二十一話 特訓の成果
今週は更新がさくさく進んだので、日曜日の0100にもう一話更新します!ぜひぜひ楽しみにしててください!(だからといって来週の更新は休みませんよ!?)
あれから一ヶ月が経過した。未だに能力の一つも使えない僕は、しかし焦りはしていない。
そういうものだと区切りを付けて、毎日欠かさず日課のトレーニングに励んでいる。朝六時に起きて、ランニング。配布所まで走り、食糧を貰って七時に帰宅して筋トレ。八時にルリさんが迎えに来るまでに準備支度を済ませ、学校へ向かう。
どうでもいい授業は寝て、休み時間にあっくんから講義を受け、少しずつ概念やら魔法の基本やらを学んでいく。それだけでなく、クラスメイトともそれなりに親睦を深めていった。
放課後も魔法を教えて貰い、帰宅したらルリさんの家で能力トレーニング。まだイメージに“力”を注ぐことができない。夜十時頃に帰宅したら、筋トレ。柔軟体操をして風呂に入り、飯を食い、寝る。そのサイクルを一ヶ月だ。
進歩したと言えば、イメージ力か。今は頭に単一素材の棒なら浮かべられるようになってきた。集中せねばイメージを保てないが、あの時と比べれば上達しただろう。筋肉はそれなりについたが、普段と大した変化は無いように思われる。あっくんとの練習での結果はお察しだ。
「ふぅ」
相変わらず形容し難い朝飯をかっ込んで、腹を一杯にする。別に美味しくはないが、不味くもない。食える味だ。
制服に着替えると、丁度八時。玄関扉を開ければルリさんが扉の前で微笑んでいる。毎日八時きっかりに姿を現す彼女って、どれだけ時間に忠実なんだとか思いつつも挨拶を交わす。
「おはよう」
「おはようございます、律樹さん」
ちなみに、家にある時計はルリさんが事前に用意してくれた物なのだそうだ。二十四時間、この世界も同じ時間感覚で日が昇って沈むので、丁度いいのだとか。なるほど納得だ、彼女は日本人としての知識もあるみたいだし。どうやって時計を運んだのかは分からないが、まあ聞く必要はなかろう。
「あれから毎日欠かさないんですね。偉いですよ、よしよし」
「ちょっ、母親じゃないんだから……。僕だって自分で決めたんだから頑張るよ」
こうして気に掛けてくれるのは、内心まんざらでもなかった。表だって嬉しそうにするわけでもないが、気分は悪くない。
「ねぇ。近頃はめっきり平和になってるけど、エクサルやグリーフの動きはどうなってるのか分かる?」
一ヶ月。この世界に一年周期があるのかは知らないので三十日で区切ってるが、もうそんなに時間が経過しているのだ。
だと言うのに。
レイジは知らんが、二人が動く気配はない。メリーさんは学校にも顔を出さないからいいとして、グリーフは職員室――違うな、竹内洋助に引っ付いて離れない。
好きというのは本当なのだろうが、あれが僕らを油断させる布石の可能性もある。グリーフに関しては、謎だ。すれ違っても挨拶をくれるし、一週間前に一度だけ話し掛けられたし。その時は戦慄が走ったものだが、「調子はどう?」と聞かれただけだった。何の調子だよ。表面だけでも、軋轢を生まないように尽力するのは大事だと思うんだけど、こう、なんだろう。心臓に悪い。
「エクサルは……そうですね。時折気配を感じることがありますが、すぐに消えてしまいます」
なんだそれ。
「気味が悪いね」
「ええ、警戒はしています。グリーフはいつも通りですよ」
「そっか、ありがと」
メリーさんには、要注意だ。尤も、僕が単独の時に狙われたらどうもこうもないんだけど。
後は他愛もない話の応酬で、学校までの登校ライフを満喫している。
最近では地理も分かってきた。学校までの道程と、配布所に大浴場までの周辺情報。風呂に関しては寮にあるから必要ないが、知ってて損もない。
分かるといっても、ここら一帯が『クフェル・ランプゥト地域』と呼ばれている……ってことだけなのだが。まぁ、地理授業の賜物だね。この調子で覚えていこう。
ちなみにルリさんに、ここ『クフェル・ランプゥト地域』って呼ばれてるんだねと言ったところ「へ?」と返された。可愛い。いやいやそうじゃなくて、知らなかったみたいだ。
