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断層世界のパラノイア  作者: くるい
第四章 クラスメイト捜索編
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三十七話 古びた書物

案外早く書き終わったので今日上げちゃいます

ゲリラ更新です


今回は説明回みたいな感じになってしまいました

 エスティリカとユールティリカの境目である地点には、石材で建てられている重々しい建造物が一軒だけある。大きさはグループの城ほどではないが、そこらに建てられている木造建築物が隠れてしまう程度には巨大だ。


 さて、この四角い石箱とも言える建物がどうして建てられたのかと言えば、それは単純にとある人物の研究施設として使われているからだ。


「すみません、シャインハートさんは居ますか?」


 閉じられた木製の扉を二回叩くこと数秒、ギィと木が軋んで手前側に扉が開かれた。


「……? 用事なら手短に」


 石箱の中から現れたのは、陰鬱なイメージを持たせる漆黒のフードを目深に被った女、アリス・レイシス・シャインハートだ。この研究施設では凍竜の冷却器官の構造解明を手懸ける張本人であり、凍竜討伐に参加したメンバーの一人である。


「こうして挨拶するのは初めてですね。討伐の際に同行させて頂いたリッキーです、研究の方は進んでいますか?」


 面識はなくもないが、知人と呼べるかどうかは怪しい。なので、一応体裁として社交辞令をしておくことにしたが、


「……用件は?」


 にべもなく言われ、それは無駄だったと悟る。恐らく研究は進んでいないのだろう。


「前にシャインハートさんが調べていたという本について教えて欲しいのですが」

「地理に関しての本が一点、歴史に関しての本が一点、まだ解析していない本が一点。どれを聞きたい?」

「とりあえず、地理の方を知りたいですね」

「中に入って。そこで説明するから」


 言うなり踵を返したシャインハートを追い、閉じかけていた扉を開けて建物内部へとお邪魔した。


 ――今回僕が足を運んだのは、ここら周辺、できればもう少し広い間隔での地理を把握するためだ。

 これは今朝グループで報酬を受け取った後のこと。上階の受付嬢からシャインハートの研究について聞くことができたので、それでアリシー達とは別行動でここまで来ている。

 因みにアリシーはこのことを知らない。一応は暫しの休息ということで町に滞在しているのだから、今後のため色々動き回るのはアリシーに止められる気がして、適当に言い訳を並べてから別れていたわけだ。

 彼女には少々怪しまれたが、まあ、多分、大丈夫かな。


 内部は二層の吹き抜けとなっており、一回のスペースには凍竜の亡骸が堂々と置かれていた。が、腐る心配はないらしい。

 その横を通り設けられた階段を登ると、小部屋に案内された。大量に文字が書かれた紙が至るところに散らばっているような室内だ。如何にもそうな見た目だが、もう少し整理した方が効率良く調べられるとは思う。


 一冊の分厚い本を棚から持ち出したシャインハートは、近くにあった丸椅子に腰掛けると、こちらを見た。

 僕はまず、アリシーが捜索したいという友人の話を持ち出し、地理が全く分からないのでその線に詳しいシャインハートの研究施設へ訪れたといった旨を伝える。

 すると、フードの下の口元が一文字に引き結ばれた。表情は窺えないが、何やら難しそうにしている。


「力にはなれないかもしれない」


 やがて口を次いで飛び出したのは、そんな言葉だった。


「どうしてですか?」

「この本に書かれていた地理は、最早この世界のどこにも存在していないから」


 シャインハートは最初のページを開き、僕に見せる。なんだこれ。


「すみません、何も読めないです」


 視界に入るのは、黄ばんだり傷んだりしているページにびっしりと書かれたどこの国かも見当付かない文字列。はっとした様子で本を自分の側に向けた彼女は、数ページ捲ってからぱたりと本を閉じた。


「私達異世界の民がこの世界に呼ばれて召喚される前に、一度世界が完全に崩壊しているのだと私は予測している」


 突然、淡々とした声音で僕に説明を始めた彼女は、話をしながらも立ち上がってその本を棚に戻してしまう。その代わり、隣にあった別の本を掴んで引っ張り出した。

 もうちょっと会話を成立させて欲しかったが、今はシャインハートのする説明に耳を傾けるしかないようだ。



 エルヘントーム。

 それがこの世界の大陸を総称する正式名称だ。

 以前に『断層世界パラノイア』という名称を聞いたことがあるが、どうやらあれは異世界からやって来た者が勝手に名付けただけらしく、シャインハートはその名称を知らなかった。

