20 開かれる戦端
王都、エンマイヤー領、ゴーマン領の境には小さな森が南北に延びているが、これは元々は一つの森だったのを、それぞれ伐採して都市部とした為である。
そんな王都とエンマイヤー領の境に有る森の王城に程近い所では、喧しく騒ぐ二人の声が有った。
「何だよミルク~、パンツルックなんてつまんねーじゃん……」
「つまんないって何ですか!? ご主人様がスカート捲るのが悪いんですぅ!」
「だって暇なんだから、しょーがねーじゃん?」
「暇つぶしにスカート捲るのが当然の様に言わないで下さい!」
「バカだなぁ……俺が他の子のスカート捲った事有るか? ん?」
「え!? あ、ありません……」
「だろ? そーゆー事だ……」
「ちょっ!? 何しれっとスカートに戻してるんですかぁ!」
声の主は、やれやれと言った様子のリュウと赤い顔で抗議するミルクだった。
リュウは昨夜、リーブラの町から王都周辺の通信機器を全て回収し、更に弾丸などの消耗品用金属を所々で失敬して装備の充実を図った。
ただし、王城と北棟の内部にココアが残した偵察機器と、ココアと連絡を取る為の通信機器はそのままにしてある為、現時点での人工細胞の回復量は七割程に留まっている。
そして人々が活動し始める頃には現在の場所に移動し、国王達の到着をじっと待っていたのであるが、少々退屈が過ぎたのか、ご覧の有様なのであった。
この場所に着いた当初、リュウはそのまま北棟に向かおうとした。
だがミルクに、北棟のエルナダ軍を通信する間も与えず制圧出来たとしても、残存部隊が警戒し、城を砲撃するなどの安易な手段に出た場合をどうするのか、ドクターゼムを移送されたらどうするのか、と説得され、断念したのだ。
それに王城の奪還作戦が開始されていれば、ココアによる増援の足止めは敵を混乱させる事にも繋がり、最悪城への砲撃が有っても、その時にはアイスによる強力無比な障壁が期待できるだろう、という訳なのであった。
だが、その待ち時間はリュウにとってあまりにも長く、ミルクは城内や北棟にココアが残した偵察機器を使って監視を続けながら、落ち着きが無くなってきたリュウの暇を潰してやらなくてはならなかった。
そんなミルクの甲斐甲斐しい努力も、限界を迎えたリュウの前では水泡に帰す事となり、いつもの様にドタバタする羽目になっているのである。
「なんで戻すんだよ……可愛かったのに……」
「えっ!? いや、でも……あう……あう……」
再びパンツルックに戻したミルクに対してリュウが口を尖らせると、ミルクはそれまでの憤慨はどこへやら、赤い顔で服装を戻すかどうかを葛藤しだした。
そんな、置かれた状況を完全に忘れている二人に、まるで叱りつけるかの様なココアの声が飛び込んでくる。
『ご主人様! 姉さま! エルナダ軍のビークルがそっちに向かってる!』
「うおっ!? わ、分かった!」
「そ、それって交代じゃないの?」
突然のココアの声にリュウが慌てて返事をするが、ミルクは一瞬の動揺を見せながらも、交代要員ではないのかと尋ねた。
『ココアも最初は交代要員だと思ったの! でも乗ってた分隊は途中で降りて、空のビークルだけがそっちに向かったのよ!』
「どういう事?」
『分かんない……けど、こっちで降りた分隊は散開して何かを探してるみたい。もしかしたら、ココアを探しているのかも?』
「な……ならココア、今すぐ離脱しろ!」
ココアの説明に首を捻るミルクだが、ココアの推測にリュウは慌ててココアの離脱を命じた。
ココアにもしも何か有ったら、そう思ってしまったリュウが少し青褪める。