誰が勝手に名付けたんだろうな、きっとどこかの中二病に他ならないな。
ルリさんの記憶はあれから一切戻っていない。懸念すべき事柄はグリーフのお母さん発言なのだが、後日ルリさんに聞いても答えは得られなかった。彼女も知らないそうだ。
きっと、何かしらのヒントにはなるのだろうな、と頭の片隅には記憶してある。え? グリーフに直接訊く? 無理だろうなぁ。ああ、でも機会があればダメ元で尋ねるのもいいか。やらないで後悔するならやって後悔した方がいいとは言うしね。
それから。
「おはよー」
教室に到着すると、早速挨拶された。この一ヶ月でクラスメイトとは溶け込んだが、より仲良くなったのはアリシード・ソニアとリニアル・ネルス・キルトナの二名。挨拶してきたのはアリシード・ソニアで、愛称がアリシーだ。僕が勝手に付けた。女の娘の名前なのでドを抜いた方が可愛らしいなと思ったからなのだが。あれっ、僕だけじゃないよねこの感性。
「おはよう、アリシー。いつもながら早いね」
「リツキが遅いんじゃない?」
淡い緑色の髪を垂らした彼女は、髪と同じ色の瞳をぱちりとまばたきさせた。えへへと嬉しそうに笑みを溢している。快活そうで何よりだ。
彼女は僕が付けた愛称を気に入っている節があるのか、好感度は高いみたいだ。嬉しいね。
「そうかな。てか僕の名前を言う時、カタコトになる癖は直らないもんかね」
「言いづらーいからなおらないー」
ふむ、言語の統一化とやらは上手い感じに翻訳してくれないのかね。固有名詞とかじゃ機能しないんだよな、別にいいけど。
「その内慣れるよ」
この間で、なんでもかんでも敬語を使う癖は直しておいた。何より相手がクラスメイトだし、敬語ばかりで話されると取っ付きにくいとセラさんが言ってた。当事者が言うならそうなのだろうが、僕の敬語は多少はくだけた部類だ。そこまで慇懃な態度をしているつもりはなかったよ。
故に、アリシーにもタメ口を使うわけだ。
「……で、魔法は使えるようになったー?」
「昨日も見たでしょ、全然だよ」
アリシーも、金魚のフンよろしく僕の練習に付いてくる。当然のようにセラさんも付いてくるので、僕、あっくんと合わせた四人で屋上に集まるのだが。うるさい。あっくんは「賑やかでいいんじゃない」と言っていたが、僕からすると困ることが多い。
集中している時にセラさんに邪魔されたり、あっくんから説明を受けている最中にセラさんにくすぐられたり、アリシーとセラさんの喋り声がうるさくて耳障りだったり。セラさんは特に邪魔だ。
――よし、セラさんは今日から屋上立ち入り禁止だ。アリシーは許す、別に居る分にはうざくはないからね。
リニアル・ネルス・キルトナはまだ来てなかった。通称キルトナと呼ばれる彼も彼で遅刻魔だからな。分かると思うけど、男である。
……名前に関しては難しいところだ。あっくんは名無しの権兵衛君だから抜きにするとしても、アリシード・ソニアはアリシードが名前でソニアが苗字なのに対して、キルトナはリニアルが苗字、ネルスが家名、キルトナが名前だ。よく分からん。向こうからすれば僕の氏名が一番謎だろうが。
「おはよう、あっくん」
「うん、おはよう鈴峰君」
隣の彼にも挨拶は怠らない。僕の専属先生なわけだし、礼儀はしっかりというやつだ。これは金を取られてもおかしくないぞ、その場合は身体で返却するのでホモでなければ妥協することをオススメします。
◇
放課後。魔法練習を見学したがっていたキルトナが遂に来なかったため、僕ら四人は屋上へ移動した。セラさんを拒まない辺り、僕もなんだかんだ彼女のことは嫌いではないのだろう。
実際、真面目ばっかりで切り詰めてたら精神が狂ってしまいそうだし。
「じゃあ、今日も同じようにやろうか。何事も反復が大事だからね、めげずにやろう」
優しいあっくんの慰めも半ば、災害の力を身に付ける特訓がスタートした。
やることは簡単だ。やり方はルリさんのに似ているが、下位互換みたいなもの。つまり、強制開花だ。あっくんの固有能力を肉体に受けることで、災害の力を無理矢理呼び覚ます訓練。少しやったら、道具無しで災害を生み出せるようにする訓練だ。感覚としては、道具の感覚をそのままに生身で使えればいいらしい。僕が行うのは雷、それが一番イメージしやすい。
