二十話 能力基礎
少し広い場所が欲しいということで、僕ら“三人”は屋上に来ていた。
お察しの通り、セラさんも一緒に着いてきている。彼女は後ろから僕とあっくんの肩を頻りに叩いていた。
「ちょっと、着いてきたのは百歩譲っていいとしても、何で肩まで叩くんですか」
「いいじゃない、魔法でしょ? 私は直接見たことないから楽しみたいのよ」
帰れ。そもそもセラさん、一番ヤバイ人物と親密に絡んでいたじゃないですか。
「いいんじゃないかな、邪魔にはならないし」
若干顔を引きつらせながらも、あっくんは僕に囁いた。小声の辺り、快くは思ってないな。
「じゃあ、始めるよ。最初の数十分は説明だけで時間取るけど、ちゃんと聞いててね」
僕は頷いた。
ここに来て、初めてファンタジーの要素を直接的に実感したかもしれない。こういうイベントは、もっとこう、早く訪れてはくれないものか。異世界に訳も分からず転生してしまった人が、そこの住人に魔法を教わる、みたいなさ。住人じゃないけど。
僕の場合、順序が狂っていた。ファンタジーに触れはしたけど、僕は何も知らない。力の差は歴然、雲泥の差もいいところで今まで戦ってきたし、昨日もそうだ。
創作物語のお約束が現実で通用しないのは当たり前だが、最初に欲しかったよ、うん。
喩えると、勇者を冒険に送り出したただの村民が魔王と戦わされるようなもんだ。
「まず。僕の世界での常識というものを話さなくちゃならないね――」
さて、愚痴は止めだ。彼の言葉を反芻して、少しでもいいから纏めよう。
“能力基礎”。彼の住んでいた世界では、身体測定と同じように能力値を測り、人間を数値化して区別していた。
潜在能力値、固有能力値、修練能力値の三つからなる値で人間は評価される。
潜在能力値は人間が生まれた時から決まっている力で、一から十段階評価で決まり、生後から死後までその数値が変動することはない。
固有能力値は、文字通りその人物しか使えない能力のこと。数値は無と有の二つしかなく、その世界に住まう大多数の生物は無判定となっている。
修練能力値は、努力や研鑽をすればするほど能力値が上昇するもので、実質この値の高さで人間が評価されるといってもいい。前述の潜在能力値は、修練能力値と掛け算方式の上昇率を見せるが、潜在能力五以上のレベル判定を受けた者は『六聖』と呼ばれてしまうほどに稀有な存在で、一から三の潜在値が一般的だ。
次はレベルではなく、能力系統の説明だ。
過去、その世界は酷い“災害”に見舞われたことがあるらしく、それが起きてから唐突に能力が人間にも表れるようになったのだとか。
能力は四系統あり、“災害”に何らかの所縁がある。
『津波の害力』は水を操る。
『地震の害力』は振動を起こす。
『暴風の害力』は風を生み出す。
『迅雷の害力』は雷撃を走らせる。
と、系統を表すとこうなる。修練次第ではどれも身に付けられたが、何の因果か得意系統以外の属性は例外なく苦手になるらしく、大した力は期待できない。
以上。はっきり言わせて頂くと、「それこそが異世界だ!」と高らかに叫びたくなった次第であった。冗談抜きでどこかの創作作品に出てきそうだ。どうせ、そんな世界の主人公は素晴らしい固有スキルをお持ちで、敵をばったばった倒して行くのだろうが。
「こんなところかな。じゃあ、まず。僕らの能力の概念を教えたところで、僕の能力値を言うよ」
あっくんの潜在能力値、ゼロ。固有能力値、有。修練能力値、ゼロ。僕はある意味驚いた。
ゼロって、規格外かよ。
「その電気は固有能力なんだね」
「うん。僕の場合は災害よりかは肉体強化と同じだし、『サインダ』とは違って電気を飛ばす真似はできない」
では僕にその数値が当て嵌まるのかと問いをしたところ、分からないと答えられた。けれど、修練能力値に関しては僕にも関係はあるかもしれないとのこと。
さて。当面の問題なのは、努力云々ではなく、どのようなプロセスで魔法を放てるに至るのか、である。他世界人の僕が魔法を扱いたいのだとしても、元々の概念が肉体に携わっていなければ努力のしようがない。
彼は固有能力しか使えないので、直接僕に魔法を叩き込むのは厳しいという。
それでも、僕が魔法を手にしたいのならできる限りの努力は行う。それが大まかな話の流れだ。
