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外れた世界で少年は。  作者: 三番茶屋
15/36

殺人教唆 Ⅱ

「じゃー、あたしは三間警部ともう一つの現場に行ってくるからよ。一先ず、こっちは真伊に任せるわ。後で落ち合おうぜ。とは言っても、何か証拠が出てくるとは思えねーけど。かははっ」

 鳴尾 伊吹と円賀 井伊春の二名が殺害された現場となったビルディングに到着して、ある程度の現場検証を済ませた後――午前七時を回ったところで、雪間さんは何やら含みを持たせた笑みを浮かべながら、三間さんの肩に手を回して強引に連れ去って行った。

三間さんの呆れた様子を見て、それはまるで上司の強引な誘いを断れない部下のようだった。

部署は違うだろうけれど、果たしてどちらが先輩なのだろうか。

外見を見る限り、雪間さんの方が圧倒的に若く見えるけれど。

まぁ、それを言ってしまえば、三間さんだって年相応の面構えではない。

 

 結論から言うと。

 結果的に言うと――三十分少々の時間で、ざっと現場検証を済ませたわけだが、調べれば調べるほど奇妙な点が多々あった。

災いが災いを呼ぶではないが、奇妙が奇妙を呼ぶように、次から次へと芋づる式に腑に落ちない箇所が見えてきたのだ。

奇妙と言うか、腑に落ちないと言うか――言い換えれば、どうやって『神宮司』が二人を殺害したのかがわからなかったのである。

 六階の一室――鳴尾 伊吹が殺害された資料室の窓は開いていたが、それ以外のフロアと全室の窓は完全に施錠されていた。

これは捜査官と鑑識官の情報だった。

円賀 井伊春が殺害された一階の警備小屋に設置されたセキュリティ管理のコントロールパネルには六階の資料室以外のどの部屋も安全に施錠されたことを意味する緑のランプが点灯していたのだ。

それはつまり、侵入経路を窓からと考えると、六階の資料室以外は不可能ということだ。

いや、絶対的に不可能というわけではないが。

《協力者》がいた場合、それもまた容易に工作ができよう。

例えば、一階の窓から招き入れて、その後にまた施錠すればいいだけの話なのだから。

そして。

一階の正面玄関であるゲートが入社した時刻を記録しているのと同様に、資料室に入出した社員の記録も残っていた。

八千代が言うには、自社や他会社を含めた重要な記録や資料が管理されている部屋だから、ということらしい。

その記録については遅れてやってきた会社の取締役員に任意で見せてもらったのだが――奇妙なことに、入室履歴の他に、退室履歴がなかった。


 入 ナルオ イブキ 5:46


 それはつまり。

 その記録が意味することは、つまり。

彼女を殺害した後、窓以外の経路では逃走することができないということだ。

退室には再度役員カードが必要になるのだ、それは殺害された彼女の首に掛かっていて、現場から持ち出されてはいなかった。

さらには退室履歴も残っていないのだから、犯人は彼女を殺害した後、窓から逃走したことになるだろう。

「…………」

 うーん……。

そうなると、雪間さんの推理は案外的を射ているのかもしれない。

それこそ、何だか腑に落ちない気がしないでもないが。

果たして、雪間さんという定規で測っていいものなのか。

「なぁ、少年――」

 僕と八千代は雪間さんを見送った後、一階正面に設けられた豪華絢爛な待合スペースで柔らかいソファを背に向き合っていた。

八千代は何か気になる点でもあったのか、暫くの間沈黙を保っていた。

そして、ようやくの発声である。

「例えば、私たちの推理通り、仮に《協力者》がいたとしよう。犯人を社内に招き入れた《協力者》だ。まぁ、いずれにせよ殺されているのだから、《協力者》とは言いづらいかもしれないが」

「……だね」

「なら、その《協力者》は一体、何の為に協力したのだろうな?」

 何の為に、か。

 うーん……。

「犯人を招き入れた意味を、私は理解できないのだよ。いやまぁ、犠牲者もまさかだとは思っただろうが。それにしても、殺人者だったということを知らないでも、見ず知らずの、身元も顔も知らない人物を果たして社内に招くだろうか?」

「それはつまり、犯人は社内でも知られていた人物だって言いたいのか?待てよ、八千代。犯人は『神宮司』なんだろう?その人物が『神宮司』だってことを犠牲者が知らなかったのは当然としても、それなら、犠牲者からすれば『見ず知らずの人物』ってことになるんじゃないか?」

