大地のエピローグ
俺は届いた封筒を慌てて開いた。乱暴に破いたため中の紙まで一緒に破いてしまい「ああー!」と情けない声を上げながらも紙をなんとか合わせ中身を読んだ。
『入団テストのお知らせ』
と書かれており、俺はガッツポーズをした。なんていったってこの劇団、劇団員のほとんどがテレビ出演もこなす有名人揃い。書類が通るだけでも奇跡なのだ。テスト日はニ週間後。いてもたってもいられなくて、その場でスクワットを始めた。
テスト当日、かなりの人数が劇団専属の稽古場に集まっていた。最初にダンステスト、次に演技テスト、そして最後に自己アピールが待っていた。ダンスも演技もいつものように全力を出し切り、最終の自己アピールの番がきた。稽古場の一つの部屋に順番に一人ずつ通され、自分の順番になり、中に入った。すると審査員席に最近ドラマに出まくっている俳優の川上拓也がいるではないか! さっきまではいなかったのに! 俺は一層緊張しながらぽつんと置いてある椅子の前に行った。
「では、自己PR、の前に」
劇団のお偉いさんみたいな人がしゃべりだす。
「君はダンスも演技も特にうまくなかったけど、どうしてうちを受けようと思ったのかな?」
俺は自分の耳を疑った。特にうまくなかっただって?そんなこと面と向かって言われたのは初めてだったので一瞬何を言っているのか理解できなかった。
「あっの……誰かに評価されるほど経験がなくて」
「実績も経験もないのにうちに受かると思った? 本気で?」
なんでこんな冷たい言い方をされなくてはいけないんだ。素人の俺を書類で通したのはお前らだろ?
「下手な鉄砲数うちゃ当たるって言葉を信じまして」
「君のはさぁ、下手な鉄砲にすらなってないよね。なんていうかハングリー精神が感じられないんだよ君から。はい。帰っていいよー」
「えっ……」
半ば呆然としながら、部屋を出た。これはバカにされたのか? とチラリと審査員達の顔を見たら、みんな真剣な顔をしていた。バカにしたのはもしかして俺の方だったのだろうか? 一体俺の何がいけなかったというんだろう。
菫堂に帰って、信長さんにテストの話をしてみた。
「書類が通ったのは、写真が良かったのかもねぇ。最近の大地は出会った頃よりこう締まった顔になってるし。実際のテストでダメだったっていうのは、大地には少し覇気が足りないかもしれないねぇ」
「覇気? ワンピっすか?」
「ああ、うん、まぁそんなようなもの」
「そんなのどうしたら出るんすか」
「……百万取られたまんま野宿ぐらいしたらよかったかもね」
信長さんがボソッと言うので俺は目を見開いた。
「要するに周りに守られ過ぎかな。まぁ守られてても才能を発揮する子はするんだけどさ」
「じゃあ今日から公園で暮らします」
信長さんは苦笑いするだけで止めてくれなかった。俺はムッとしながら目の前の牛乳を飲み干した。
とにかく覇気とやらはどうやって出すんだと途方に暮れた俺は、大学の図書室にでもいって本で探してみることにした。行く途中、チラシが飛んできて俺の顔面に張り付いた。はがして見てみると『演劇フェスティバル』という文字が書かれていた。気になってさらによく見ると、参加団体の一つのサークル名に括弧でうちの大学の名前が入っていたので、うちの大学にも演劇サークルがあったんだと二年生にして気づいた。大学内のサークルなんて眼中になかったからな……。とにかくそのサークルが気になって様子をのぞこうと学内の案内掲示板を探して活動場所を見つけ出し行った。
部室の前に行きノックしてみるが反応がない。恐る恐るドアを開けて中をのぞくと、中にあるイスをキッチリ並べその上で眠っている男が見えた。
「あの、すいませーん」
寝ている男は微動だにしないので、中まで入って寝ている男のそばまで言って声を掛けた。
「すいませーん」
「んっんな?」
寝ていた男が起きて横にある机の上の何かを探している。そこにあるメガネかな、と思って取って渡してあげる。
「ん、んああありがとお」
そう言ってその男はメガネをかけ上半身だけ起こして俺の顔を見た。
「どちらさまあ?」
「あの、ここって演劇サークルですよね?」
「そうだけどお?」
「この演劇フェスに出られるんですよね? どんな感じのをやってるんですか?」
俺はチラシを見せて聞いてみる。
「あ! もしかしてサークル入ってくれんのお?」
「え、いや、どんな活動してるのかちょっと見たかっただけなんですけど」
「いやいやいやいや、入ってってよおお!! 今このサークル俺しかいないから、主人公なり放題だよお!」
「は? 一人きりなんですか?」
「うん。そお。最初女の子ばっかのサークルだったんだけどねえ、俺が入って全員食ったら内部崩壊しちゃって一人になっちゃったあ」
「はぁ?!」
男はちゃんと立ち上がると棚から紙の束を持ってきて俺に渡した。
「とりあえずこれ、今度そのフェスでやる予定だった台本。俺が書いたんだあ」
俺に向かってニコッと微笑み続けてくる。不気味な人だなと思いながらも渡された台本に目を通してみる。何々?