方法が正しいのかは誰も知らないが、やらないよりはマシだ。加えて言えば、開花してしまえばこっちのもんだ。習得さえしてしまえば、修練能力値を底上げするだけで力が増加していくのだから。
「あっ! 今日はアリシーサイドテールにしてきたのね、似合ってるわよそれ」
「ほんと? えへへ、セラに褒められたの初めてかもしれない」
「他も可愛いんだけど、イマイチなのよね」
「そっかぁー、明日もサイドテールやろうかなー」
「私も髪型変えてみようかしらね、サイドテール辺りに」
「あたしのパクリじゃん!」
やっぱりうるさい。最初の方はまだ良かったが、一ヶ月も騒音が続くとなると微笑ましい光景も雑音としか取れなくなってくる。
あれがルリさんだったら全部許してるんだろうな……、可愛いから。可能であればルリさんのサイドテールも拝んでみたい。
「じゃ、始めるよ」
おっと、訓練中の雑念はなるべく払わなくては。自分のためにもならないし、時間の無駄になっても泣きを見るのは僕だ。
「はい」
訓練中は流石に敬語だ。あっくんは気にしていないが、魔法を教えて貰う身、タメ口では個人的に収まりが付かない。
あっくんと僕は握手を交わす。僕が左手、彼が右手だ。これから、彼の右手から微弱の電流が通るのを五分間耐えねばならない。
……バチり。
その音を境に、全身が電流により硬直した。筋肉が固まり、痙攣する不快感。神経が異常をきたしているようで、痛みよりも痺れが先行する。ぶっちゃけこれにも慣れてきたが、辛いことには変わりない。
だのに、雑談をして遊んでいる二人の声量は僕の耳へと容赦無く侵入してくる。この野郎、僕が魔法を覚えた暁には色々嫌がらせしてやる。
五分経つと、次は魔法を放つ練習に移った。いつも通り、今日も同じように雷を意識する。三本目の腕を意識だ。あっくん曰く、「僕が『四源の力』のどれかを使えればよかったんだけど」とのことだが、別に彼が悪いわけじゃないさ。元より無理なお願いをしているのは自覚してる。
ちなみに『四源の力』は、災害四種の力の総称である。
「さて」
固有能力とは違い、害力はどれも例外なく自身のエネルギーを大量消費する。応用だ、ピアスの行程を自力で行うにはエネルギーが必要。
「――ハァ!」
右手を伸ばし、気合いの一声。
確かに、手応えを感じた瞬間だった。
心臓から腕に『エネルギー』が移動する感覚。あっという間に放出された雷は、うねりながらセラさんの目と鼻の先を掠めて柵に激突した。
落雷が劣化して小さくなったような、そんな音がして。電気が、柵から迸る。
「――え?」
放心、である。数十秒間は静まったであろう空間を裂いたのは、「凄い!」と叫んだあっくんだった。
セラさんは、血の気が引いた表情で僕を睨んでいる。アリシーは無言。僕は、まだ事態が掴めてなかった。
だが――成果は出た。今、確かに僕は、迅雷の害力、サインダを放出するのに成功したのだ。
喜びも束の間。
「……?」
ぐらり。疲れと目眩が発生して、僕は地面に倒れてしまった。
今日の練習はそこで終了となった。
寝惚け眼で辺りを見回すと、そこは保健室。……気絶してたのか。懐かしいなと感じていると、横でセラさんが不機嫌そうにしているのが見て取れた。一先ずスルーしよう。
身体を反転させると、アリシーがいた。
「あ、おはよう」
「……はは、気を失っちゃったみたいいいだだだ!」
後ろから羽交い締めにされてる。ちょっ、ま、僕弱ってるの、腕折れる折れちゃう。
「……挨拶の前に言うことあるわよね?」
なんかあったっけな……。精々雷でセラさんを打ち抜きそうになったくらいで、他は何もしてなかったよね。はは。
「ごめんなさい」
「こっち見て謝って」
魔の手から解放された僕は、おそるおそるセラさんに視線を合わせた。
「でもセラさ……あっ」
再度お腹の傷で相殺してやろうと試みた矢先、髪の毛が短くなっているセラさんを見付けてしまった。
大事そうにしていた、金色の直毛が――ミディアムくらいになってる。元はロングだったのに。
もしかして、電撃が掠めた時に焦がした? そんな馬鹿な……。
「でも、なに?」
