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断層世界のパラノイア  作者: くるい
第四章 クラスメイト捜索編
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四十七話 《災雷》の記憶②

 その問いについては、あっくんの話の割りと最初の方から浮かんでいた。


 アリシーは以前に僕が雷を使えたと目の前で言っていて、ギンラは僕らに見せるように雷を披露していた。今にしてみれば、あれはサインだったのだと納得が行く。

 そしてあっくんは、僕の雷について多少なりとも思うところがあった。しかもそれは、まるで自分が教えたような――。


「うん、そうだよ」


 あっけらかんと望みの解答を用意してくれたあっくんは、呆れることもなくただ肯定するばかりで僕の瞳を真剣に見つめていた。


「勿論、覚えていないのだからリッキー君は使えないよね」

「……そう、なんだ。全く使えないよ。残念ながら」


 それが事実であるのならば。

 それが事実だったのなら。


 僕という人物が、余計に分からなくなっていく。また分からなくなってしまった。


 僕は誰かと戦っていたんじゃなかったのか? そのために有していたのが、雷という力ではなかったのか?


 あっくんの言う言葉の全てに偽りがないのなら、僕が竜と戦ったという確信めいた仮説は根本から間違っていることになる。


 彼から力を教わっただけなら。


 そうであるならば、あっくんの言う通りであれば、僕が街を滅ぼした戦いに参加する――できる理由はどこにもない。


 だが。そうすると、あの女が僕を知っていたのは何故だ。あの口振りの真意はどこからだ。

 どうして僕は雷を教わった。


 そもそも。


「どうして僕が生きていられる」


 教えの師匠であるあっくんが逃走しなければ生存できない状況で、戦って生きられる可能性。考えるまでもない。

 僕が黒焦げの服を着て遥か遠くの町で目を覚ました理由はなんだったというのか。


 全ての疑問の答えに一つも導けない。謎が解明されていくほど、矛盾なことに謎は深まるばかり。


「あのさ、あっくん?」

「すごく呼び難そうだね。普通でいいよ」

「えー……僕とあっくんって、記憶があった頃換算でどれくらいの期間一緒に居たの?」

「一ヶ月と少しじゃないのかな、ってどうかした?」


 あからさまに眉を引き寄せた僕に、彼は一早く気が付いた。


 すぐさま平静を取り繕い「案外短いんだね」と感想を言っておく。

 しかし内心では、関連ある無しに関わらず蓄積する疑問は更に膨れ上がっていた。


 一ヶ月。つまり大災害発生の一ヶ月前からの付き合いがあっくんなわけだ。

 必然的に雷を覚えたのはその期間ということになり、習得後まもなく災害が発生してこのような状況に陥った。


 果たしてその短い期間でどれだけ雷を物にしたかといえば――きっと初心者級程度に相違ないだろう。


 だから僕が想像しているような雷を操る魔術師では決して有り得ないし、ちょびっと雷を纏うのが限度だったりするのかもしれない。


 まあ、そうだな。

 自分のイメージは再び堕ちたと再認識。今はそれでいい、何も分からないのだから。


「リッキー、何か気になることでもあるの?」

「いやね、てっきり長い付き合いだったのかと思ってて。何年とか」

「あー……そんなことはなかったよ。リッキーはね、どちらかといえば一番最後に転校生として入学してきた人だから、私とも関わりはその程度だったよ」

「え、それほんと?」

「ほんと」


 大分気も緩んでいたのか、パクつくリセルの後に手を伸ばして菓子を摘むアリシー。


 じゃあなんだ、色々と勘違いしてたわけか。特に基準はないけれど、それこそアリシーとは長い気がしていたのだけれど。


 よく考えてみれば分かる話だった。“律樹”が言いにくいという時点で、大して仲良くなってはいなかったのが。

 記憶喪失後の関わりが長いってのは、ちょっと嬉しい。


「よし。リッキー君、アリシーさん、リセルさん。今日はここに泊まっていきなよ、うちの店主は用事で帰って来ないし、ギンラも皆のことは気に入ってくれたみたいだしね」


 両手を軽く叩き合わせ、あっくんは朗らかな笑顔でそう言った。


「あっくん――」


 それにはアリシーが嬉しいような困ったような表情をし、あっくんに顔を近付けて何かを耳打ちする。


 今、なんて?


