表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/16

9.ゴブリンとの闘い


 ゴブリンどもが襲いかかってきた。


 孤立し恐怖に圧倒されそうなとき、人は恐怖を克服するために、理性をかき集める。

 だが、理知を超えた恐怖に打ち勝つのは怒りだ。

 最も強い力は、理性と怒りの結合によって生まれる。


 すなわち復讐…


 私は刑事時代、復讐心を殺した。組織として活動するには邪魔なものだった。


 今は違う。

 孤立無援の中、私は私であって潔子であり、そしてこの世界を守護すべき者だ。


 こいつらは潔子を犯し、七菜子の世界を汚した。

 生き延びた少女たちに唯一残された平和を脅かした。


 私は吹き荒れる狂飆きょうひょうとなって剣を振るった。


 私の正面に立ったゴブリンは、咆哮を発し、牙と爪を剥き出す。だが、怯むことは許されない。

 立ち止まれば背中を攻撃される。


 だから、私は一切の躊躇なく、全力で正面の敵に襲いかかる。

 敵の手や腕を切り裂き、脚を撫で斬り、身体を削ぎ斬り、その場に撃ち倒す。殺さず、苦痛にのた打ち回らせる。


 すぐに踵を返し、背後の敵を襲う。

 これを繰り返すことで、背後に空間を作り続ける。


 しかし、少しずつ隙を突かれ、傷は負う。

 潔子の身体を爪が切り裂き、牙が食込むたびに、痛みと怒りに私は叫んだ。


 正気を失いそうだ。


 苦痛と疲労に痛めつけられ、全身から汗が吹き出し、ゴブリンの血と饐えた体臭に息が詰まった。


 最後の一匹が逃げ出すところを、かかとの腱を切断し、両腕の肘から先を斬り飛ばしたところで、私は膝を落とした。


 もう一歩も動けず、うずくまった。

 

 この世界は異常だ。


 何もかも、あまりに生々し過ぎる。

 そして、その生来の姿が美しく穏やかで無害であるがゆえに、

 …悪意に対して無防備だ。


 息が整った。

 と思った途端に私は吐いた。胃液の苦みと悪臭が口内を満たす。


 地面がぐらりと傾き、私の肩や側頭部を襲った。


 私は意識を失い、暗闇に包まれた。




 気がつくと、月光の中、人影が見えた。

 明らかにゴブリンではない。

 子どもほどの背丈しかない。


 節くれだった葡萄の幹の蔭からこちらを覗いている。


 丸々と小肥りした体型、赤ら顔にどんぐりまなこと大きな鼻、ふさふさの白いヒゲ。空色の服を着て、頭には先の尖った帽子を被っている。


 目を丸くして、息苦しそうに、ふうふう息を吐いている。落ち着きなく足踏みし、体を揺すっていた。

 この場から逃げ出すべきか、私を助けるべきか、考えがまとまらない様子だ。


 ドワーフか。

 潔子から、デジタル被造物クリーチャーのことは聞いていた。


「お前か?ドワーフってのは…」

 私が尋ねると、彼は怖がって後ずさりした。


「ごめんなさい」

 私は潔子であることを思い出した。

「ちょっと思い出せなくて…

 あなた誰?」


 捨てられた子犬のような情けない顔になると、見開いた目から、みるみる涙が溢れてきた。

「ワテや、ホピじいや。

 お嬢さま、ようけ頭どつかれて、ボケたんかいな?」


「そうね」

 私が立ち上がろうとしてよろめくと、ドワーフが駆け寄ってきた。


「お嬢さま、無理したらあかん!

 ワテがお手伝いします」

「ありがとう、ホピじい。じゃあ、お願いがあるの」

「コイツら悪モンや!どないしたりまひょ?」

「ロープを持ってきてくれる?

 縛り上げて拷問するから」

「ひっ!」


 ドワーフは悲鳴をあげたが、短い手足でかいがいしく手伝い始めた。

 潔子が果樹を手入れするために生み出した被造物クリーチャーだけに力は強い。


 私は潔子を襲った親分らしきゴブリンを木に縛りつけた。

「まず、名前を聞こうか?」


 ゴブリンはまたもニヤリと嗤うと、勢いよく体を反らし、みずから自分の後頭部を幹に叩きつけて破壊した。

「貴様あ、潔子じゃねえなあ」

 という捨て台詞とともに死体になった。


 仕方がない。

 私はドワーフを呼んだ。

「まだ生きてるやつを一匹連れてきて」


 ドワーフがズルズル引きずってきたゴブリンに親分の顔を見せた。

「こいつの名前は何だ?本当のことを言ったら解放してやる」


 生き残った七匹を隔離してそれぞれに、同じ質問をした。

 答えを拒否した者は、一本の手脚もなくなり、生きながらおのれの内臓を見ることになる。


 “ゴルディアス”


 七匹のうち五匹はそう答えた。


 私は嘘を言った残り二匹をさらに痛めつけた。

 一匹は「ゴルディアス」と言い、もう一匹は拷問に耐えきれずに死んだ。


 あのゴブリンの親分は、少なくとも仲間内では“ゴルディアス”と呼ばれているようだ。


「お嬢さま、もうよろしいか?」

 ドワーフがおずおずと近寄ってきた。


「ええ、用事は済んだわ!

 あと、これだけ」

「何をしてはるの?」

「こいつ、親玉の首と手首を切り落してるの。

 お姉さまたちに見せるから」


 私は血まみれのまま、ホピに向かって振り返り、微笑みかけた。

「ホピじいの手斧を貸して」


 ドワーフは背を向け、両膝に手を当ててかがみ込むと、胃の中のものを吐き出した。

「うえーっ!

 お嬢さま、堪忍してくんなはれ!」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