三十九話 平和に潜むモノ②
――なんだよ。こいつ。
突如現れた、それ。僕はそれを、見た瞬間に“カオナシ”だと悟っていた。
どうして? というのは問題じゃない。事前にアルベルトから容姿の情報は受け取っているし、見てから判断するのは十二分に可能なはずなんだ。
だが、そうじゃない。僕は、コイツを見る前から、コイツをカオナシだと認識していたのだ。脳裏に映ったあれと、現実のこれは全くの同一。
勘違いの類いではない。
じゃあ、僕は、一度カオナシと出会って戦ったことがある。自然とそういう結論に達することができた。
「アルベルトさん、大丈夫です」
僕はカオナシを見据えたままアルベルトへそう伝え、今度はカオナシへ言葉を放つ。
「お前は、“何だ”?」
コイツは僕と出会い、僕は無事だった。即ち、倒したと考えても何ら不思議な点はない。
僕が倒したのか、運よく帰ったのか、はたまた誰かに倒されたか。ともかく、コイツは僕に「おひさしぶり」と言った。
そこから何も仕掛けてこないのを見ると、話す価値は少しだけ見出だせそうだ。
「ぼくは、おまえ」
しどろもどろに発される、エコーの掛かった気色の悪い声だ。この精神へと干渉してくる声には、既視感を覚える。いいや、本当に体験した可能性も有り得るな。
「お前はお前だ。僕はお前じゃない」
「うんうん、ちがう。お前は、僕。僕はお前、おまえ」
心臓にぶすりと刺さり、全身に染み込んでいくような言葉。これが、他人を乗っ取るキーワードか何かだな。
「お前、僕の身体が欲しいのか? “カオナシ”」
はっきりと相手の呼び名を発し、僕は一歩踏み込む。
そうだな、こうしよう。
「ちょうだい」
段々と不明瞭になる視界と意識に喝を入れ、右腕を振りかぶり――。
「あげない」
カオナシの顔面部分を、打ち抜いた。妙な手応えと共に仰け反ったカオナシは、そのまま二度後転して倒れる。しかし、何事もなかったように立ち上がった。
そこで、身体の内に這っていた妙な感覚が消え失せる。
……何をやっているのか検討も付かなかったが、今のが僕を乗っ取ろうとした行為か。しかし何故かは分からないが、僕はコイツに対抗する術を知っていたらしい。
敵を一切“受け入れない”こと。実に簡単だ。
「お、おい。大丈夫なのか」
呆気に取られてその光景を見ていたアルベルトは、僕の安否を問うた。
「ええ、不思議と異常はありませんね」
本当は意識に靄が掛かったりもしたが、今は何も起きていない。そう答えても構わないだろう。
「だめだめ、だめだめだめ」
カオナシの出す脳にこびりつく音声に嫌気を覚えつつ、僕は再び構える。どうしてか、僕でも人を殴るという行為は自然にこなせるみたいだ。
とりあえず、自分の精神とやらが現在の相手に打ち勝てることがあるのは分かった。
基本的にカオナシは弱い。多分、誰かの身体を乗っ取って初めて力を得るようなタイプだ。
「アルベルトさん。どうやってカオナシがここに現れたのかは分かりませんが、倒せばいいんですよね」
「ああ、豪雨の中で戦うよりかは好都合だ」
あくまでも人間の形をしているカオナシは、人間らしからぬ動きでずるずると僕に這い寄って来る。立ったまま、だ。
「――せぇ!」
それを、メイスの横凪ぎに繰り出した剣撃が捉えた。あっさり上半身を分断されたカオナシは、鮮血を吹き出し、けたけた笑い声を上げながらその場に崩れ落ちる。
付着した血糊を払って、メイスは憮然とした顔付きで呟いた。
「弱すぎやしないかい。以前に戦った時は、この状態でももうちっとばかし凶悪だった覚えがあるんだが」
メイスは、頭部に止めの一撃とばかりに剣を無造作に突き刺し、不快な笑い声が途絶えるのを眺めていた。
「弱ってたんじゃねぇのか。あまり楽観するのはよくないが、倒しちまったもんは倒しちまったんだ。結果的にコイツは死んだ」
「そう、なんだけどなぁ」
歯切れ悪く話す二人に、僕は何を話していいやら迷っていた。
カオナシがどういった存在かは知らないが、きっと死んではいない。こうしてあっさり殺せる個体なら、カオナシは僕に「おひさしぶり」とは絶対に言わないだろう。そんなことを言う前に死んでいる。
アルベルトもメイスもカオナシの言葉に聞く耳すら持っていないようで、僕に疑問が発生することはなかったみたいだが。
「じゃあ死体は俺が処理しておこう」
アルベルトも腑に落ちない顔で言い、メイスは「もう少し警戒しておく」としばらくグループに残る意向を示していた。
僕はといえば、長椅子に座って考え事に耽っていた。
――片鱗だが、頭の中で眠っていた記憶が呼び起こされたのは、事実だ。あれだけじゃ何も戻っていないに等しいが……。
僕は“此処”で何をやっていたんだ?