「……うん。安心して、店主には前々から話を通してあるから、泊まる分に問題はないよ」


 そう告げたあっくんは、主にリセルが食い散らかしてすっかり空になった白皿を手に取る。


 ああ、そういうこと。


 他人の店に知らない人間が三人、一気に入り込んでくるのだ。

 心配というか、迷惑を考えるのは当然のことか。


「ギンラ、もう入って来ても構わないよー」


 あっくんが外で待っていてくれたギンラを呼び寄せると、すぐに廊下から金髪が顔を出した。


「友人とのお話はよろしいので?」

「うん、結構話したし……それにギンラも会話に参加していいんだよ。何も外で待ってなくても」


 あっくんは皿を流し台へ置き、さっさと水洗いを始める。


「邪魔だったらとの配慮だったのですが」

「ギンラが邪魔になる、だなんてことはないよ。そうだ、ちょっと頼み事をお願いしてもいいかな?」

「ん、はいスレイリアさんの頼み事ならなんでも」


 頭を下げたギンラは、半分だけ顔を上げて視線を投げる。

 従順だなぁとか思っていると、あっくんはさらりと――こんなことを言った。


「話は聞こえてたと思うから説明は省くよ。リッキー君の記憶を治したいから、病院に連れてってくれない?」

「え」

「分かりました」

「よろしく頼んだよ。僕は夕飯を作って待っているから」


 そんな要らぬ気遣いを、馬鹿な。病院に行ったくらいで簡単に記憶が戻るような状態だったのなら、とっくに戻っている。

 逆に変に入院することにでもなったら、困るんだけど。


 だが言える空気でもなさそうだ。善意の塊のようなあっくんは、不安がる僕を安心させるが如く微笑んでいる。


 優男の微笑が空間を支配していた、そんな気さえした。



 ◇



「――当然のことながら、病院には行きませんよ」


 突然にそんなことを言い出したギンラは、三十分以上も僕を連れ回した足を小道の脇で止めた。


「え? じゃあなんで承諾したんですか」


 ギンラの言うことの意味が全く分からなかった僕は、思わず切り返して眉間に縦皺を刻む。


 何この人、従順な振りして実はそうでもなかったりするの?

 単に面倒だったのなら体裁なんて取り繕わずに素直に断って欲しいもんだ。まだ話に一区切りも付けていないし、終えるつもりはなかったのに。


 流されるがままギンラに付いてきてしまった僕がぶつぶつ言っていると、ギンラが思案げに口を開いた。


「――スレイリアさんは『記憶を取り戻したい貴方』を助けるべく病院を手配しましたか?」

「いやそんなこと言った記憶はないけれど」


 そもそも僕は記憶を取り戻したいわけではない。

 ――自分のことは知りたいが。


「そうなんです、貴方はそのようなことは一言も発していません。それに、そう思っているわけではないのでしょう? ですから私は貴方を病院には連れて行かない、ということです」