「ごめんなさい」
弁解も言い訳も無理だった。僕は女性の命とも言われる髪を電撃で貫いてしまったのである。これがセラさんでなく、ルリさんだったらどうだろうか。僕は自殺します。
「……まぁ、許すけど」
だけど、と彼女は続けた。
「次からは絶対に人に向けて練習しないこと。今回は髪の毛で済んだからいいけど、直撃したら洒落にならないわ」
ごもっともです。でもまさか出るとは思ってなかったんだよ。どうせ今日も不発で、また明日やろうかー、になると思っててさ。言い訳になるから言わないけど。
「その……髪」
「いいわよ。その代わり、あの時のはチャラにしてよね」
十中八九、僕の腹を刺したことについてだ。彼女も負い目を感じていたんだろう、これも何かの機会だ、チャラにしよう。
「分かった、そうしよう。ごめん、次から気を付けるよ」
さて。
――僕が気絶してしまった理由は、単純に力の使い過ぎだったらしい。保険医を連れて保健室まで戻ってきたあっくんの診断だ。
初めてのことだったし、力の配分を考えられないのも仕方ないよとフォローしてくれた。
「加減……。一回ずつの工程に全力を懸けてたつもりだったし、そんなもんか」
試しに軽い感じで電気を出してみようとすると、右手に微弱な電流が流れた。どうやら、一度成功してコツさえ掴めばそれなりの制御もできるらしいな。ただ、屋上での雷が最大出力だと、まだ大したことには使えそうもない。
ベッドの上で何回か雷を生み出して、感触を確かめた。保険医には少し休んでから帰りなさいと言われたので、あっくん達には先に帰ってもらっている。
調子に乗って電気を使い過ぎて、また倒れたら笑い者だ。今日はもう帰ろう。ルリさんが待ってることだし。
弱い電気を何度か放出させつつベッドから出る。
僕も、これで能力者だな。
◇
あれから更に一週間。
一つそういった概念を使えるようになると、一気に視野が広がった。以前より電気を多く出しても調子に乗らなければ気を失ったりはしなくなったし、力の使い方も上手くはなっている。
先日、あっくんは電気を常に纏っているので疲れないのかと聞いたら、「固有能力だからね」と答えられて素直に納得したのも、自分が同じような力を使えるようになったからなのだろう。
彼の電気は、彼の体力や気力を元に電気に転換しているわけじゃなかったのだ。僕の使う電気は通常能力のサインダ。自身の身から電気を生成するので限界がある。
なのにどうしてコツを掴んだのかといえば、それは勿論セラさんのピアスのお陰だ。電気を溜めたピアスで放出するそれは、サインダと似た原理。違うのは、電気を吸収するか作るかの違いだ。
……とかね。使えるに到達する原因を探るのも、無駄ではなさそうだ。視野が広がれば練習の幅も広まるし、もしかするとイメージに力を注ぐということも今までの経験からヒントを得られるかもしれない。
「律樹さん、晩御飯ができましたよ」
「今行くよ」
ルリさんに呼ばれて、僕は意気揚々と寝室からリビングへと向かった。あ、ちなみに今日もちゃっかり彼女の部屋にお邪魔して夜を迎えてます。別に変な意味じゃないです、変なことはまだできないし。まだ。
ここ、寮なのに一部屋だけじゃなく寝室まで付いてるって豪華だよなぁ。学校の規模を考えるとそれにも頷けるが。
最近では毎日彼女の手料理を食べている。夫婦みたい……いかんいかん、僕は力を教えて貰う身だ、変なこと考えたらいけない。
今日のメニューは、目玉焼きとステーキに紫色のサラダだった。米はなく、代わりにもちっとしたパンみたいな食感の黒い塊が主食として置かれていたが、いつものことなので気にしない。配布所から渡される食糧はいつもバラバラなのだ。
普通に旨かったな、これはお店出せる。
「今更だけど、いつもご飯作ってくれてありがとう。ルリさん」
「いえ、律樹さんには元気になって頂かなければいけないですからね、沢山食べるんですよ」
だからお母さんかって。
「それでは、始めますか」
上機嫌気味な彼女は、食べ終わった食器をさっさと片付けた。手伝う暇も無かった。
ルリさんには、電気が扱えるようになったことは報告している。喜んでくれた半面、それが邪魔になるかもしれないと危惧していたが。