普通に学校へと通っていたであろう自分。アリシーのような友達を数人作って、災害に見舞われる前までは毎日楽しく暮らしていたはずなのだ。
それなのに、グループが危機感を持つほどの相手と相まみえていた可能性が浮上している。
勿論、カオナシが発した言葉に本来の意味が持たせられているとは限らない。しかし、そう聞こえたということは、この前シャインハートの話で出た念話技術がそう聞こえるように変換したとも取れる。
とてもではないが、カオナシの発言が意味を持たない言葉だとは思えなかった。
「考え事かい?」
そうと悟られる格好でもしていたのか、メイスは剣の手入れをしながら僕に話し掛けてきた。
「考え事ってほどでもないんですけどね」
「カオナシについてか? 俺はお前が奴に殺られないか心配だったんだがなぁ、予想は良い方向に外れた。一先ずは安心だな」
今も雨は勢いを落とすことなく天から降り注ぎ、状況は依然として悪い。
カオナシがまた出現してくることを想定してか、言葉とは裏腹に彼の緊張は高まっている。
「そうですね、実のところは自分でも予想外なんです」
カオナシは一度戦った相手を執拗に追い回すという。通常負かされた相手と望んで再戦しようとは思わないはずだが……これからも僕は狙われるのだろう。
少なくとも当面の危機を完全に払えるようになるまでは、アリシーの居る宿には戻らない方が良さそうだ。手負いの彼女ではカオナシを相手にはできないし、僅かな危険にも晒したくはない。ウェインもそうだ。彼に敵と戦う術があるのかどうかと言えば、ないだろう。
僕にもないとは思っていたが――少なくとも、カオナシへの対抗はできる。だが見ての通り、守ることはできても敵を倒す力はない。
戦線には立てるが、結局はアルベルトとメイスに頼ることとなる。
「ところでリッキー君」
「なんですか?」
「この件は依頼じゃないから報酬は出ない、それは理解しているかい?」
なんだ。前置きするくらいだからどんな話が切り出されるかと思ったが。
「分かっていますよ。カオナシの討伐なんてのを依頼に出しても逆効果にしかならないですからね。それに、僕は金銭目当てで動くわけではないですし、今となっては必要ありません。逆にメイスさんは報酬がなくてもいいんですか?」
「そうかい。俺もこの前の報酬でお腹は一杯でな、単なるボランティアだよ」
警戒を解かずに、しかし笑った彼の口元が優しくひしゃげた。彼はどこのどんな世界からやって来たのだろう。もう壊れてしまったが、堅牢な鎧に身を包んで剣を自在に操る様は、どごぞの剣士か騎士をイメージさせる。
凍竜との戦いで被っていた兜も壊れてしまい、代えもないのか着けてはおらず、短い黒髪と黒瞳が露になっている。剣を携え、遠くを見つめる姿は――どごぞの肖像画にでも描かれていそうだ。
「リッキー君。改まったことを聞かせて貰うが、少しいいかい?」
「……ん? はい、いいですけど」
ぼーっと彼を眺めていると、いつからか片眉を吊り上げていたメイスはそんなことを言った。改まって聞きたいことなど、僕にあっただろうか。
それほどこの男と会話もしていた過去はなかったので、心当たりはないのだけれど。
「記憶喪失だって、前に言っていたかな」
「言いましたね」
思い浮かぶのは、凍竜討伐の作戦会議をしていた時。真っ先にアリシーに恥ずかしいことを言ったような、そうでないような記憶が浮かんだが――ぶるんぶるん。そうじゃない、今は関係ない。
