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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第三章
106/227

21 嫌な予感

 情報部のフルト少佐より命を受けたアラド中尉は、鉱山で乗り込んだ一個分隊とリグ少尉をエンマイヤー邸の北西で降ろすと、ガリー少尉と共に王都北東にある柵を撤去した所から北棟を目指し森を進んでいた。


「思ったより時間が掛かってしまったな……」

「仕方ありませんよ、中尉。ビークルが少な過ぎなんですよ……いくら騙し騙し使っても限界ってものがありますよ……」


 眉間に皺を寄せるアラド中尉の呟きにガリー少尉が同情の言葉を掛けている。

 彼らは鉱山の麓で中型ビークルに乗り換えた時、ビークルのモーターが不調を来し、修理に手間取ったのだ。

 フルト少佐に、街道から王都入口である門を望む位置に有る四号カメラ付近で警戒線を張る様に言われていたアラド中尉は、さすがにもうそれは叶わないが、せめて王城の入口に間に合えば、と焦る気持ちを抑えながら運転していた。

 その時、隣りのガリー少尉の持つ探知機が反応する。


「ん!? 新たな通信波が……やはりスパイは国王派と繋がっている様ですね、王都の南に連絡を取っています」

「スパイの位置は?」


 ガリー少尉の報告にアラド中尉が発信源を尋ねる。


「待ってください……意外と近い……王城の東、この森を南に下った辺りです。このまま向かいますか?」


 ガリー少尉が木々の多さに手間取りながらも探知機が強く反応する大まかな位置を特定し、そのまま拘束に向かうのかを尋ねる。


「いや、功を焦って取り逃がしたくない。予定通り行動し、俺は警戒線を張りに向かうが、手遅れなら挟み撃ちにして捕らえよう」

「なるほど、了解です!」


 だがアラド中尉は冷静に確実性の高い方法を選択し、北棟へ急ぐのであった。










「スパイの位置を特定……王城の東にある森に潜伏……いや、北上していますね。ガリー少尉が近くて助かりました。ただ、先程の通信波ではありませんね、相手の位置までは掴めません……」

「それは構わん。大方、国王派の誰かなのだろうが……スパイの身柄さえ抑えてしまえば、大した事は出来ないだろう」


 リュウとガリー少尉の距離が狭まった事で、リュウは位置を特定されただけでなく、アイス達との通信波も情報部にキャッチされていた。

 ただ、その内容までは暗号化されている為に知られてはおらず、王都の南では位置も特定される事は無かった。


「スパイバグの位置は絞り込めているのか?」

「はい、住宅街の外れ辺りで待機状態だと思われます」

「よし。ならばリグに通信を遮断させろ。スパイを捕らえればスパイバグは何も出来んが、回収はさせておけ」

「了解です」


 スパイバグの所在を部下に確認し、フルト少佐はその回収を命じる。


 ここに配属されて数ヶ月、分隊単位に分けられた部隊の取り纏めや通信設備のメンテナンスが主な仕事だった彼らにとって、今回の出来事は久方ぶりの情報部らしい仕事であった。

 それ故に、誰もが身の引き締まる思いで臨み、もうすぐ迎える任務の終わりに名残惜しささえ感じていた。

 そしてそれはフルト少佐ですら例外ではなく、てきぱきと指示に従う部下達を満足そうに見つめながらも、その表情は心なしか寂し気であった。










 ミルクの指定ポイントに向かうリュウは、数百メートル前方に森から出て来たばかりのビークルに気が付き、僅かに表情を曇らせた。


「ッ! 結構近いな……乗っているのは二人か……ミルク、ココアにもう足止めさせないか?」


 ココアとの会話で覚えた不安が、骨組みだけのトラックの様なビークルを見た途端に拡大し、リュウはミルクに提案する。


「制圧に時間が掛かった場合、その分早く敵が態勢を立て直しますよ? できるなら制圧後の方が――」

「いや、少しでも早い方がココアも早く離脱できるだろ……敵の態勢とか、その時になって考えよう。何か嫌な予感がする……」

「わ、分かりました……」


 主人の提案を採用する場合に予想される事態をミルクが説明するのを遮って、リュウが先程まで見せなかった不安そうな表情とその言葉に、ミルクも釣られる様に了解し、即座にココアとの通信回線を開いた。


