第九〇話 エーデルシュタイン
エーデルシュタイン
十一月十六日の日曜日。
ブラウンミュージックのビルの一階のエントランスエリアには、簡単な打ち合わせができるように応接セットがいくつか置かれている。
今日は、この場所で待ち合わせをしている。
待ち人が来るまで、先日の事を思い出す。
大林ユウのお披露目と、その後のデビューお祝いライブは上手くいった。
俺たちとしても、日本武道館でのライブ経験は貴重な経験になるので、ミストレーベルの総力を掛けて挑んだ。
デビューしている者たちは当然として、デビュー前の者でも参加できるところでは、積極的に参加した。
ブリリアントカラーは、デビューシングルの先行公開が開始されていたので、参加することができたが、ベルガモットはユイとミオの二人だけしかコーラスで参加できなかったのは悔やまれる。
このライブの数日後の日曜日に、慶大の学祭ライブにも参加した。
こちらでは、辛うじてデビューシングルの先行公開が広まって来ていたベルガモットも参加した。
少し強引にねじ込んだ形になってしまったが、ベルガモットは見事にやり切ってくれた。
高校三年生組にとっては、実質の入学試験なので、いつも以上に気合を入れて演奏した。
特に目立つトラブルもなく無事に終了し、理事長と学長からは、入学を待っていると言われたので入試は大丈夫のようだ。
オーディション敗者復活組で結成されたアイドルユニットのミックスパイの手売りも開始され、順調な売れ行きのようだ。
彼女たちには、デビューが決まるまで、会わないようにしている。
五万枚の手売りは、話題としては面白いかもしれないが、本人たちからしたら酷いの一言になるだろう。
年長組は、大人の都合を理解してくれるだろうが、最年少の城沢にとって俺は、鬼か悪魔か魔王に思われているかもしれないので、会うのが怖い……。
この業界は、人の人生を簡単に狂わせてしまう業界なのだから、気を付けられるところは気を付けて行きたい。
彼女たちの活動について、いろいろと考えてはいるが、デビューが決まれば彼女たちの希望も聞きやすくなるので、そのうちにしっかりとしたミーティングをしなければな。
そんなことを考えていると、待ち人が来たようだ。
「キリくん、おまたせ。それにしてもこんなに大きなビルの中で仕事をしているんだね」
「シラくん、良く来てくれた。渡してあった資料には目を通してくれたか?」
「しっかり目を通したし、納得もした。妖精設定ってのが、上手くイメージができないけど、僕の立ち位置も真剣に考えてくれたのは十分伝わった。やれるだけやってみようと思う」
「それじゃあ、俺たちのレーベルの企画室に他のメンバーも待っているから、早速移動しよう」
白樺を呼んだのは、カレンのバンドのギターリストを担当してもらうためだ。
二学期中間テストの結果、白樺も無事に学内推薦の枠内に入り、今月末に入学試験を受ける。
どうやら、試験の状況を聞くと、余程のことが起きない限り、学内推薦で落ちることはないらしいので、前倒しで白樺をカレンたちに会わせることにした。
ミストレーベル企画室に入ると鶏のマスクを被った柴田とカレンに楠本がメタルバンドについてかたりあっていた。
「お待たせした。最後のメンバーになる白樺だ。俺と楠本は、白樺と高校バンドで一緒にやっていたからそれなりのギターリストだと推薦できる」
「あ、桐峯さんたちの高校でやったライブで飛び入り参戦していた方ですよね。一般の高校生なのにすごいギターを弾く人だったと覚えています」
「白樺です。よろしくお願いします!」
「シラくんが来てくれたなら、楽しくなりそうだな」
「クスくんのギターにあっという間に追いついて、抜いていってしまうからね。確かカレンさんだったね。精一杯やらせてもらうよ。それと……マスクの人もよろしく」
「マスクの柴田です。よろしくお願いします」
柴田は、マスクの人で問題がないらしい……。
それからも歓談の時間を長めに取り、挨拶は無事に終わった。
