33:幕間(まくあい)
見渡す限り一面の雪景色。その中に、上半身裸の女性が立っていた。
身長は2メートルを超えている。首から腕にかけて鎧のように盛り上がる、鍛えぬかれたムキムキの筋肉。腹筋も見事に割れている。
胸の双丘はたわわに膨れ上がり、もはや丘というより山脈である。総重量が凄そうだが、すさまじい筋肉と鋼のような靭帯に支えられた両乳は、むちむちに盛り上がって少しも垂れる様子が無い。常規を超えた肉体構造である。
<見事だ。これほどの乳は、久しぶりに見た>
魔王は林の中から姿を現わした若い女性の胸を、舐めるように観察しながらそう思った。そして積もった雪を さくり、さくりと踏みしめながら女のほうへ歩みを進める。
それに気付いた女は、あわてて反対方向に走り出した。しかし見えない壁に突き当たって転倒した。
「知らなかったのか? 魔王からは逃げられない」
女はパニックで興奮状態である。魔王のほうを向くと唸りながら雪をつかんで投げつけてきた。だが魔王が展開している物理障壁に防がれ、その体には届かない。
手を伸ばせば触れられる距離まで近づくと、魔王は物理障壁を解いた。その瞬間、女は魔王の顔めがけて、人間の目には止まらぬ速さで左右の爪をふるった。
しかし魔王はそれらを最小限の動きでかわし、女の背後に回り込んで流れるように後ろ首締め固めを決めた。
本来は近接戦闘時に、魔法詠唱を物理的に妨害するため開発された技である。
女のほうがはるかに体格が大きいが、魔王は重力操作と慣性制御の魔法で相手の投げ技をすべて無効化している。
さらに魔術式を並列多重展開し、複数の弱体化魔法をゼロ距離攻撃で女の体にダイレクトに叩き込んでいく。
魔王が勇者と闘うために編み出した、武術、体術、魔法術を組み合わせて1ターン内で同時に繰り出す、いわゆる総合格闘魔法である。
女から抗う力が抜けた。彼女がへたりこむと魔王は手をゆるめ、倒れそうになった体を支えて地面に座らせ、収納空間から取り出した寒暖調節外套を背中にかけた。
女はもう立ち上がれない。それでも闘おうとする意思は消えておらず、両耳を頭の上にピンと立て、ウォゥ! と小さく吠えた。口吻を大きく開いて牙を見せつけ、魔王を威嚇する。荒い息が白い湯気になって周囲に散る。
「勘違いするな、この魔王は敵ではない。その傷は……誰に撃たれた?」
左の肩から大量に血が流れ出て、巨乳の谷間のモフモフした白い胸毛が赤黒く染まっている。
「動くな。今、銃弾を抜いてやる」
魔王は物理的に咬みついてくる女をなだめながら、ガチガチと牙を当ててくるのを無視して作業を進めた。魔王の体にはまったく傷がついていない。魔王にダメージを与えられるのは勇者の聖剣だけである。
肩の傷口に局所神経麻痺魔法をかけ、痛みを止める。次に傷口を浄化し、めりこんでいたスラッグ弾を魔法で抜き取った。
上級治癒薬をふりかけると傷口は即座に塞がった。そのあと全身を浄化すると、女の毛並みはトリミング直後のゴールデンレトリバーのようにふっくらと美しく膨らんだ。
「首輪をしているな。お前は誰かの従魔なのか?」
魔王は「なんでも鑑定眼」で女のステータスを読み取った。
通名:調整体97号
種族:人造人狼
性別:メス
年齢:21
職業:実験生命体レベル20
属性:無
体力:10266/10266
魔力:0/0
戦闘力:1/9899(状態異常)
防御力:1/7619(状態異常)
精神力:56/5337
女子力:27
かしこさ:145
すばやさ:1/8965(状態異常)
(中略)
武器:(なし)
防具:ミリタリーパンツ
装備:発信器付き首輪/爆薬入り
習得魔法:(なし)
特技:人化/獣身変
カーペットについた抜け毛の掃除
称号:逃走実験体
唯一の成功例
爆乳機関車
「無粋な首輪だ。はずすと爆発する仕組みか」
魔王は獣顔の女の首に手を伸ばし、首輪をするりと抜き取った。取り外された首輪にはどこにも切れ目が無い。装着時の丸い形のままである。