『大丈夫ですよ、ご主人様。連中に見つかるココアじゃありませんし、足止めを放置する訳にはいきませんよ』
「いや、でも――」
「ココア、危なくなったらこっちは無視して、足止めを使って! 後先が逆でも効果は有るはずだから!」
だが、ココアはリュウが心配してくれる事に弾みそうになる声を抑えて作戦の続行を主張し、ミルクはその意見を尊重しつつココアの危険度が上がらない様、主人の反対を遮って指示を出した。
『分かった、姉さま! じゃあご主人様、また何か有れば連絡しますね!』
「絶対、無理すんなよ!」
『はいっ!』
そしてミルクの指示に納得したココアは、置いてけぼりにしてしまった主人にフォローのつもりで声を掛け、主人の心配してくれる声を聞いて元気よく返事をして通信を切った。
「ミルク、どうする? 北棟に向かうか?」
「そうですね……もう少し北上して北棟が見える位置まで移動しましょう。そこならばビークルが北棟に向かわず南下しても対処できますし」
「ん、分かった……」
早速リュウが対策をミルクに問い、ミルクの意見に従って移動を開始する。
そんな、それが当然だと言う様に自分の意見の通りに動いてくれるリュウに、ミルクは素直に頼もしいと思った。
だが、本当にそうなのだろうか、とミルクはふと不安を覚える。
「あ、あの……ご主人様……」
「ん?」
「こんな時にその、とても失礼な質問なんですが……怖くないんですか?」
「へ? なんで?」
おずおずと質問を切り出したミルクに、リュウはきょとんとした顔を向けた。
「その……これからの戦闘はこれまでの戦闘とは敵の規模が違いますし、その、えっと……色々と勝手が違うのでは……と……」
質問が大雑把過ぎた、とミルクは細かく説明しようとしたが、これまで自身に降り掛かる火の粉を払う戦いが多かったリュウに、自ら戦いに赴く事と、それによって見知った者が犠牲になるかも知れない事を言ってしまっていいものか、と悩んだ挙句、結局ミルクは言えずに抽象的な物言いになってしまった。
「あー、まーな……でも何もしないで後悔するより良いし、やってみてダメなら諦めもつくじゃん? それでもさ、仲良くなった人達が悲しい思いをしない様になるべく……あ……絶対頑張らないとな!」
だが、リュウはそんなミルクに気付いているのか、いないのか、少し考えると肩を竦めて答え始め、ふと何かを思い出すと、ミルクを見つめてニカッと笑って言葉を改めた。
「あ……は、はいっ!」
そのリュウの笑顔と答えに、ミルクの心は大きく揺さぶられた。
心を構築するに至った、ナダムでの決戦前夜の記憶を呼び覚まされ、ミルクは思わず重ねた両手でぎゅっと胸の高鳴りを抑えた。
――あの時の事をご主人様が忘れずにいてくれた。
溢れんばかりの喜びが邪魔をして上手く言葉が出てこないミルクは、足りない言葉を全て笑顔に詰め込んで、やっとの思いでただ一言を発するのだった。
一方その頃、エンマイヤー邸の情報部では複数のモニターを食い入る様に見ていた一人が、腰掛ける椅子の背もたれに突然体を預けて大きく息を吐いていた。
「厳しいか?」
「時間が短すぎました……スパイバグや中継点はともかく、スパイの位置の特定は無理でした。ですが、通信波自体とその切り替えパターンは抑えましたので、探査網が広がれば時間の問題でしょう」
問い掛けるフルト少佐に、姿勢を正した部下が現在の状況を報告する。
「スパイはやはり王都の東辺りか……アラド達が到着すれば、確かに時間の問題だな……よし、このまま続けてくれ」
「了解です」
薄々とエルナダ軍の動きを感じ始めたリュウ達とは違い、情報部は着々とその包囲網を狭めていた。
