四十五話 半壊都市《エクサル》
「……遅かったね。何しに出掛けていたの? リッキー」
拠点に着くと、半目でこちらを睨むアリシーの姿が真っ先に視界へと入ってきた。
リセルはアリシーの隣で横になっている。どうやら眠っているようだ。
「ああ、いやぁ……別に何かをしてたつもりは、ないんだけどね」
本当に“何か”があった手前、無闇な心配は掛けられなかった。アリシー相手に何を誤魔化すという話なのだが、さてどう言ったものか。
「荷物も置いて、その軽装で……ね。夜は寒いっての、誰から言い出したんだっけ」
「水に浸かるわけでもないし、大丈夫だよ」
「……そっか、大丈夫ならいいよ。でも、気を付けてね。もしもリッキーが一人の時に襲われても、流石に助けられないから」
「……はい」
苦笑しかできなかった。
今のはあれだろうか。暗に僕は一人になると危ないから、私と離れ離れになるなと釘を刺したのだろうか。
言い返す言葉もない。
「リッキーも身体洗ってくる?」
「や、もう、夜中なんだけど……」
「そうだね、じゃあもう寝ようか」
何だかからかわれた気がしてならない。
そんなことを思う僕を他所に、アリシーは就寝の準備を始める。僕も何だかやるせない気持ちになって、上着を着て横になった。
火は焚かなくてもいいか。風呂は、明日にでも入ろう。
――結局先程の出来事をアリシーに話すことはなく。一日は、終了した。
◇
進路は無事に決定した。
早朝からほぼ半日近い時間を削って荒野をぐるりと探索していたところ、かなり多くの足跡が遠くまで続いている地面を発見した。
今はもう乾いて固まっているが、二ヶ月前はぬかるんでいたのだろう。そこを人が通り、足跡ができたというわけだ。
「一直線に足跡が続いてるね」
そう言ったアリシーは、目を凝らして遠くの方を見据えている。
視力はどれだけあるのだろうか、僕の目では遠くの景色は少々ぼやけてしまっているからよく見えない。
「うん、ここから行ってみようか」
まぁ、足跡を見付けたのは大きな成果だ。
アリシーとリセルが先を見据える中、反対の荒野へ目をやった僕は、変化のない平淡な地をしばらく見つめていた。
「どうしたの?」
「ああ、地図に書き足す材料を頭に入れてるんだよ」
というのは勿論嘘である。僕が気にしていたのは、昨夜に起きた出来事についてだ。
鈴峰律樹を知っている女性――彼女の真意は分からないし、あれが実体だったのか幻だったのかさえも掴めていないのだが……。
事実として今日は出なかった。元々そう予想はしていたが、一応警戒はしていたのだ。やはり姿を現すことはなかったが。
「うん、もういいよ。行こうか」
出なかったのならそれでいいんだ。
先頭に立った僕は、一歩目を踏み出す。後に続く二人を確認して、歩みを再開した。
「あ、リッキーさん。お一つだけ尋ねたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「え、いいですよ」
隣まで頬を進めてきた彼女は、長い耳をひくつかせて僕の顔を覗く。
「昨日、一人の時はどこへ行っていたのでしょうか」
真っ直ぐな瞳が僕を貫いて離さない。あれ、どうしてリセルさんにそれを質問されたのだろう。彼女にも余計な心配を掛けてしまっていたのだろうか。
「荒野……ですね」
答えるのは別に構わない、構わないが、後ろから向けられているアリシーの視線が非常に痛かった。
ごめんなさい。
記憶については自分一人でなんとかしようとか思っていただけで、別に危ない橋を渡ろうとしたわけではなくて。
「なるほど、それでしたら納得です」
何故か一人で納得したリセルは、ニコリと微笑んで前へ視線を戻した。
「……納得?」
呟いた一言に、返事は貰えなかった。
◇
砂漠地帯へと入った。今回の砂漠はかなり広範囲に及んでおり、太陽の熱に晒された砂地は暑かった。
所々は歩きにくそうに石がごろごろと転がっている。体力を奪いそうな地形だ。
「二人とも大丈夫?」
ターバン代わりのタオルを頭に巻いたアリシーは、汗一つかいていない様子だ。平然と歩を進める様は、なんだろうか。
「……疲れ、ました」
「……いいや、暑いよ。葉肉持ってきて本当に良かったよ」