『ココア、事情が変わったの。もう足止めを実行して合流してちょうだい』

『えっ!? でもまだ――』

『ご主人様がこれ以上危ないのはダメだって。だから早くご主人様を安心させてあげて?』

『うふ、ご主人様ったら……了解、姉さま。じゃあ、二時間以内に合――』


 突然告げられた方針の変更に驚くココアを遮ってミルクが理由を説明すると、ココアは嬉しそうに納得して合流時間を告げようとして、その声が途切れた。


『ココア!? ッ!!』

「おい!? 切れたぞ!?」


 問い返すミルクに、同じく通信を聞いていたリュウがその途切れ方の違和感に鋭く反応する。


「どうやら中継機器をやられた様です。再接続できません」

「こんな短時間でバレたのか!?」


 ミルクの説明に、信じられないといった様子のリュウ。


「いえ、敵は予め探知していたんだと思います。情報部の存在を聞いた時に予想しておくべきでした……申し訳ありません」

「くそっ! ミルク、急ぐぞ!」


 更に続くミルクの説明と謝罪を聞いて、リュウはその足を速めつつ、やっぱりココアを少しでも早く引き返させるべきだった、と自身の判断の遅さにギリッと奥歯を噛み締める。


「あ、あのっ! どうされるんですか?」


 そんな突然その雰囲気を変えたリュウに、ミルクが慌てて問い掛ける。


「どうもこうも無い……とっとと連中を始末してココアを助ける」

「し、始末って……説得するんじゃ……」


 そしてリュウの容赦の無い答えとどす黒く染まった腕を見て、自分が情報部の存在を失念していたのが主人を怒らせた原因なのかと青褪めるミルク。


「あのアンテナを壊せば連中は孤立するのか?」

「えっ、あ、はい!」


 そんなミルクにリュウが問い掛け、ミルクがリュウの視界に赤くロックされた洋館部分の一階の屋根に設置されたアンテナを見て慌てて肯定すると、リュウはその右腕に光の玉を生み出し、音も無くぶっ放した。