タイトル:『陣』、作:東名大学演劇サークルホビット 松田竜馬
か。
「名前すごいっすね」
「おお、本当の漢字は涼しい真実って書くんだけどねえ。そっちのが断然いいでしょお」
ペンネームか、と思いながら台本に目を通していく。ふむふむタイムトラベル物のようだ。うんうん……。
「コレ面白いじゃないっすかああ!」
「でしょおおおお?! じゃあ公演まで日がないけどヨロシクう」
「えっ、でもコレを俺一人で?!」
「俺も出るよお。それ用に書き直すからさあ。連絡先よろお」
涼真は携帯を取り出してフリフリする。
「あっ、でも俺演技、うまくないです」
「ええーどんぐらい下手なのお? ちょっと適当なページ読んでみてよお」
この間の入団テストの苦い思い出を思い出しながら、言われるがままに適当にページをめくって読んでみる。涼真はじっと耳を傾けて聞いていた。
『……早くしないと! 手遅れになる!』
俺は一旦止まって涼真の反応を待った。
「うん、全然平気じゃあん」
「えっ?」
「この前までここのサークルにいた女の子達のがずーっと下手だったよお。それに俺、少しなら演技指導もできるから大丈夫だと思うー」
「ホントに……?」
「演技に変な癖がついてないから、いくらでも矯正できるよおー。ホラ連絡先い」
涼真が微笑みながら携帯をまたフリフリするので慌てながら携帯を取り出し、フリフリする。これが、涼真と俺の運命の出会いとなった。
あれから、毎日涼真から宿題を出され、それをこなす毎日だった。渡された台本を全て声に出して何十回も読み、それをボイスレコーダーに録って確認するとか、喜怒哀楽を瞬時に表わしそれをビデオカメラに収めて見返すとか、そんなのを何十、何百回とやらされた。
それに加え、演劇フェスの準備も進めていた。大道具小道具衣装全部自分達で揃え、照明プラン音響プラン、二人で細部まで決めて行った。実際の照明音響操作については涼真が友達に頼むと言っていた。
そうやって慌ただしくしていると、ある日家に芳乃ちゃんがいないことに気づいた。最近親不知を抜いて片方の頬を腫らしている信長さんに聞いてみた。
「あれ、そういえば最近芳乃ちゃん、見てない気がするんすけど」
「今頃気づいたのか……」
暗い顔をした信長さんがうつむいた。最近暗いのは、親不知抜いたのが痛くて暗いんだとばかり思っていたが、まさか違うのか?