「まずは、メンバーはこの五人でやろうと思う。ヴォーカルはカレン、ギターを楠本と白樺、ベースを柴田、最後にドラムが俺こと桐峯だな。楠本と俺は、極東迷路との掛け持ちになる。こっちのメンバーには悪いが極東迷路を優先にさせてもらう」
「アキラさん、やっぱりドラムは見つからなかったのでしょうか?」
「正直に言うと、このバンドのドラムを叩いてみたくなったのが本音だな」
「極東迷路が優先なのは仕方がないと思います。それ以上にアキラさんが参加してくれる方が嬉しいです!」
「そう言ってもらえると、ありがたい」
それから練習スタジオに移り、それぞれの音の確認をすることになった。
柴田は、マスクのままだが、本当に大丈夫なのか……。
「えっとだな。呼び方なんだけど、高校と同じってのも何か違う気がするから、芸名的な名前が決まるまでは、呼び捨てにさせてもらう」
「確かに、少し変化を入れて行かないといけないかもしれないな。じゃあこれからは桐峯って呼ぶ」
「僕は、桐峯君にしようかな」
「俺はあって間もないので、今まで通りに桐峯さんにしますね」
「私も初めに決めた通りでアキラさんにします」
「じゃあ、そんな感じでよろしく。いきなりの指示だしで申し訳ないんだが、リズムギターを楠本でリードギターを白樺にしてほしい」
「何か理由があるのかな?」
「二人の良いところを考えると、楠本は音作りが得意なんだよな。メタル系のバンドってドラムやベースだけじゃなくてリズムギターも合わせた土台がしっかりしているバンドの方が、音がはっきりすると感じた。それでリードギターを白樺にしてほしい理由は、なんだかんだで白樺の良いところは、縛られない自由な音だと思ったんだよな。だからこの組み合わせで頼む。将来的には、曲によって変えたりフレーズによって変えるのが理想だとは思っておいてほしい」
「俺たちの特長を考えての話なら、十分理解できた。リズムギターを極めるつもりでやってみる」
「僕もリードギターを担当させてもらえるんだから、カレンさんと同じくらいに目立つつもりで弾いていくよ」
「あの俺には、何か指示はないんでしょうか?」
「柴田は、まずはこの二人の音を聞いて、どんな絡み方が良いのかを考えてほしい。俺はまあ、良くあるヘヴィメタルのドラムを今日は叩くから、それっぽく乗って来てくれ。カレンは、スキャットでも何でも良いから、乗れそうなら乗ってくる感じでよろしく。皆、無理はするなよ」
それから準備に入り、俺はワンバスでもツーバスの様な叩き方ができるようになるツインペダルのセッティングを始めた。
俺のドラムスタイルはテクニック重視だが、手数の多さが最大の武器になっている。
メタル系の音では、バスドラムを二つ使ったツーバスと呼ばれるスタイルが目立つ。
だが俺はこのツーバスがあまり好きではない。
他のプレイヤーがやる分には、何も抵抗はないのだが、自分がやるとなると、バランスが悪く感じてしまうのだ。
八の字のようにバスドラムを設置して、中央にスネアタムを置き、その下に椅子を置く。
椅子に座り左側にハイハット、右側にバスタムとライドシンバルを置く。
タムタムは、バスドラムの上に四つ並べるのが良いかもしれない。
後は好みでシンバルを配置していくのだが、ハイハットもオープンとクローズを二つ用意する時があるし、全体的にセットが大きくなってしまうのだ。
この大きなセットが良いと思う人もいるのだろうが、俺の場合は、シンプルなセットを好む傾向がある。
おそらく学生時代に、ドラムだけでの路上パフォーマンスを何度かしたことがあり、この時に最小のセットで、やれることを考えた末に打面の違いによる細かい音の違いまで使った演奏が好みになってしまったようなのだ。
だが、プロのドラマーとして叩くなら、ある程度、見た目にもこだわったセットを用意しなければならない。
今日はツインペダルで乗り切るが、セット選びも考えなければな。
そんなことを考えながら、セッティングを終えて、軽く叩き始める。
