32:醤油か塩か、それともカレーか
「五月蠅なす禍者どもよ、わが聖なる光に焼かれ存在を滅されよ! 範囲魔法・ホーリージェノサイド!!」
周作が白銀の杖をふりかざし呪文を唱えると、その先端から眩しい光が輝いた。それを浴びた黒い影は瞬時に絶命し、天井からぽとりと落ちた。
「し、死んだっスか?」
「索敵情報:生命反応消失……お兄ちゃん、このひと、死んだ!」
「わんわんわん!」
「ふむ、上出来だ。……スマホよ、こいつは人ではないぞ」
「あ、それは知ってる。『このひと』っていうのはスマホの口ぐせだから」
キッチンカーの床には、即死魔法によって息の根を止められた、黒光りする触覚の長い昆虫が落ちていた。
「光属性の即死魔法を使えば、キッチンカー内すべてが生物学的に浄化される。衛生害虫だけでなく、カビや食中毒菌なども一掃できる」
「即死魔法って、闇属性じゃないんっスか?」
「命を蘇らせる呪文を反転させただけなので、系列としては光・聖呪文に属している。有名な神官で、即死魔法を得意技にしている者も知られている」
「えっと、これって範囲魔法っスよね?」
「そうだ。術者とその腸内・皮膚常在菌などには影響が無いが、それ以外は範囲内にいる生命体すべてに効果が及ぶ」
「魔王様に即死呪文が効かないのは判るんっスけど、スマちゃんやチワキチにも効いてないっスよね?」
「貴様よりもレベルの低い生物にしか効果は無い。犬や猫や迷宮コーチンには無効だ」
「オレっちって、迷宮コーチン以下なんっスか?」
「ネズミにも効かないから、侵入されぬよう用心しろ。だが小鳥やザリガニやクワガタは死んでしまう。そういうものを飼っている部屋では、この呪文を使ってはならぬ」
「ういっス」
そして魔王は亜空間から一枚のチラシを取り出すと、周作に渡した。
「キッチンカーの初営業は、来週の土日に、区内の公園で開かれる屋台村イベント『鶏料理フェア』に決定した。それまでに唐揚げを作って用意しておけ」
「ふぁっ? 現地で作るんじゃないんっスか?」
「何のために時間停止収納があると思っているのだ。現地で作って失敗したり、客を待たせたりせぬように、あらかじめ在庫も用意しておくのだ。怪しまれぬように現地でも調理して、作りながら売る」
「んじゃ、今からお肉を揚げておくっス」
「待て」
魔王は難しい顔で、周作をキッチンの椅子に座らせた。
「で、味付けはどうするつもりだ」
「味付け?」
「醤油味とか、塩味とか」
「ふぁっ? ど、どっちがいいんっスか?」
「一般的には醤油味だ。だが日本酒の肴にするなら塩味も良い。下味は最小限にして外側に塩をまぶし、口に入れた瞬間の塩辛さを生かすようにすると日本酒に合う」
「日本酒も売るんっスか?」
「日中の公園イベントだから、日本酒を買う者は少なかろう。もし売るならビールだな。それに合わせるなら醤油味でニンニクをがっつり効かせ、旨み調味料なども加えたジャンキーな味付けが良い」
「んじゃ、そういう味付けで」
「だが、年寄りには素材の旨み自体を感じとれる、あっさりした味付けのほうが嬉しい」
「ふぁあああ、ど、どうすればいいんっスか??」
「だからさまざまな種類を用意して、客に選んでもらうのだ。醤油と塩、ジャンキーとあっさり、で組み合わせは4種類。味変ソースを使って、さらに種類を増やす」
「味変ソース?」
「上からかけるソースだ。種類は無限にある」
ただしキッチンカーでは(衛生規制上から)生野菜は使い勝手が良くない。殺菌魔法が使えない場合は、生ネギや大根オロシや生パクチーは避けておいたほうが無難である。弁当にする場合も加熱済みの野菜が基本になる。
「甘辛いハニーマスタード味、ウマ辛のヤンニョム味、タルタルソースをかけてチキン南蛮、習慣性のあるブラックカレー味、四川風のシビカラ味、さっぱり系の塩麹レモン、こってり系のチェダーチーズソース、柚子こしょうポン酢、ジャークチキン味、明太子マヨ、ケイジャンスパイス、シラチャーソース、黒胡椒やチリペッパーやクミンなどのパウダー系もある」
「ふぇえええ、ど、どれにすればいいんっスか」
「実際に売ってみると『定番は一番強いから定番になる』という、つまらぬ結果に落ち着く事が多い。だが尖った商品は、一般人気は無くても熱烈なファンがつく場合もある。まあどれがウケるかは、やってみなければ判らん。とりあえず好きにやってみろ」
「おじいちゃん、チョコレートかけたら美味しい?」
「スマちゃん、それは美味しくないと思うっス」
「そうとは限らんぞ。クリスピーベーコンにメープルシロップをかけるように、しょっぱくてカリカリしていて脂っこいものには、甘いものが意外と合うのだ」
クレープ用のチョコソースをかける唐揚げ屋は実際にある。また甘みを抑え、繊細なカカオの香りを生かしたジャンキーでないカカオソースというものもある。ついでに言えばカカオ醤油という、甘みをほとんど感じない調味料も発売されている。
「名古屋の某店では、小倉ホイップクリーム唐揚げが人気だ」
「マジっスか」
「普通でない発想を軽視するな。判りもしないのに主流でない事に全賭けして一発逆転を狙う『逆張り厨』は99%失敗するが、尖った部分を分析して専門技術で改良すると、時々ガチな商品が生まれてくる。普通にやれば駄目でも、普通でない知識で補完すれば、駄目でなくなる事があるのだ」
「普通でなくても大丈夫なんっスか」
「とりあえず貴様には、普通の事など期待しておらぬ」
「ふぁっ!?」
「普通とは、良くも悪くも『普通でしかない』という意味でもある。魔王軍が求めているのは、プラスかマイナスに大きく偏った人材だ」
「マイナスでもいいんっスか?」
「プラスな魔法は術式を書き換えればマイナス魔法になるし、マイナスな能力は条件を変えればプラスな能力に転じる。魔王軍が求めているのは能力や行動や発想が、ブレイクスルーの触媒となりうる特殊個体だ。
普通に動いて普通に仕事をする部下が欲しいなら、ゴーレム兵を作れば事足りる。これからの時代に必要なのは、ゴーレムに指示を出せるゴーレム遣いと、常識的なゴーレム遣いには思いつかぬ事をする非常識なヒューマンだ」
「じゃあスマホも、普通でないゴーレムになる!」
「お前は普通でない兄のパートナーだから、普通のほうを担当してもらわねば困る。兄の無能力を貴様の能力で補い、お前の非ヒューマンな部分を兄のヒューマン性で埋める。お互いの苦手な部分を補い合えるパーティーでなければならん」
「わんわんわん」
「お前はパワー担当だ。会場までキッチンカーを引いてもらう。頼んだぞ」
「わん!」
「良いか者ども、ついに『魔王からあげ本舗』が始動する。貴様らが自分を見つけられる場所、思うがままに生きられるその場所を、自分達の力で創り上げてみせるがいい!!」
「ういっス!!」
「りょーかーい!!」
「わんわんわん!!」
(続く)
<次回予告>
開業の前日、魔王は食材の買い出しに出向く。そこで待っていたのはメインストーリーとは何の関係も無い大人の出会い。周作の知らぬ場所で、魔界王と巨乳美女の闘いが始まる。
次回「幕間」
更新は明日15時20分。




