リアへの依頼
依頼の狩りのターゲットは大きな猫のようです。
「ジャイアントシベットをご存知ですか?」
「白と黒の縞の猫?」
男たちに連れられ大きな屋敷に案内されたリアは、大広間で依頼主となる商人と対面していた。
オルタ商会の代表ヴォルトと紹介されたその男は、すらっとした長身の男でシンプルで無駄な装飾のない、品の良い服を着ている。本当のお金持ち、といった雰囲気。屋敷の大きさから街でも有数の商人であることが窺える。
依頼主とリアの間には大きな机があり、その上には依頼の資料となる羊皮紙が広げられている。リアの言葉を聞いて、男はさらにその真ん中にイルーヴァントの地図を広げ話を続ける。
「流石エルフ族、知っておられましたか。そうです、イルーヴァントの南東にそびえ立つゴーリ山脈に生息している毒系の魔獣です。体内に毒を溜めている嚢は、実は香嚢とも呼ばれていて大変高貴な香りがすると言われてます。実は私ども、ある香が欲しいとの依頼を受けていましてその香を作るためには、ジャイアントシベットの香嚢、竜涎香、コパール、この3つの材料が必要なのです。」
「確か竜涎香は海の巨大魔獣バリエニの胃の中で稀に作られる石。そしてコパールはロックバードから取れる素材。」
「ご名答です。どの素材も手に入れるのが困難なもの。本来は断るべき依頼なのですが、依頼してきた方がとても断りづらい方で…竜涎香はなんとか手に入れたのですがコパールは警戒心が非常に高く、素早い。しかも知恵の回る鳥で未だ確保できていません。そして先に触れましたジャイアントシベットは姿を見せる時期が限られている上に非常に凶暴、依頼を受けていただける冒険者すら未だ現れていない状況です。」
「それで私にそのジャイアントシベットの捕獲を依頼したいと?」
「はい。何卒お力をお貸しいただきたい。」
「コパールの方は?」
「一応何組か依頼を受けてくれる冒険者が見つかりました。しかし難易度の高い依頼、もちチャンスがあればそちらもお願いしたいと考えています。」
「わかった。挑戦してみる。」
「ありがとうございます!!こちらで用意できるかぎりの戦力はお付けしますし、狩に必要なものがあれば是非協力させていただきます。なんなりとおっしゃってください。」
依頼内容を確認するとリアは腕を組み、しばし考える。
「ジャイアントシベットの生息地に詳しいものがいれば案内をお願いしたい。あと、敵を刺激すると困るから戦力はそれほどいらないわ。必要なものは…ガルの実が欲しいのだけど、集められますか?」
「ガルの実ですか?それなら問題ありません。」
「明朝出発する。私も準備をしておきたいので今日のところは失礼させていただきます。」
「では明朝宿の外で落ち合いましょう。是非私どもが運営する宿をお使いください。あと、狩り場までは数日はかかると思うのでそのつもりでお願いします。」
「わかったわ。」
依頼内容を確認したリアは明日の出発に向けて狩りの準備をすべく街へ繰り出した。
ガルの実はまたたびのような実で、猫系魔獣であるジャイアントシベットの好物だ。行動を誘導するためにはまず確保しておきたいアイテムだが、こちらはお願いすることができたので後は弓矢の補充や罠の準備など。やっておけることはたくさんある。あれを用意しよう、あれも試してみようか。街を忙しく歩きながら作戦を呟く口元が自然と緩む。初めて対峙する大物への挑戦にワクワクが止まらないリアだった。
そして迎えた翌日。
「程よい風に、雲ひとつない空。絶好の狩り日和ね。」
逸る気持ちにいつも以上に早く目覚めてしまい、緊張をほぐすため軽く汗を流したリアは頬に当たる心地よい風を楽しんでいた。スパイスが有名なイルーヴァントなだけあって、どこからともなく香るスパイスが異国にいるのだと思い出させてくれる。
そろそろ出発時間が近い。宿に戻って案内人と合流しなければ。そう思い元来た方向に足を向けると一瞬ふっと妙な香りが漂ってきた。
「誰かが新しいスパイスでも研究しているのかしら…。いろいろ混ざるのは好きじゃないから、楽のデオドラント使っとこ。あ、匂いがない方がジャイアントシベットが警戒しないし、いい作戦かも♪」
新たな作戦を思いつき、気を良くしたリアは足取り軽く宿へと急いだ。
宿に戻ると依頼人の用意してくれた案内人が既に到着していた。
「あ、リアさん早いっすね!案内人のランバーっす!普段はゴーリ山脈で木材採取系をメインにしている冒険者で、今回ヴォルトさんに頼まれて狩りに同行することになったっす!」
「よろしく。来るのはあなた一人?」
「いや、もう二人来るはずっす。あ、来た来た。」
ゴーリさんが手を振る方向を見ると、長身の男が颯爽と歩いてきていた。
「え、あなた…。」
「驚いたかい?そう、オルタ商会の代表であり、現役冒険者でもあるヴォルトが今回の同行者さ。そしてこちらがアイテムボックス持ちのバガッジ君。食事などの雑用は彼に任せてくれたまえ。」
「バガッジですだ。よ、よろしくお願いしますだ。」
「そう。揃ったなら出発しましょう。」
まさか代表自ら狩りに参加するとは。内心で驚くリアだったが、時間は有限、早速出発した。
「ここからゴーリ山脈はどのくらい?」
「馬車で行けば昼頃には麓に到着するっす。ジャイアントシベットは川の上流付近を好むと言われているっすから、生息地までは3・4日位っすかね。」
「そう。なら急ぎましょう。」
淡々とした様子で先を急ぐ一向。山脈の麓までは大した魔物に遭遇することなく順調で、朝の説明通り昼頃に到着した。入り口付近には公共施設として馬屋と馬車置き場が設置されていた。
「ここはイルーヴァントが設置している馬車置き場っす。ギルドカードを登録してお金を払えば誰でも使えて、長期間馬車を放置するときには便利なのでおすすめっすよ。」
「馬の世話もしてくれるの?」
「もちろんっす。奥に管理してくれる人たちがいるんで世話と監視はばっちしっすよ。」
「ささ、馬車のことはその辺にしておいて、昼食にしましょう。もう腹ペコペコですよ。」
ヴォルトさんがお腹をさすりながらバガッジさんを急かします。慣れた様子のバガッジさんがこれまた慣れた様子で火を起こし、調理をはじめました。待っている間、初めてくるゴーリ山脈を調べることにしたリアは、森の入り口へと入っていった。リアの故郷であるタルウィドゥナがある魔の森と違い、ゴーリ山脈は至って普通の森だった。カラフルな木もないしコロコロ自生する草木が変わったりもしない。穏やかな雰囲気の森だった。道中聞いた話だと魔物は奥の方に行けば遭遇するが、手前はいてもウサギ型魔物のアルミラージや猪型魔物のギバ、スライム系魔物や植物に擬態した魔物で比較的弱いようで普通の野生動物の方が遭遇率が高いらしい。魔の森に慣れているリアにとって実に歩きやすそうな森である。