ちんぷんかんぷんのセラさんを置き去りにした僕は、毅然とした態度を持ち続けた。予想通りだ。端から簡単に魔法が手中に入るとは思っちゃいない。そういう環境があるだけであって、僕が使えるとは限らないのだ。
ルリさんに長時間ボコボコにされても手に入れられない力だ。話を聞いただけで使用できるとか、甘ったれた感情は前世(前の世界)に置いてきている。
とにかく頑張るしかない。
「あっくんは、どんな感じで電気を操作してるの? 参考までに聞いてみたいね」
「どんなって……例えば?」
随分と難しい質問を返してくる奴だ。具体的に言えたんだったら、とっくに実践してる。
「僕が腕を動かすみたいに、だよ。あっくんの電気操作は僕が歩いたり物を掴んだりするように、必ず決まった操作方法があると思うんだ」
「なるほどね」
教えろったって、口で説明するには限界があるか。僕だってどう腕を動かすのか正確に把握してはいない。
試しに頭をフル回転させてみても、筋肉を動かしてるんだよ、くらいの回答しか考えつかなかった。じゃあ筋肉はどうやって動かしてるの? とか追求されたらお手上げだ。それと“能力”は似た部分があるのだろう。尤も、電気の扱いがそこまで自然に扱えるという前提の話だが。
「適切な説明をしてあげられるか微妙だけど、こうかな。鈴峰君は、意識せずとも息を吸ってるよね? 意識しても吸えると思うんだけど。同じように、僕は意識しなくても右半身を常に電気が駆け巡ってるんだ。けれど、意識して電力を操作することも可能なんだ。感覚としては息を沢山吸う要領だね」
予想外に適切だった、分かりやすい。
同時に非常に落胆した僕は、頭を抱えた。
どうして残念がるのか……つまりだ。固有能力である電気は、彼に備わった自動制御付きのオリジナル機能で、その能力は僕にはない。で、ないものを意識して使用できるわけがない。
電気を呼吸器に置き換えるならば、僕は呼吸器がないので呼吸ができないってこと。単純にして明快だ。
「ありがとう。少なくとも、あっくんの固有能力は参考にならないね」
「かもね。難しいなぁ……」
一縷の希望にすがってはみたものの、結果は残酷だ。
「ねぇ、あっくん電気操れるんでしょ? 折角だし私にも見せてよ」
真面目に悩んでる自分を他所に、目をキラッキラ輝かせているセラさんが割り込んできた。ちょっと殴ってもいいかな。いいよね。
「いいけど、地味だよ」
淡々と返事をした彼が右手を前に突き出すと、先程見たのと同じように指先に電気が集まった。青白く発光する電流が五本の指の間を走る光景は、悔しくも美しい。
瞠目した様子のセラさんは、素直にすごいと褒めている。ああ、実演を鑑賞したのはそれで初めてだったね。
微妙な無力感に苛まれた僕は、一人項垂れていた。いくら頭では分かっても、身に一つも成果がないとなると精神的にもちょっと辛い。頓挫しそう。嫌でも諦めないけど。
すると。
「簡単じゃない」
ばちりと。手のひらから紛うことなき青の雷を発生させたセラさんが、にんまりと口端を広げた。
僕は、驚愕のあまりに顔面蒼白だった。ついでにいえば、あっくんは口をぱっくり広げて固まっていた。胡乱な視線を隠せもしない、いや、信じられるわけがない。僕が全力で考えてそれでも無理だと悟った固有能力を、彼女はいとも簡単に見せてくれちゃったのだ。十秒放心して、僕は感嘆した。しかも、魅せられてしまった。
「私が今やってみせたのはあっくんみたいな高尚な力ではないんだけど、何も全く同じ力を実戦する必要はないの。だから私にもできるのよ? そんなに驚かれても困っちゃうじゃない」
セラさんは余裕そうだった。しかもちょっと自信ありげ。まるで僕の頭が団塊世代のおっさん並みに頭が固いから何もできやしないのよとでも言われた感覚。
実際、そうなのかもしれない。今コイツはなんと発言した。同じ力じゃない? なんだ、では似たような全く別種の力……なるほど。
「セラさん、あれですか。過程は違えど、結果が同じであると」
「同じじゃなくて、似たような結果ね。私個人には何の力もないけど……今回は、そういう道具を使ったわけ」
そう。