「はぁ」


 素直に頷きかねる言葉に困っていると、ギンラは人差し指を立てた。


「まず一つ。スレイリアさんは人が頼んでもいないことをしない。それが取り返しの付かないことに直結しないのであれば、絶対に、です」

「そうなんですか」


 彼は一体何を言おうとしているのか。その答えはすぐに分かることとなった。

 中指を立てた彼は、計二本を僕に突き付ける。


「二つ目。それでも本人に確認を取らずにやったとなれば、誰かの介入があったと見て間違いないでしょう。分かりますね?」


 分かって当然、そうじゃなければ困るといった風に言ったギンラに――。


「まあ、なんとなく。分かりましたが」


 アリシーを頭に浮かべた僕は、憮然とギンラを見つめた。


 そうなる現場は一つしか有り得ない。

 彼女の耳打ちだ。そしてその内容は聞こえなかった。だから勝手に解釈はしたよ。

 その内容の中にが「僕を病院に連れていく」のであればそれでも構わない。


 どうして僕に聞こえないようにしたのかは理解の範疇じゃないが、僕のためを思ったのは間違いではないのだ。


「つまり貴方はアリシーが良からぬことでも企んでいる、と?」


 病院に連れていかないのはそういうことだ。


 ギンラには、アリシーがどんな人に映っている。言葉の調子からして、あまり良いイメージを持っていないはずだ。

 少なくとも僕は彼女を信じている。だから彼女のすることに反対なんてしない。


「……ふむ。良からぬこととは限りませんが、貴方に隠れてこそこそと動いているのは確実でしょう。私はそれを良しとはしません、なので暴きに行きましょう」

「こそこそって、どうして分かるんですか?」

「目ですよ。簡単なことです」


 ギンラはどことなく胡散臭い台詞を放った。

 目ってなんだ。相手の目を見ただけでそこまで分かるものなのだろうか。


「まあ、安心していいでしょう。彼女の行動の節々には優しさと暖かみが含まれていますので、決して良からぬことを考えているわけではない、と思ってます」

「それじゃあ、どうして」

「自らの預かり知らぬ場所で他人が勝手に何かをしてくれる。それほど怖いことが、他にありますか」


 ギンラは妙に真剣な面持ちで遠回しに言う。

 勝手に、か。


「そう、ですね……」


 僕は彼の言葉を咀嚼する。


 自分は記憶喪失だ。だけど自覚も意識もしっかりあるし、確固とした意思を持って動いている。

 だがアリシーは僕のことを、どう思っているのだろう。

 彼女は僕の記憶について特別何かを言ってくることはないし、僕も自分から過去には触れない。


 アリシーからしたら、どうなんだ。僕はどんな存在なんだ。


 かつて彼女は休日を設けたことがあったな。その理由は「僕が壊れてしまうから」だったような気がする。

 あの時のアリシーは必要以上に僕に対して気を遣ってくれていた。反対はするけれど、荒んでいた僕に決して怒ったりせず、ただ優しく慰めてくれていた。


 あの時の彼女の心境は、一体。


 ……いや、違う、そうじゃない。もっと簡単に解けるはずだ。こう考えてみろ。

 もしも記憶を失ったのが僕ではなくアリシーだったら。


 そうなってしまった姿を僕が見てしまったら。

 どう思う。

 いいや決まっている。記憶を取り戻させてあげたいに決まってる。


 でも直接ってわけにもいかない。


 アリシーが記憶について多くを語らないのなら自分から聞いたりするのは御法度だし、直接アクションは仕掛けられない。


 だったら裏から動くはずだ。彼女に決して悟られないように、暗闇の中で答えを探すようにゆっくりと紐解いていくだろう。

 ……しかしそれだと、違う。アリシーが僕のように考えているかは分からないが、僕なら「病院へ連れていく」だなんて言わないし、病院に行ったところで治るとも思えない。


 それに、最悪どうしたって自分が責任を持って連れていく。ギンラに任せるなんてできるはずもない。


 じゃあ。

 旧友あっくんの言葉の真意はなんだ。アリシーの耳打ちの真意はどこに?

