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07:龍進、派閥争いを仲裁す

 どうにも調子が狂う。

 婚約者という立ち位置は、こちらの都合で押しつけた偽りの役割だ。それなのに、あの人斬り少女は、あくまで契約行為である以上、本当の婚約者らしく振る舞わなければならないと言う。

こちらを油断させて、逃亡を考えているのかもしれない。

三郎を常に見張りにつけている上、彼女には、解毒剤を飲まなければ二日以内に死ぬという『毒』――中身は単なる輸入菓子「ゼリビンズ」だが――を飲んでいると思い込ませているものの、用心するにこしたことはない。


「……それで、如月少佐はどう思うかね?」


 突然、水原中佐に話を振られ、龍進は会議に意識を戻す。

 派閥に関わる問題で紛糾すると、上官は南前閥にも岩紫閥にも属さない龍進に意見を求められるのが常だった。中立的な立場といえば聞こえが良いが、一歩間違えれば、全員を敵に回しかねない損な役回りだ。最も、もともと「外様」である龍進の立場が、これ以上悪くなることもないのだが。


「如月少佐も、軍の敷地内では、軍が責任をもって、女王陛下護衛の任にあたるべきとは思わんかね?」


 龍進は会議卓の上で両手を組むと、会議室に集った一同を見渡し、静かに言う。


「恐れながら申し上げますと、何事においても、事の本質を見定めた対応が必要であると考えております。今回は帝都にお招きする女王陛下の身の安全を守ることが、最大の目的であり、それを達成するための適切な手段を選ぶことが肝要であるかと」


 部屋中のどこか蔑むような視線を向けられる中、龍進が書類を手に、会議室の前方にゆっくりと進み出る。

 そんな中、小野少佐だけは、今にも口笛を吹き出すかのような、どこか楽しげな顔をしている。

 龍進は部屋の中をゆっくりと見渡すと、淡々と言った。


「大変失礼ながら、軍と警察、どちらが担うかという以前の問題かと思います」


 室内が静まりかえった。

 穏やかで控えめな口調ではあったが、その声はどこか聞く者を凍えさせるような迫力を感じさせるものだった。


「なぜなら、ここにある現状の警備計画については、根本的に見直す必要があるからです」

「如月少佐、それはどういうことだね……?」

「君は我々の計画にケチをつけるというのか?」


 戸惑いを露わにする警視と中佐。室内のざわめきが大きくなっていく。その中からは、『東北の外様』になにがわかるのか、という憤りの声すらも聞こえてくる。


「いえ、計画自体はよく練られたものです。しかしながら……」


 龍進は手にした書類の中にあった、大判の紙を、人々に向かって広げて見せる。


「警備計画の基になっているこちらの地図ですが、残念ながらやや古いものと思われます。現在の街並みと異なる場所が複数、確認出来ます」

「……なっ!?」

「まさかそんなはずは……!」


 警察幹部達が驚きの声をあげる一方、龍進は淡々と続ける。


「ご存じのように、発展著しい我が帝都においては、日々、新しい建物が作られています。たとえば、日本橋では半年前に時計塔が建てられ、銀座では長屋を取り壊した上で、四越百貨店の建設が続いています。街の変化に地図の更新が追いついていないのです」


 広げられた地図の周りに皆が群がる。


「本当だ……。四越百貨店がないぞ!」

「たしか、ここにもう一本、道があったはずだが、それも描かれていない!」


 顔を青ざめさせた警察幹部達がうろたえはじめた。


「どうするんだ!? 警備計画の見直しが必要になるぞ!」

「しかし、計画は内務省に提出済みだし、稟議も進んでいる。今更見直しなど出来るか!」

「とはいえ、そのままではいかんだろう! 万一の場合があったらどうする!」

「だが、軍部の指摘で計画に不備が見つかった、などと総監に上申出来るか!? この場にいる全員、島嶼部に飛ばされるぞ!」


 そんな中、龍進は室内を見渡すと、静かに言った。


「みなさん、落ち着いてください。私からご提案があります」


 よく通る声に、場が再び静まりかえる。


「たとえばですが、本日の会議は無かったことにする、というのはいかがでしょうか」

「それは一体、どういう……」

「本件について、我々軍部は、一切見ることも聞くこともなかった。警備の不備事項は、全て、警察の皆様方がご自身でお気づきになった。その上で、現在の稟議を一旦、取り下げた上で、修正した稟議を起案いただく」


