第八九話 高校最後の文化祭
高校最後の文化祭
十月二六日の日曜日。
今日は、文化祭二日目の一般公開日だ。
昨日は、体育館で極東迷路セイカモードとトワイライトアワーのライブをした。
コーラスには、美香と舞だけではなく、カレンと清恵も参加して、ステージ上からのライブの雰囲気を味わってもらった。
今年は一年生の選挙の時からやっていたメイクイーンの『ロックユー』をやっていなかったので、体育館に集まった生徒たちとドンドンパンをやった。
三年生は選挙に出ることが出来ず、今年はないと思っていた生徒たちは、大いに喜んでくれたようだ。
一年生たちからしたら俺のドンドンパンは、伝説のようになっていたそうで、ほぼ全生徒が集まっての気合の入ったドンドンパンは、体育館が壊れるんじゃないかと思うほどに強烈だった。
上杉のトワイライトアワーでは、白樺と現軽音部部長のベーシストが飛び入りと言う名の、打ち合わせありの参戦をしてくれて、こちらもしっかり盛り上がった。
一般公開日は、万が一があるので休んだ方が良いんじゃないかと言う話もあったが、高校最後の文化祭なので、制服でいると変装がやりづらいが、私服に着替えて文化祭を楽しむ許可を校長先生からもらって、美鈴と一緒に朝から校内を回っている。
変装と言っても、帽子を深くかぶるとか眼鏡をかけるとかそんな程度なので、生徒たちにはバレバレだが、一般訪問者には、案外ばれないようなので、安心してうろついている。
「輪投げの景品にたままっちが大量にあったんですが、あっくんが何かしたんですか?」
「ああ。一年の時の学年議長だった矢野が有志で参加したいって話だったから、たままっちを格安で譲った。スーもやってみるか?」
「たままっちは、うちにもいくつかあるのでいらないですね。それよりもあっくんは変装をちゃんとしないといけないので、お面を買いましょう!」
たままっちのブームは、あっという間に終わってしまったな。
良いゲームだから、この先もバージョンを替えて数年おきに発売されるんだったかな。
美鈴に引っ張られながら、お面を売っている出店に行くと、今年からアニメが放送されているボルモンのお面がいくつもあった。
ボルモンは、弱っていたり、友好的なモンスターにボールを投げつけると捕獲できるRPGが原作の有名タイトルだ。
このボルモンの商品権利もバンタイが持っているので、俺が安値で譲ったお面になる。
美鈴が黄色いネズミのピチューカを被って、俺がファイアートカゲのお面を被った。
「これで安心なのです」
「確かにお面を被れば、誰かわからないよな」
バンタイの商品の中から、露店販売に向いていそうな試作品を幾つか安値で卸し、いろいろと試してもらっている。
これは名前が悪すぎると思った出店に『バッタ焼き』と言う物があった。
見た目は、地方によって名前が変わるらしい、大判焼きに、そこにライダーの焼き印が押されただけの品だ。
当然中には、バッタは入っていない。
最近になると正月映画にライダー映画が上映されることは、雑誌などでも取り上げられているのでマスクライダー真のバッタ怪人の姿もある程度公開されている。
そこからのバッタ焼きなのは、わかるが、バッタが入っていそうで怖すぎだろう……。
バッタも食べられるんだったか、イナゴだけしか食べられないのか、そのあたりは良く知らないが、バッタ焼きはやめて欲しい……。
バッタ焼きはもちろんとして、たこ焼きや焼きそばにクレープなどを適当に買いながら、三年次になってから再び、俺たちの食事場所となっている第四ピアノ室に入った。
ちなみにだが、美月には、一人分の弁当を美鈴の家の料理人が用意してくれていて、それを持って生徒会室で毎日昼食を摂っているそうだ。
来年からも美鈴のところの使用人さんが美月の弁当を用意してくれるらしい。
美月も東大路から見ると身内同然なので、これくらいは当たり前のこととのことだった。
美鈴たちも、一般の価値観を大事にはしてくれているので、無駄に口を出さない方が良いと好意を受け入れることにしている。
