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第九十一話 新たな道

 第九十一話    新たな道



 「さぁ、梅乃。 これを頭に叩き込むんだ」 

 岡田が医術書を大量に出すと、「はい……」 梅乃は医術の勉強に励んでいく。



 この医術書は赤岩が残してくれた物だ。


 (これは難しいな…… でも、赤岩先生が残してくれたんだ)

 梅乃が勉強に励んでいる時



 「梅乃、大丈夫かな……」 小夜が岡田の部屋を心配そうに見つめている。

 梅乃は岡田の部屋を借りて勉強に打ち込んでいた。



 それを見て小夜が変わっていく。 吉原で梅乃の噂話をしている者を見つけると


 「医術の知識もないクセに、文句を言ってるんじゃないよ!」

 小夜が文句を言い出す。 これには采も困っていた。


 梅乃の噂話をしている人たち全員に文句を言っていたのだ。 禿だけではなく、妓女にまで食ってかかっていく小夜の行動に呆れていたのだ。



 「すみません…… おたくの小夜ちゃんから怒鳴られたって言っていまして……」


 これには中見世の遣り手が三原屋に苦情を言いに来ていた。



 「すまないね…… 梅乃の事となるとカッときちまうんだよ……」 

 采は何件もの苦情に頭を下げている。



 「小夜!」 ついに采が怒り出すと


 「だって、梅乃が頑張っているのに私が応援しなくちゃ……」

 まったく聞く耳を持たない小夜だったが



 「小夜…… ありがとう。 でもね、ここは吉原だよ…… 私は何を言われても大丈夫だからさ」

 梅乃が “ニギニギ ”をすると、小夜も一緒にニギニギをする。



 そして数日が経つ。 小夜の精神が落ち着いてくると吉原の逆風が吹き荒れてくる。


 「お前だね? ワッチらの禿を怒鳴ったヤツは……」

 小夜が怒鳴った見世の妓女がやってくる。


 「梅乃の悪口を言っているから注意しただけです」 小夜がツンとした態度でいると


  “パチンッ―” 


 中見世の妓女が小夜の頬を叩く。


 「何をするんですか!」 小夜が引かずに妓女を睨むと

 「お前、禿風情が何を言ってるんだい! 吉原の教育をしてやるよ」 妓女は小夜の髪を掴み、引きずり回した。



 「さ 小夜ちゃん」 なかなか帰ってこない小夜を心配した古峰が外を探していると見つけて声を出す。


 古峰が走り、急いで小夜の救出に向かうと

 「お前もコイツと一緒だな」 妓女は古峰を睨んだ。



 古峰が勇気を出し、妓女の前に出ると

 「三原屋を舐めるんじゃないよ! 妓女だろうと、お姉ちゃんの悪口を言ったり痛めつけるのは許さない……」



 (古峰……) 小夜は驚きと感謝が入り交じった感覚になる。


 「お前たち禿が……」 妓女が二人に怒っていると

 「すみません…… この辺で終わりにしませんか?」


 (梅乃…… なんで……?)


 「申し訳ありません。 私の為に、善かれと思ってくれたらしく……」 梅乃が頭を下げる。


 「そんな言葉で済むもんか! お前も同じ服を着ているから禿だな」 妓女が梅乃の胸ぐらを掴むと


 「梅乃―」 小夜の叫び声が響くと、妓女の手が止まる。


 「お前、梅乃って……」

 「はい。 みなさんに『死神』と言われている三原屋の梅乃です」 梅乃は伏せた目で自己紹介をしてから、ゆっくりと妓女の目を見て微笑む。



 「お前が梅乃……」

 「そうです。 私が触るか、触られるかをすると死んでしまうと言われている梅乃です」 そう言ってから、梅乃がニヤッとすると



 「私、死ぬの……? いやぁぁ」 妓女は慌てて逃げていった。


 「う 梅乃ちゃん、ありがとう……」古峰が涙を流す。

 (古峰、また吃音…… さっきは無かったのに) つい、要らぬことに気がつく小夜である。


 「とにかく静かにしてね。 吉原は周りの評価も大事なんだから」 梅乃が言うと、二人は下を向く。



 「ごめん……」


 三人が安心すると、噂を聞きつけた菖蒲が走ってくる。

 「喧嘩になってたって、あれ……?」 菖蒲は来たのが遅かったようだ。




 梅乃が勉強を始めて一ヶ月、吉原に春の知らせがやってくる。

 「綺麗…… また春になったね……」


 三人が梅の花を見つめていると 「十五歳か……」 梅乃が呟く。


 十五歳…… これは梅乃と小夜の転換期である。 菖蒲、勝来などは十五歳で新造しんぞうとなっている。 多くの見世も十五歳で新造になることが多い。  三原屋も例外ではない。



 新造とは、妓女になる手前である。 禿から成長し、新造になる訳だが大きく分けると二つの新造がある。


 【振袖ふりそで新造しんぞう】 禿の時代を経て、次の段階に進んだ十四歳から十六歳の少女をさす。 遊女の見習いであり、まだ客を取ることが許されない。 ただ、姐さんや花魁が多忙などで客に付けない時に名代で宴席などに入ることが出来るが、床入りはしないのが原則である。