葉肉は水分が多く含まれている。水も持ってきているが、絶対量が増えるのは良いことだ。
……生暖かいのがちょっとあれだが。
僕もターバン(タオル)を巻き、素肌をなるべく晒さないようにしているが暑いことは暑い。汗まみれだ。
リセルもターバン(タオル)を巻いて辛そうに歩いているが、アリシーだけは涼しげにやり過ごしている。
「どうしてアリシーは大丈夫なの?」
「大丈夫そうに見える?」
「大丈夫そうにしか見えないんだけど」
「身体の使い方をいじってるだけだから、リッキーとリセルほどじゃないけど私も大丈夫ではないよ」
なにそれ。人間の肉体ってそんな便利な機能付いてたっけ。いやそもそも熱を逃がす為に汗をかくんじゃなかったっけ。
「あ、ああ、僕もまだ平気だよ、リセルさんが心配だけど」
「私ならご心配なさらないで下さい。死にはしませんから」
……この人、熱で血液が沸騰しても生きていられると言いたいのかな。
てことはつまり、あれか。僕が一番駄目なわけか。ならまだまだ余裕ありそうだな。
「しかしこの砂漠、前回のより圧倒的に広いな……」
前回――リセルと出会う前に一度通った砂漠は、三十分程度の時間で踏破した。
それでも他の地形よりは圧倒的に巨大なのだが、この砂漠よりは狭い。
「砂漠が広いのは、土地が変化に対応し切れずに枯れるからかもしれないね。日が落ちる前には通っちゃいたいんだけど……」
アリシーが傾いている太陽を眺め、何故だか青白い顔をして言った。
「砂漠は気温差激しいから、夜になると樹海の比じゃないくらい寒いからね」
そうだった、アリシーは寒いのが苦手だったな。
「よく分からないんだけど、その身体の使い方をいじるとかいうので寒さは凌げないの?」
「凌げるけど、私は寒いのが嫌いなんだよ」
アリシーはそのくらい分かってと言わんばかりに僕を睨んできた。
嫌いか、なるほど。よく身体を冷たくしてたし、寒いのは駄目なんだろうな。
「そういうことなら、全員が辛くなければペースを上げようか? 日没までそんなに時間ないし」
遠くの風景には巨大な木と緑が映っている。蜃気楼の類いではないだろうし、ペースさえ上げてしまえばすぐにここを抜けられるだろう。
「そうしよ、リセルはそれでもいい?」
「はい。全く問題ないのですよ」
輝かしいばかりの笑顔を放ったリセルは頷く。
日没まで後一時間あるかないか、かな。なら速く歩いたところで日が落ちてからの通過になってしまう。どうせペースを上げるのなら、走ろうか。間に合わせたいし。
何、いつもやってた鍛練だと思えば良いさ。
ターバン(タオル)を剥ぎ取った僕は、麻袋にそれをしまった。
「さて、走ろうか。それなら陽が落ち切る前には間に合うんじゃないかな」
走るなら流石にターバン……タオルは邪魔でしかない。
アリシーもリセルもタオルを外し、僕に手渡す。それらをしまって水の入った木製の小瓶を渡した。
「走る前に水分補給しとこうか」
「ん、ありがと」
「ありがとうございます」
小腹も空いたことだし、僕だけは葉肉の方を一枚食べておくことに。
一通り準備が完了すると、それぞれ上着を脱いで麻袋に入れた。これを持つのは基本的に僕だが、まあ、多分平気だ。
「リセルさんはそれで動きにくくはないですか?」
彼女の元々着用しているのはどこかの民族衣装のようだが、運動には不向きに見える。
「いえ、そんなことはないですよ」
「あ、そうなんですか」
心配無用らしい。ならいいと、僕は前を見据え。
「じゃあ行きましょうか」
荷物を背に抱えて、僕から走り出す。きっと第三者が遠くから見たらこう思うんだろうな。
コイツら砂漠で何をしているんだ、と。
◇
砂漠を舐めていた。足元は砂地と岩石で体力を持ってかれ、空からは陽射し、熱風と次々に僕の気力を削っていく。
そして何より。
「まさか敵さんが現れるとは、時間的に最悪なんだけど」
ランニング中、地中から飛び出して来た化け物が喉を鳴らし、僕らを品定めするかのようにじろりと睨んでいた。
体長は五メートルあるかないか。背中に無数の棘を持ち、砂色で高質化した全身の皮膚に前足から覗かせる鋭利な爪。丸っこい頭部。
「いずれ遭うとは思っていたけどね」
走ったのが原因か。今度ばかりは額にも頬にも背中にも汗を流していたアリシーは、懐からウェインに貰った剣を引き抜いた。