その概念だけに囚われるってやつだろう、そうならないように努力しなければ。
「今日は少し、趣向を変えてみようと思います」
単刀直入に言った彼女は、別の練習方法を提案した。
それは、サインダを得た経緯と今の僕の考え方を活用した、新たなトレーニングだった。内容は、“一度強制的に力を注がせてから”、自力でできるよう練習すること。あっくんの時と同じだな。あれで成果が出たのは確かだし、やってみるのも良い手か。
ルリさんは、似たようなことを僕の肉体に起こすのは可能だそうで、すぐにでも試してみることになった。
「準備はいいですか?」
僕の胸に右手を当てた彼女は、合図を取る。いいよと言うと、彼女は数字の三からカウントを数えた。
――ゼロ。という声が耳に届いたのと一緒に、全身から何かが“奪われた”ような感じがした。
――これ、どこかで似たような。気分が悪い。しっかり構えていた僕は、心がぽっかり空いてしまうような喪失感を味わっていた。
「どうでした?」
と感想を聞いてきたルリさんに、こう答える。
そう、今のは。あれだ。
「カオナシに“奪われた”のと――似てる」
あの時は必死で、気にしていなかったのもある。だが、この言い知れぬ怖気は……。
「前にも言ってましたね。カオナシとは、どういった敵なのでしょうか?」
そういや、説明はしてなかったか。
僕はなるべく簡潔に説明する。カオナシが僕の身体を奪ったこと、精神世界に閉じ込められたこと、似たような感覚があったこと。すると、彼女は納得のいった顔で頷いた。
「ええ、そうですね。そのカオナシは、律樹さんを燃料に活動していたのだと思われます」
ルリさんの眦がぴくりと吊り上がった。あれ、怒ってる?
色々無茶してたのは謝ります。謝るから許して。
「全く同じではありませんが、私の力と似てはいますね。力を使うということは精神を削るのと同じなので、使えば使うほど喪失感は現れます。怖気を感じたのは、自らの意思の外から力を使われていたからでしょう。案外、たった一ヶ月で電気を使えるようになったのも、そのような異常とぶつかり合っているからかもしれませんね」
ルリさんはそう言った。
そうか、カオナシにやられたあの感覚が使えるのかもしれないのか。
……やってみよう。
トラウマに至ったかは分からないが――散々痛め付けられた《インビジブル・スレッド》は打撃系統の技だ。意識を統一させ、右拳に力を入れようとすると、ルリさんに手首を掴まれた。
「待ってください。律樹さんなら或いは成功させられるかもしれませんが……今のままだと、死にますよ?」
「あ、そうか」
僕は、技を放つ時はいつも全力で練習していた。雷のパターンと同じであれば、一撃放てたと同時に“精神が消滅”する。全力だから、一回に全てを使ってしまうかもしれないのだ。
気を失うならまだしも、たかが練習如きで精神を壊してしまったら目も当てられないぞ。
力を少し抜いて試そうとしたら、また止められた。
「いえ、そういうわけでもありません。完全に御せるようになるまでは、私の力で練習して貰います」
「それって、ルリさんの精神を……」
「ええ。断られると思って今まで黙っていましたが、もう文句や意見は言わせませんよ。放っておけば律樹さんは必ず一人でやってしまうでしょう? 失敗してからでは遅いんです。ですので、私に頼ってくださいね。これは私からの頼みです。お願いします」
頼ってくださいねをやたら強調した彼女は、有無を言わさぬ笑顔を突き刺した。正面から怒られるよりも鋭いよそれ。
てかそこまで信頼されてないのか。でも、だとしても、ルリさんの精神を練習台に使うのはやりたくない。
元は自分で言い出した手前、後には引けないのだが……。自分でやるって言ったら、きっと呆れられるんだろうな。
僕は彼女一人に無理はさせないと言った。彼女は逆に、僕一人にも無理はさせたくないと思っている。
当たり前だ。自分の吐いた台詞も守れないようでは、人間としても失格だ。
だけど。
彼女の力で練習をするのだとして、それは負担になるんじゃないのか? ルリさんは自分の無茶を顔に出さない。それに僕が気付けるかどうかも、確証はないのだ。
