四十一話 警告と出発、すれ違い②
みすって今投稿してしまいました
あれから一ヶ月以上の日数は経過したに違いない。曜日も一ヶ月という概念もないのでよくは分からないが、とにかくかなりの時間を町で過ごしたのは確かだ。
その期間で、僕は何度も頭痛に悩まされた。それも個人で外出している時が多く、いつの間にかアリシーは僕の傍から離れなくなっていった。心配してくれているのは分かったが、申し訳ないように思ってしまう。
最近になるにつれて、頻繁に発生していた頭痛が落ち着いてきたのは幸いだが。
現在の生活状況は割りと良い感じだ。しばらくニート生活をしていたので残金は銀硬貨五枚を切ってしまったが、今後使用する機会はなさそうである。
というのも、今日がこの町を発つ日だからだ。そのための英気は養った。
アリシーは、気が付けば片腕での生活も普通にこなせるようになり、既に戦闘面でも従来のスピードを発揮できるまで今の肉体を使いこなしている。本人曰く「体重が減った分身軽になった」そうだ。
僕の頭痛も、ここ七日は来ていなかった。そろそろ安定してきたのかもしれないな。
先立つ準備と言えば、食料や飲み水のストックも充分あり、様々な気候にも対応できるようにと衣服も揃えてある。荷物は多少重くなったが、それは仕方のないことだ。だが僕だってだらけていただけではなく、アリシーと二人で身体を鍛えていた。だからこの程度の荷で堪えるような柔な作りはしていない。
――さて。この一ヶ月、一つだけ僕は記憶を取り戻していた。取り戻してしまったと言うべきか……あの赤い女のことである。
知り合い、だったみたいだ。関係は険悪でとても仲間とは言えないが、とにかく僕は女を知っていた。しかし話をしようにも既に町から去っていたみたいで、あの日以降言葉の一つも交わせなかったのが現状だ。
だが、それでいいさ。二度と会えなかったとしても、それならそれでいい。
「アルベルトさん、長らく泊めて頂いてありがとうございました」
「堅苦しいのはいい、行くならとっとと行け。いつ帰ってきてもいいように、お前らの部屋は空けておいてやるから」
「ああ、それなんですが……」
僕は、彼にとある事情を説明した。アルベルトは顔を渋らせ、僕に問い返す。
「本当にそれでいいのか?」
「ええ、僕らには旅をする理由がありますが、わざわざ彼にまで同行させる必要はないと思ってます」
彼、とは……ウェインのことだ。
ウェインは憎たらしい奴ではあったが、同時に良い奴だった。一つ屋根の下、長くを共にすれば人には情が生まれる。当然だ。
彼の身体能力は、アリシーとのリハビリで露になった。現在の彼女を越える俊敏さは、若くして完成の域に達していたのかもしれない。あの時短剣を奪われたのは、一重にそれが原因だったと再確認されるほどだ。
彼は少しばかりおっちょこちょいだったが――。まあそれはいい。
彼は自分に忠実で、僕と喧嘩をすることは度々あれど、喧嘩が終わると元の憎たらしい奴に戻ってくれる。
一度料理を振る舞って貰う機会もあったが、二度と保存食が食べられないレベルの旨さを誇っていた。正直驚きである。
つまるところ、ウェインは元々一人で生き抜く力があったが、その機が与えられなかっただけなのだ。だから僕はウェインを上階グループのメンバーにと推薦した。そうすれば、宿に滞在していても誰も文句は言えない。
そんな彼は、僕らが旅立つと聞けば着いてくるだろう。が、それがあまり良いことだとは思えなかった。アリシーも僕の意見に同意していた。
旅をすれば、必ず危険に脅かされることはあるはずだ。
まだ十歳の彼に、凍竜戦のような辛い思いをさせたくはない。だから、黙って置いていく。
今は早朝。寝ている彼の横には、食料と服に余った金を置いてある。余ったとはいえ銀硬貨が数枚もあるのだ。彼なら、一人でも余裕かまして生きていける。
「そうかい。だとよ、ウェイン」
「へ?」
僕の知らぬ間にすっかり修繕されたカウンター。その裏から出てきたウェインを見て、僕は放心した。
「あれ? なんで」
ウェインは布団を被って寝ていたはず。いや、待て。ウェインの全身は布団に隠れ、ただもっこりと膨らんでいただけだった。まさか。
「へっ、バカか。すっかり騙されてやんの」
べーと舌を出したウェインは、半目で僕を睨んだ。
「お姉ちゃんは気付いてたぜ? おれが裏に居ること」
ぎょっとした目線をアリシーに送ったが、彼女は平然としていた。知らなかったのは僕だけであるらしい。
なんてこった。
「なぁリッキー、俺には旅立つ日程も教えてくれたな。だがよぉ、俺は隠し事は好まねぇ、だからそいつは全部このガキに話したぞ。どうしても置いていくってんなら、真正面から話し合ってウェインを納得させろ」
不機嫌な顔をし、アルベルトはその言葉を僕達に叩き付けた。
困った事態になった。説得して収まる気がしないからこそ、こういった形を取ったのだ。アルベルトめ……いや、それを言うのは筋違いだな。
本来なら、そうすべきなのだ。だからアルベルトはそのように道を作ったのだ。
「……ウェイン」
「おまえに言われるまでもないんだ。知ってるよ」