「リセルさんは僕らの後ろに居て下さい」
「はい、分かりました」
僕に武器はない。持ったところで使いこなせないからだ。なので荷物を置き、徒手空拳の構えを取る。
これといった拳法は知らないただの喧嘩の拳だが。
――戦闘だ。
先手必勝、まずアリシーがその場から掻き消えた。残像を残して居なくなったアリシーに困惑した化け物は、分厚い目蓋の下に隠した目を見開いてぎょろりと周囲を警戒する。
その身体が、前によろめいた。後ろからアリシーの連撃を受け体勢を崩したのだ。
「よし」
僕も踏み慣れない地を蹴り、敵に突貫。側頭部に右拳を振り抜き、敵の肩を踏み台にして跳躍。その勢いで回し蹴りを頭部にお見舞いすると。
ズシン、と。重々しい音を立てて巨体が地に伏した。
しかしこれで倒せたわけではない。文字通り砂地に倒しはしたものの――。
「あっ、やられた」
元よりこの生物は地中より現れた化け物。
アリシーに後ろ足を挫かれ、二足での歩行を断念せざるを得なくなった相手が次にする行動は何か。
当然、鋭い爪を用いて地中に潜伏を図ることである。
砂地を掻き漁った化け物の姿があっという間に見えなくなった。
「リッキー、リセルを守って」
「了解」
素早くリセルの元へと移動した僕は、慌てる彼女を右肩に担いでその場から飛び退く。
瞬時。リセルの足元に黒い穴が生まれると、黄ばんだ牙と赤い口内が地上に飛び出した。
「ほ、ほぇ……」
情けなくも可愛らしく呻いたリセルは、僕をがちりと掴んで離さない。その手は、怯えたように打ち震えている。
今、少しでも行動が遅れていれば彼女は死んでいた。
――不老不死とやらがどこまで力を持つのかどうかは知らないが、喰われればそれでおしまいだ。消化されても生きていられると言うのなら、そっちの方が苦痛に違いない。
危なかった。
「決して落ちないように掴まってて下さい。僕もなるべく離さないようにはします」
「は、はい……お願いします!」
アリシーが飛び出した化け物に突っ込んで行くのが見え、僕はリセルが掴まりやすいよう位置を変える。
「リッキー、戦おうとしなくていいから避けることだけに専念して!」
「わ、分かった!」
リセルを抱えたままじゃどのみち戦えない。アリシーに戦闘の全てを任せてしまうのは悔やまれるが……僕が戦うよりも、彼女に任せた方がいい、か。
仕方ない。リセルを離して万が一があったりしたら、そっちの方が不味い。アリシーが負けることは、まずないだろうから。
荷を片手で持ち上げた僕は、化け物の右爪を短剣で切り裂いたアリシーに、視線を集中させた。
アリシーの猛攻に防戦を強いられていた化け物は、とうとう右の爪を破壊された。砂に潜る上での自慢の爪だ。
激怒し、冷静さを欠いた化け物は無事な左でアリシーを叩き落とそうと斜め下に薙ぐが、彼女は難なく避ける。
片腕なのが全く弱点にならない。それがアリシーの、新しい戦法。
体重が減ったことによる大幅な移動速度の上昇は、彼女の機動力を強化するに至った。
弾丸のように駆け回り、切れ味の鋭い短剣で化け物へ着実に傷を与えていく。
とうとう反応さえできなくなった化け物の見開かれた右の目玉に、刃が突き刺さった。
痛みからか奇声が発される。錯乱した化け物は両の前足を振り回し暴れるが、既にアリシーはその場に居ない。
「……っふ!」
懐へ潜り込んでいた彼女の斬撃が、化け物の膝関節を切った。
がくりと膝を折った化け物の顎先にアリシーの蹴りが直撃。脳震盪を起こした化け物が前屈みに倒れ――。
落ちきる前の頭部に膝蹴りをお見舞いし、横方向に吹っ飛ばしたのを見届けてアリシーは一息吐いた。
「とりあえず、終わったよ」
流麗な動作で鮮やかに短剣を鞘に収め、アリシーはこともなげに微笑んだ。
リセルを下ろして、倒れた化け物に目を凝らした僕はへぇと感嘆する。
「あの化け物、脳震盪は起こすんだね」
「うん。殺すには骨が折れる相手だったからさ、あれで済ませておいたよ」
あれと言っても手足まで破壊されたのだ。相当な痛手を負わせたことだし、意識が覚醒したところで再び襲ってくることはないだろうな。
「それじゃあ先進もうか」
「ペース上げよ。邪魔が入ったから間に合わない」
「……頑張るよ」