 類稀な殺人鬼。

 他に類を見ない殺人鬼。

 都市伝説染みた殺人鬼。

――誰も、姿も知らない、存在すら疑わしい殺人鬼。

「そうだな、君の言う通りだ。なら、もう一度質問しよう。一体どうして、犠牲者は見ず知らずのわけもわからない人物を社内に招き入れたのだい?」

 八千代はその言葉を強調するように、はっきりとした口調で言った。

「…………」

 そうだ。

 そうなのだ。

僕たちの推理に登場させていた《協力者》は言ってしまえば、『神宮司』の姿を知っている人物だ。

それならば、『神宮司』を社内に招いた動機だって説明がつくのだ。

籠目ちゃんのように、都市伝説と同じく扱われている存在に憧憬を抱く者だっているだろう、心酔している者だっているだろう。

もっと言えば、殺されても構わないと考えている者だっているかもしれない。

 けれど、違うのだ。

そもそも、『神宮司』という殺人鬼がどうしてそんな扱いを受けているのかを考えてみれば簡単に理解できるじゃないか。

誰も姿を見たことがない。

存在すらも疑わしい。

それが『神宮司』なのだ。

「『神宮司』が築く人間関係については誰も知らないからね。例えば、『神宮司』の姿を知る関係者がいたとするなら、話は別だ」

「うん、まぁ……そうだろうけど。しかし、唯一と言ってもいいような、関係者まで殺害するか、普通」

「普通じゃないだろ、『神宮司』は」

「うん、そうだろうけど……」

「何かしらの理由があったかもしれない。まぁ、でも、都市伝説のように扱われてる殺人鬼が幅広い人間関係を築いているとはどうしても思えないな。だからこれも、憶測の域を出ない」

 八千代は話をまとめるように深呼吸をした。

両手を天に掲げ、背筋を伸ばす。

黒いスーツを着用している彼女だが、その上からでも見て取れるほどスタイルの良さが伺える。

ナイスボディだった。

「そうなると、《協力者》という存在はいないことになる、なってしまう。まぁ、確かなことなんて言えないのが推理なのだけどね」

「《協力者》がいない方向で推理する必要があるってことなのか」

「元より、推理というのは幾つもの仮定を構築することに意義あるのだ。いずれにせよ、《協力者》がいない場合で犯行が可能かどうかを思考せねばなるまい」

 推理の定義がどういうものか全く知らない僕にとっては、八千代の台詞などどうでもよかった。

と言うか、明らかに個人的な考えが含まれているので、元より信用性に足るものではない。

 とは言っても。

《協力者》がいない場合か――

 ん。

 待て待て。

 簡単なことじゃないか。

「八千代、別にカードが一枚ってわけじゃないんだろ?事前に何らかの方法で再発行することだって可能かもしれない。それなら正面から堂々と侵入できる」

「……なら、聞かせてもらうが、入社履歴はどうやって説明するというのだ?一番に犯人がそのカードを使用して入社したとすると、必然的に円賀 井伊春ということになるが、その後に控える《本物》のカードを所持している彼はどうやって入社するんだい?入社履歴は二名だけで、二つだけだぞ」

「…………」

 僕の発案が一瞬にして否定され、崩壊した瞬間だった。

「入社履歴はタイムカードのようなものだ。履歴を消去することなどできないというのは言うまでもないか」

 追い討ちをする八千代。

 項垂れる僕。

「しかしな、少年。カードは一枚のみなのだよ。二名の犠牲者がそれぞれ持つ二枚のみだ」

「……ん?でもそれをどうして八千代は知ってるんだ?」

「君も見ただろう、血文字で流麗に書かれた一文を」


 『カードはそれぞれ一枚ずつのみ。ぜひともこの余興、最後までお楽しみ下さい』


「いや、あれは犯人が勝手に書いたものだろう。それを信用するっていうのか?」

「なら、君はあれが偽りだと証明できるか?」

 いや、できないけど。

できないけど、信用するのもどうかと思う。

「いいか、少年。どうしてかこの世界では犯罪が実際に起きたにも関わらず、それを証明――立証しないことには犯罪として扱われないのだ。目の前で殺人が行われたのに、それを立証できないと犯罪はなかったことになる。いや、なかったことになるのではない、最初からそんなこと起きていなかったのだ」