道具。道具だ。前世の頭の良い人間達は、魔法や能力を使えない代わりに道具を手にした。戦う道具なら、銃、弓、剣。核兵器や乗り物、毒。何から何までオール道具だ。
大切なことを忘れていた気がする。僕は、頭が岩石のように固かったみたいだ。自分の身体で能力を使うだなんて、どうして最初に考え付いたんだ。
――ああ、他の奴らがバンバン魔法とか使っていたからか。エステだけは道具を使っていたが、能力ありきだったし。
人間は、環境に応じて無駄に順応しようとしてしまうらしい。道具か、単純だった。
「雷を生み出す道具を持ってるの?」
開けっ放しの口を閉じたあっくんは、そう訊いた。
「生み出すというか……」
雷を操る道具、僕の世界では存在しない。少なくともセラさんの身体より小さい機械で電気を生み出してしまうような逸品は、ね。しかも、言われなければ彼女が道具を使っているのかどうかすら気付けなかった。
今も、どこに隠しているのか検討も付いていない。
「……あ、もしかしてそれが?」
どこにあるのかと、見方によれば変態に間違われてもおかしくない目で彼女を舐めるように見ていると、案外簡単に見つかった。
銀色のピアスリング。意識してようやく気付いたが、彼女は屋上に上がるまで耳のどちらにも装飾品は付けていなかった。右の耳たぶに一つ、決して豪華とは言えない銀が垂れ下がっている。そんな物がただの装飾品の類であるならば、わざわざ屋上で付けたりはしないだろう。あるとすれば、それしかない。
「よく見てるのね。一端の女の子として、男の子が細かいところを気付くってのは中々高感度が上がることなんだけど、もしかして変態?」
「あっれぇ前後の文脈がおかしいですねぇ……」
自覚はあった。けど、自分で思うのと他人に言われるのでは違うと思うんだ。
なので、流すことにした。
「そのピアスが道具なんですか?」
「ええ、まあね」
流してくれた。
ぱさり、首筋に手をかけて髪をかきあげる動作は綺麗だ。僕を変態呼ばわりしたり腹をナイフで抉ったりさえしてこなければ、もっと綺麗なのに。
「電気、か。魔法との違いが分からないですね、さっぱり」
僕の世界でのピアスは装飾品以外の何物でもなかった。だが、セラさんが付けているピアスはそれはもう華麗に電気を操ってみせた。
前に、発展しすぎた科学は魔法となんら変わりがないという名言だか迷言を聞いたことがあるが、まさにそれだ。僕にはそれが魔法にしか見えない、スタンガンよりも使い勝手がいいぞそれ。
「魔法との違いは、律樹君にも使えることね」
簡潔にするとそうみたいだ。先端恐怖症とかでピアスの穴を開けられない人間でなければ誰でも使えるし、動かせる。
なんて便利な。貴女の世界の科学力は一体どこまで発達しているのか知りたい、きっと戦車とか見たら「ふっるー! 今頃はロボットだよねー!」とか平然と抜かしそう。
とにもかくにも、先程抱いた認識は改めなければいけないな。セラさんごめんなさい。土下座でも土下寝でも土下仰向けでもしますんで許してください。
「セラさん、それって電気を操れるだけじゃないよね? 僕が電気使ってたから真似しただけなんでしょ。簡単ってことは、今初めて使ったみたいな言い方だったし」
僕がどうにかしてピアスを譲ってくれるのか考えていたところ、あっくんは鋭いところを突いていた。一理あるな。たまたま雷を操るピアスを持っていたとは考えにくい。それともこれに似た道具を大量に持っているか、だが……この線は薄いな。
「あ、ごめん。そうよ、私が身に付けているピアスは指定したエネルギーを吸収する装飾なのよ」
なんでも、電気だか放射能だか魔力だかオーラだか、およそエネルギーと呼べる力はピアスに吸収し、意のままに使うことができるらしい。使い勝手がいい分吸収総量は少ないし、自分に害のあるエネルギーを蓄えてしまうと色々とまずいのだが、戦いに使わない分には困ることはないと。
「ください」
「律樹君話聞いてた? 戦闘には使えないのよ。あっくんの微弱な電流もほんの少し掠め取るくらいの力しかないんだから」
ある一時は戦争用にもと研究が進んでいたのだが、エネルギー積載量が圧倒的に足りないのが解消できないのだそうだ。充電式単三電池を一本持ち歩く感覚か、心細いな。
耳に手を添え、ピン、とピアスを外した彼女。あれ、くれるんですか?