「スー、お祭りの食べ物は、雰囲気込みで食べるものだから、味には期待をしちゃだめだぞ」
「大丈夫です。皆が頑張って作っている様子も見ていましたし、美味しくいただくのです」
適当に食べながら、これからの話を何となくしていく。
「推薦の入学試験って、十一月の末にあってその一週間後には、結果が出るんだったか?」
「それくらいの予定です。でも、あっくんたちは、慶大での学祭ライブがあるようですし、それが実質の入学試験みたいなものでしょうね」
「特別入学と言われていても実質の一芸入試なんだな」
「面接はともかくとして、小論文があるそうですが、文字が書ければ誰でも通ると評判ですから、大丈夫ですよ」
「そんな言われ方までしているのか。逆に慶大側を心配してしまうな」
「慶大も一般推薦なら、学力試験もしているそうですし、私たちの様な学内推薦とあっくんたちの様な特別推薦にAO入試の方だけがこれになるようです」
「それなら大丈夫なのか。俺たちも慶大の勉強についていけないと困るし、ある程度の学力は身に着けているから、何とかなるんだろうな」
「ほとんどの特別枠の方々は、あっくんたちと同じで、それなりの学力を身に付けているようですので、問題はないようです」
食事を終えて、一息ついていると美鈴が、ふっと近づき背中に張り付いて来た。
「あっくんが本家に来る準備は、順調に進んでいます。防音室を二つ作るそうです。美香ちゃんと舞ちゃんの受け入れ準備も問題ないのです。でも、妹分を大事にするのは良いのですがスーも大事にしてくれないと困ります」
耳元で、そんな話をされると恐怖を感じてしまうだろうが。美鈴は、しっかり計算してこういうことをしてくるから困る。
美鈴と向き合い、そのまま抱きしめる。
頭をなでながら、耳元でささやく。
「スーが頑張っていることは知っているし、いろいろなところで、手助けをしてくれているのも知っている。いつもありがとうな。俺は俺が思っている以上にスーのことを大事に思っているようだから、安心して欲しい」
「はひ……」
スーは耳が弱いようだ。
美鈴を離して、お面を深くかぶらせ、しばらく放置する。
「ギュっとされた上に、頭なでなでと耳にささやくのは、ずるいです……」
復活した美鈴は、困り顔とにやけ顔を一緒にしたような顔でクレームを言ってきた。
「ちゃんと大事にされている実感は、伝わったか」
「伝わりました。スーはちゃんと大事にされています。それと、たまに今のもして欲しいです」
「やりすぎ注意なんだからな。それをわかっていたらまた今度な」
「はい、やりすぎ注意なのです。またお願いします」
それからもしばらくの間のんびりしていると、美鈴の携帯電話に来客の到着の知らせが入り、一緒に出迎えに行く。
校門に着くと、何かのドラマの撮影かと思うくらいにわかりやすい黒服の護衛の方々を引き連れた御大が現れた。
「洋一郎さん、こんなところまで、ありがとうございます」
「美鈴と彰君も三年生だからな。これが最後だと思って訪問させてもらった」
「お祖父さま、校内を回りますか?」
「まずは、理事長と会っておきたい。慶大とは、今後も良い付き合いをしておきたいからな」
それから、校長室に行き、事前に洋一郎さんが来ることを知らされていた大学理事長と校長先生に挨拶をしてから、意見交換をしていた。
洋一郎さんとしては、気になることがあり、理事長に意見を聞いてみたかったそうだ。
それは、四月から東大路グループが運営する学校法人と学校の名前だ。
現在の法人を引き継ぐ形なので、名前は既にあるのだが、洋一郎さんとしては変えたいらしい。
俺もそれには同意するので、この話には興味がある。
理事長が言うには、古典から名前を取ることが多いそうで、元号などからも名前を取ることもあるそうだ。
もしここで令和を使ってみたら、歴史に変化は起きるのだろうか……。
流石にまずいか。
