もう遅いのです。
「そんな、だって、あれでしょ? 悪役令嬢って言ったら主人公を虐めたりするあれよね? だったらもしそんな主人公が現れたって虐めなきゃ良いだけじゃないです? 以前のお姉様ならともかく、今のクローディアお姉様ならそんな虐めなんてしそうにないじゃないですか?」
そう言うマリアンヌ。
うん、確かに理屈はそうだよね。
「確かにね。そんな断罪されるようなことはもうしないって言い切れるわ。でも」
わたしは頭を振って。
「もう十五年もクローディアとして生きてきたのよ。わたくしにも自分が他人からどう見られているか。マクシミリアンがわたくしの性格をどう把握しているのかくらい、理解しているつもりです……」
そう。どうせならもっと幼い頃に前世の記憶が戻って欲しかった。そうしたらこんなイジワル令嬢なんて思われないよう頑張ったのに……。
「この先、もしもそういう虐め事件が起きた時。周りがクローディアならやりかねないってそう思うだろう事がわかるから。主人公が現れて、虐められましたって言ったらわたくしの言い分なんか信じて貰えないんじゃないかって、そう思ってしまうのですよ。もう遅いのです。今更性格変わりましたって言っても信じてなんか貰えない……」
マリアンヌも言葉を亡くしてる。同情する様にこちらを見て。
「混乱して、悩んで。魔力が暴走してお部屋が爆発してしまったとき、わたくしの心の何処かで此処から逃げ出したいって思ったんでしょうね。気がついたらアストリンジェンの修道院の前で倒れていたのです……」
「お姉様……」
「ねえ、マリアンヌ。わたくしが、このあたらしいわたしとしてもう少し自信が持てるまで。このままにしておいて貰えないかしら」
「おじさまやおばさまは? 黙っているのですか?」
「生きている、ということだけはなんとか伝えたいと思ってはいるのですよ……」
マリアンヌ、ちょっと思案するような顔になって。
「ねえ、それなら。うちのお母様と大聖女レティーナ様にだけは事情をお話しても良いです? あの二人ならお姉様の境遇にも理解をしてくれると思うのです。わたくしの前例がありますし。でもってきっと、良いアイデアを考えてくれると思うのですよ」
はう。
「特にレティーナ様はいろんな経験をしてきているし博識なのです。レティーナ様とうちのお母様に協力してもらえば、きっとおじさまやおばさまを納得させることもできますわ」
「よろしいの、ですか?」
「わたくし、クローディアお姉様をこのままほっておくなんて出来ません。協力させてください」
「ああ、マリアンヌ……。わたくし、貴女にも結構イジワルなこと言ったりしてましたでしょう? それなのに……。ごめんなさいね……」
「いえいえ、良いんです。それに、わたくし今のお姉様の事けっこう好きですわ。なんだか親しみが持てて」
「ごめんねマリアンヌ……。そうそう、今のわたしはマリアって呼ばれてるの。記憶喪失のふりをしてるから修道院の人にそう名前をつけて貰って」
「あは。じゃぁ、マリア姉様。あたしの事はマリカって呼んで。これからもちょくちょく会いに来てもいいですか?」
「ええ、嬉しいわ」
マリアンヌ、ううん、マリカは腕に中に収まって静かにしていたドラこをこちらに差し出して、言った。
「ねえマリア姉様? この子、あたしの魂の中にいるエレメンタルドラゴンの分身なの。竜の子だと目立つので黒猫のマトリクスを被ってるんだけどね。この子、姉様に預けていくから。何かあったらこのドラこに話しかけて? あたしにも通じるから」
お姉様をおねがいね、ドラこ。マリカがそうドラこの耳元で話すと、にゃぁとかわいく鳴いたドラこがこちらに向き直って。
びょんとマリカの腕から離れわたしの胸に飛び込んできた。
「はうう、もふもふしてる」
抱きしめてそのもふもふを味わって。
「マリカ、ありがとう」
わたしは素直に彼女にお礼が言えたのだった。