「ありがとう。だとすると、今この話をするのはお門違いなのかも知れんがなぁ……リッキー君は、過去に“エステさん”と知り合いだった、そんな気がするんだ」
「え……っと?」
エステ。
この町に滞在しているからには、彼の名前を知らない者は一人もいないとまで言われている有名人だ。ここ数日だけでも、意図せずに行動していても彼の情報は回ってくる。
グループ創設者なのは勿論のこと、エスティリカの地名の一部は彼の名から名付けられている。
最強と謳われていた超人で、人望も厚い、様々な研究にて町に文明をもたらし、超仲間想い。しかも家庭的。何でもできる。男達からは尊敬の眼差しで見られ、女達からは逆ハーレム状態と。
そんな感じだった。まあ、尾ひれが付いた噂を僕が勝手に誇大解釈したけれど。間違っちゃいない。
そんなレベルでエステの名は飛び交うのだから。
だからこそ、僕は突然のメイスの言葉に驚いていた。
「そんな凄い人と、僕が知り合いなわけないじゃないですか」
苦笑しつつ答えた。過去のことなんて一切知らないが、僕はただの学生だった身だ。この町そのものとも言える彼と知り合っているとは到底考え付かない。
或いは一方的に僕が認知していた可能性も否めないが、精々はその程度だろう。
「はは。実のところは、気になっただけでどうでもいいんだがな。やっぱり、誰に聞いても彼の認識は“凄い人”なんだよなぁ」
しみじみと言ったメイスは、何やら難しい顔をしていた。
「そこでだ。少し、ここで彼のイメージダウンを謀ってやろう。どうだ、暇潰しに聞いていくかい? 突然親近感が湧くぞ? そう、何を隠そうエステさんの話だ」
が、嫌味ったらしい笑みを口元に出したメイスは、粗雑に笑った。
なんか、話したそうだ。
同時に、ここで僕が断ったらどうなるんだろうかという考えが脳内に浮かんだが、僕の口は自然に「はい」と告げていた。
何故だろう。まあ、いいか。
「エステってのはね、あんまり目立ちたくない人間だったんだ」
「目立ちたくない? 最早偉人扱いされていますけど」
「そうだけど、目立ちたくなかったんだ。彼はただ、自分の心に決めた信念の元で動いているに過ぎないんだよ。その結果がこの町なんだけどね。元々石城だけだったこの場所を町にしたのは、地名にある『アルス』『ローゼル』『ユール』。そして『エステ』の四人だ。オマケで俺と――もう一人居たがな」
俺の名前が乗っからなかったのは残念だ、とかどうとかを全然残念ではなさそうに話しつつ、メイスは昔のことを嬉しそうに語っていく。
「因みに、地名の最後にティリカってのが必ず付くだろ? あれが俺ともう一人の、『ティリカ』っつう女だ。エステさん達四人が惚れて奪い合っていた女だから、地名にしたんだ。あと因みに、エステはティリカをユールに奪われて発狂していた時代がある。あれは滑稽だった。面白かった。できることであればもう一度見たかった――ってのは置いておこう」
あぁ、はい。
まあ、確かに偉人のそんな話を聞かされればイメージダウンには繋がりそうだ。しかしメイスは楽しそうに話しているが、途中からエステを呼び捨てにしているのには気付いているのだろうか。
元々は、そうやって馬鹿にし合える仲間だったんだろうか。
「で、だ。町を作った時、既に皆はエステがそういう人物だということを知っていてな。敢えて町の名前をエステにしようと提案したんだ、ティリカが」
あれ、そう言えばこれは最初何の話をしていたんだっけ?