荷物を背に乗せ、日没寸前の陽を眺めて溜め息を吐く。
今ので大分消耗しちゃったんだけど、アリシーはピンピンしているな。
「体力、持つだろうか」
先を走る彼女達に追い付こうと、重い足に鞭を打って走らせた。
◇
街灯の一つも点灯していない夜は、暗闇に包まれている。
星々だけが輝く寒空の下、大樹の側で固まる三人が居た。
アリシーにリセルに、僕だ。
「……」
僕の分まで上着を被ったアリシーは、寒さに凍えて身体を震わせている。先程からずっとこの調子だ。見えもしない前方を無言で見据えているのだ。
結論から言うと、間に合わなかった。空が暗闇に包まれてから一時間以上経過してしまい、辿り着いた頃にはもう寒すぎて肌が麻痺していたくらいであった。
勿論寒さが苦手な彼女が一番に堪えていて、走っていた時に流していた汗は今や体温を奪って完全に乾いてしまっている。
大樹に背を預けた僕はといえば、薄手の生地一枚しか着ていないので勿論寒かった。が、寝なければうっかり凍え死にしてしまうことはない。
「大丈夫?」
「……う、ん」
虚ろな瞳で力なく返事をしたアリシーは全然大丈夫そうに見えない。
寒さには耐えられると言っていた気もするが、それは死なないという意味での発言だったのだろう、かなり辛そうだ。
「火を焚くから、それまで我慢してて」
今は氷点下何度だ。砂漠は越えたので少しはマシだろうが、対して変わらないようにも思われるのだが。
ほぼ感覚の失われた両手で口元を覆い、息を吐く。暖かい。
そうしてある程度手を温め、生活用品袋から着火のための道具を漁って取り出す。
因みに、これはウェインが料理に使う際に火を起こす道具なのだが、使い勝手が良さそうなので同じ物を買ってきた次第だ。
そして、半ば知りつつも一応と暗い周囲を見やるが、ぱっと見て燃やせそうな物は特になかった。
大樹に関してはそもそもが燃えないだろうし……。
削る? 得策ではないし生きている木が燃えやすいとは思わない。却下。
僕の所持している本? ふざけている。無論却下。
「仕方ない、探そう」
……僕も、この痩せ我慢がいつまで続くか分からないからな。元気な内に動いておきたい。
「というかリセルさん、平気なのかな」
自前の服だけを着用した彼女は、何も掛けずに横たわってすやすや寝ている。試しに触ってみると、彼女の身体は温かかった。
どうしてかは謎だが、彼女に気温は関係ないらしい。
ならいっそのことアリシーと抱き合って寝てくれと言いたかったが、安らかな寝顔をしている彼女を見たらそんなことは言えなかった。
こんなことになるなら樹海の木片でも持ってくれば良かった。
……と思っても後の祭りだ。このようなケースを想定してはいなかったので、薪を常備しているわけがない。
火種はあるが、どうしたって維持するための薪代わりになるものを探さなければいけないのだ。
草原が生い茂るこの幻想的な空間、まさかこの草原地帯全域に火を点火するわけにもいかんだろう。暖かそうではあるけれど。
「ま、変な動物に遭遇しないことを祈ろう」
凍竜みたいなのとかは、本気で勘弁願う。
◇
朝。
「……ねむ」
無事に起こせた火を徹夜で見守っていた僕は、欠伸をした。
――結局。朽ち果てた丸太を見付け、無事に火を起こすことができたのだ。
勿論無駄に燃え移らないよう付近の草を排除するのには時間が掛かったが、獰猛な動物には会わなかったので良かったとしよう。
「さて、あれは街じゃないのかな」
瞼を擦って眠気を覚まし、すっかり白んだ景色に目を凝らす。
木々の間。遠くにうっすらと見える、建造物郡。
夜には見えなかった人工物だ。
「そうみたいだね」
同じ方向を見て頷くアリシー。彼女にも同じ物がしっかりと見えていたみたいで、少々安堵をした。
「じゃあ、最初の足跡はあそこに向かっていたりしたのかな。だとすれば希望が見えるよ」
丁寧に火を消し、僕は荷を背負う。目標が見えるってのは素晴らしいね。それだけで元気が出るよ。
「そうだといいけど」
含みのある言葉を放ったアリシーは、消された火を名残惜しそうに眺めている。まだ冷たかったのか、両手を吐息で温めていた。
「リセルさん、起きて下さい」
「……へ? もう、朝なのですか」
「はい、おはようございます」
