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外れた世界で少年は。  作者: 三番茶屋
13/36

殺傷因縁 Ⅲ

 六月十二日、午前六時三十分。

天候、曇り。

どんより曇り空。

鉛色の空。

今すぐにでも一雨降りそうな黒い雲。

 

 そして。

会社内殺人事件――鳴尾 伊吹と円賀 井伊春が無残にも殺害された現場に僕たちは到着していた。

僕と八千代と、そして雪間さんである。

正確に言えば、辺りは規制線で囲まれ、三間さんを含む警察関係者で溢れていた。

「ははっ、まさか麻由紀とすでに面識があったとはね。紹介する手間が省けて結構だが、どうしてだろう、何だか面白みに欠けるな」

 暢気に微笑みながら八千代は白い歯を見せた。

暫く振りに見た八千代の笑顔は素直に可愛いものだった。

「何言ってんだよ、真伊。全部お前が知ってて仕組んだことじゃねーか。昨日、約束をすっぽかしたのだって、この死んだ魚みてーな目をしてるガキを助けるためだったんじゃねぇのかよ」

「それは、一体何のことだい?」

 はぐらかす八千代を見て、唾を吐くように嘆息する雪間さん。

 そうなのだ。

病室に見舞いに来た八千代が言っていた『麻由紀』とは雪間さんのことだったのだ。

そう言えばその時、雪間さんと約束があるからとか何とか言っていたような気がするが――もしそれが、僕が『神宮司』に襲われることを予知した上でのことならば、それはそれで『神宮司』に匹敵するほど恐ろしい。

いや、それ以上かもしれない。

何だか監視されてるみたいだ。

だとしなくても、僕の行動は全て八千代の予測範囲内ということだろう。

全く、僕にとってはどれもこれも予想外と言うのに……。

「で、だよ。真伊、あたしは昨日確かにこの手で神宮司の兄を捕まえたはずなんだよ。勿論、今だって署内で乱暴に扱われてるはずだ。それなのに、これまた一体どういうことだっつーの」