……あ、エステと知り合いってところか。さてはこの人、エステの話をしたいがために口から出任せを言ったんじゃなかろうな。
僕は生温い視線を彼に送るが、それを歯牙にも掛けずに話を続ける。
「エステは猛反対したさ。しかし相手は惚れた女、強く出られず、困り果てていた彼に俺が助け船を出してやった。それが『町を四分割にして、それぞれの名前を付ける案』だ。そうすれば四分の一でしか目立たない、結構良い案だろ。だがその四人の中にも入りたくはないというので、仕方なく俺がエステの代わりに入ってやると告げた。しかし、彼はまだ気付いていなかったんだ――」
既に話は逸れていたが、話の全貌は掴めたよ。要するに、エステを除く五人でエステを祭り上げたというわけだ。どんな嫌がらせだ、陰湿以外の何でもないな。
そんな調子で語り口が凄まじくなっていくメイスの話はまだまだ留まるところを知らない。
が、ここまで熱中しながらも、いつ襲来するかも知れない敵への警戒は決して解かないというのだから、それはそれで凄い点だ。
まぁ、彼の思い出話を要約してしてしまうとこんなところだ。
エステは騙されて地名に名を刻まれてしまった。更には偉人に仕立て上げられてしまった。でも彼は恥ずかしそうにしながらも満更でもなさそうだった、と。
「グループを創設した時の話もあるんだが……どうだった?」
と言われましても。“凄い人”のレッテルを張り付けたのは、得意気に話すメイスさんじゃないですか。
「僕はそこよりも、町を作った経緯が知りたいですけどね」
返事に困ったので、全然違う部分を答えておくことに。実際、こうして立派な町ができて人が行き交っていること自体が半端ではないのだ。エステやメイスを含め、後の知らない四人も普通に凄い人だったのは確かである。
「あぁ、それか。簡単なことだよ。皆、故郷が欲しかった――そうなんだと、俺は思っているよ。帰ることのできる居場所、そんなのがあったら、いいんじゃないかってな」
彼は、少しだけ寂しそうに言った。
故郷か。僕も色々と思うことはある。自覚がないだけで、僕も含めて異世界に連れてこられた人達には例外なく故郷がない。丸裸同然で、皆それぞれ見知らぬ大地に無責任にも放り出されている。
どんな弱者も。どんな強者も。その事実に変わりはない。
帰るべき場所……それが僕にはあるのか。故郷という響きだけは知っているのだが。やはり、帰るべき場所があるのとないのでは、違うのだろうか。
「なければ自分達で作る、ですか。凄い発想ですね」
「これも、エステが言い出したことだがなぁ」
町作りなんて馬鹿げたことを本当に考るのがエステって人か。そりゃ凄い。
長椅子から立ち上がった僕は、階下の出入り口を眺める。豪雨はいつまでも止まず、耳元にもびしゃびしゃ雨音が聞こえていた。
なんだか、途方もない話を聞き続けて思考が上手く働かない気がするよ。最近は特に、だな。
そして雨の日は、深追いというか、暗い方向へ物事を考えてしまうきらいがある。
「――メイスさん。エステさん以外の皆って、どうしているんでしょうか」
どうして聞いちゃうかな。この話は、笑い話にしていたからよかったんだ。それ以上を、追及すべきではない。
なのだが、時折見せるメイスの顔が、悲痛な結末を物語っていて。聞かずにはいられなかった。
「……」
口を閉ざした彼は、話したことを悔いるように目を閉じた。
ほとんど面識のない僕だからこそ、話す気になったのかもしれない。
彼ら六人の中でしか知り得ないような話だ。リベルやアルベルト達は最初からいた面子ではないのだろうが、それでも現在の仲間。今更彼らにぶちまけても双方が苦しむだけで、ましてや町民に話す内容ではない。
完全な部外者である僕だからこそ、聞き手として十分だったのだ。
「知りたいかい?」