 ここ。エルヘントームは、海に阻まれ六つの大陸に分かたれていた。


 一つはこの町がある『中央大陸』。それを囲むようにして『暗黒大陸』『深月大陸』『閉鎖大陸』『北大陸』『下大陸』が存在している。

 それら大陸には数多の国があり、独立した町や村があり、どれも自然豊かな土地だったと記録されている。


 言語を有する種族が幾つも存在していて、種族ごとに別々の技術を磨き上げていたため、ここ中央大陸では科学の技術が発達していた。

 暗黒大陸では新しい素粒子の発見に伴い、人体にて素粒子を扱う技術が主流になった。

 深月大陸は自然との共生が一番に優先され、高度な言語を持たない生物とも会話可能な念話の技術が編み出されていた。

 閉鎖大陸では神の存在を信じる者が多数存在し、数多くの宗教が生み出されていた。

 北大陸では空を飛ぶ技術が進歩を見せ、飛空挺等の乗り物が作られていた。また原住民にも翼を生やす種族が多く、他大陸へと訪れることが一番多い種族だった。

 下大陸は軍事力の高い国が多くあり、武器精製の技術に於いては他の追随を許さなかった。


 しかし。現在では地図に載っていた国、町、村、自然、生態系、地形、それらのほとんど全てが跡形もなく消滅してしまっていて、何がどこにあるのかも分からない状態になっているという。


「世界が争いに包まれた歴史は本に書いていなかった。それはつまり、何らかの天災か世界規模で行われた戦争によって、全ての生物が死滅した――そう、考えられる」


 新たに開いた本のページを丁寧に捲りながら、彼女は語り続ける。


「じゃあ、世界が死滅したから、僕らや凍竜のように異世界とやらの生物が呼ばれ続けているんですか?」


 話が逸れてしまっているが、僕は少し興味を持ってしまったので質問を挟んでみることにした。


「私の推測でしかないから断言はできない。しかし、その可能性はある。残された何者かがそういう細工を世界に施したのであれば――だが、規模が大きいために、考えられる一つとはなっても妄想や空想の域を抜け出せないのが現状」


 シャインハートは本を片手に開きながら床に落ちていた紙の切れ端を拾い、目を細めた。


「此処に神在り、故に宗教在り。私達一同は皆、神に遣いし殉教者となった。残るは私だけ。神よ、貴方様の御技で世界をお救い下され、私に命を下され。世の安寧――」


 そこまで呟き、紙切れから手を離す。はらりと散るように落ちた紙は、彼女の足元に乗っかる。


「これは閉鎖大陸の地下洞窟に彫られた文字を書き記した物。ここから先は崩れてしまって読み取ることはできなかったが、“何かがあった”ということを知らせてくれた」


 用済みとばかりに本を元の位置に戻し、彼女は一つ息を吐いた。丸椅子に座り直し、そこでようやくもう一つ空いていた椅子に僕を奨めた。僕がそこへ座るのを確認してから、彼女は口を開く。


「本やメッセージから得られたのは、どれもこの世界がこうなる前の話。現在グループが根城にしている石城は昔の遺物で、名はクフェル城と呼ばれていたそうだが、この辺りで昔と一致していたのはあれだけ。つまり、私が貴方に教えて有益になる情報と言えば、六大陸があるというところだけ」


 そこでシャインハートは疲れたように眉間の下を押さえ、目を閉じる。かなりの長話をさせてしまったみたいだ。

 聞かされていたのは、友達捜索に関して言えば頼りにはならない内容ではあったが、非常に興味深い。僕のその表情が見て取れて分かったのか、シャインハートは僕を見定めるように眺め回して、言った。


「だが、生きていく上で必要な情報はまだある。続きは聞いていく?」


 そう口を動かす彼女も、他人に自分の成果を語るのがどこか楽しそうにしている節があるな。だから、


「ええ、是非ともお願いします」


 時間は有限だが、少ないわけではない。それからしばらくの間は、彼女と話を続けていた。




「ありがとうございました」


 席を立った僕が頭を下げると、シャインハートも満足げに立ち上がった。

 色々と、ためになりそうな話を聞いた。


 この世界の現状――。

 生息する生物は恐らく全てが異世界から送り込まれているが、生物だけでなく無機物も同様に転移させられるという説。これでランサーの謎には少しばかりの説明が付く。

 深月大陸にかつてあったとされる念話技術の影響か、それに近い何らかの力で生物同士の意思疎通を図ることができるという説。それのお陰で言語に違いがあっても言葉が通じるということなら、凍竜が喋っていたのも頷ける。そもそも、そうでなければ僕はアリシーとも会話できていないだろう。


 他にも僅かに残っている過去の遺物や、転移の法則性、生態系についてなどまだまだあったが――。とにかく、彼女が途方もないことを研究しているのは理解できた。それをやろうとしたのが僕であれば、本すら解読できずに断念していたに違いない。


 ただ念動力を使える人ではなかったのだ。


「ああ、シャインハートさん」


 そろそろ研究の邪魔になりそうなのでおいとましようと踵を返した僕だったが、あることを彼女に伝えるのを忘れていた。


「報酬がグループから出されているので、取りに来てくださいと受付嬢の方が言っていました」


 アリス・レイシス・シャインハートは研究に没頭してしまうとグループに顔を出さなくなる。どうせ行くのなら伝えて欲しいとの伝言だが、嘘ではないみたいだな。部屋の惨状を見れば一目瞭然だが。