 そう。

 僕たちは目の前にしている。

さして大きくはない会社ビルに入ってすぐに構えられた警備小屋の中で、喉を刃物で裂かれたように死んでいる中年男性――円賀 井伊春を。

しかし、それだけではなかった。

雪間さんが疑問を呈するのも無理はない。

これは奇妙なのだ。

奇妙というか、不思議というか、有り得ないことなのだ。


 僕たちは目の前にしている。


『拝啓』に始まり『敬具』に終わる――『カードはそれぞれ一枚ずつのみ。ぜひともこの余興、最後までお楽しみ下さい』と丁寧に、流麗に書かれた血文字を。

そして、死者を弔うようにそっと添えられた花束――昨日見たそれとは対極的な、真っ白の花。

清楚さと純粋さを滲ませる、白い花弁。

この花は僕でも知っている。

花の知識なんて毛ほどもない僕すら知っているほど有名な、そして誰しもが一度は見たことのある、一度は耳にしたことがある花――水仙(スイセン)だ。

喉が裂かれ、血の海と化した一面に浮かび上がるように 輝く純白の水仙の花束だった。

「いい趣味してんじゃねーか、この花」

 雪間さんが無表情に言う。

その様子を見るに、評価しているわけではないらしい。

かと言って、皮肉でもないようだった。

そんな、読み取り辛い表情だ。

「これは、やっぱり昨日の続きなんですかね……」

「さぁね、あたしには違うようにも思えるけど。かと言って、どう考えたって続きのようにも思えるけど」

 結局どっちかわからない解答をする雪間さん。

 僕たちを挑発するかのように挑戦的な書置きを残し、さらには死者を弔うかのように見せる嘲弄の花束はどう考えたって昨日に起きた大学内殺人事件と同様だ。

けれど、どこか違和感を覚えるのはそれらが昨日の事件現場とは対照的だからなのだろう。

筆跡を比較してみても、それは見るに明らかな違いがある。

昨日の殺害現場に書き残された英文は乱雑で乱暴な走り書きだった。

それだけで如何に横暴な殺人鬼かを見て取れた。

だが、今回は少し違う。

違うような、気がする。

まぁ、筆跡の操作くらい慣れれば誰にでもできるだろうし、わざわざ言及するほどではないのかもしれない。

そう、正直、今の僕は筆跡がどうとか花束がどうとか、挑戦的なメッセージがどうとか、そんなことを冷静に思考できるほど心中が穏やかではなかった。

 そうなのだ。

 これはどう見ても、昨日の殺人事件の続き――『神宮司』兄妹の犯行の続きだ。

それを裏付ける十分な理由があるのだ。

これまたほとんど同時に起きた別の殺人事件――繁華街から少し離れた場所で起きた通り魔殺人事件がそれを明確にしている。

『神宮司』兄妹が別々の場所で、ほとんど同時に犯行に及んだとすれば、それは昨日と同様、同一犯という可能性が濃くなる。

なってしまう。

だからこそ、僕は冷静でいられるはずがなかった。

パニックに陥りそうなほど慌てている。

こうして冷静さを装っていられるのも、側に八千代と雪間さんという頼もしい存在がいるおかげなのかもしれない。

 と言うのも。

 なら、昨日の夜、僕をわざわざ古典的な方法で呼び出し、そして雪間さんに一蹴された彼は――《彼女》は一体何者だったのだろうか。

確かに彼女は自ら『神宮司』を名乗り、大学内殺人事件を自分の犯行だと認めたのだ。

そして、雪間さんに連行された――はず。

はずなのに。

どうして『神宮司』と思われる犯行がこうして二件同時に起きているのだ。


「真伊、『カードはそれぞれ一枚ずつのみ』――これは一体どういう意味だ?」

「ふむ……それを言えば、この社員証を兼ねたカードのことだろうな」

 八千代はビニール袋に入った社員証をどこからか取り出した。

今は亡き、円賀 井伊春さんの顔写真と名前が記されたカードだった。

「へぇ」

 と雪間さんは一言発して、それである程度のことを把握したように頷いた。

「このカードは、簡単に言えばタイムカードのようなものだな。見てわかると思うが、この会社、入退出をする際、必ずあのゲートを通ることになる。その時、このカードがないと入出することができない仕組みになっている」

「タイムカードを兼ねた、社員証?」

 僕は確認するように八千代の言葉を反復した。

「そういうこと。まぁ、それだけではないのだけれど――入退出管理は勿論、各フロア、PCへのログオンやアクセス権限もこのカードが担ってるわけだ。この会社の設備を使用する場合、大抵このカードが必要になるわけだな」

「完璧なセキュリティを提供してくださってるわけかよ。あーそっか、この会社がそもそもそういうところなんだな」

 雪間さんは言いつつ、黄金に輝く前髪を手櫛で整えた。

どうやら前髪を酷く気にしているようだった。

「つまりだ、少年。ここまで言ったのだから、私が何を言わんとしているのか、後はわかるな?落ち着いて考えてみようじゃないか」

「……この会社内には二人の犠牲者しかいなかった?」

「そう、そういうこと。タイムカードの役割も担ってると言ったが、それはつまり入社時刻が明確だということだ」

 八千代はそう言って、僕と雪間さんを警備小屋から受付カウンターへと導いた。

重厚感が溢れる大理石の長いカウンターの内に設置された三つのパソコン。

その一つに映し出されていたのは社員の入退出の履歴だった。


 ツブラガ イイハル 5:32

 ナルオ イブキ 5:40


 二名の名前と共に入社時刻が刻まれている。

「けど八千代、二人が殺害されている以上、犯人は必ずいるわけだろう?強引にゲートを突破するくらいできそうだけど」

「少年、君はあのゲートならぬ、鉄板でできたシャッターを見て本当にそう言えるのか?」

 八千代は指を指す。

駅にある改札口のようなものではない、八千代が的確にそう言うように、鉄の板でできた扉なのだ。

今は開放状態だが、それが閉門すれば外部から内部を確認することすらかなわないだろう。

「けどよー、何であんなゲートにするんだろうな。社内の人間はともかく、他会社の営業とかどうしてんだろ?いくら会社の技術だからつっても、やり過ぎじゃねぇか?」

「最高のセキュリティを提供するため、かもしれないな」

「かっ、その中で二人も殺されてるっての」

 八千代と雪間さんは同じように不適に微笑んだ。

 確かにそうだ。

最高のセキュリティで言うなら、確かにそうなのだ。

それなのに、その内部で二人も殺された。

殺害された。

殺人事件が起きてしまった。

 いや、待て。

正面門からの侵入は不可能だとしても、他に手立てがないわけでもないだろう。

裏口だってあるはずだし、各フロアの窓からだって侵入できるかもしれない。

 ん?

 各フロア?

そう言えば、八千代はさっき各フロアにもカードが必要とか言ってたか。

「…………」

 僕はそんな推理をしている内にいつの間にか冷静さを取り戻してた。

『神宮司』の犯行かどうかはともかく、この奇妙な殺人事件に対して純粋な疑問を感じていたのだ。

奇妙というか、不思議というか。

そのせいで、『神宮司』という殺人鬼の名前など頭の片隅へと追いやっていた。

「この場にいても推理なんてままならないだろう。さっさと上の階へ行くとしようか」

「上の階?」

「少年、知っているだろう、二人殺されているのだよ。もう一人の犠牲者がいる、六階へ向かおう」

 僕たちはいくつかの不審点に目を瞑りながら、エレベーターへと乗り込んだ。




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