「今だけ貸してあげる。こんなのでも能力に触れる、という点については一歩前進できると思うよ」
「セ、セラさん……ありがとうございます」
めちゃくちゃ嬉しかった。
僕は正直な話、彼女を馬鹿にしていた。ただただ悪戯に僕の内臓を刃でまさぐり、色目を使って貶めようとしてくる傍若無人淫乱女かと思っていた。淫売めとも思ったし、雌豚かとも思った。けれど違った、彼女は優しい優しい淑女だったのだ。
許そう。魔法が経験できるとあらば、僕の腹など何度まさぐってもらってもいい。素手までオーケー、刃物はダメ。
「そこはかとなく失礼な表情をされてる気がしたんだけど、気のせいよね」
「気のせいです」
こうして借りたピアスだけど、借りパクしたらどうなるんだろう。次の日学校来たら血祭りかな。あっくん辺りには愛想を尽かされそう。
……。
どうやって付けるんだコレ。人生を振り返ってみれば、ピアスを付けたことなんて一度もなかった。だから穴すら空いてない。
黙って手にしていると、催促された。すみませんちょっと待ってください初めての経験で困ってるんです、ピアス処女なんです。
「どうしたの? ……ああ、そういうこと」
言わずとも理解してくれたセラさんは、ピアスを貸してと言った。流石は経験者分かってらっしゃる。だが素直に渡すと、彼女がほくそ笑んだのが見て取れた。あ、これ悪いこと企んでる人の顔だ。
「痛くないよ、安心して……」
「い――っ!?」
その日、鈍い痛みを甘受して、僕のバージンは儚き最期を迎えた。
というのは冗談で、ピアスの穴が空いた。
「は……? え? ……は?」
多少驚いたが、痛みはそうでもない。そうでもないというか、別に痛くはなかった。その代わり、別の感覚が先行していた。身体の全てとピアスが一体になった心地。悪くない、不思議だ。
「セラさん、これは」
「大丈夫みたいでよかったわ。ま、初めて付けた頃の私も放心したしね。何せ、新しい概念がいきなり定着するのだし、当然だけど」
「へぇ。僕も試してみたいな」
「あっくんは止したほうがいいかもね。能力を持った人間が道具を使った前例はないし、もしかしたら元々の力に弊害を及ぼしてしまうかもしれないよ」
「あはは、じゃあ遠慮しておくよ」
二人で会話をしている間、不思議な感覚に捉われていた身体はようやく慣れてきていた。前世では絶対に味わえなかったことだ。やばい、教わってもいないのに使い方が分かる。高揚してきた、今すぐに使ってみたい。
ピアスリングから流れた使い方は、これだけだ。
吸収したいエネルギーをなんとなく考える。すると、自動で吸収される。後は普通にエネルギーを解放して操る。表現としては如何なものだが、三本目の腕が生えてるんじゃないかってくらい自然に使えそうだ。あれだけ悩んだのにここまで拍子抜けだと、かえって複雑にもなるが。
「あっくん。悪いんだけどもう一度お願いできる?」
「お安い御用だよ」
快諾してくれた彼は、同じように電気を右手の先に迸らせた。それを、掠め取る。うむ、微弱なエネルギーだったが、本当に一部分の力しか吸えなかった。別段身体に異常はないし、漲りもしない。
じゃあ……。使ってみるか。
緊張した。ここまで緊張したのは、いつぶりだろうか。
「お、おお」
集中して道具の使い方通りに起動してみると、達成感も感慨の欠片もなく、いとも容易く雷が僕の身体を這っていた。出しすぎたのか、五秒もしない内に消滅したが。
「すご……」
呆気なさすぎて呆然としてしまった。だが、これなら――。
と、一掴み程度の自信を身に付けたと思ったら。
「はい回収」
無慈悲にも高速でピアスを回収されてしまった。三本目の腕の感覚だけが脳の片隅に残留し、しかし使うことはできない。残されたのは無残にも右の耳たぶに空いた風穴だけ。血も滲んでいるだろう。妙な寂寥感が僕を襲う、もどかしい気分だ。
「こうもあっさり外されてしまうと、なんだか惜しいですね」
「ええ、だから外したのよ。貴方みたいなのに長時間付けさせたら、味を占めて返したくなくなるでしょ」
その通りですね、と苦笑いした。付ける前から、ふざけてではあるが、脳裏に過った考えだ。ちょっと気の迷いを起こしたな。一瞬だけでも開拓された能力に興奮してしまい、驕り過ぎた。
