはどうだった」
「あ、えっと、15食売れたっス」
「おお、売れたか! 素晴らしい! 貴様はこれで名実ともに個人事業主となったのだ! もはや無職ニートではない! 皆の者、この男を称えるがいい!」
「お兄ちゃん、やったね!!!」
「わんわんわん!!!」
「うへへへへ」
周作は素直に喜んでいるが、あまり喜んでいい状況ではない。大勢の人達がおとずれる屋台村イベントで売れたのは15食、わずか14人しか客が来なかったのである。ちなみに2食分買った人が1人いる。
キッチンカーの作成費や食材調達費、人件費、光熱費など経費のすべてを魔王が支払っているため問題になっていないが、トータルで考えればものすごい赤字である。営利ではなく、社会不適合者に仕事を与える福祉事業になっている。
とはいえ状況をよく分析してみれば、売れなかったのも当たり前である。販売場所と商品展開が根本的に噛み合っていない。
今回、他のキッチンカーが用意したのは、
ジャークチキン・ランチボックス
ガイヤーン・カオニャオ小箱
海南鶏飯セット
チキンティッカ乗せビリヤニ、ライタ添え
地鶏かんずり味噌焼き弁当
など、盛り付けに工夫をこらした、都会的でオシャレなインスタ映えのするテイクアウト商品の数々。
あるいは
チキンとホウレンソウと卵のエンパナーダ
チキンケバブのピタパンサンド・ハリッサソース掛け
レモングラス・チキンのバインミー
ロティサリー・チキンとラタトゥイユのバゲットサンド
などの、歩き食べに適した屋外イベント向きの商品。
各出展者が、それぞれ自慢の料理で勝負に挑んでいる。
その激戦区で、周作はごく普通の唐揚げ単品を、ただボーっと売っていたのである。
食のイベント会場までわざわざ足を運ぶような物好きは、食べ物に対してそれなりの興味と知識とこだわりを持っている。唐揚げなどという、どこでも買える商品は求めていない。売り負けてしまうのはザブリスカのフォンテマでも判る話である。
まあ人口比で言えば「知らない料理は食べたくない。食べ慣れている普通の唐揚げのほうがいい」という人のほうがはるかに多い。だが、そういう人は近所のスーパーやコンビニで普通の唐揚げを買って満足し、イベント会場にまでわざわざ来ない。
つまるところ、今回は戦略的な失敗である。場所柄というものが判っていない。褒めている場合ではないぞ魔王。
「では明日は、貴様の唐揚げがもっと売れるようにこの魔王がプロデュースしてやろう」
「ふぁっ!? な、何か新しい商品でも用意するんっスか?」
「いや、貴様は今日と同じものを同じように売れば良い。いきなりやり方を変えると事故の元だ」
「んじゃ、お客さんが来るよう思考操作の魔法とか?」
「そこは明日のお楽しみにしておこう。今日はゆっくり休んで明日にそなえるのだ。夕食はカニチャーハンでも作るか」
「タラバガニのチャーハンっスか?」
「ご飯とカニが1対1の割合になったやつだ」
それはもはや、チャーハンではなくチャー蟹である。
「スマホがカニさん剝く!」
「その必要は無い」
魔王は亜空間から取り出した大皿の上にタラバガニを載せると、一番太い足に手を伸ばし、中の肉をするりと抜き取った。外殻に傷はついていない。
「ふぁっ!??」
「おじいちゃん今何したの?」
「わんわんわん」
「何って、ごく普通の空間魔法だ。戦いの最中に、相手の背骨の中から脊髄だけ抜き取る時と同じ要領だ」
「抜き取れるんっスか」
「コツが要るが、慣れれば簡単だ」
魔王は皿いっぱいにタラバガニの剥き身を用意すると、空中から巨大な中華鍋を取り出した。魔法の力を使えば、いついかなる場所でも調理場に変わる。魔王に料理を作れぬ場所はない。
なお、浄化や換気や物理障壁の術式が使えない方には、汚れやすい家具や電子機器などがある部屋での調理パフォーマンスはお勧めしません。
「チャーハンを作る時は、火力を最小限に抑えるのがコツだ。炎魔法が強すぎると一瞬で鍋が溶けてしまう」
空中に浮遊させた鍋に油を注いで、炎魔法でカンカンに熱する。そこからは実況が間に合わないほどの高速である。
鍋に溶いた卵とご飯をほぼ同時に投入し、お玉で混ぜつつバカでかい鍋をすさまじい腕力で強引にあおる。カニ、ネギ、レタスを投入し調味料を入れ炒め、あっという間にパラッパラのチャーハンが完成である。
「こちらは以前に作っておいた、迷宮コーチンと四川泡菜の炒め物だ。コーチンスープもある」
そう言って魔王はワンルームのテーブルの上に料理を並べると、ふたたびチャーハンを作りはじめた。
「血わキ知にはネギを抜いて、塩分の強いカニと油を減らし、迷宮コーチンの無塩ローストを加えた狼用のミックスチャーハンだ」
さっきよりも大量のチャーハンを作って一部をチワキチに与え、残りを空間収納する。
「わが城に客人が来ている。今晩はそいつの相手をせねばならん。急用があればメールで連絡しろ。明日の朝にまた来る」
「ふぁっ? まさかその、勇者でも来てるんっスか?」
「いや全然関係ないし敵ではない。その話は忘れていい。この魔王がいないからと言って、乳繰り合って夜更かしするのではないぞ」
「ちちくり……? どういう意味っスか?」
「あー、死語だったか。ベッドに入ったら、スマホをいじってないで早く寝ろという意味だ」
「ういっス」
うん、この返事は意味がよく判っていない返事だな。
そして魔王は亜空間に姿を消した。明日のイベント2日目、ライバル達の商品に普通の唐揚げで挑んで、はたして勝機はあるのだろうか?
(続く)
<次回予告>
電子制御で走行する鉄の箱。魔法と科学が融合した、ハイブリッドな異界の技術。それを操るマスターは、光の勇者か闇の弱者か。
「出動! 魔法のキッチンカー!」
更新は明日16時40分。
その前にみんなで朝ごはん。