北へと伸びる街道がほぼ直角に東へ折れるその手前、ノイマン領の北西には、数年間隔で人々の話題に上る岩が有った。
ノイマン領北西の森は、街道の脇に有る為に小動物しか生息していない。
しかし、どういう訳かその一帯の木々は密集して生えており、他の森に比べて見通しが悪く、闇が深い。
そんな場所にポツンと有るのが熊の岩と呼ばれる大岩であり、街道から見ると正に熊が木で爪を研いでいる様なその姿は、噂をまだ知らぬ者、忘れた者により熊が出たと騒ぎになってしまう、ノイマン領の名物なのであった。
その熊の岩の付近では親衛隊本隊がノイマン騎士団との合流を果たしていた。
「陛下、ご無事で何よりでした! これより先は、我らが道を切り開きます!」
「うむ。皆、苦労を掛けた……逃亡中の間、私は迷い、悩んでいた。だが、私は気付いたのだ。恐ろしいのはエルナダ軍でも死でもないのだと。真に恐るべきは皆と共に未来へ歩む事が出来なくなる事だと……二度と私は逃げも隠れもせぬ。今一度、王国の未来の為に力を貸してくれ」
跪く騎士達を代表してノイマン騎士団の団長、ルーク・ボルドがレント国王の無事を喜び、これからの戦いへの決意を述べると、レントもまた自身の胸の内に宿った決意を聞かせ、熊の岩周辺に騎士達の雄叫びが上がった。
「ばっ、馬鹿もん! 声が大きいわ! もっと静かに喜ばんか!」
「ボルド団長、心配無い。例え気付いた者が居ても、今から伝令を出して増援が駆け付けるより我らの方がずっと早い」
部下の歓喜の雄叫びにルークが慌てて振り返り、額に青筋を立てて怒鳴るのをゼノが苦笑いで止める。
ここまで何の妨害も無く辿り着いた以上、ココアからの情報を得ているゼノはエルナダ軍さえ除けば自分達が圧倒的に有利だと分かっているのだ。
「では、父上……いえ、陛下。私はフォレスト騎士団の下に向かいます!」
「うむ。レオン、頼んだぞ」
「はっ!」
次にレオンがレントと短く言葉を交わし、数名の護衛を連れて出発した。
ミルクから通信機を預かるレオンは、城の南側に展開するノイマン騎士団とは別に、フォレスト騎士団の目や耳となって城の北側に展開するのである。
だが、その為には当然リュウが北棟を制圧し、彼らを導かねばならない。
「では陛下、お先に!」
「うむ」
「ノイマン騎士団! 出陣!」
「「「おおっ!!」」」
レオン達が街道の反対側の森に消えると、今度はルーク達、ノイマン騎士団が王都に向けて進発する。
「我々はノイマン騎士団の合図を待って進発する。親衛隊! 準備せよ!」
「「「おおっ!!」」」
そしてゼノの合図で親衛隊も準備を開始し、ゼノは通信機のスイッチを入れ、それを耳に差し入れてミルクへと話し掛けるのだった。
森の中を北棟に向かうリュウの肩の上で、ミルクはゼノからの連絡を受けた。
『ミルク殿、聞こえるか? ゼノ・メイヤーだ』
『はい、良く聞こえます。 メイヤー隊長』
『我々は無事にノイマン騎士団と合流を果たし、ノイマン騎士団は先に王都へと向かった。レオン様は現在フォレスト騎士団の下へ向かわれている。そしてもう暫くしたら、我々も開門を見計らって王城を目指す』
『分かりました。今はそれで問題ありません。こちらの事はお気になさらずに、そのまま進めて下さい。お気を付けて』
『分かった。何かあれば連絡する』
『はい』
ゼノからの通信を終え、ミルクはリュウに話し掛ける。
「ご主人様、メイヤー隊長から連絡が有りました。皆さん無事に合流して王都に向かっているそうです」
「そっか、良かった。このまま無事が続きます様に~っと」
「そうですねぇ」
そんな風にリュウ達が話しながら歩を進めていると、今度はレオンから連絡がミルクに届く。