普通に考えて、あれじゃ三姫は愚かエステに手も足も出ないじゃないか。何を調子に乗っていたんだ僕は。
ともあれ、
「ありがとうございます」
お礼は絶やさない。お陰で貴重な感覚を手にしたのだ。予想とは大分違うけれど、紛れもない新しい概念だった。今後、役に立つ日が来る可能性があるかもしれない。
「お礼はいいわ。見返りはどこまで許して貰えるの?」
「えっ、見返りあるんですか?」
「例えば律樹君の存在全て私の物とか」
馬鹿言うんじゃないよ屋上から背負い投げすんぞ。
笑顔でえぐい要求をぶち込んできたセラさんに対して、僕は冗談だと勝手に思うことにした。見返りはあれだ、この前の保健室送りを帳消しってのはどうだい。中々に素晴らしい案だろ。
「それはともかく、僕は気付いたことがあるんだ」
「あ、無視された」
僕は、自分にも魔法が使えないかと躍起になり、あっくんに彼の世界の力というものを教わった。セラさんには道具を使わせて貰った。
そんな彼らも、僕がハンドガンでも持っていたら大なり小なり驚くであろう。要するに、だ。
「この学校……各々が、別の概念の力を知っている若しくは持っていると思うんだよ」
別の世界から呼ばれた人間――一応人の形をしていれば僕は人間と呼ぶようにしている。その人間が、溢れ返っているわけだ。日本人が三人居るのは奇跡にしても。本来ならば、広大な地で同一世界人が被る確率はほとんどない。故に、生徒の数だけ可能性が秘められているやもしれないのだ。
被るにしても精々二人。大抵それに気付けば、そいつらは固まる。チームワークがあれば新たな生活の糧や戦闘の術を発見しているかもしれない。
しつこいようだが、この学校はデカイ。一階層だけで僕の高校の総面積を凌駕してしまう。そんな階層が、少なくともこの棟は十五まである。無論、他の学校内施設の建物も高い。
生徒は勿論先生も把握しきれない人数だ。
「だから、言うなれば宝の山なんじゃないか? 学校って」
全員が全員、友好的なわけでも力は手にしていないにしても。この事に気付けたのは大いなる一歩だ、希望が見えてきた。
◇
といったことをルリさん宅にて報告したら、呆れられた。
「律樹さん……」
ジト目で睨まれた僕は、どうしていいか分からず焦るばかり。なんでだろう、いい案だと思ったのに。
様々な人の話を聞き、使える力は身に付ける。一つ一つの技は弱くとも、コンボや予想の付かない攻撃で相手を怯ませることが可能なはずだ。最終的にルリさんから教わるであろう能力と併せれば、絶大な効果を発揮できる、と考えたのだが。
「え、えっと。駄目な感じ……? ごめん」
「駄目、ではないのですが」
どうしよう、あのルリさんが呆れている。よく考えろ、自分の何がいけなかった。
「律樹さんが非常に熱心なのは痛いほど分かりました。私も、嬉しいです。ですが……デメリットが多過ぎます」
デメリット。欠点。深く突き刺さったそれらは僕を青くさせるのには十分だった。憂鬱だ、ブルーだ。
心なしかルリさんが怒っているように見える。姿形にして表してくれないのがもっと恐ろしい。ごめんなさい。
「まず。私との練習中に他のことをやられると、折角植え付けた物が薄れてしまいます」
「う……はい」
「話に出てきたあっくんとセラさんは快く教えてくれましたが、他の人はどうでしょうか。煙たがられたり、自分の能力を嫌っていたり、元々律樹さんが好きではなかったり。理由は様々なありますが、初対面または知らない人に力や術を教えてくれる人はほとんどいません、下手をすれば殺されます。私の預かり知らぬところで気付いた頃には律樹さんが死んでいた、なんてことになれば、泣きますからね」
「……は、い」
段々自分が何をしたのかを理解してきた。あっくんに能力を教えて貰った時点で、そんな当たり前のことは分かってなきゃいけなかったんだ。
「まだありますよ? 他はともかく、固有能力や道具は明らかに戦闘用ではありません。生活補助の役割を果たす能力を覚えて何になるというんですか。それに、別世界の概念を覚え過ぎるのは逆効果です。能力によっては別の概念が混じることで拮抗したり、発動の邪魔になることがあるんですよ。きちんと使い分けできるなら結構ですが、そもそもそれら全ての能力を正確に記憶するのは不可能です。できるなら文句は言いませんが」