「どうしても、駄目ですか? 安心してください、この体には一切の負荷はかけません」
「そうじゃないんだ。そうじゃない。僕は、ルリさんに負担を与えたくないんだよ。宿主の人じゃなくて」
「大丈夫です。力も使い過ぎさえしなければ回復します、心は消耗品ではありません」
本当にそうなのだとしても。
あんなルリさんを一度でも見てしまったら、軽々しく力を使わせる気にはならないよ。
僕は、正直怖い。彼女が倒れて、もしも完全に消滅してしまったら。もうどうしようもないんだ。
あの日を使われた時、彼女は僕以上に疲弊したはずだ。技だけでなく、何らかの力で、いちいち傷を癒してくれていたのはハッキリ憶えている。
ルリさんは痩せ我慢が過ぎる。そして本当に大丈夫そうに見えるのだから、尚更質が悪い。
――仕方ない。負担をかけたくないのなら、僕が、一発で覚えりゃいいんだ。
「分かった、やろう。でもねルリさん。これだけは頭の隅に入れて欲しいんだ」
「なんでしょうか?」
「ルリさんが倒れるのはもう見たくない。なるべくなら、少しでも消耗して欲しくはないんだ。特訓初日にトラウマを植え付けてくれた時、自分のことで精一杯だった僕と違って、ルリさんは最後まで僕を気遣ってくれた。でもあの時、一番苦しかったのは僕じゃなく、ルリさんだ。二度と、そんなことはさせたくない」
「その気持ちだけで、私は満足していますよ」
そう言って心の底から笑顔になれてしまう彼女は、儚い。目を離したら、いつの間にか消えてしまいそうだ。
「僕は満足してない。力を借りなきゃ始まらないのは確かだけど、頼り過ぎるのも嫌だ」
「我が儘ですね。では、律樹さんはどうしたいんですか?」
決まってる。
「一回でいい。一回だけルリさんの力を借りたら、それでマスターする」
空気が、時間が止まったような気さえした。彼女は困り果てた表情で、僕を睨んでいる。
品定めしているみたいだった。まるで採点でもされているようだった。
しばらく考えていたルリさんは、ようやく口を開く。
「貴方に、それができると言うのですか?」
冷酷な問い掛けだった。
ルリさんは本気だ。僕が一発で成功させなければ、その場で見捨てるとでも言いそうな、睥睨の眼差し。
「できるできないじゃなくて。やるんだ」
それに、僕は覚悟を持って答えた。今のはエステの受け売りだけど、軽口じゃない。本気でルリさんの力となりたいのなら、それぐらいの気概は持って挑まなければ、話しにすらならないのだ。
「そうですか。全然駄目ですね」
僕の言葉を一蹴したルリさんは、後頭部をガッシリ掴んで引き寄せてきた。視線のすぐ先には、ルリさんの強烈な眼光が待っている。可憐で儚い女の子とは到底考え付かない、猛者の眼が。
「ですが、信じてあげましょう。さて、私からは一つ忠告です。今後、もし私のいない場で《インビジブル・スレッド》を練習したら、私は貴方を一生許しません。例えそれで技を習得できたとしても、一生口を聞きませんよ。分かりましたか?」
これをやってきた相手がルリさんじゃなかったら、ちびってたかもしれない。
「は、はい。分かりました」
頭の端っこで一人で特訓して身に付けてやろうとか思ってしまったのは、無しで。ノーカン。
「よろしい」
思わず、咄嗟に敬語を使用してしまった僕に、彼女は何も突っ込んではこなかった。
最近、二人で話していると剣呑な空気になってしまう機会が度々ある。そんな時間だけど、嫌な気はしない。彼女はいつも真剣に取り合ってくれるし、僕も個人的な妥協はあまりしない。頭ごなしに否定されたり、逆に意見を押し通したりもしない。普通に怒られるし厳しかったりするけど、意見自体は汲み取ってくれるし、二人の妥協点まで話し合える。
それが終われば穏やかで暖かい空間にちゃんと戻ってくれるのだ。
ここに来た当初では、予想も付かなかった展開だろうね。それでいい。ルリさんは、少しずつだけれど僕に心を開いてくれている。
違和感を感じる時もあるが、偽物の仮面は、薄れつつある。
決して口には出さないし、出してはいけないのだろうけど――今の生活は、そうだね。幸せだ。