『ミルク、聞こえるか? 私だ、レオンだ』
『はい、良く聞こえます。レオン様』
『今、フォレスト騎士団と合流した。これから予定通り北へ向かうが、そっちは大丈夫なのか?』
『こちらは現在、北棟に接近中です。ですので、レオン様達はお城の西側で少し待機していて下さい。北棟を制圧したらそちらの柵を通れる様にしますから』
『分かった、よろしく頼む。リュウに無事を祈っていると伝えてくれ』
『ありがとうございます、レオン様。必ず伝えます。ではまた連絡します』
通信機を渡した三人には、リュウが作戦に専念できる様に、基本的にミルクが応対しますと伝えていた。
それにミルクであれば三人と同時に会話ができる上に、王城や北棟を監視してリュウのサポートまでをも熟せてしまうのだから、これ程の適任は無かった。
『ミルクぅ、リュウとお話できる?』
そんなミルクがリュウにレオンとの会話を伝えようとした矢先、アイスからの通信が届き、ミルクはレオンとの報告を後回しにして回線をリュウにも繋いだ。
レオンの優先度が低い訳では無い。
アイスの優先度が非常に高いのだ。
「お疲れ様です、アイス様。大丈夫ですよ」
「お、追い付いて来たな! いい子にしてたか?」
『してたよ! お馬さん達が疲れてたから、治してあげたもん』
「そっか、さすがだな! その調子でみんなを守ってやってくれよ?」
『うん!』
アイスの明るい声にリュウが表情を綻ばせる。
「アイス様、ご無理はしないで下さいね?」
『大丈夫だよ、今は周りに嫌な感じしないもん』
「そっか。なあアイス、それってどれくらいの範囲で感じられるんだ?」
『んーとね、今はお城くらいまで……かなぁ?』
「凄いですね……」
「だな……」
そしてアイスの敵意や悪意といったものを感知する範囲の広さに、呆れた様な表情になるリュウとミルク。
『そ、そんな事ないよぅ……ミルクの通信機の方がこうやって遠くのリュウ達と話せて凄いよぉ!』
「いえ、そんな――」
「ま、どっちも凄いって。そろそろ俺達も忙しくなるから、また後でな?」
『う、うん。リュウ、ミルク、気を付けてね!』
「アイスもな!」
「ありがとうございます! では」
暫しのほんわかした空気は、ミルクの指定地点に近付いたリュウによって締められる事となった。
そしてミルクから先程のレオンとの通信の報告を受けながら、リュウは先へと歩みを続けるのであった。
ルーク・ボルド率いるノイマン騎士団は、突然の事態に狼狽える王都騎士団とエンマイヤー騎士団の混成部隊を尻目に、王都への入口である巨大な門の東側へ展開し、あっという間に街道を封鎖してしまった。
これにより、門より東に居たエンマイヤー騎士団は急遽伝令を走らせて集結を始めるのだが、数の劣勢は如何ともし難く、膠着状態となってしまう。
だが門より西側に居たエンマイヤー騎士団の騎士達の状況はもっと悪かった。
ボルド団長が大声で国王陛下の帰還を告げた途端に、相対するノイマン騎士団だけでなく、共に並んで警戒していた王都騎士団の騎士達からも剣を向けられ、投降せざるを得なかったからである。
王都の門は暫しの混乱を脱すると、王都騎士団によって大きく開かれた。
「よし! このまま王城までの進路を確保する! 突入!」
ノイマン騎士団は街道封鎖の人員を残し、王都内部で突然敵味方となって入り乱れる王都騎士団とエンマイヤー騎士団を飲み込む様に、なだれ込んで行く。
そうして王都の南の都市部は暫し騒然となるのであるが、圧倒的に数が不利なエンマイヤー騎士団の投降により、やがて落ち着きを取り戻していくのだった。




