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よん

 次の日の朝、玄関にあたしのシューズは無かった。隠した犯人は簡単に予想がついた。あたしが靴下のまま教室に入ると、だらしのない、にやけた顔であたしを見た。クラゲを苛めてた男子達だ。そんなことで勝ったつもりなのだろうか。生憎、そんな下らない嫌がらせで傷つく程、あたしの心はか弱くない。ただ視界には入って欲しくないと思うけど。

 いらいらする感情を抑えながら、平然とした表情を顔に貼り付けて自分の席に着けば、ランドセルを下ろす。それと、ほぼ同時に教室のドアが開いて、クラゲが入ってきた。


「おはよー、クラゲ」

「おはよう」


 健やかな笑顔。あいつ等も、この邪気のない笑顔を見習って欲しい。クラゲの足元を見ると、クラゲもシューズを履いていなかった。


「見てクラゲ。あたし、クラゲとお揃い」


 そう言って、シューズを履いてない足をクラゲに見せた。いつも通りのへらへらした笑顔で「そうだね」と返してくれるのを期待して。その彼の笑顔を見れば、シューズを隠された苛立ちは綺麗さっぱり消えてくれるだろう。


「……誰」

「え?」


 クラゲの声にへらへら笑顔をくっつけて聞き返す。でも、クラゲは笑ってなかった。


「誰!?」


 彼は、きっ、とクラスメイト一人ひとりを睨んで、突き刺すような声を上げた。反響するぐらい鋭い声だった。誰も答えない。いや、答えられないのだ。あたしも息を吸い込んで、吸い込んで、何か言葉を吐き出そうと思ったけど、何も出てこなかった。俯き、肩で荒々しく息をする彼は、まるで別の生き物のように見える。あたしはそんな彼を、ただただ見ていることしか出来なかった。彼は、ぎゅ、と唇を噛んで、顔を上げる。へらへらした笑顔を期待していたのに、温度を感じさせない冷え切った無表情であたしを見た。冷たい水をいきなり顔にかけられた気分だった。体から血の気が引いていく。

 どん、と肩に衝撃が走った。派手に椅子の倒れる音が響き、それと同時に、衝撃は全身に広がる。

 気がついたら、あたしは間抜けな格好で椅子と一緒に転げて、クラゲを見上げていた。しばらくして、あたしは彼に思い切り突き飛ばされたのだと気づいた。


「みんな、勘違いしないで」


 抑揚のない声。心臓を冷たい手で撫で上げられた感触がした。唇を噛んで、細い喉に力を入れ、弱弱しく肩を震わせながら、両手を握り締める彼は、涙さえ流していないけれど、全身で泣いていた。


「僕は、こいつを友達だなんて思ったことは一度もない。一緒にするな」


 低い声で一気に言うと、彼は踵を返して教室を出て行った。

 騒がしいテレビの電源を突然切ったような沈黙が教室を包んだ。その沈黙と同時に、あたしも転がったまま、立ち上がれないでいた。すん、すん、と音が聞こえる。音のする方へ首だけ向けると、どうやら、それは鼻をすする音だったらしい。


「かわいそう。透子ちゃん……」


 一人の女の子が目に涙を浮かべてあたしを見ていた。その子の言葉をきっかけにして、再び、テレビの電源をつけたような喧騒が戻った。


「透子ちゃん、海月くんがみんなに嫌われてたから、仕方なくお友達になってあげてたんだよね? なのに、なんで海月くん、あんなことしなきゃいけないの?」

「ほんとだよね……。男子、海月を苛めるのは許すけどさ、透子ちゃん苛めるのはよそうよ。かわいそうじゃん」

「やっぱ、海月って貧乏だから、心も貧乏なんだろうな」

「ごめんな? シューズなんか隠したりして」


 横に置かれるシューズ。

 ……ああ、そっか。馬鹿だなあ、あたし。

 視界が滲んだ。雫が頬を伝った。ここで泣いちゃだめだ。泣いたらだめ。今、あたしが悲劇のヒロインになったら、クラゲはどうなるの。そう自分に言い聞かせるけど、涙は止まらなかった。唇を噛んで、嗚咽を必死に噛み締めながら、がたがたと震えた。そんな自分の弱さを恨みたかった。

 同情の視線。クラゲを非難する言葉。思い切り押されて麻痺したように、じんじんと痛む肩。転げたときに打った身体。すべてが痛くて苦しくて、辛かった。

 彼に出会ってから、本物のクラゲについて調べたことがある。クラゲは人間が触れると刺すこともあるらしい。

 あたしはきっと、彼に刺されたんだろう。彼は優しさを呑み込んで、普段は押し隠している針を、あたしに向かって刺したんだ。あたしを守るために。自分だけが悪者になるために。

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