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シッダー博士の涅槃

ヌキナ「ねぇ、聞いて聞いて!私、昨日、変なの見ちゃった!」

受験を間近に控えた、ワカマツとサエキは休み時間、顔を突き合わせて英文法の公式を勉強していた。

ワカマツ「ごめん、ヌキナ。」

サエキ「心霊話は時間の空いた時に。」

ヌキナは二人の素っ気ない態度に膨れた。

ヌキナ「心霊じゃないの!変な帽子をかぶった人!」

サエキ「なにそれ?」

ヌキナはコンビニのバイトは今月中に辞める予定だが、

この前のバイトで客が変な帽子を被っていたという。

ヌキナ「キラキラしたとんがり帽子。素材は多分アルミホイル?」

ワカマツ「うわ、アルミキャップかぁ。カルトで流行ってるマインドコントロールや宇宙からの思考盗聴電磁波を遮断するとか謳ってるやつだわ、それ。」

サエキはそんなのがこの世の中にあるのか、と感心した。

ワカマツ「お前なぁ、そんなのインチキに決まってんだろ?」

サエキ「あっ、そっか。」

そこへフシミがやってきた。サエキは恥ずかしくて顔を見れない。フシミも同様だった。

フシミ「ねぇ、あなた達、シッダー先生を見なかった?」『受験勉強偉いわね。リョータ。』

サエキ「シッダー博士?」『自然に、自然に。』

ワカマツ「そういや見てませんね、ウチの研究室にも帰ってないとか。」

ヌキナはそれはさすがにおかしい、と思わないほうがおかしいとワカマツに詰めた。

ワカマツ「いやいや、あの人、放浪グセがあって。たまにフラッといなくなって、何日か帰ってこない時があるんだ。」

ヌキナ「そうなんだ?」

フシミ「困ったわねぇ。あの先生、2年の担任やってて、スキー研修を兼ねた修学旅行の打ち合わせとかあるのに……。」

ワカマツ「戻ったら伝えときます。」

フシミ「よろしくね?」

フシミはサエキにウィンクすると教職員室に戻っていった。

ヌキナ「サエキ君、今の何?」

サエキ「さ、さあ?」サエキはノートで顔を隠した。


夕飯中、サエキがリビングでカレーを飲んでいると一本の電話がなった。母がぶつぶつ文句を言いながら席を立ち、電話を取りに廊下に出ていった。

サエキ『固定電話に?セールスかなぁ?』

しかし、サエキの予想は外れた。

母「リョータ、あなた宛ですって。」

本機の置いてある廊下から、子機を持って母がサエキの下にやってきた。

母「男の人、知り合い?」

サエキはワカマツからか?と思い子機を受け取った。

サエキ「もしもし、リョータですけど?」

オウムマン『俺が誰か分かるな?クウカイレッド。』

ガタッ!