「いいえ。言いたくなければ大丈夫ですよ」
「なら言おう。ティリカは死んだ」
ここで止めておけばよかったものを、メイスはそのまま言葉を紡ぐ。
「カオナシに“乗っ取られて”な。その状態のカオナシを殺したのは、エステだ。カオナシが死ぬと同時にティリカも息絶え、色々あってユールはこの町から去った。残る二人はあまりグループに顔を出しに来なくなった。そんな感じさ」
言ってしまった後に、過去を思い出して辛くなるのは自分だけ。メイスは知ってて言ったつもりだろうが、顔に現れる翳りは拡がるばかりだ。
「そう、ですか」
やはりカオナシという敵が絡んでいたか。でなければ、その記憶を思い出すこともなかったようだが。
「すまないな、俺の話に付き合わせて。最初はこんな話をするつもりじゃなかったんだが――」
メイスの目から、一筋の雫が流れた。
彼は一人だった。ローゼルとやらもアルスとやらも引き込もり、ユールとやらは町から消え失せ、エステとやらも町にはいない。
頼る人も意思を共有できる仲間も居なかった彼の行き着く先が――見知らぬ他人の僕か。
「僕がエステさんの知り合いって話でしたよね? 気のせいですよ」
その話を聞き、ますます僕はエステと知り合いではないと確信した。おふざけ半分で祭り上げられていたエステだが、そうされるだけの器を持っている。
そのエステと知り合いだったのなら、僕はきっとここにはいない。記憶も失ってはいないだろう。
“エステは、そういうことが可能な奴だ”。
「そうだな。俺の気のせいかもしれん」
含み笑いをした彼。それを見ながら、僕は、今……。
今――なんだ? 思い出せない。
再び、脳を切り裂くような頭痛が引き起こされた。自分の頭部がぐちゃぐちゃに潰れるイメージが脳内に沸き立つ。痛い。駄目だ、なんだ、これ。
「……おい?」
反射的に頭を押さえた僕を、メイスは心配して顔を近付けてくる。それが一瞬見せた、彼の隙。
目眩が起きる中、僕の視界に映ったのは、メイスの背後で薄ら笑いを“顔のない口に浮かべる”カオナシだ。そうと分かる悪質な笑みを僕だけに突き付け、敵は、隙を見せてしまったメイスに牙を剥く。
いつ現れた?
いや、僕の時と全く同じ。こいつは突然、そこに存在していた。考えるだけ無駄だ。
「ちょうだい」
メイスが異変に気付いた。硬直した彼が両目を最大限まで見開き、しまったと直剣を持つ手に力を込めるが、遅い。
――殺さなきゃ。
が、その彼よりも早く行動に起こした僕の右拳が、カオナシの顔面を捉えていた。鈍い衝撃と拳に訪れた鈍痛。頭部を歪ませ後方に仰け反ったカオナシに、続けて左の拳を叩き付ける。バチりと電流が走り、半回転して振り回された自身の右足が、カオナシの胴体を捉えて衝撃部ごと本体を弾き飛ばす。
ごろりと数十回転して壁に叩き付けられたカオナシは、呻き声を洩らして逃げるように視界から霧散した。
――ほぼほぼ無意識下での攻撃だった。
唖然とするメイスの横で蹴り上げたままの足をゆっくり戻す僕は、自分でもどうして動けたのか謎だった。
「大丈夫ですか?」
自分の身体に不快さを覚えつつ、メイスへと安否を問う。先程、彼の精神にはカオナシの何かが侵入していたに違いない。何事もなければいいのだが。
「あ、ああ……それよりお前、それ」
「え?」
見れば、自分の両手の皮膚が所々爛れている。痛みはなく、べりべりと剥がれてしまいそうだ。
カオナシの仕業では……なさそうだけど。
「なんでしょうね、こ……れ?」
触ってみようと爛れた右手の皮膚に左手を伸ばすと同時、ハンマーか何かで殴られたような衝撃が、後頭部から発生した。
床に崩れ落ちた僕は、痙攣する身体に違和感を覚えながら、痛みに抗えずに目を閉じる。
なんだよ……急、に。
そのまま、意識を手放した。




