第9話
秘密部屋は正方形をしており、そんなに広くはなかった。家具も窓もなく、灰色の壁が気分が悪くなるほどの圧迫感を与えている。
天井が白色でなぜか発光しているために、室内は意外と明るい。
そんなわけも分からぬ場所で人知れず殺されると?
超ーーーーーーー、理不尽!
私は覚醒してから、色んな不利な条件を甘んじて受けとめて、それでもリアム様をあきらめないって決めましたのに…。
こんなところで、殺られてなんかあげませんわ。
怒りとともに、アドレナリンが体中を駆け巡る。
ふん。
殺られる前に…殺りますわ!
運命なんてクソくらえ、全力で抗ったるわい。
私はゆっくりと近づいてくるサミュエル様にあわせて、同じだけ後ずさり彼と一定の距離を保ちつつ警告した。
「それ以上近づくと、あなたをひどい目に合わせます。」
私は手を銃の形に構える。
鬼気迫る私を歯牙にもかけず、サミュエル様は冷めた目で口だけをニヤリと歪めた。
あまりの凶悪な表情に戦慄する。
そして彼はことさらゆっくりと、帯刀する剣を抜いた。
もちろん模造品ではなく、真剣だ。
切られたら、血がドバっと出る真剣だ。(大事なことなので2回言いました)
「けんかは気合だ」という前世の友人の言葉が頭をよぎる。
気合だけは、負けませんわ。
決意を新たに静かに息を吸い込むと、私は自分の目にありったけの意思をこめ、目の前の筋肉ゴリラをにらみつける。
「はっ。ついに馬脚をあらわしたか。
この卑劣な暗殺者め。」
…え?
なんですって!?
「暗殺者?」
きょとんとするあまり、間延びした声が出てしまった。
緊張感、大事ですわ…。
気を取り直して、私は抗議する。
「変な言いがかりをして、自分を正当化するおつもりですか?
そちらこそ、こそこそとして…。
よくも騎士道に背く真似を。恥を知りなさい。
あなたこそが、卑怯な暗殺者のくせに!」
私は心の中で、「絶対防御」と呪文を紡ぐ。
魔力が体から染み出るのを感じたので、きっと発動したはずだ。
行き当たりばったりだが、その効果にぜひとも期待したい!
「この期に及んで、とぼけるつもりか?
おまえの愚か者の芝居にはとことん騙された。
何をたくらんでいるのかは知らないが、腐った外道は早々に成敗してやる。
裏切者は絶対に許さない。王国に巣くうこのうじ虫めが。」
次の瞬間、目の前には剣が迫った。
ガッキーン。
物凄い音がすると、サミュエル様は飛びのいて驚愕の表情を浮かべる。
「バカな。覇者の剣が効かないだと!?」
目つきがさらに凶悪に変わる。そして、心なしか嬉しそうにも見える。彼はさらに気迫を込めて、何度も攻撃をしかけてくる。
その度に攻撃は跳ね返されるが、そのあまりの迫力に私はしりもちをついた。
ガチすぎる…。
こ…ここ怖い…。
目の前の殺人鬼に、気合ですら全く勝てる気がしません…。
口の乾かぬ間で恐縮ですが、早々に前言を撤回しますわ…。
そもそも頭のイかれた人と同じ次元で争えませんもの。
サミュエル様のくりだす波状攻撃が速すぎて目に見えない。
正に神業。
続けざまに何度も剣を弾く爆音が狭い室内に轟く。その音でやっと攻撃を受けたことに、気づくことができるというほどの圧倒的な能力差。
レベチ…すぎる。
近衛騎士の実力、半端ないっす。
防御の魔法をかけといて…よかったですわ。
危うく瞬殺されるところでした…。ははは…。
でもこの魔法はいつまで持つのかしら…。
私の魔力量は底なしですから…時間はかなり稼げるかと思うのですが…。
ああ。私ったら。こんな時なのに、サミュエル様が剣に中二病な名前をつけていることが、非常に気になる。
捨て台詞のチープさといい…サミュエル様…お年頃なんですのね…。
いえいえ、ぬるい気持ちになっている場合じゃありません。
しっかりとしませんと!
それはそうと、サミュエル様のおっしゃっていた「愚か者の芝居」というのが…腑に落ちません。
一体何のことでしょう。
愚か者…そんな方いらっしゃいました?
何か色々と誤解があるようです。
それにしても、尋問もせず問答無用で、立場のある私を亡き者にしようとするとは…強引すぎましてよ?
脳まで筋肉なのでしょうか…。
これからこっそりと、脳筋ゴリラと呼びましょう。
それはいいとして、ストーリーが改変されすぎて、びっくりです…。
暗殺される覚えがないのですが…。
だって私、ただの当て馬令嬢でしてよ?
もしかして…リアム様の暗殺というよく分からない誤解から、私の立ち位置がいっきに悪役令嬢へとグレードアップしちゃったりして…。
嫌な予感が頭をよぎる。
いやいやいや…。まさか…そんな…。
流石にそれは…ないですわよ。
誰か「ない」って言ってくださらない?
と…とにかく、今のこの状態を打開するにはどうしたらよいかを、まず考えませんと…。
もたもた考えているうちに、剣での攻撃をあきらめたサミュエル様が今度はあらゆる魔法で攻撃をしかけてきた。
ドカン、ドカンと衝撃音が響きわたる。
ぴー…。
本気度がエグイですわ…。
能力値が高いだけあって、上級魔法をこれでもかと繰り出してくる。
魔法の才能もおありなんですのね…。
え、これ…大丈夫ですの…。
「やばい、やばい、やばい、やばい。」
先ほどのマリリンの様に思わず、口走ってしまう。
もう本当に、しつこいですわねー。
ねちっこい男はもてませんわよ?
よし、落ち着いて問題整理をしてみましょう。
■陥っている状況:脳筋ゴリラに部屋に閉じ込められて攻撃を受けている。
■打開策:脳筋ゴリラとの話し合い。
■方法:①脳筋ゴリラの動きをとめる。②脳筋ゴリラを(物理的に)説得する。
ええと…漢字で「フリーズ(固まる)」はどんな表記でしたっけ…。
混乱しすぎてまともに考えられない…。
はやくしなくちゃ…。なんだっけ…。
脳筋ゴリラに目をやると、信じられないほどにたくさんの魔法陣を部屋中に展開していた。そして、何やら劇的にヤバそうな攻撃魔法が発動の途中だ。
ひえーーー…。
ちょっと、ちょっと…勘弁して…。
「話せば分かる!」
私は悲鳴のように叫んでいた。
「問答無用!」
無常な四文字熟語を吐き捨てて、脳筋ゴリラが最大級の攻撃魔法を展開した。
物凄いエネルギーの塊が私に向かってぶつかってくる。
その真っ白な光に私の「絶対防御」が初めてミシミシと音を立て震えだした。
こわい、こわい、こわい、こわい。
力で押し切るためにか、どんどん光が強くなり攻撃力も増してくる。
絶対防御が揺らいでいるのが分かる。
恐怖のあまり、全身が痙攣する。
あ…ハゲそう…。
ついに、バリアーの壊れるバリンという嫌な音を聞いた。
「あ、詰んだ…。」
我ながら、なんとさえない最期のセリフだろう…。
スローモーションのようにゆっくりと向かってくる光が眩しくて、私は両の目をぎゅっと閉じる。
すると何故か、誰かが私を力強く抱きしめた。