 警察幹部達が呆けたような顔で、お互いに顔を見合わせる。


「それなら、まあ……」

「自らの申告ということなら、お咎めは避けられるだろう」

「小言くらいは言われるだろうが、それくらいは仕方あるまい」

 そんな会話を交わしている警察幹部達に、龍進は微かに笑みを浮かべて言った。


「ただし、代わりと言ってはなんですが、一つ私からお願いがございます。本件の陸軍本部での警備業務は我々、軍部にお任せ頂けないでしょうか」

「な……!」 

「いえ、皆様が困るようなことにはなりません。ただ、稟議書を修正する際に、あわせて次のように書いて頂ければ結構です。――警備計画の見直しによって、人員を再配置した結果、より万全な体制を敷くためには、陸軍本部内の警備については、軍部の協力を仰ぐのが適切だと判断した、と」


 相原警部が口を開閉させて何かを言おうとしたものの、最後は発条の切れた人形のようにかくんと首を落とし、弱々しい声で言った。


「……それしかあるまいな」


 周囲から悲痛な叫び声があがる。


「早速、修正稟議をあげなければ。皆、署に戻るぞ」

「はっ……!」


 先ほどまでとは打って変わって意気消沈した相原警部が立ち上がると、唇をかみしめつつ、水原中佐を、それから龍進を順番に見て、ゆっくりと頭を下げた。


「水原中佐、如月少佐。諸々、ご配慮、恐れ入ります」


 そう言って背を向けて退出しようとした彼らを、


「あー、ちょっとお待ちくださいな」


 小野少佐がおどけた口調で呼び止める。


「なにか……?」

「ついでといっちゃあなんですが、例の四谷で予定されているガサ入れの件、うちにお任せいただけませんかねぇ?」

「そ、それは警察の管轄事項だ……!」

「ですが、相手はテロ組織ですし、大切な部下をお守りいただくためにも、そういう任務は装備が充実したうちにお任せいただいた方がいいんじゃないかと思いまして。それに、これだけ人が殺されているのに、あなたがたはなにも出来ていないじゃないですか」

「い、言わせておけば!」


 色をなした警官の一人が詰め寄ろうとしたのに対し、小野少佐が人差し指で眼鏡を押し上げて言った。


「なんなら、本日の会議は、実はあったことにしてもいいんですよ?」


 警官達は息をのむ。

 相原警部は顔を紅潮させていたが、ややあって大きなため息とともに吐き捨てるように言った。


「わかった。要求をのもう!」


 肩を怒らせながら部屋から出て行く警部の後ろを、部下達が慌てて追いかける。

 扉が閉められ、室内の空気が弛緩したのを期に、龍進を除いた面々が安堵の表情を浮かべる。


「如月少佐。今回は助かった」


 中佐の言葉に、龍進は表情一つ変えずに、淡々と応じる。


「いえ、私は要人の身をお守りするという本来の目的を果たすために最善の提案をしただけです。我々も、これから綿密な警備計画を作る必要があります」

「相変わらず君は真面目だな」


 それから中佐は、小野に視線を移す。


「だが、小野少佐、君は少々やりすぎだったな。警察の連中から変な恨みを買ってしまったよ」

「いえいえ。元はといえば、彼らの不作為に問題があるのです。これ以上、テロ被害の拡大を防ぐためには、中佐もご存じの通り、我々軍部がもっと前面に出る必要があります。良い機会だったのではないかと」


 ひょうひょうと言ってのける小野に、中佐が苦々しい顔になる。

 一方の龍進は会議卓の上で書類の束を整え、左脇に抱えて立ち上がった。


「時間もあまりありませんので、私は急ぎ、警備計画の策定作業に取りかかります」

「ああ、如月少佐」


と、小野が呼び止めてきた。


「ガサ入れの件もよろしく頼むね」

「……わかった」


 一礼とともに、会議室の扉をくぐる。

 部屋を出る際に、誰かの舌打ちと、「外様のくせにしゃしゃりでやがって」「若造が生意気な」という不機嫌な声が聞こえた。藩閥に属していないにも関わらず、若くして実力で出世した龍進をやっかむ者は多いのだ。

 とはいえ、今更気にすることではない。いつものことだ。

そんなことよりも、龍進には全うすべきことがある。身を賭してこの国を守るという使命だ。

 龍進が当初、想定していたよりも大きく事が動いてしまったが、捜査権が自分のところにおりてきたのは、テロの背後関係に迫るまたとない好機であった。

 彼は早速、頭の中で、王女の警備とガサ入れの計画案を練りながら、足早に自分の執務室へと向かう。今日の昼食は少し遅めになるだろう。

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