飯テロ⑨黒幕
過剰な好奇心はトラブルの素。
「これは…どういうことですか?」
「え、あ、いや…どういうことでしょうか…。お、おい、どうなってるんだ!?」
依頼主に説明を求められ、慌てて部下に責任転換する男。
依頼主は全身真っ黒なローブ姿。頭もフードで覆い、口元も黒い布があてがわれていてぱっと見は人種も性別もかわからない。いや、190センチはあろうかという威圧感ある背丈に、ローブの下に隠れているであろう筋肉を感じさせる厚みある体躯、そして何より低く響くバリトンボイスから男であることが窺える。唯一露出している目元は切れ長で、どこまでも冷たい。
後ろに控える男は、茶色のローブ姿。隠そうとしてはいるがローブの下の派手な商人服が覗いていて、リアを襲った商人であることは明白だった。
男達は招集命令時間となった朝、王宮の顔とも言える正面の豪奢なベランダに立ち、目の前に広がる石畳みの広場を見下ろしながら、閑散とした空間を怪訝な様子で睨み付ける。
もちろん熱気ある歓迎を期待していたわけではない。服従香を嗅いだ者達は感情をあらわにすることがないのだから。子供も大人も老人も、オノや包丁、フライパンやビン、中には単なる木の棒を手に不気味にひしめき合う様子を期待していた。殺せといえば殺し、死ねといえば死ぬ。薄気味悪い人形どもを見下ろせることを心のどこかで楽しみにしていたのだ。
しかし広場には人っ子ひとりいない。男は目を細め、後ろに控える王に視線を向ける。男の後ろには国民に慕われ、国の発展のためその商才を惜しげなく振るう、イルーヴァントの王ローハンが控えていた。しかしその表情には感情がない。そう、そうだ、この顔だ。服従香を嗅いだ人間はこうなるのだ。次に王の横の商人に視線を向ける。慌てて目を逸らし、商人はわかりやすく汗を流す。そして部下に答えるための説明を求める。だが、聞くまでもない。失敗したというだけのことだ。しかし問題は何故失敗したかということ。
「服従香の効果は短いのか?」
「いや…解かない限り続くはずなんですが…。」
「なら、解けたということになるな。解く方法は?」
「解くには解除香という特殊な香が必要でして…。」
「では誰かがその香を例の通路に流したと?」
「いえ、それはありません!私どももまだ解除香を手に入れられてないのですから!」
解除できないのに服従香を使っていたという事実より、責任を逃れる方がプライオリティーが高いと判断した商人は声高々に不出来をさらす。そんな商人に男は細い目を更に細める。
「解除香を持っている奴がいたか、解除方法を見つけた奴がいたか。まぁ、服従香が効かない者が現れている以上、他の方法があったと考えるのが妥当であろう。いずれにせよお前達がまた失敗という事実に変わりはない。」
「そ、それは…。」
「フィギュアは水に流され、エルフはいまだ確保できず、トロルは依頼数にはほどと多い数しか確保できていない。」
「…………はい。」
「国民を使って食料問題をなんとかしようと思っていたが、洗脳が溶けてしまった。イルーヴァント一番の商人とやらがこの程度だったとはな。」
「…………。」
「まぁいい。まずは服従香が解かれた原因を探っておけ。簡単に解除されるようなら使い方を考え直さねばないからな。王よ、お前は兵士の出陣準備を進めろ。準備が出来次第出発する。」
「え、あの、国民兵は…?」
「平和ボケした国民など所詮は人柱くらいの使い道しかない。食料運搬の足にでも使ってやろうと思っていたが、所詮は思いつき。深追いはやめておこう。コウウの悔しがる顔を拝めなくなるのは残念だがな。」
目を閉じ、心の底から残念といった深いため息をついたかと思うと、再び目を閉じ男達に指示を出していく。
「あと、服従香が効きなかった者達の原因を調べるのも忘れるでないぞ。」
「は…、はい!」
一礼し、速やかに、逃げるように部屋を後にする商人達。王もいつの間にか部屋を後にしていた。
男は商人達が出ていくのを見届けた後、再びベランダに視線を向ける。
「それで、お前達は何なのだ?」
先ほどとは打って変わって、いや、増してと言う方が正しいかもしれない。底冷えするような低く冷たい声をあげる。さっきまでの話し方も決して温かくはないのだが、明らかに殺意が込められ、反動で部屋の気温が1、2度下がったように感じられる。