女は魔王が何をしたのか理解できなかった。自分の首に手を当て、首輪が無くなっている事に気付いて目を丸くした。
「はずさなければ爆発しないのだろう? ならば空間操作で、はずさずに取り除けば良い。子供でも判ることだ。……とりあえず追手を始末してから続きを話そう」
魔王は空間転移すると、近くの林の中で猟銃をかまえていた男に昏睡呪文をかけて昏倒させた。
「あと4人いるな。とりあえず通信妨害魔法を放っておこう。
リーダー格は……向こうの奴だな。アレだけ残して、それ以外は黙らせよう」
追手が全員戦闘不能になり、リーダーが魔王に締め上げられている状況になるまで12秒かかった。
「貴様がリーダーか。何も説明しなくていい。勝手に記憶を読ませてもらう。
……ああ、ろくな情報が無いな。与えられている指示も粗雑きわまりない。貴重な巨乳に発砲したり、やることなす事すべてが駄目だ。あとで責任者を探し出して指導してやらねばならん」
「……Ты тоже один из монстров?」
魔王はリーダーが発した言葉を聞くと、彼の首筋をつかんで足元の雪の中に叩き付けた。
「『お前も化け物の仲間か』だと?」
魔王の顔は平静を保っているが、全身から黒いオーラが立ち上っている。
「ヒューマンも狼もカラスも、蜂や蟻も、集団生活をする動物は異質な者を本能的に攻撃する。造物主が社会生物に刻みつけた『集団意識』という呪いだ」
うつぶせに倒れたリーダーの顔を地面から引き起こし、冷たい目で見ながら魔王は話を続ける。
「その呪いに『個人』を消し去られ、集団の基準から外れた者を化け物と呼んで排斥する。異端者を集団で狩りたてて滅ぼす事に熱狂し、やっている事の意味など考えず、仲間と同じ行動をとる事に本能的な悦楽を感じる」
魔王に睨まれたリーダーは恐怖に震えている。
「ヒューマンの掟に従うなら飼ってやると上から目線で隷属を要求し、従わぬ魔物の命を奪う事に疑問を持たない。
この世界のお前も、わが世界の当代勇者も、この上なく不快な生き物だ」
魔王はリーダーの顔をのぞきこんで、吐き捨てるように言う。
「だが、そういうヒューマンの群れの中にも正義と呼べる、わずかな煌めきがあることをこの魔王は知っている。それゆえ、今すぐお前らを絶滅させようとは思わぬ。だがこれだけは覚えておけ」
魔王は言い聞かせるように言葉を続けた。
「いかなる世界でも、巨乳は正義だ。正義に仇なす者を、この魔王は決して許さぬ」
魔王はリーダーを魔法で昏倒させ、女の首からはずした首輪を装着してから地面に放り出した。そして女のところに空間転移で戻った。
突然に空中から現われた魔王の姿を見て、女は びくり、と身を固くし毛を逆立てた。
まあ、人間……ではないが、いきなり消えたり出てきたりすれば驚くほうが普通である。魔法をかけられて腰が抜けていなければ、走って逃げている。
女はまだ状況が飲み込めていなかったが、魔王が敵ではないらしいと理解し、もう牙は見せなかった。だがまだ警戒心は残っており、尻尾の毛が逆立っている。
「ああすまぬ、待たせてしまったな。この国にいればまた追手が来るだろう。日本にある、わが城に来るがいい」
そう言って魔王が、体格差をものともせず女の体をお姫様だっこで持ち上げると、とまどった女はキャウンと小さな声で鳴いた。
「Кто ты?(あなたは誰なの?)」
大きな体に見合わない、若い乙女の声で彼女は問いかける。
「Я на стороне справедливости.(正義の味方だ)」
魔王は女と共に転移魔法で姿を消し、あとには雪景色だけが残っていた。
(続く)
<次回予告>
周作はついに唐揚げ販売を開始する。イベント会場での売り上げはいかに。ストーリーはふたたび唐揚げに戻る。
次回「はじめてのキッチンカー」
更新は明日16時30分。
……このエピソードに続きは無いんだ。無いんだよ。だからケモ巨乳の出番はここでお終いなんだ。