 僕を病院へ送ろうとした意味。

 ……僕が居るとできない、話? それなら理解できる。


「そう深く考えることもないでしょう。行けば分かります。それとも素直に病院に向かいますか? それもいいでしょう」


 提案をした張本人であるギンラは、ただただ淡々と述べていく。

 その無表情に、答えた。


「戻ります。多分、僕のせいでこうなっているのだから」

「いやいや、ただのお節介だと思うんですがね」


 呟いたギンラは微苦笑する。


「じゃあ戻りましょう」


 そう決意を露にして振り返った僕は――ギンラの長い腕に行く手を阻まれた。


「ああ、近所をぐるぐる回っていただけですので、馬鹿正直に戻る必要はありませんよ。最短はこっちです」

「……」


 僕は無言で振り返る。


「じゃ、じゃあ行きましょうか」


 道ぐらい確認しておくべきだった。地図職人(自称)の名が廃る。

 ちょっと恥ずかしい。



 ◇



 ギンラが言うには、僕の予想でおおよそ合っているという。


「恐らくですが。貴方のことでスレイリアさんに相談したいことがあるのでは、と私は考えていますが」

「まあ、それしかないですよね」


 自分の過去の行いに後悔しつつ、僕は呟く。


 僕は何でも一人でやり過ぎる傾向にあった気がする。カオナシと殺り合ったことをアリシーに話していないのがその最たる例だ。


 ついでに頭痛で起こった身体の異常についても打ち明けたことはないし、例の赤い女についても話していない。


 荒野にて僕を襲った彼女についても、勿論。


 だが、思えばどの場面から生還した時も、アリシーは心配してくれていた。だから彼女は僕が“何かしている”のを知っている。

 なのに詳しくは聞かないで、ただ僕の無事を案じてくれる。


 ――とても心配させてしまっただろう。頼ってくれないなら、そりゃ彼女も勝手に動くだろう。


「あぁ、ちゃんと話さなきゃなぁ」


 今更自意識過剰だなんて腑抜けたことは抜かさない。


 彼女は。アリシーは、僕のことを大切に想ってくれている。


 今まで心配させまいと話さなかったが、逆の立場からすれば何も話してくれない方がよっぽど心配するに決まっている。

 ……全てをとは言えないが、アリシーには打ち明けるべきだ。


「やはり貴方にも隠していることはあったんですね」

「目で分かると?」

「大体は」


 細めた眦を僕にやり、ギンラは鼻の頭を一掻きした。


 僕の目って、そんなに怪しいのだろうか。それとも分かりやすいのだろうか。ギンラの察しが異常なだけか。


「さあ、着きましたよ。頃合いでしょう」


 店の前で足を止め、ギンラは言う。


「私の勘違いでしたら先に謝っておきます」

「それならそれでいいんですけどね」


 今になってそれを言うか。


 ただまあ、どのみち腹は決まった。アリシーには、あっくんには、リセルさんには、きっと話しておかなければならないことだ。


 五年後に起こる世界の崩壊についても、今後のカオナシ対策についても。

 ギンラの横を通り過ぎ、僕は決意を固める。


「礼は言っておきますよ」

「ええ、どうも」


 全部、いつまでも黙っていてはいけないことだ。


 ギンラを背に店内に入り、少し戸惑いながらも奥へ進む。今日は店主が出掛けているらしいから、挨拶とかは大丈夫だろう。


 靴を脱いで店内を抜け、私室に繋がる廊下を歩く。


「……?」


 客間の静けさに首を傾げた僕は、そこで止まった。


 話し合いをしているのなら声くらいは聞こえてもいいはずなのだが、そのような気配も様子も見当たらない。


 でも靴はあったしな。


 踊り場に全員の履き物が並んでいたのを見ていた僕は、まあいいかと思って客間の扉を開く。


「……あれ」


 そこには、誰もいなかった。


 アリシーもリセルさんも、あっくんもいない。薄暗い室内はもぬけの殻で、綺麗に片付けられた中には三人が居た形跡すらも残されていない。


 なにこれ。誰も居ないってどういうこと? 


 状況が分からずに立ち尽くしていた僕は――次なる事態に、動くことさえ叶わなかった。


「ごめんね。リッキー、我慢して」


 背中から優しい声が掛けられて。


 振り向こうとした僕は、後頭部に強烈な衝撃を受け――意識を失った。



 ◇



 全身が痺れるように痛い。


 重たい瞼を無理矢理開けると、薄暗い空間が広がっていた。オマケとばかりに点けられた明かりが室内を照らし、薄ぼんやりと眼前の数人を映している。


「あ、れ……何が起き、て」


 起き上がろうとすると、全身が悲鳴を上げてたちまち身体が硬直した。


 痙攣する四肢を無理矢理に駆動させ、右腕を伸ばす。


 何のことはなかった。

 ただ腕を伸ばしただけだった。


 ――そこにあったのは。

 焼け爛れて見るに耐えない、赤黒い自分のそれ。


「ああ――あああああぁあっ!」


 激痛が走った。腕から脳へ。全身へ。かけずり回る痛みは思考を許さず、視界も朦朧に。


「大丈夫。大丈夫だよ」


 暴れる。四肢を振り回す。そこから逃げ出そうと、必死に。必死に。

 何かが僕に覆い被さった。痛い。何か喋っている。


「アアアアアアアア……ガアッ!」


 痛みに我慢できず、覆い被さったそれを思い切り撥ね飛ばした。一瞬だけ身体が自由になった感触があったが、再び何かに全身を押さえ付けられて封じ込められる。


「なんだよ――なんだよ、なんだよなんだよなんだよ――なんだよ!」


 僕はさっきまで、何をしていたんだ? どうしてこんな目に遭っているんだ? どうして腕が焼けてるんだ?