テンポはBPM160くらいで良いだろう。
その速さの曲を頭の中でイメージし、同期させて叩いていく。
楠本のギターが乗り始め、比較的わかりやすいコード進行を全体に見せていく。
それを見た柴田がベースを入れていく。
土台が安定したところで、白樺が乗り、まとまり始める。
このバンドのバンマスは、楠本になるわけだな。
カレンが、無理のない声でスキャットを入れて行き、バンドの音が完成した。
梶原が極東迷路では、バンマスのポジションだったから、それをしっかり見て聴いて楠本は自分のものにしていたようだ。
カレンの声は、元が美声と言われる部類の声なので、無理さえしなければ良いヴォーカリストに成長するだろう。
なぜ、彼女が以前の世の中では中途半端にしか受け入れられなかったのかが本当に疑問だ。
適当に演奏したところで終わらせる。
「初の音合わせなのに、上手くいった方だと思う。柴田は、もっと深く沈ませてほしい。楠本はひずみをもっと大きくした音の方が良いかもしれないな。白樺は、遠慮がちなのが音からでもわかるから、もう少し自分を出していこう。カレンは、探り探りになるだろうけど、もっと遊んで良いからな」
音作りをしばらくしてから、演奏を再開する。
何度か調整をしつつ、皆の音が把握できたと感じたので、今日はここまでとした。
「おつかれさま。曲だけど、コピーを一曲くらいやっておくか。それとも、オリジナルから始めてしまうか?」
「アキラさんの手が空いているなら、オリジナルからでお願いしたいです」
「僕も今更このメンバーでコピーをやる必要を感じないかな」
「白樺の意見と俺も同じだな」
「俺も同じですね。桐峯さんのドラムをまともに初めて聞きましたけど、本当にプロ級だったんですね!」
「ああ。あまり話していないんだが、ピアノよりもドラムの方が得意なんだよな。タイミングが合わなくて叩く機会があまりなかったんだ。それじゃ、曲は作って来るから、デモを録り終えたらカレンが歌詞を付けてくれ」
「はい。良い感じに妖精っぽいのを作ってきます! それと、バンドの名前なんですが、どうします?」
「ああ。一応、シェーンハイトとエーデルシュタインってのを考えてきた。シェーンハイトは美しいとか美の意味だな。エーデルシュタインは、宝石の原石とかの意味になる。他にも候補を考えてくれるのならそれも候補に入れたいから、急いで決めなくて良いと思っている」
「どちらもドイツ語ですよね?」
「ドイツ語だな。それっぽい言葉を辞書で調べてきただけだ。どうする?」
「妖精設定の地球世界に来た理由を人類の中から妖精になれる素質のある者を探しに来たとかにすると、エーデルシュタインがしっくりくるよな」
「なら、妖精は美しいものが好きだから、妖精的な美を地球世界に広めるためにやってきたとかならシェーンハイトも使えるね」
「楠本と白樺の言う通りで、今なら設定を替え放題だから、それっぽい名前を探してきてくれても良いんだ。ドイツ語だけじゃなくて、英語でもフランス語でもケルト語とかでも問題ない」
「確か妖精の話で、取り換えっ子、チェンジリングって話があるんです。人間の子供を妖精世界に連れて行ってしまうお話で、日本的に解釈すると神隠しのようなお話になるんです。このお話を元にして設定をくみ上げたらエーデルシュタインが使えますよね」
「一応、仮の名前でエーデルシュタインにしておくか?」
皆としては、特にこだわりはないようでエーデルシュタインが仮の名前となった。
どうやら、皆の関心は妖精設定の作り込みにいっているようで、バンドの名前は二の次のようだ。
極東迷路もそれなりに候補は出したが、殆ど悩まずに決まったんだよな。
バンドの名前なんて、こんなものなのかもしれない。
後は、設定に合わせて、皆の呼び方を考えるだけになるが、これは、もう少し設定が固まってからの方が良いだろう。
このバンド活動が上手くやれるようにプロデュースの方も整理していかなければな。