僕の言葉で目を覚ました彼女は、むくりと起き上がった。
アリシーと違ってリセルは寝起きがとてもよろしい。
でも、ちょっと危機感が足りない節がある。アリシーの寝起き時の危機感はゼロに見えるが、実はそうではないのだ。
リセルを一人にしたら悪い男に連れてかれそうだ。もっとしっかりして欲しい。
◇
目標地点に到着した。
アリシーが言うには、この建物の造りは以前自分の住んでいた街の造りと似ているらしい。
舗装された清潔な道路。並び立つ民家や建物達。それらが何を素材にして作られているのかは把握できないが、かなり頑丈そうだ。
――そして。
アリシーの妙な含みがここで発揮してしまっていた。嫌な予感の、的中だ。
「なんだよ、これ」
その街――都市とも言える巨大な地の中央部分。
そこは、あの時の荒野のように――。
円形状に、ほぼまっ平らな地形が、広がっていたのだ。
この跡は決して自然現象で起こりうるものではない。まるでそれは、巨大な何者かが戦った爪痕のよう。
――例えば竜とか、荒野で僕を襲った女、とか。
間違いないだろう。
「なんてことしてくれんだ、全く」
折角異世界人達が築き上げた文明を尽く破壊するとは、何様のつもりだ。
やるなら砂漠とかに場所を決めてからやりやがれ。
――鈴峰律樹も含めて、だけど。
まあ、彼らがやったという証拠はないが……今はそれ以外に考えられない。
「あの」
凄惨な景色をしばらく眺めていると、後ろの方から声が掛かった。
「ん、なんでしょう?」
振り向けば。
見た目は十代。僕より背が高いが、金色をしている髪のお陰で若々しく見える男が映る。服装からして、街で暮らす人かな。
無論、エステの町より遥かに文明が栄えているので服装からもお洒落な雰囲気が出ている。紺を基調にした、落ち着く服装だ。
「異邦人とお見受けしました。『学徒』へご用があるのでしょうか?」
「……いえ、僕達は旅をしている身です。そのような施設は初耳ですし、用があるわけではありませんね」
気の良さそうな声調だ。客人に対するような扱いをされたことで、僕は警戒を和らげた。
「それなら安心です。既にご覧にはなられたでしょうが、学徒はもう大分前に……破壊されてしまったもので」
「……この荒野に、その学徒が?」
言葉のニュアンス的に言えば、学徒は学校のことだろうか? 僕らの容姿から学生と見られても何らおかしくはないし……。
「はい」
なるほど、教育機関が儲けられている街ならば、建造物を始めにかなり高度なことをしているのにも頷ける。
エステの町で見た建物は高くても数階だったのに対して、こちらで聳える建造物は高いしでかい。土木に関してここまで発達しているのであれば、生活に関することはもっと発達しているに違いないな。
ここなら逃げ延びた人の中に、知り合いが混ざっている可能性が高そうだ。
アリシーの友達は学生だった。ならば、学徒に逃げ込もうとしたかもしれない。
……嫌な予感が、する。
「かつて施設であったここは、いつからこうなっていましたか?」
「学徒ですか? ええと。そうですね、かなり前だったのは記憶にありますが」
曖昧な答えをした若者は、顎の先をこんこんと右手で叩く。考え込むほど前の出来事なのか。
「分からなければ大丈夫です」
「そうですか、答えられずすみません」
若者が頭を下げる。
「いえ、ありがとうございます。大丈夫ですよ」
頭まで下げられてしまっては何だが違うな。僕の態度がでかいみたいだ。
「すみません、僕達がこの街に来たのには理由があるのですが、少しばかりお尋ねしても宜しいでしょうか?」
ま、向こうから話し掛けてくれたんだ。彼なら僕の質問にも快く答えてくれそうだし、訊かない手はない。早速本題に入ってしまおうか。
「は、はい。答えられるか分かりませんが、いいですよ」
「ありがとうございます。それでは――」
――この街から一番近い街は、数ヶ月前に起きた“災害”により消滅した。
当時の金髪の若者、サカクサ・ギンラは『主都市エクサル』に住んでおり、『学徒エクサル』に通う学生兼装飾屋の働き手であった。
しかしながら復旧の見込みはなく『学徒エクサル』は瓦解する予定なので、今では装飾屋に勤務しつつ、“災害”によりこの街に避難してくる人々を案内する役をこなしている。