 八千代は続ける。

「君は目の前で起きた殺人を、疑うのかい?推理というものは疑うべきものなのかい?」

 きっとそれは。

八千代が言わんとしていることは、疑いを証明する義務とそれが含む責任だ。

犯罪は立証されるべきもの。

立証しなくてはいけないもの。

きっとそういうことなのだろう。

「私たちは別に疑いを証明して犯人を裁いたり、刑罰を決めたりするわけじゃないんだよ。私たちがすることは、するべきことは、目の前で起きた犯罪を犯罪だと立証することだ。犯罪がそこにあったと、証明することだ」

 八千代が重々しい雰囲気で語る中、彼女の言葉に沈黙せざるを得なかった僕の携帯電話が鳴った。

殺人が行われた緊張感の漂う現場にはそぐわない、不敬極まりない愉快な着信音にさすがの八千代も呆れ顔を見せた。

まぁ、その表情もまた情欲が駆られるというか、欲情してしまうというか――じゃなくて。

 見覚えのない発信者番号が画面に表示されている。

 ふむ、一体誰だろう。

そっと通話ボタンを押して。


「……はい」

「よぉ、十分振りだな。元気してるか?細けぇ真伊のことなんかあんま気にしない方がいいぜ?あいつの言葉に耳を傾けてると、まじで染まっちまうからな、かははっ。まっいいや、どうだそっちは。何か進展したか?」

 六月十二日午前七時十二分。

 雪間さんの電話番号を入手した瞬間だった。

と言うか、いつの間にか僕の番号が知られていた。

素直に恐怖を感じざるを得ない。

僕の個人情報がどこからか漏れ出している危険性があるが、うん、きっと八千代のせいだろう。

「……ええ、後退はしてませんよ」

「現状維持ってことじゃねーか。変な言い回しすんな、このボケ。せめて好転くらいさせろよ」

「まぁ、別の方向で推理してるって感じですね。《協力者》はどうやら僕が考えていた以上に、薄い線になってしまうかもしれません」

「そっか、そこであたしの推理が的を射抜くんだな?」

 雪間さん定規推理、別称『あたしにはできる』推理――そう名づけるとしよう。

まぁ、徐々にその線を本気で考えなくてはいけないかもしれない。

不本意ではあるが。

それこそ、腑に落ちないが。

 とは言っても、仮に地上から六階に侵入したとしても部屋から出ることができないのだ。

退室履歴がない以上、鳴尾 伊吹を殺害しても後戻りしかないのである。

だから、雪間さんの推理は全然だめ。

的すら当たっていない。

「ええ、恐らくそうなるかもしれませんね」

 とは言えるはずなく、僕は雪間さんの機嫌を取る形で同意した。

「えっと、雪間さん。どうかしたんですか?」

「あぁ、そうだそうだ。用件言うのすっかり忘れてたぜ。えっとー、まぁまだ細かいところは調べれてねーんだが、何だか奇妙でよ」

 あぁ、そっか。

雪間さんは三間さんと共に向かった、別の場所で起きた通り魔殺人事件の現場から電話しているのか。

「……奇妙、ですか」

「それもよ、なーんかおかしいんだわ。どいつもこいつも、念入りに殺されてやがるんだよ」

 念入りに?

 念入りに殺されている?

「どうも、突発的に行った殺人じゃねーんだよ。通り魔ってすれ違い様とかにやるもんだろ?けど、こいつはどう見たって、別の場所で殺した死体を持ってきたとしか思えねーんだよ。骨は折れてるし、外見では身元すらわからねーことになってるし。まぁ全部が全部ってわけじゃないんだが」

「……そう、ですか」

 僕は少し混乱しながら相槌を打つ。

「昨日起きた通り魔事件とはちょっと違うな。純粋に刃物で刺しただけってわけじゃねーからな。まっいいや、また詳しいことは後で報告する。真伊にも伝えといてくれよ」

「はい……」

 会話を終え、雪間さんの指示通り、奇妙な展開となった事件の概要を八千代に伝えようとしたところで、それを寸前で制するように彼女は口を開いた。

僕は喉にまで出掛かった言葉を飲み込む。


 一段、声を低くして。

 声調を低くして。



 なぁ――




 なぁ――




「少年、これって本当に、『神宮司』の犯行だと思うかい?」




 誰がいつ、この事件を『神宮司』によるものだと言っただろうか。

『神宮司』が行った殺人だと、一体誰が証明できるのだろうか。

僕は『神宮司』に拘るあまり、犯罪を立証することを忘却していたのかもしれない。





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