サエキはスプーンをくわえたまま、無言で立ち上がった。びっくりしたなぁ、とソファで、いちゃついてた父と母が漏らす。

オウムマン『シッダーはコチラで預かってる、返して欲しければ、今から言う場所に一人で来い。』

サエキ「今から?」サエキはようやっとスプーンを口から離した。

オウムマン『時間指定か?お前にそんな権利はない。いいか、他のやつに話すなよ?今、直ぐに来い。』

オウムマンが指定した場所は街の倉庫街の一つだった。走って1時間ってとこだろう。

サエキ「ちょっと、出かけてくる。」

母「何?用事?」

父「気をつけてなー?」

2人は呑気にテレビでお笑いを見ていた。


修学旅行の打ち合わせがあるのに欠勤したシッダー博士。

さすがにおかしいと思い直したワカマツはシッダーの研究室にしているアパートを訪ねた。

ガチャッ

ワカマツ『カギが空いてる?』

扉にはカギはされておらず、部屋の中は少し配電盤が焦げたような匂いがした。

ワカマツ『なんか変だな?』

パチッ

廊下の電気をつける。奥の部屋に続く廊下に何かを引きずった黒い液体の跡が残っていた。

奥の部屋に入る。そこにはシッダーの姿はなく、パソコンモニターの光に照らされた小人の怪人達の死体が転がっていた。

ワカマツ「!何があったんだ!」

モーゴは胸の深い切り傷、キーゴに至っては下半身と上半身とに両断されていた。

ワカマツ『廊下のは逃げようとしたキーゴのものか。』

ワカマツ「!他の連中は大丈夫なのか?!」

ワカマツはキーボードをいじってブレスレットの発信器情報を立ち上げた。

サエキのだけ移動している。

ワカマツ「倉庫街?!あのバカ!」


サエキ『止まれ、風神。ここだ。』

疾風のごとく駆けてきたサエキの体が倉庫のシャッター横の入り口の前でふわっと止まる。

グラッ

サエキ「う。」反動で全身が酸欠を起こしよろける。

サエキは建物に寄りかかり、息を整え、態勢を立て直した。

扉から中に入る。

オウムマン「来たか。」無造作に置かれたコンテナの真ん中の空間にオウムマンと天井の鉄の梁に体をグルグルにロープで巻かれ吊るされたシッダー博士がいた。シッダー博士は端正な顔立ちだったが、今では、見る影もなくボコボコにされていた。

サエキ「望み通り、一人で来たぞ!シッダー博士を解放しろ!」

オウムマン「いいだろう、我が望みをもう一つ叶えたらな。」

ドン!ドン!

オウムマンは持っていたリボルバーでサエキの両足を撃ち抜いた。

サエキ「うわぁぁぁ!」サエキは痛みに耐えかねてその場に崩れ落ちた。

オウムマン「急所は外してある。あんまり騒ぐとシッダーの命はない。」

サエキ「うぅぅ、ぐっ!く!」サエキは打たれた足を押さえる。太い血管は無事なのだろうが、早く止血をしなければ、失血死の危険があった。

シッダー博士「うぅ、しゃエ、キ、君。」

オウムマン「いい声を聞けた。因果応報だ。他人の夢をぶち壊しといて、自分たちだけ、無事にいられると思ったか?」

サエキ「お前らみたいな悪のカルトに日本を好きにさせるもんかよ!」

その時、サエキの頭に陰陽Sの声が聞こえてきた。

陰陽S「なんてざまだ、助けてやる。ちょっと待ってろ。」

そう陰陽Sが言うと、サエキの足の痛みは緩和され、心なしか血の勢いも少なくなった。

サエキ『止血は?』

陰陽S「してもいいが、もう何発か食らいたいのか?我慢しろ、演技だ。」

サエキは目を瞑った。体の中の景色、風神、迦楼羅天、四天王、そして陰陽Sがいた。

サエキ『この状況どうする?』

陰陽S「慌てるな。オウム野郎とこの体は距離がありすぎる。体から式神を出してたら、やられる。時を待て。」

オウムマンは両手を広げて天を仰いだ。

オウムマン「俺の望みはお前たちの死だ。クウカイレッド。無念のうちにそこで果てるがいい。時間をかけてな。」

サエキは天井にいる大きな妖怪が目に止まった。とても大きなヤモリ、絶対に生物ではないと分かる。

陰陽S「よし!あれだ。俺がいいと言うまで、あれを見続けろ。」

ガシャァン!

その時、ガラスを突き破ってシンランブルーが入ってきた。

オウムマン「!一人じゃなかったのか?!クウカイレッド!」

サエキ「違っ!」

ワカマツ「サエキ!無事か!?」

オウムマン「クソ!」

オウムマンのリボルバーがシッダーを向く。

サエキ「!」

ドン!

シッダー博士「う!」シッダーの体は大きく揺れた。

ワカマツ「博士!」

サエキ「シッダー博士!」

オウムマンは虚空に消えた。

ワカマツ「早く!シッダー博士を降ろさないと!」

2人はオロオロするばかりで、ドッコガンやシャクジョーソードでロープを切ると言うことも考えるに至らなかった。

陰陽S「風神、迦楼羅天。」

迦楼羅天「おう!」サエキの体から勝手に出た迦楼羅天がロープを切ると下に控えていた風神がシッダー博士をキャッチして横に寝かした。ワカマツとサエキが縄をほどく間も胸の穴からは止めどなく血があふれていく。

シッダー博士「……釈迦如来。大日如来、阿弥陀如来。」天井を見つめるシッダーの目はワカマツとサエキの真ん中、天井から降臨する如来達の姿を見ていた。

釈迦如来「涅槃ねはんの時だぞシッダー。」

大日如来「よく頑張ったな。」

阿弥陀如来「後は、この者たちに任せておけばよい。」

シッダー博士「わ、かり、ました……。」

シッダーが天井に向かって伸ばしていた腕が血の海に落ちた。


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