彼には救助人数と名前を書き記す役割を与えられていた。
それは街の許容要領を考えて救助人数の上限は千人までとし、その人数を超えた場合は別管轄に回すよう指示されているためだ。
彼はそのため、今日も装飾屋の勤務時間の空きを縫って街で作業をしていた。
そこで、見付けたのがリッキー、アリシー、リセルの三人だったのである。
「なるほど、それで僕達に話を」
「はい。見ない顔なのですが、身なりが普段の来訪者とは違ったので、お声を掛けるのに戸惑いました」
ギンラは後頭部を掻き、ついでに跳ねていた横の髪を手ぐしで直していた。
僕が訊いたのは彼の近況に他ならない。直接友人の名を切り出したところで知っているはずもないので、まずは災害の認知度と街の状態を知りたかったからだ。
だがその彼が救助に携わる人間だという情報を聞いて、その先も訊けそうなことが判明した。
「人数と名前に関しては、そちらの方で秘密にしなければならないとかってありますか?」
「そうですね。人数を教えてしまうと混乱が生じてしまうかもしれませんし、名前もあまり。詳しくはどのような内容で? 聞くだけでしたらいくらでも平気ですが」
申し訳なさそうに鼻のてっぺんを一掻きし、彼は眉を曲げる。彼に迷惑を掛けるつもりはない。そちらの事情に踏み入ってまで聞き出す必要も感じられないし、恐らく外れるだろう。
正式に調べるわけでもなし、サカクサ・ギンラが完全記憶能力でも備わった超人でなければ口で交わす情報などたかが知れているし、信用もあまりない。
「だってさ、アリシー。どうする?」
「私に考えがあるよ。ねぇ、ギンラさん?」
「はい?」
思案げに首を傾け、ギンラは続きを促した。彼は堂々とアリシーの右肩を見ていたが、その内視線は彼女の目に戻る。
アリシーは一瞬だけ表情を曇らせたが、ギンラが特に何も言わなかったのでそれに触れることはなく、彼女は口を開いた。
「私達はここに来たかもしれない友達を捜しに来たんだけど。友達の名前を挙げていくから、聞き覚えがあったら頷く――というのはどうなの?」
やはり気になる部分を見られたとあって、アリシーの機嫌はあまり宜しくなかった。口調に若干の棘が含まれている。
「……ええ。そんなことでいいのでしたら、大丈夫かと」
その視線を感じ取ったのか全く気付いていないのか。しばらく考えていたギンラは、微妙そうな顔で顎を引いた。自分で決めるのが難しい内容だったのだろうか。
「じゃあ言うよ」
ギンラが承諾すると共に、アリシーはまず“二人”の名を呼んだ。
「リニアル・ネルス・キルトナ」
「……」
ギンラは目を細めて動きを止めたが、それから静かに首を横に振った。外れ。
「アウゼン=セラ」
「……」
それはやはり首は横に。外れだ。
最後。アリシーはその一人の名を言うのに少々戸惑ったが、直ぐに口を開いた。
「この人で最後。私は“あっくん”と呼んでいたんだけど、本名はないらしくて。名前が無い人なんだけど――」
「……ふむ」
どうやら、最後のには手応えがあったみたいだ。縦にも横にも首を振らなかったギンラは眉根を寄せて、顎の下に手を添える。
「――ええ、ええ、確かにいましたね。名前を“仰られなかった”人は」
口を滑らせたギンラは、慌てて訂正することもなくその後に頷いた。
「……あの、それ関連は秘密ではなかったのですか?」
何のために頷かせるだけにしたと思っているんだ。
寧ろ気になった僕の方が慌てて問い掛けると――。
「何、秘密に触れることは一切喋っておりませんよ、“鈴峰律樹”様、アリシード・ソニア様。と、そちらの方も」
優しそうな笑みを浮かべたギンラは、そのまま続けた。
「案内しましょう。私の恩人の元へ」
右手を差し出した彼の左手が、発光する。
――光? いや、これは……電気、だ。
アリシーは大層驚いた様子でギンラを見つめ、ぽつりと言った。
「リッキー、行こう」
「……そうだね」
「それでは着いてきて下さい、直ぐに着きますよ」
アリシーが行くと言ったのなら、信用できる。
それに僕達の名前を知っているということは、恩人が“あっくん”ってことか。
身を翻した彼に僕達は続く。
最中、僕は旧友にどう接しようかと――今更、悩んでいた。




