第九一話 アイドルはアイドルに
アイドルはアイドルに
十一月三十日の日曜日。
ミストレーベル企画室で、今日は会議をしている。
議題は、ベルガモットとミックスパイについてだ。
この二つに何が起きたのかを順を追っていくとこんな話になる。
日本武道館のライブの頃、ベルガモットのデビューシングルとなる『キャラメルラメル』が先行公開され始めた。
始めはケーブルテレビ局からだったので、そんなに話題にもなっていなかったのだが、流れが変わったのは慶大の学祭ライブでベルガモットが出演した時からになる。
このライブの翌週から、『キャラメルラメル』と十二月に発売予定のアルバムである『キャンディーボックス』の予約が急激に増えたのだ。
地上波でもベルガモットのMVが放送され、タイアップを取っていた菓子メーカーの商品も急激に売れ始めた。
そして今週末には、シングル、アルバムともに確実に一位で発売される予想ができる事態になっている。
慶大での学祭ライブをきっかけにクチコミでベルガモットの情報が広がっていったようだ。
もちろんベルガモットの取材要請は、かなり来ていて彼女たちは高校にいく時間を取ることもできずに毎日取材を受けている。
全員が堀学園高校に通っているので、学習面の不安はないが急激な変化にスタッフ一同で驚いている状態だ。
このままいくと、元々がモデルとしても十分に活躍できる容姿のベルガモットなので、どこかの雑誌と契約することになりそうだ。
結論、俺が仕込んだガールズバンド企画は、当たりすぎてしまったのだ。
さらに、ハニービーの存在も、そのうちに知られるだろうし、来年には、三つ目のガールズバンドの投入も予定されている。
元々がアイドルを作って欲しいと言う話から、ガールズバンド企画は始まっているので、彼女たちが、アイドル的な売れ方をしたとしても道理なのかもしれない。
それに、彼女たちの実力はイギリスでも評価されているので、一発屋となる心配もない。
実に強力じゃないか……。
だが、本気のアイドル企画を動かそうとしていたときにこの展開は、非常に辛い。
ミックスパイの手売りは、今日で五万枚に到達すると速報が入っている。
だが、時代の流れは、ガールズバンドあるいは、女性ボーカリストの時代が続きそうだ。
ジュリアンマリアも絶好調だし、極東迷路も春には活動を再開する。
うちの女性ソロミュージシャンたちも調子は良いので、アイドルの時代には、少し早すぎたかもしれない。
それに、宇多ヒカリがブラウンミュージックに所属した。
彼女のデビューには、もうしばらくの時間が掛かるが、俺の記憶にあるブラウンミュージックの最後の黄金期がここから始まる。
いろいろと考えた結果、餅は餅屋、アイドルはアイドルにとの考えに至った。
「明菜さん、わざわざすいません」
「アイドルの話で私が呼ばれる時って、ほとんど昔話を聞かれる時なのよね。それなのに今回は私がアイドルのプロデュースをしてみないかってお話らしいわね」
「その通りなんです。正直なところ、以前から企画をしていたガールズバンドがアイドル的な売れ方をしてしまう予想ができてしまって、俺じゃ本格的なアイドルを手掛けるには限界を感じています」
「それで、こちらの彼女は?」
「あ、あの桃井春海です……。大好きです!」
「え、あ、うん。ありがとう。桐峯君?」
「彼女は、秋葉原で活動をしているライブアイドルなんです。アイドルについても詳しいので呼ばせてもらいました。それに作詞作曲もできるので今回の話には、向いていると思ったんです」
「はい! アイドルの事も詳しいんです……」
それから桃井の早口によるアイドル講座が突然始まった。
これって、スイッチの入ったオタクが早口でしゃべりまくる有名な現象か。
やたらと生き生きしているので、止めない方が良いのだろう……。
「……なんです!」
明菜は、桃井の迫力に押されてしまったようだ。
だが、桃井の雰囲気は気に入ってくれたようで、意外に良い組み合わせになるかもしれない。
「えっと私や私の同世代のアイドルの話は、置いておくとして、二次元には二次元の良いところがあって、三次元には三次元の良いところがある。それを今回は、じっくり関わっていきたいってことなのよね? 桐峯君、解説をお願い」
「二次元は、漫画、アニメ、ゲームに登場するキャラクターのことですね。三次元は、現実世界のアイドルやタレントの事になります」
「なるほど。その二つがどう関わるの?」
「最近のアキハバラなどでは、アニメキャラやゲームキャラをアイドル的に扱うのが流行っているようなんですよね。桃井さんとしては、ゲームキャラをアイドル的に扱うのも良いけど、現実世界のアイドルたちも大事にして欲しいってことなんだと思います」
確か本棚に、資料として恋愛シュミレーションゲーム『どきどきメモリアル』の様なゲームのキャラが載っている雑誌があったはずなので、それを取りに行き、明菜さんに見せた。
「……確かに可愛いわね。でも、ゲームキャラは、どこまで行ってもゲームキャラよ?」
「うーん、何と説明するべきか。明菜さんがデビューしたころには、こういう文化の土壌は、すでにあったらしいんですよ。なので、こんな文化が今は生まれて流行ってきているってことを覚えておくだけで良いんです」
