59話 出る杭は打たれる
丸二日かけて、ダンジョンの最奥から出口に辿り着いた。その頃には、自分を噂する声が大きくなりすぎて、意識しても無視できないほどになっていた。
セリア・ノアル、十七歳。魔法管理官二年目。それでいて、部下にしたい若手管理官一位。秋の島での仕事ぶりが評価され、夏の島に栄転。応援として出向いたアクアハース・リストレーションでも結果を出し、第三王子の従者役に抜擢。
この輝かしい功績に、マイナスの感情を抱く人がいることは、当然知っている。
だけど私が今まで関わってきた人達。例えばラウル先輩や、マレーナさんは一度も私にそういう目を向けたことがなかった。
夏の島管区の先輩たちもそうだ。
だから今、どうしたらいいかわからない。
セリアが、光魔法インターフェアを使えるようになってる。
なんで? ってか、リオネル先輩が苛立ってる原因ってそれ?
そうじゃね。あの人反骨精神でここまで上がってきて、後輩にその立場脅かされて。元々ピリピリしてたし、限界来るって。
「ダンジョンも出たことだし、詳細報告を聞かせてくれるかい?」
アレイシオ殿下がリオネル先輩に声を掛け、漂っていた怠い空気と、小声で話されていた噂が止まる。
「ラスボスはミラージュ・ドラゴンでした。偵察はバレましたが、セリアのインターフェアでミラージュ・ドラゴンの攻撃を防いで撤退しました」
ミラージュ・ドラゴン、その言葉に周囲がざわつく。
ラスボスの偵察から戻って来て、インターフェアがどうのこうので、私とリオネル先輩が一悶着。その上私はインターフェアを使えるようになっている。
それを上回る衝撃が、皆を襲っているのだろう。ミラージュ・ドラゴンを倒すなんて、到底無理だと。
「ミラージュ・ドラゴンか⋯⋯。この人数で攻略は難しいね」
「人数の問題じゃありません。攻略を続けるなら、俺はやめます⋯⋯」
冬の島管区の先輩が一人、声を上げた。長いこの国の歴史の中で、ミラージュ・ドラゴンに殺された人間の数、それを未だミラージュ・ドラゴンに向き合って生き残った人間の数が上回っていない。
死ぬ覚悟がないなら、逃げた方がいい。そう言われている。
「一度、ダンジョン保全機構に報告を上げよう」
「そんなやべえ状況でもないべ。インターフェア使える奴が二人もいるんだ。ミラージュ・ドラゴン、倒せると思うけどなー」
深刻そうな雰囲気にそぐわない、のんびりとしたイングリッド姐さんの声が響く。
確かに、インターフェアはミラージュ・ドラゴン対策として、めちゃくちゃ有効だ。人数や冬の島管区の先輩たちのレベルは心許なくても、私とリオネル先輩がいるだけで倒せる可能性は全然ある。
「いや、一度報告を上げるよ」
アレイシオ殿下の一声でこの場は解散になる。
状況は最悪だけど、皆何も言わずギルド本部に入っていく。疲れているからだ。
私ももちろん、表情も全て無にしてギルド本部の入り口に向かう。一体何日、お風呂に入れていないんだろう。
そんな私のポニーテールを、誰かが掴んだ。
「ぐえっ」
「セリア、ちょっと」
ラウル先輩が手をクイッと引く。外に残れという意味だろうけど、もう風呂入って寝たいだろ。誰もが。
私とラウル先輩、アレイシオ殿下だけが外に残って、それ以外の全員がその場からいなくなった。その状況になってやっと、ラウル先輩が口を開く。
「ここでいいですか? 飛びます?」
「飛ぼうか」
ラウル先輩とアレイシオ殿下の二人だけで分かり合っていて、私には全く状況がわからない。一体何の話だろう。何もわからないまま、二人について上空に上がる。
「疲れてるし本題から言う。セリアは今すぐ理由をつけて秋の島に帰れ」
「はい?」
私がいるから、ミラージュ・ドラゴンを倒せる可能性がある。この状況で私に離脱しろだなんて、ちゃんちゃらおかしい。