「分かった」


 彼女はこれといった表情の変化もなしに小さく頷き、小部屋の扉を開けた。


「もしも機会があれば、またこちらに寄るといい」

「はい、分かりました」


 さっさと階段を降りていく彼女は、後を追う僕にそんなことを言ってくれた。それから凍竜の方へと歩いていくシャインハートを見て、今のが別れの言葉だったのかと小さくごちる。

 見送りはないみたいだが……確か鍵は掛かっていなかったし、大丈夫か。

 納得した僕は、一人で出口まで向かうことにした。



「あ、れ……?」


 頑丈な扉を開けたところで、僕は扉の目の前で佇んでいた人物に身体を硬直させた。


「奇遇だね、リッキー」


 視界に入ったのは、畑を背景に淡い緑色の髪の毛を汗で濡らし、銀のペンダントを掛け、真っ黒なインナーに同じく黒のパンツ姿という軽装のその人物。

 アリシーしかいない。見間違いではなかった。


「あ、ああいや……」


 動揺を隠せなかった僕が言葉に迷っていると、アリシーはにこりと微笑んだ。


「ウェン君がね、『リッキーが女と二人きりで戯れて浮気してるぞ!』って言うもんだから、ちょっとランニングがてら寄ったんだけど……」


 そう言う彼女の目は、あまり笑っていない。というか、少し恐怖を感じる。


 で、アリシーの後ろからぴょこりと顔を見せたウェインは、僕を見るなりべーと舌を出して悪い顔を作っている。

 ウェンってなんだ、ウェインのあだ名か何かか。

 というか何が奇遇なものか。さてはこのクソ野郎、僕の行動を監視してやがったな。後でその舌引っこ抜いてやるぞ、絶対に許さん。


「ここ、シャインハートさんの家だそうだね。私は別に女の子と遊ぶのを否定するつもりはないんだけど、誤魔化すってのは一体どういうつもりなんだろうね?」


 眉をひそめた彼女に対し、僕は何と弁解すればいいのか言葉に詰まり、表情を強ばらせるしかなかった。


「あ、いや、ち、違うんだよ! 戯れてたとか浮気とかそんな、ああいうのじゃなくて」

「別に私とリッキーは恋人でも何でもないし、そこは気にするところ?」


 しどろもどろの説明を一蹴されて、それでも言い訳をしながら、僕はふと思う。

 最近自分がクズになってるなぁ、と。あとウェインは確実に後悔させてやると、心に誓った。


「――と、いうわけ、なんだけど」


 結局。真実をありのままに話すと、アリシーは深い溜め息を吐いた。


「うん。まあ、事情は大体分かってたから、からかってただけなんだけどさ」

「いでっ!?」


 アリシーはウェインの後頭部に拳骨をかまし、呻いた彼はその場にうずくまる。


「ウェン君、本当のこと知ってて嘘吐いたよね」

「ご、ごめんなさい!」


 ざまあみろ。

 謝罪するウェインにほくそ笑み、挑発するように舌を出してやった。彼は物凄い剣幕で睨んできたが、それも弱々しい。

 悪いことをすると自分に返ってくるんだよ、ウェン君。


「……リッキー?」


 その行為を視線で咎められ、僕は静かに挑発行為を止めた。うん、今のは大人気なかったね。

 こういう場合は何も仕返しせず、心の内で高笑いをするだけに留めておくべきだったよ。あははははは。


「ところで、私はそんなことじゃ怒ったりしないよ。ちゃんとリッキーが休めているならそれで充分だし。でもね、色々してくれるのは嬉しいけど、無理だけはしないでよね?」


 困った表情をした彼女は、やんわりとそう言った。


「無理はしないよ。ごめん、心配させちゃったね」


 流石に罪悪感を覚えた僕は、素直に謝った。確かに無理はしていなかったが、休む振りをして情報収集に勤しむというのはあまり頂ける行為ではない。アリシーを騙してまで行動するのは、違うよな。


「まだどこかに行く予定はあるの?」

「いいや」


 アリシーはまだ僕が動くと思っていたのだろうが、生憎のところ宛はここしかない。僕は首を横に振って意思表示をする。


「そっか。なら一緒に帰ろ」


 はにかんだアリシーが手を差し伸べてきたので、手を取った。少々汗ばんでいたその手は、彼女の温もりで優しく温かい。

 彼女は、リハビリのために走っていたのだろうか。それを聞くのはデリカシーがないから言わないが、きっとそうなのだろう。

 僕は彼女の手を強く握り、アリシーを大切にしよう、と口元を引き結ぶ。そうして、帰りの大地をしっかりとした足取りで踏み締め、“二人仲良く”歩を進めた。


 少しだけ間を置いて。


「おい、待ってくれよー!」


 後頭部を痛そうに擦っていたウェインが焦ったように追い掛けてきた。アイツは除外しておこう、ささやかな罰だ。

 舌を引っこ抜かれるよりかは、マシだろ。

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