 【留袖とめそで新造しんぞう】 十八歳になっても独り立ちが出来ず、姐さんの世話になりながら客を取れるように勉強していく、遅れている妓女である。 未熟ながら成人した女性を表し、留袖と言われるようになったとも言われている。



 そして別ものではあるが 【番頭ばんとう新造しんぞう】というものがある。 年齢が三十前後で、年季を終えた元妓女がなる役職だ。 花魁などの身の回りの世話、外部との交渉、茶屋に出向いて初回客の品定めなどを行う。 遣り手の勉強などをしながら花魁などを支えていく存在。 鳳仙楼に出向している信濃が番頭新造である。



 「私は振り袖新造か……」 小夜が意気込んでいると、


 「お前は少し見世から離して考えていくから……」 采がキセルを吸いながら説明をする。


 「お婆……」 小夜は落ち込んだ様子になっていく。



 梅乃は横で聴いていた。 顎をクイッとあげ、小夜に合図を送ると


 「失礼しんす……」 小夜は采に頭を下げ二階へ向かう。



 「どうしたの?」 小夜が目を丸くすると

 「お婆が言ったこと、あれは違う意味だよ」 梅乃がニコッと微笑む。



 「それって……?」 小夜は知らなかった。

 もう一つ、新造でも特別なポジションがあったのだ。


 【引っ込み新造】である。 これは特別な役職で、誰の姐さんにも付かず

 花魁候補として育てる特別な役である。 売り出す寸前まで客に会わせずにいる見世の隠し球である。 これは玉芳がそうだった。



 「まさか、私が玉芳花魁と同じように……?」 これには小夜も驚くことしか出来なかった。


 玉芳を花魁にする為、見世は全てを隠してきた。 引っ込み禿から引っ込み新造と、最後まで隠しておいて大見世になった三原屋が玉芳を花魁に据えたのだ。


 妓女と同時に花魁になった玉芳はエリート中のエリートだったのだ。



 「あわわ…… どうしよう梅乃……」 急に慌て出す小夜に、

 「小夜は、そのまま花魁になればいい! 私も応援するからさ」 梅乃がニカッと笑うと、小夜も小さく微笑む。


 (凄いことになってきた……) これには古峰も興奮している。



 「姐さん、どういうことですか?」 新しい禿の一花が訊くと、

 「こ これは凄いことなんだよ」 古峰はニコニコしがら説明していく。



 「さて、勉強してくるね」 梅乃が一階の岡田の部屋に戻っていくと


 「梅乃姐さん、本当にお医者様を目指すのですか?」

 「お お姉ちゃんたちは本当に凄いんだよ」 古峰は姉の二人の偉大さに心を躍らせていた。



 数日が経ち、小夜は立ち振る舞いなどを学んでいく。 芸や言葉使いなど、いつ宴席に出しても良いような形を叩き込まれていく。



 梅乃は蘭学の勉強を続けていた。 

 「梅乃、これから往診だが お前は勉強を続けていなさい」 岡田が一人で往診の準備を始めると


 「どうしてです? 一緒の方が勉強になるし……」

 すると岡田が言葉を被せて 「まず本を頭に叩き込め! 現場はそれからだ」

 そう言って、出て行ってしまう。


 「……?」 梅乃はポカンとしていた。



 それから岡田は一人で往診の日々を送っていく。 なかなか連れて行って貰えない梅乃は黙って勉強しているのだが……



 ある日、采が岡田を部屋に呼んでいた。

 「ここ最近、随分と仕事を取っているようだが……」 


 「すみません、勝手に取ってしまいまして…… ただ、見世には料金が払われていると思いますが……」


 岡田が説明すると


 「それは分かってるよ。 ただ、何を焦って稼いでいるかが気になったんだよ」

 采は敏腕経営者である。 稼ぎの動向で察してしまったのだ。



 「……」 岡田が黙っていると

 「話してごらん」 采は優しい声で催促をする。



 「お婆、勝手なことで申し訳ありませんが…… 梅乃を学校に行かせてやりたいのです」 


 「なんだって??」 これに采が目を丸くすると

 「今から申し込めば間に合うので、秋の試験まで学校に…… その学費を稼いでいました」


 岡田が一人で稼いでいたのは梅乃の学費の為だった。



 (これだけの大人を動かす子供って……)

 采は、梅乃という子供の凄さを感じてしまう。 まだ、梅乃が七歳の時に玉芳が言った言葉を思い出してしまった。


 『お婆、梅乃の才能に気づいた?』 という言葉である。

 (玉芳アイツ、あの時から梅乃の事を……) 采の額から汗が出てくる。



 それから数分の間、采と岡田が無言で見つめ合うと

 「それなら私が出してやる。 岡田、お前は梅乃を合格させな」


 采はニヤッと笑う。


 「お婆……」 岡田は静かに頭を下げたのだった。



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