アレイシオ殿下に視線を向けるも、何も言ってもらえない。
「元々の筋書きは多分こうだ。アレイシオ殿下はミラージュ・ドラゴンに負けて死ぬ。それか倒せないと判断し、ルミエナ殿下に助けを求める。今回のダンジョン攻略は、アレイシオ殿下の株を下げるために仕組まれていたもの。それはわかってただろ」
「ミラージュ・ドラゴンを倒せちゃダメってことですか?」
もう一度、アレイシオ殿下の方を見る。アレイシオ殿下は小さく頷いてくれた。
「でも応援は頼むんですよね? それはマイナス要素にならないんですか?」
「インターフェアを使える魔法使いが二人もいるこの状況なら、ダンジョン保全機構内でさらに応援を呼んで終わりだ。ガディエン殿下は絶対にアレイシオ殿下から直接、ルミエナ殿下に助けを求めてほしいと思っている」
状況は理解できた。だけどここで急に秋の島に帰って、私は大丈夫なんだろうか。
私は正式に辞令を出されて、冬の島に応援に来た。アレイシオ殿下の命が狙われている話や内政絡みの事情は、きっと公にできない。だから、ここで秋の島に帰るというのは、私の独断で辞令を無視したことになるだろう。
「セリアの不安もわかる。アレイシオ殿下、こいつに縁談とか用意できないんですか?」
「縁談!?」
ラウル先輩が素っ頓狂なことを言い出して、声がひっくり返る。
「機構クビになっても、貴族に嫁げれば野垂れ死ぬことはないだろ」
「あ、やっぱり私クビになる前提なんですね」
「アレイシオ殿下に紹介してみらった縁談のために応援を外れるのは、もしかしたら配慮してもらえるかもしれねえよ」
「いやいや、縁談はいらないですけど。普通にここでミラージュ・ドラゴンほっぽって帰るの嫌ですよ」
「お前さ⋯⋯」
ラウル先輩は呆れたようにため息をつく。せめて今日はゆっくり休んで、明日考えさせてくれないかな。
「ラウル。少しセリアと話すから、先に戻っていてくれるかい?」
「わかりました」
何を考えているのかわからないアレイシオ殿下とラウル先輩を見送り、上空で二人になる。茜色の空のもと、箒が二つ並んでいる。
きっと、秋の島に帰るよう説得されるのだろう。
そう思っていたのに、アレイシオ殿下は全く違う話を始めた。
「セリア、未確認ダンジョンどうするか決めたの?」
「消滅させたいです。ミラージュ・ドラゴンも出てきて、この状況で報告したら本当に大変なことになります」
今回潜ったダンジョンの帰り道で、未確認ダンジョンについては意思を固めていた。すらすらと言葉が出てくる。
「消滅は、今からできる?」
「今から、ですか? できなくはないですけど、今日は魔力を結構使ってしまったので⋯⋯。せめてモンスターと代わりに戦ってくれる人がいないと厳しいです」
「わかった。じゃあ一度地上に戻ろうか」
少しずつ下りていくアレイシオ殿下の速度に合わせて、私も高度を落としていく。
「えっと、ラウル先輩もう一回呼びます?」
なんとなく、ラウル先輩を含めて三人で話した内容からも、未確認ダンジョンを消滅させるチャンスは今日しかないのだと察した。
だからよくわからないながらも言葉を紡ぐ。ラウル先輩は私の正体を知らないけれど、今日まで築き上げた信頼関係がある。チャンスを逃すくらいなら、正体を明かして協力を頼んでもいい。そう思える相手だ。
「ラウルはダメだよ。その役割は私が務めるから、後ろに乗って」
アレイシオ殿下はいつもの穏やかな顔とも、たまに見せる男の子の顔でもない。張り詰めた表情をしている。
今いる場所的にも、時間的にも、状況的にも。長話はできなくて、私はアレイシオ殿下の箒に跨がった。
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