生きてるって気がする。あの頃は――元の世界の僕は、決して死んじゃいなかったけど、生きてもいなかった。
さあ、頑張ろうか。
「準備はいいよ。ルリさん」
「はい」
今日も、ルリさんとの特訓は始まった。
◇
鈴峰律樹がエルリアと特訓していた、丁度、その頃。
雲の遥か上で、漆黒の空に隠れて紫色が飛んでいた。
巨大な両翼が広がり、刺々しい胴体の黒紫が見え隠れする。その姿は、龍。禍々しい二つの眼に、剥き出しの牙。
かつて戦争に使われた、『三頭龍』が一匹、【ローギング】が大空を優雅に羽ばたいていた。
「ふふん、ふふふふん、ふふふ」
龍の背中に乗る一人の幼女は、特に意味を持たない鼻唄を鳴らしてペチペチ【ローギング】の甲殻を叩いている。
「おい、やけに元気じゃあねーか。エクサル」
その前で背中にしがみ付いている男は、地面が遠すぎて血の気が引いていた。
「ようやくアヤクスィダントから受けた傷が回復したんだよ。何をされたのかまでは解明できなかったけど、次は同じ手は喰らわない」
「はぁん、大した自信だな。――で俺はどうすりゃいい。コイツもけじめだ、あの野郎をタコ殴りにすることにはするが、敵は一人じゃあないんだろ?」
幼女は幼女で愉しげに、だが片方の男は覚悟を固めた殺気を周囲に送っている。
「そ。何のために偵察したかはエステも分かるよね」
「そりゃあ、な」
「うふふ、うふ。アヤクスィダントは気付いていてもグリーフは私達が近くに来ていることに気付いていないのだから――うん、うん。いいこと考え付いた」
面白そうに顔を歪ませた幼女は、今度は男の背中をバンバン叩き始めた。これまた愉しそうに、愉快な笑い声と共に。
「勿体振らねぇで早く言え」
多少苛々していた男だが、そこは我慢。こんな雲の上で喧嘩をしても、いいことはないと分かっていた。
「朝、アヤクスィダントは律樹君を学校に送り出して、必ず自分はどこかに一人で残る。私が狙っているのはアヤクスィダントで、アヤクスィダントは私が狙っていると気付いてるから」
だから、と幼女は言った。
「私の学校に登校してくれている律樹君と、グリーフを先に潰しちゃう。学校ごと沈めるつもりでいくよ、死ぬかは分からないけどね。……アヤクスィダントは分かってない、私が律樹君も狙っているってことに。んふふっ」
「――えげつねぇな」
「レイジの姿が見えないから不安だけど。グリーフは今の私には絶対に勝てないし、でもアヤクスィダントと手を組まれていても困るから、先に食べちゃうだけ。えげつなくはないよ」
「そうか。じゃ、俺は学校の跡地にでも落っことしてくれりゃいいからよ」
よし、と意気込んだ男はポケットから薬を取り出した。
「ん? なにそれ」
気になったようで、幼女は興味深々で薬に目を向ける。
「秘伝の丸薬だ。効果は十時間後から丸々一日。コイツは俺の身体能力を強制的に開花させる。咄嗟には使えねぇが、奇襲には最適な薬なんだ。俺が生き残ったグリーフと戦うことも想定しなけりゃいかんからな」
わざわざ薬の説明を丁寧にした後、口の中に放って飲み込んだ。効果を聞いた幼女は、「ふぅん」と一言だけ呟いて、自分にもくれとは言わない。
彼女には開花する潜在能力など、一つも残っていないからだ。準備万端、常に最高のパフォーマンスで幼女は挑む。
「じゃあ、私は一撃入れて学校潰したらアヤクスィダントの方へ向かうから、エステは二人の相手を頼むね。律樹君はあっさり死んじゃうかもしれないけど油断ならないだろうし、グリーフも一撃の奇襲で死ぬに至るかは分からないから」
「任せろよ、これでも俺は強い方だ」
「分かっているよ。任せられそうじゃなかったら言わないよ」
二人の奇襲者は作戦を練りながら、更に空高く昇っていく。
「お前は何の心配もなく、アヤクスィダントを叩き潰してこい。お前をあそこまで傷だらけにするやつなんか、想像付かねぇからな。俺はそんなのとやりあうのは御免だ」
「分かった。エステ、くれぐれも死なないでね。これでも今の私は、貴方のこと嫌いじゃないから」
「へぇ、そりゃどんな風の吹き回しだよ。エクサル」
「そのままの意味だよ。私は貴方が嫌いじゃない」
「そうかよ」
決戦の時は、迫っていた。