「理解できないからって、無理に理解する必要はないものね。でも、私がデビューしたころに放送されていたアニメのいくつかは本当に人気があったのは覚えているわ。その延長なのね」
「それです。その感覚で大丈夫です」
「何となくわかってきたわ。現実世界のアイドルたちも、しっかり応援されないといけないわよね」
「明菜さん、私はこのお話のミックスパイのオーディションに同行していたんです。彼女たちは、『成長するアイドル』でその過程を皆で見守るのが良いと思っています」
「その手のアイドルは、私たちの時代にもいたわね。今の若手の子たちは、歌が上手くて演奏もダンスもしっかりしているから、あの当時の人とは違いすぎるけど、練習風景から見せていくしかないわよね」
「実際にこのアイドルたちが集まったオーディションは、オーディションの様子から、追いかけていました。私が歌詞は書くのでトータルのプロデュースは明菜さんにお願いしたいです」
「あ、曲の方は、桐峯君が?」
「曲は、ジルフィーにお願いしようと思っています。正直に話すとこのミックスパイが売れると全く思えないんです。ですので、明菜さんやジルフィーの力を借りたいんです。歌詞だけは、彼女たちと年齢の近い桃井さんにお願いすることで、ごり押しのプロデュースじゃない雰囲気を作れるかなって思ったんですよね」
「そんなに彼女たちは、酷いの?」
「彼女たちの素質は良いと思っています。時勢が悪いので、可能なら二〇〇〇年代まで、生き残れたら別の手が打てるので、何とかそこまで生き残って欲しいです」
二〇〇〇年代になると、歌唱力がありダンスも上手いメンバーが集まり始めた記憶がある。
同じようにいくのかは、わからないが今よりは良くなるだろう。
「二〇〇〇年代か。近くて遠いわね……」
「芸能界は、流れが速いですから、あっという間ですよ」
それから、詳細を詰めていき、メンバー交代や追加の可能性の話や、しばらくの曲の雰囲気や今後の展開などを話し合った。
桃井の扱いは、ミストレーベルのアルバイトスタッフのままで、曲が採用されると収入になる契約とした。
これにしておかないと、秋葉原での桃井の活動に支障が出てしまうんだよな。
ちなみに、しばらくは『ハルミ』の芸名で作詞活動することになった。
結局メインプロデューサーは明菜が担当してくれるが、俺はアドバイザー的なポジションになった。
ジルフィーには、すでに話が通っているので、これでいけるはずだ。
てんくがプロデュースしたときは、ミストレーベルは存在していないし、ブラウンミュージックもこんなに活発な動き方をしていなかった。
俺が動いたことで、自分の首を絞めることになるとは思わなかったな。
小村哲哉のところでも、自分が楽曲提供したミュージシャン同士で、潰し合うようなことが起きていたとも聞いたことがあるので、十分に注意をしておこう。
桃井と明菜は、ジルフィーのところへ挨拶にいくようで、会議は終了となった。
プラモデルとライダーのフィギュアが並ぶ棚を何気なく眺める。
ライダーの映画は、クランクアップしたそうだ。
学生の冬休みに入る時期までに放映できる状態にするそうで、かなりの過密スケジュールで進行しているらしい。
森石先生の体調が本当に危ないらしく、年内か一月中に亡くなる可能性が高いと聞いた。
言い出した立場の俺としても、ライダー映画は、森石先生に見て欲しい。
劇場が無理なら、せめて病院で何とかならないだろうか。
森石先生の偉大さを、悲しみだけの色で送り出すのは、辛すぎる。
映画を見て森石先生の偉大さを心から感じて、感謝の気持ちで送り出したい。
エーデルシュタインで使うマスクをライダーに近いデザインにしても良いかもしれないな。
バンタイの関係企業に発注しても良かったのだが、柴田が意地でも作ると譲らないので、デザインから彼に任している。
残念なことに、柴田は特にライダーが好きと言うわけでもないようなので、マスクライダー風のマスクは無理だろうな。
おそらく、エーデルシュタインの初ライブは、ガールズバンド企画の皆やポーングラフィティがお世話になったライブハウスのクリスマスライブになりそうだ。
曲は、二十曲程をカレンに渡しておいた。
いきなりの二十曲で、軽く涙目になっていたが全部に歌詞を付ける必要はないし、気に入った曲から付けて行けば良いと言っておいた。
ボツになった音源から、メタル系に使えそうな物を選び、さらにメタルっぽくアレンジを加えて録音をした品物なので、そんなに時間はかかっていない。
歌詞が付けられた曲から、練習を始めているので、ライブの時には、それなりの数の曲がセッティングできそうだ。
そういえば、先週に慶大の入学試験があった。
面接と小論文と言う名の作文だけで、無事に終了し、金曜日に合格通知が届いた。
美鈴と白樺を含めミストレーベルの高校三年生組の全員に合格通知が来たことも確認できたので、いよいよ大学生に成れる。
大学は楽しみだが仕事に使える時間が増える方が嬉しく感じてしまう。
やり直し人生でも、この社畜感は、まだ抜けないようだ。
もう少し余裕のある生活をしないと、美鈴に怒られてしまうな。