 光の玉に飲み込まれた部分は、アンテナどころか屋根や二階の壁までもが一部ごっそりと消失している。

 ただ、アンテナは屋根の端に設置されていた為、幸いな事に巻き込まれた者は居なかったが、突然支えを失った二階の壁が、パラパラと崩れ始める。

 その時になって漸く、情報部の要請で表に出ていた兵士達が異変に気付くのであるが、森から出て歩いて接近してくるリュウと屋根や壁の消失が結び付かず、混乱している様だ。


「ごっ、ご主人様っ!? 建物が崩壊すれば犠牲者が出ます!」

「これでも手加減したんだぞ!? 説得は任せるからさ、犠牲者が出ないうちに頼むな?」

「そ、そんなぁ!」


 ミルクが慌てて注意するものの、リュウは一応自重はしていた様で、ミルクに説得を任せるとミルクの悲鳴を置き去りにして駆け出すのだった。










『こちらルース。指定された通信機の破壊に成功』

「了解です。では他の皆さんと探査モードでの待機をお願いします」

『へいへい。了解したぜ、少尉さんよ』


 鉱山で借り受けた分隊の一人から報告を受けたリグ少尉は、次の指示を出して二名の分隊員を連れて目標の住宅へと向かった。


 だが目標の住宅に半ば強引に断って上がり込み、屋根裏から屋根に上がってもスパイバグの姿はどこにも無かった。


「どこにも見当たりませんぜ……周りの屋根にもそれらしき反応すら無い……」

「そんなはずは……」


 義手に装備されたセンサーを周囲に向けながらの分隊員の言葉に、リグ少尉は言葉を失っていた。

 確かに先程まで、自身が持つ探知機はこの場所を示していたのだ。

 まさか自力での移動が可能なのか、リグ少尉がそう思った時、少し離れた建物から火の手が上がった。


「なんだ? 火事? にしては、火の回りが早えな……」

「ッ! あそこへ向かいましょう! 他の人にも伝えて下さい、火災現場を囲む様に展開して欲しいと!」


 分隊員の呟きにリグ少尉はハッとして分隊員に指示を出し、屋根を後にする。

 そして火災現場に向かいながら、スパイバグの確保に失敗した事の報告を苦い顔で情報部に入れるのであった。










「急げ! 他の隊も呼んで来るんだ! 火の回りが早すぎる!」

「こっちはダメだ! 周りの木を切らないと燃え広がるぞ!」


 リグ少尉達が向かう先では、エンマイヤー騎士団が突如燃え始めた騎士団倉庫周辺で右往左往していた。

 この倉庫には騎士団の装備品が多数保管されており、何名もの団員が火の手を避けながら装備品を運び出しているが、消火活動はまだ始まっていない。


「ふーんだ、通信を切ったくらいでいい気にならないでよね……っと」


 そんな火災現場を尻目に、住宅街の垣根を潜るのはココアだ。


 彼女は足止め用の発火装置を設置する際、ちゃんと人の流れや状況を想定した移動経路を用意していた。

 その為、苦も無く次々と発火装置を作動させて、リグ少尉達だけでなく騎士団や町の人々までをも混乱の渦に巻き込んでいく。

 それには領内に自然の川が無く、農地用に引き込んだ水路から繋いだ泉が町の中心に一箇所しか無い事や、井戸の数が少ないという町の水利の悪さが、混乱により拍車を掛けていたという側面も有った。










「団長! 領主様のお屋敷の西で火災が広がりを見せています!」

「何!? くそっ、こんな時に! 残りの団員で何とかしろ! 我らはこのまま急ぎ王都に向かう!」


 エンマイヤー領の南ではエンマイヤー騎士団の団長、エイブ・ハウマンが部下からの火災の知らせに苛立ちを見せつつも、増援に向かう所であった。


「いや待て、エイブ。このタイミングは付け火じゃないのか? ただの火事だと思っていると、取り返しのつかない事になるかも知れんぞ?」

「なら、どうする? 今ならまだ乱戦に持ち込める! だが国王に城に入られてしまっては全てが遅い!」


 そんなエイブに副団長のランス・カークスが忠告するが、エイブの頭は王城の奪還阻止に一杯の様で、ランスは仕方が無いと自身の部下に目を向ける。


「やむを得ん……クロエ、ロック! お前達の隊は火災現場周辺を警戒せよ! この火災は付け火の可能性が有る。新たな火災を早期に発見し、不審な者は即刻捕らえよ! 行けっ!」

「「はっ!」」


 ランスは女性ながら隊を率いるクロエ・ホープと、まだ二十歳そこそこながら隊を任されているロック・クリフトに火災現場に向かう様に指示、二人は一瞬の戸惑いを見せたものの、指示を聞き終えた後はてきぱきと隊を率いてその場から去った。


「さすが、副団長」

「何がだ。女、子供にはこの先の戦場は荷が重いというだけだ」


 団員の一人に声を掛けられるランスは、じろりとその団員を睨むと二人の隊を外した理由を述べて、表情を変えず前に向き直る。


「では、そういう事にしておきますか」


 そんなランスに声を掛けた団員が肩を竦めるものの、その口元は緩んでおり、よく見ればその周りの団員達もニヤニヤとランスの後ろ姿を見つめていた。


 今から向かう戦場がどういう物かを彼らは理解している。

 王都を脱した国王が失った全てを取り戻す為、幽閉された領主を取り戻す為、反逆した自分達を国王派は絶対に許しはしないだろう戦い。

 自分達にとっては反逆した以上、絶対に負けられない戦い。


 にも拘わらず、エンマイヤー公爵が頼みの綱としていたエルナダ軍は動かず、突然の知らせに集まってみれば、街道は既に封鎖され、王都に入った国王派らが国王の到着を待っていると言う。

 彼らが起死回生を図る為には、王城に入る前の国王を直接討つ以外には無く、どれほどの犠牲が出るのかも分からない。


 そんな戦いに女性のクロエと若いロックを行かせたくないというのはランスだけでなく、部下達も同じ思いだったのである。


「良いのか? ランス……」

「良いも悪いも無い。足手纏いは置いて行く。彼らの代わりは俺がやる」


 団長のエイブに尋ねられ、素っ気なく答えるランス。


「そうか……よし、騎馬隊出陣! 我に続け!」


 エイブはランスの答えに短く応じ、前を見て口元を僅かに緩める。

 だが次の瞬間には前方を睨み、号令と共に馬を駆るのであった。

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