全ての言葉がざっくざくとハートに突き刺さっては、奥へ奥へと競うかのように食い込んでいく。遠回しの言葉責めは、少しずつ残された精神を削っていった。
愛の込められたお説教だというのは染々分かるのだけど……しでかしてしもうた。冷や汗が身体中の皮膚から滲み出して、僕の顔色はどんどん悪くなっていく。
「最後、これだけは聞き逃さずに、しっかり聞いて下さいね。重要ですから」
「……は、はい」
言葉もなくなってきた。返事をするのも憚られる。
「今までのデメリットを全部克服したとして、いざ実戦に用いるとしましょうか。相手はただの敵ではありません、そんな相手に律樹さんは小手先だけの付け焼き刃を無尽蔵に解放して戦います。最初は善戦できるでしょう、何故なら、相手の底が見えないからです。無論、戦いのベテランである彼女らは様子を見ます。律樹さんは善戦できても、彼女らに止めを刺すのは無理です。しばらく戦っていく内に、彼女らは律樹さんの戦闘パターンと今まで身に付けた完璧でない“技”を覚えてしまいます。律樹さんは、自分よりも完成度の高い技の連激を受けて絶望するでしょう。私は律樹さんを助けに行きます、不利になります。負けます。私は殺されます」
冷ややかで淡々とした台詞に、僕は硬直した。
ルリさんの言葉は重く、嫌に現実的で。これから僕がやろうとしていたことが只の藪蛇なのだと、これでもかというほど思い知らされた。考え足らずだっのだ。
確実でないにしろ、彼女が言った未来は想定できてしまう。頭に思い浮かべて、そうなる未来を予想してしまった。
もしもそうなってしまったら、僕はどうなるのだろうか。何を今更、後悔するに決まってる。それに関しては、後悔してからじゃ遅いのだ。
「ごめん。ルリさん、頭が冷えたよ」
舞い上がっていた。なるべく冷静にと思っていたが、魔法を使えたことで浮わついてしまっていたのだ。だが、早期に発見できてよかった、ということにしておこう。
次からは、もっと後先を考えねば。
「分かってくだされば、それでいいんです。安心してください、私が教える“力”は彼女らに真似されないよう対策してありますから」
しかし、私は嬉しいのです。そこまでして私のことを考えてくださる律樹さんは、私には勿体ないくらいに。そう付け加えた彼女は、今にも泣いてしまいそうに震えていた。
咄嗟に抱き締めようとして、僕は止めた。どうして止まったのかは分からない。
身体と心が別人、というのも理由にはあったが……。何となく。ただ、何となく、触れてはいけないと思ったのだ。
てか、恋人じゃないんだ。図々しいのも大概にしなければならない。
「それでは、今日も教えましょう」
彼女との特訓が始まった。
前日に滅多打ちにされたので、僕の身体はまだ“痛み”を忘れやしなかった。《インビジブル・スレッド》も、感覚でしかと覚えてる。
その日にやった訓練は、根強く残るトラウマへと力を注ぐこと。トラウマがイメージ構築の役割を果たしていて、その注ぐという行為をマスターすることで、ようやく実戦で物になる。
一日の特訓を終えた僕に、彼女は助言をしてくれた。
あっくんに教わった「修練能力値」。あれだけは使えそうなので、差し障りなければ教えて貰うこと。体力トレーニングは自主的に行っておくこと。首肯した僕は、夕飯をご馳走になった後にルリさんの家から帰宅した。夜十一時と、今日はそこまで遅くない。
「そっか、彼女は寝る時間か」
だとしたら、昨日は悪いことをした。
それと、今度配布所に行って食糧を確保しておかないと、体力も作れないな。最近、身体が細くなってしまったみたいだし。
しっかり食べて、しっかり鍛える。何事も基礎は大事だ。トレーニングには、密かにイメージ力の強化もメニューに加えておこう。
家に帰り、ベッドに身を投げ出す。瞬間、すっかり汗臭くなった制服だということに気付き、とりあえず水洗いをして部屋干ししてから、就寝した。