「ちょっと前から自分の家に帰ってるよ」
「そうだったんすか! なんかあったんすか?」
少しの間沈黙が流れたが、信長さんが口を開いた。
「俺と芳乃ちゃん、親子みたいなんだわ」
えっ、なんの冗談?と脳内で情報を整理しようとしたがよくわからなかった。
「は? 親子?」
「俺が十五の時に出会った女性との間にできた子が芳乃ちゃんだったんです」
「えっ……えええええええ!」
「俺もう疲れたから寝る。後片付けよろしくな」
驚いて口が開きっぱなしの俺を置いて、信長さんは二階に上がって行った。そ、そんなことが菫堂の中で起こっていたなんて! でも、俺が信長さんも芳乃ちゃんも大好きなのは、親子だったからなのか、なんて一人で納得した。そして同時に、涼真は相当のヤリ○ンだから、あれでは涼真には子どもが何人いても足りないな、なんて考えていた。
九月。演劇フェスが開催され、俺と涼真の二人きりで劇『陣』をやりきった。終わった後のアンケートを見たら、やっぱり『涼真が良かった』という感想ばかりで俺には『小さい子緊張しすぎ』や『小さい方可愛い』っていう感想が少しあるだけだったけど、涼真は俺の背中をバンバン叩いて
「大地のおかげで最後までできたよお! 今後も一緒にやっていこお!」
って言ってくれたので、しばらくはこの大学の演劇サークルでやっていこうと決めた。
そして二人だけのささやかな打ち上げを、菫堂の閉店後にやることにした。
そういえば芳乃ちゃんはいつの間にか菫堂に戻って来て、どうやら信長さんと正式に親子としてやっていくことになったそうだ。信長さんはやっぱスゲエ。
「そうそう、アンケートにさあ、劇団に入りたいですうってのが結構あったじゃん。どうするう?」
店内で席に座ってすぐ涼真が聞いてくる。
「あ、それなんだけど、男オンリーにしたほうがいいんじゃね?」
「ええー?」
「サークル名も、今回の公演にちなんで『陣』にして、男だけでやったほうが色々とイイと思うんだけど」
女なんか入れたら涼真がまた手出して崩壊するだろうしなと言い含めて伝えた。
「そうだなあ。じゃあ男にかたっぱしから声掛けるわあ。あ、これメニュー?」
「うん」
俺もメニューを手に取り眺める。すると新メニューが載っていた。
そこに信長さんがやってきてお酒をテーブルに置いてくれる。
「いらっしゃいませ。公演お疲れ様でした。」
俺と涼真は「あざーっす」と返事して、メニューを信長さんに見せながら聞いた。
「この親子ロールって?」
「今まで大と小の組み合わせでの注文が結構あったから、一皿にして提供することにしたんだ。大きい亀の上に子亀が乗ってる感じで。だから親子ロール」
信長さんは俺にウィンクしてきた。そうか、信長さんと芳乃ちゃんの親子ってとこからイメージ貰ったんだなと俺も嬉しくなった。
「わあーおいしそおーじゃあ親子ロール、チョコ大、栗小でえー」
「じゃあ俺も親子ロールでプレーン大、栗小で!」
「かしこまりました」
こりゃあ移動販売のほうがまた忙しくなるな。と予想しながら、そうだ涼真に一緒に手伝ってくれるように言ってみようと思ったら芳乃ちゃんがトレーを持ってやってきた。
「お待たせしました。親子ロールです!」
「芳乃ちゃーん!」
「大地公演やるんだったら教えてくれれば良かったのにー。今度あったら友達と行くからね」
「ホントー?! 呼ぶ呼ぶー」
「可愛いー誰えー?」
涼真が早速食い付いてきた。
「ここの大事なお嬢様です! 芳乃ちゃんコイツには近づかないほうがいいよ!」
「はーい」
笑いながら芳乃ちゃんがカウンターのほうへ去っていき、カウンターの信長さんに話しかける。二人が笑いあいながら話し合っているのを見て、ほんわりとしながらテーブルに目を戻した。
「んじゃあ、乾杯しますかあ」
「だな」
テーブルの上には大きいロールケーキの上にちょこんと乗った小さなロールケーキ。親子かぁと思い俺も笑顔になりながら、酒を手に取り乾杯した。
終わりました。予定11部分だったのが9部分になりました。
今回も途中で何度も書くのを止めようと思いましたがなんとか最後までこれました。
こちらの菫堂は、数年前に別のサイトで投稿しようと思っていたものだったのですが、そちらのサイトは未公開のまま放置ができる仕組みでしたので、結局数ページ書いただけで永遠の未公開にして未完となっていたものを、今回最後まで書いて成仏させてあげることができました。ホント良かった。
こんなんでもだいぶ菫堂に愛着が湧いていたようで次の予定の6月7月作が無事また書き終えることができたら菫堂の続編を思いついてしまったのでまたそちらを成仏させなきゃなと思っている次第であります。
2014.5.18 あきんど