 だがどうした。

 視界も明滅して安定しない。何者かに襲われているし、身体は痛いし、頭は痛いし、なんだこれ。


 僕は――何をしていたんだ?

 何を?

 そう、だ。ギンラと一緒に戻って――。


 鋭い亀裂が脳裏を裂き、強烈な刺激が頭部を支配する。


 目眩が発生した。それに伴う吐き気が強く現れ、喉に酸が逆流する。


 僕は――。


 何度も吐きながら、辺りを滅茶苦茶にしながら、必死に考えていた。


 僕は――。



 ◇



 冷たい床だ。


 手で辺りをまさぐったところ、それだけは容易に判断できた。


「……」


 重たい目を開くと、真っ先に赤が広がる。


「……うぇぷっ」


 その気持ち悪さに胃の内容物を吐き出した僕は、息を荒げて立ち上がった。


 自らの右腕を確認すると、赤黒く焼け爛れていた腕は元通りになっている。肌色だ。


 眼下。床は吐瀉物が広がっており、赤いものは何一つとしてない。僕は首を傾げ、そこで初めて視線を上げた。


 薄暗い室内。明滅などせず鮮明に映る視界に――。


「ごめん、ね……」


 アリシーが居た。


「……え?」


 透き通っていた緑色の髪の毛は赤い血で染まり、彼女の身体から血が流れている。

 青く変色してしまった痣が顔を覆い、赤く腫らした目から涙を流している。


 なんだよ、これ。


「リッキー、大丈、夫……?」


 片腕だけで固まる僕の頬を撫でた彼女は、痛々しい微笑みを浮かべた。

 大丈夫じゃないのは、アリシーだ。なんで人の心配をしているんだ。


「アリシー、何が、あったの?」


 ――薄々気付いていた。先程の悪夢のような出来事が、なんであったのかと。

 こうして今がある以上、僕が何をやったのかだなんて。


「ううん、……大丈夫、だよ。リッキーは気にしなくて、いいよ」


 僕の質問には答えず。アリシーは僕を抱き寄せようとして、そのまま意識を失った。


「……アリシー」


 倒れないように彼女の背中に両腕を回した僕は、状況確認に移った。


 広くも狭くもない室内。窓はなく、明かりは射し込まないために天井から白い照明がついていて室内を薄く照らしている。


 薄暗い室内には、ベッドがあった。布団は乱雑に投げ出され、ベッドを支える木の柱の一つが折れてバランスが悪い。


 他は――。

 ぐるりと視線を一周させる。


「ああ」


 人が三人、動揺した様子で僕を見つめていた。よく見れば、それがリセルさんとあっくんとギンラであることが分かる。


 さて。

 アリシーをベッドに寝かせてあげ、僕は彼らの方へ首を回した。


「――何が、起きたの?」


 一応訊いておこう。それから僕の推測と照らし合わせれば、それで十分だ。


「……ごめん、リッキー君。詳しく話すから、落ち着いて欲しい」


 俯いたあっくんが、沈んだ声で呟く。


「落ち着いてるよ、でもちょっと困惑してる。だから状況が知りたい」


 先程はどうあれ、今は大丈夫だ。そんなことより、早く知りたい。


「分かった。話すよ。その前に、記憶は――混濁したり、している?」

「今のことは覚えてる。暴れたのも覚えてる。でもギンラと別れて室内に入った後、そこから暴れるまでの記憶が曖昧なんだ」

「うん、それだけ分かれば十分だね」


 僕と目を合わせたあっくんが、どこか恐ろしげに口を開いた。


「まずは、ごめん。僕達は君を嵌めたことになるんだと、思う」

「……それで?」


 黙ってしまったあっくんの次、無表情のギンラが口を開いた。


「私はスレイリアさんと密かに合図を行い、貴方を外に出しました。その間、スレイリアさんとリセルさん、アリシード・ソニアさんで貴方の“禁忌”について話していたのです」