確か、令和が決まるときに、平成が決まるときの候補として挙げられていたものが参考に紹介されていたのを思い出す。
こちらなら使っても問題ないだろう。
確か……『修文』と『正化』だったな。
そのまま使うのもどうかと思うので『正修』ならどうだろうか。
「洋一郎さん、元号でも良いのでしたら、平成が決まるときに候補に挙がっていた『正化』と『修文』を合わせて『正修』はどうでしょうか?」
「ほう。確か正しく化すと修める文だったな。合わせて『正修』か。良い。彰君には、主力以外の分野を任せるつもりだから、学校運営も彰君の仕事になる。実質の運営は、別の者にさせるとしても、彰君の意向が伝わりやすい方が何かと便利だろう。学校法人正修学園で決めよう」
主力以外は、俺の仕事になるって、本気か……。
まあ、誰かに任せてそれを監督するのが俺の仕事になるのだから、全てを一人でやるわけじゃないんだから、大丈夫だと思っておこう。
妙な引っ掛かりもないし、覚えやすくもある名前なので、正修学園は、俺も気に入った。
慶大の理事長も良い名前だと言っているので本決まりだな。
それから、理事長たちと一緒に講堂へ行き、母親の講演を聞くことになった。
今年の講演の内容は、子育てについてらしい。
世の中的には天才高校生音楽プロデューサーの桐峯アキラの母親でもある桐峯皐月なのだから、彼女の子育ての話は、聞く価値があると要請したようだ。
だが、非常に残念なことに母親と息子、両者ともに子育ては失敗したと自覚しているのが我が家だ。
決して憎み合っているわけではないが、微妙な距離感を作り上げてしまっている。
美月がいることが、我が家の救いだと思う。
いかに俺と母親が作り上げてきた環境が歪だったかを語りながら、美月に救われたことも語られる。
結論としては、一人っ子は可能なら避けて欲しいが、願うだけで二人目が生まれるわけでもないので、従兄や近所の年齢の近い子供たちと兄弟同然に育てられる関係やコミュニティーを作って欲しいと締めた。
少子高齢社会は、すでに周知の事実になっているので、東大路グループとして何かをしていくべきなのだろう。
現在の東大路グループは、倒産しかけている企業の買収や特許権を買い取っている。
企業の器や特許権だけを買い取るのではなく、可能な限り、元々の社員や特許に関わっている技術者の受け入れもしている。
これをしなければ、技術の断章化が生まれ、中途半端な技術だけが継承される可能性がある。
技術を守り、子供を守り、国を守ることは、本当に難しいのだろう。
今の政治家たちや官僚だって、頑張っている人はしっかりやっているのだから民間もそれに応えていかないといけないんだよな。
難しいことを考えていたからなのか、いつの間にかステージ上には、母親と美月が現れ、演奏の準備が終わっていたようだ。
今回も俺の曲を演奏してくれるようで、俺は演奏はしないが、これも母親と息子と娘の三人の競演と考えて良いのだろう。
冬をイメージした曲を二曲演奏してくれて、講演会は終わりを迎えた。
「やはり良い。皐月さんの音は、しっかりと古典の音を踏まえたうえで新しい音を作り上げている。我々も彼女の音楽の様な仕事をしていきたいな」
「普段は、何を考えているのか良くわからない母親なんですが、音楽については本当に尊敬しています」
「うむ、彰君が苦労した話も聞かせてもらったが、良いものは良いと言える人間に育ててもらったことは感謝をしなさい」
「そうですよね。感謝します」
それから、洋一郎さんを校門まで送り、高校最後の文化祭は終わった。
「なあ、美鈴は、いつ結婚したい?」
「独身でいる意味があまりないので、大学に入ってからなら、いつでも良いと思います」
「そっか。婚約発表とかもしないといけないんだろうから、そういうことも考え始めないとな」
「急ぐ必要もありませんが、のんびりする必要もないと思うのです。丁度良い時があると思いますので、その時がきっと来ます」
「それもそうだな。その時が来るのを待っていよう」