ところが、予想は裏切られた。いつも小うるさいウェインは今日に限っては妙に大人しく、瞳は僕をからかうでもなく真っ直ぐ見据えている。
「おれを案じておまえは提案したんだろ。無下にしちまうほど、おれはばかじゃない」
口から滲み出された彼の思いは、言葉だけ見れば大人びていた。
――本音は。
「おれだって、行きたい。行きたいけど、行っちゃ駄目なんだ。おれには、自衛する力はないんだ。ちょっと力があったって。お姉ちゃんより速くたっても。だから、おれは町でお姉ちゃん達の帰りを待つ」
ウェインは、懐から一振りの短刀を抜いた。手入れが為されて光り輝く刀身は、芸術の逸品だ。
「だから、おれはこいつをお姉ちゃんにやる。おれは行かないけど、おれの魂は着いてくんだ」
鞘と共に、それをアリシーに手渡した。
「これ、ウェン君の大切な物でしょ。私が使っていいの?」
やんわりと拒むアリシーの手に無理矢理渡したウェインは、叫んだ。
「こうでもしなけりゃ、おれは付いて行けない! 無くしたら許さないかんな、お姉ちゃん!」
「そっか。ありがと……大切に使うね」
アリシーはウェインの頭を撫で、優しく抱き締めた。たった数秒。その数秒で、アリシーに埋もれたウェインの顔は真っ赤に茹で上がる。耳の裏まで赤くした彼は、アリシーが離れた後もぼけっとしていた。
「おい、リッキー! アリシー泣かしたら、許さないからな!」
そして。恥じらいを隠すように怒声を放ち、ウェインは廊下の奥に走り去ってしまった。
「きっと。いつか戻って来たら返すからね、ウェン君」
輝く刀身を鞘に収め、彼女はそれも大切に抱き締める。呆気のなさにぽかんとしていた僕は、次のアルベルトの一声で気を戻した。
「さて。二人に伝えなきゃならんことがある」
彼の表情には、ウェインとの会話の際で見せたような不機嫌さは残っていない。その顔にあったのは、不安だ。
「はい」
「“赤色の女”から聞いた情報で、この前の異常気象に関連することだ」
――あの女の情報?
疼いた右拳を握り締めた僕は、アルベルトの発した言葉に食い付いた。
「その女は、なんて言ってたんですか?」
「『今から約五年後、この世界が終わる』と、言っていた」
「……どのように、ですか?」
ただ『終わる』と言われても、漠然としていて理解に苦しむ。それをアルベルトが聞いたかどうかは別にして――訊くと、彼は迷うことなく口を開いた。
「文字通り、この世界に在った物、生物、それら全てが綺麗さっぱり消滅しちまうそうだ」
「……なるほど」
信じられない話でもない。“大災害”が大分前に発生して、隣町が滅んだ。今回起きた雨は、その威力で様々な物が流された。この町はまだよかった方だが、別の地域では腰まで浸かるほどに水が氾濫を起こしていたそうで。
もしもそれが木造建築溢れるこの町に直撃したのなら、グループ以外は到底助からない。そういった規模の災害が、短い期間に二度もだ。
この世界で新たな問題が発生している、そう捉えていいのだろう。
この小さな災害達が危険信号だとすれば、五年後には世界を一度に壊してしまうレベルの“災厄”が降り掛かるのか。
シャインハートの言っていた、“歴史の終わり”に近い何かが起きようとしているのか。
いずれにせよ、気を付けなければならない事案に他ならない。
五年、ねぇ。
「俺は、これから仲間を集めてその原因を探ろうと思っている」
「僕達にも、同行して欲しいということですか?」
アリシーに目線で合図する。彼女が決意した顔で頷くのを見ると、僕も心を決めた。
「いや、お前らは別れた仲間を探すんだろう? 俺に同行する必要はない。ただ、道中でその原因を調査して欲しいんだ。分からなければそれで構わないが……」
ああ、そういうことか。
「そんなことでしたら、いいですよ。僕も後五年の命ってのは嫌ですからね」
「感謝する。もし機会があれば、この町に寄ってくれ。また会おう」
「はい。また」
アルベルトにお礼を告げ、宿を後にした。
眺めると名残惜しくなってしまう町並みを抜け、気が付けば入り口の門まで辿り着いた。
この町では様々なことがあった。何も分からぬままにアリシーと出会い、グループの面々、ウェインと出会い。
しかしリベルは、死んでしまった。今更悔やんで泣いたりはしないが、やっぱりそれは悲しいことだ。
心残りと言えば、彼の墓に供物を捧げてやれなかったことか。僕は苦笑いしながら、受付嬢に「誰が片付けるんですか」と怒られて供物を自分で回収した最近のことを思い出す。
まあ、アイツはお供え物なんざ要らんとか言いそうだしなぁ。
とかなんとか考え、町の風景を目に焼き付けていると。
「リッキー。私ね――」
涼やかな風に、さらりと髪の毛を靡かせて。掠れて消えてしまいそうな声は、僕の耳に届くことなく掻き消えた。
「え? 今、なんて」
大切なことを言ってくれたはずだ。が、聞き取れなかった。
「やっぱ、なんでもない」
そっぽを向いてしまったアリシーは、すたすたと先へ進んでしまう。その顔が、どこか焦燥と寂しさを漂わせていて。
怒らせてしまったのだろうかと思い、直ぐに彼女を追い掛けた。
――危機は目の前に。終焉はすぐそこに。世界を砕かんと、迫っている。
この時の僕はまだ、先のことだと楽観視していた。