「お、バレたぞ?」
「あ、こらお前声出すな!」
「…の方が声大きいよ?」
男の冷たい声のトーンに気づいていないのか、間の抜けた声で騒ぎだす。
「お前責任とって相手してこいよ。」
「オラ、あいつあんま好きじゃないぞ!こだまが行くといいぞ!」
「ヤダ。」
「ねーねー、リックはどこ?」
「あ、そうだったそうだった。リック探しに行くか。」
「…ねぇ。あの人凄く怒ってるよ?」
「えーこんなんで怒るなんて大人気なくない?」
「そこの4人と小さいの、今すぐ出てこい!!!」
こめかみに筋を走らせ、スタッカートで声を張り上げる。あまりの声の大きさに、ビクッと背を伸ばし、そして恐る恐る窓の外から中を覗き込むようにひょっこりと頭を出すとその様子を男は鋭すぎる視線を向ける。もし異名を持っていたとしたら彼もジャックナイフって呼ばれているはずだ。楽達は、悪戯をみつけられたお調子者のように速やかにベランダの柵をよじ登り、降り立つと頭をぽりぽりかけながらてへ顔をぶつけてみるが、もちろん男は眉ひとつ動かさない。
「何者だ?」
相変わらずの絶対零度の声で男が聞いてくる。
「お前悪いやつか?」
「お、おいバカ!」
「オラは馬鹿じゃないぞ!ヒーローだぞ!」
「あ、すみません、バカヒーローなもので…。」
エティをリアに押しつけ、咳払い一つで改めて答える。
「こほん…、えー俺達は丁度今この街にきていた旅の者でして…。」
「名前は?」
「俺はコーダ。で右からココ、エコ、リコ。頭の上の子がクコだ。あなたは?」
「私のことはいい。で、旅の者がスパイ行為か。そんな理由が通じると思うのか?」
俺達は以前使っていた偽名で自己紹介する。もちろん同じルールでリアとクルの名前も決めておいたのですんなり答えられる。しかし男の方は名前を教えてくれないようだ。ずるい。
「スパイなんて滅相もない。昨日開戦の合図ですか?物騒な鐘の音を聞いたんで様子を見にきただけですよ。しかし、来てみたら誰もいない。唯一見つけた人があなた達だったものでつい近づいてしまいましてね…。」
「ふん、それっぽい理由を並べやがって。その顔…お前達人族か?」
俺達は念のため、遺跡で見つけたマスクを装着済みでこの広場に訪れていた。こだまとエティは今は小さい子供、リアもエルフとは分からない見た目となっている。クルだけマスクが大きすぎて装着できなかったので動物パジャマを参考にした変身服を作ってあげた。フードに耳がついていて小動物みたい、かわいさ倍増中だ。
「どうでしょう。俺達は辺境の生まれなんであんま種族とか気にしたことないから…。」
「ふむ。気にしないとは…変な奴らだな。人族なら俺達についてこい。素晴らしい世界を見せてやるぞ。」
「…。今会ったばかりなのに随分評価されているようですね。」
「人族なのにこの国に潜入できているということは、それなりに力を持っている証拠。それにお前が従えている者達、女子供にしては使えそうだ。」
「あぁ、そう言うことですか。でも俺達戦争には興味ないんでお断りしまーす。」
確かに人族が普通に異国で活動できているというだけで有用な人材なのかもしれない。忌み嫌われてますからね。しかしあんなに怒っていたのに人族っぽいと感じた瞬間勧誘するなんて、中々柔軟な考え方ができる男なのかもしれない。
「ふざけるな、人族としての矜恃はないのか!」
「相手を知ってるわけでもないのに種族が同じってだけで信用する理由にはならないってだけですよ。それと、この子達は俺が従えてるわけじゃないんで失礼な言い方やめてもらえます?なんか、大した用もなさそうなので俺達失礼させてもらいますね。」
パワハラ。いや人種ハラスメント?今時はやらないですよね。固定観念の塊みたいな人とは話をするだけ無駄無駄。とっとと帰ることにしよう。
ドゴーン!!!!
いざサラバとばかりにベランダに足をかけたら背後で轟音が響き渡る。
「え?」
振り返ると恐ろしいことに俺達の周りに巨大な穴が開いていた。
「おぉ!いきなり攻撃するなんて、やっぱりお前悪者だな!ココが防がなかったら俺達が穴だったぞ!」
そして俺の前でこだまが男に手を向けている。どうやらこだまが防いだからドーナツ状になったようだ。あれ、これって戦う流れなの?