 何度も耳にした言葉がギンラの口から発され、僕は相槌を打つ。最後はリセルさんが言葉にした。


「私がリッキーさんにお声を掛けた時のこと。覚えていますか?」

「……ええ、まだ最近のことですし」


 樹海でのこと。寝起きの僕がリセルさんに起こされたのは、深く脳に刻み込まれている。だってアリシーにボコされた記憶だもの。


「実は、リッキーさんを見付けたのは偶然じゃありません。どうして貴方を見付けたのかといえば――それは、貴方の心に、がんじがらめにへばり付いた“禁忌”を感じ取ったからなんですよ」


 予想を外れない台詞の全てを聞いて、ある種安心することができた。


 なるほど。理解した。

 全てのピースが出揃った。


 つまり。


「僕は皆に助けられた……そういうこと、なんだね」


 アリシーと町で出会ったその日、僕の身体には既に禁忌が刻み込まれていた。

 それはカオナシとの戦いで傷付けられ、灰色の女に掘り起こされている。


 それを感知していたリセルさんは、恐らく僕と別行動している内にアリシーと二人で話していたのだろう。


 そして、ここまで来てしまった。アリシーは何も話さない僕を見て、きっと触れてはいけないのだと考えていたに違いない。


 彼女しか僕の傍にいなければ。こうなることはなかったのだろうな。


「助けられたかどうかは分かりません。私はまだ、リッキーさんの禁忌をつついただけなのですから」


 アリシーを一瞥して、僕は靄がかる気持ちを抑えた。


「つついたら、僕はこうなったのか」


 自覚してから腕を見やれば、そこは焼け爛れた腕に戻っている。痛々しくて気持ちの悪い、歪な姿。これが“壊れかけ”か。


「申し訳ありません。どうにかしようとしたのですが……」

「いや、助かりました。こうでもしなければ、僕は一生このままだったでしょうし」


 爛れた皮膚を一撫でし、傷だらけのアリシーにだけ聞こえるように囁いた。


「ごめん。辛い思い、させちゃったね」


 僕は部屋に戻ると同時にアリシーに押さえ込まれた。そしてまた別の部屋に連れられて、禁忌を持つリセルさんが僕に植え付けられた禁忌を理解しようとした。


 或いはそれ以上をしてくれたのかもしれない。


 結果、強制的に禁忌に触れることとなり、我を失った僕は暴れた。

 暴れた僕を包み込もうとしてくれたアリシーを、撥ね飛ばした。


 何度も何度も。暴れた。


 それで部屋が汚いのだろう。アリシーの傷は全部僕が付けたものだろう。この責任は取ってやらなくちゃならない。

 ――最低だな。


 暗澹とした心を心の中だけにしまい込んで、目を閉じるアリシーの髪を優しく撫でる。


「とりあえず。アリシーが目を覚ました時、責任を持ってこの罪は償います。でもその前に皆に謝ります」


 アリシーに布団を掛けてやり、僕は彼らと相対した。


「迷惑を掛けしまって、すみません。例え禁忌のせいなのだとしてもこれは僕の問題です。もしも皆にも暴力を振るってしまったのなら、すみません」


 しばらく頭を下げ、黙りこくった皆と再び顔を合わせる。


「それと。あっくん――久し振りだね」


 右手に雷を這わせ、僕は静かに呟いた。


「あ……もしかして」

「そうだね。とりあえず、僕はもうリッキーじゃないよ」


 ――長い長い夢は、終わりを告げた。


 忘却の彼方に押しやられた過去は、もう手元にある。

 僕の記憶を封じる禁忌は、一先ず打ち破られた。


「だから、久し振り。僕のことはいつも通り“鈴峰君”で構わないよ。今はそっちの方が、違和感ないから」


 僕は発していた雷を内に戻し、静謐な面持ちを崩して苦笑した。

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