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57話 生まれが違えば

 いつの間にか、潮風は弱まっていた。そのかわりとばかりに日が沈み始めて、海に赤い光が射し込んでいる。

 私はぐしゃぐしゃになったポニーテールを、手櫛で整える。


「馬鹿なことを言っていいかい?」

「いいですよ」

「私は昔、ただの少年として冒険者を目指したかった」


 そうだろうな、と私は内心頷く。剣の名手と謳われるソレニオ殿下の弟であるこの人は、何故か魔法を得意としていた。


「ルミエナ姉上とダンジョンに潜りたかったんだ。大人になるにつれ、絶対に叶わない夢だとわかった」


 アレイシオ殿下の金髪が、夕日で赤く染まっている。


「夏の島で、夢は叶った。それにあの頃憧れたルミエナ殿下は実はセリアで、私は今君とダンジョンを攻略している。すごいことだね」

「この話、馬鹿なことなんですか?」


 セリアってせっかちだよね。アレイシオ殿下は軽く笑う。


「私は強欲でね。夢が叶ったら、次を望んでしまうらしい。君が貴族だったら良かったのに」


 私は首を傾げる。いつの間にか、地面に二つの影が並んでいて、私が動くと同時に影も揺れた。


「私は立場上ソレニオ殿下派だけど、その実ルミエナ殿下が即位してもいいと思っている。君はこの言葉を建前と思わず、正しく受け取ってくれた」

「それは⋯⋯私も複雑な立場にいますから」

「その複雑な立場は私の所為だけどね」


 顔を見合わせて笑う。そうすると、二つの影も楽しそうに踊った。アレイシオ殿下のためなら、このくらい体張ってもいいやって、私一体いつ思ったんだろう。


「君の生まれが違えば、私と結婚して欲しかったな」

「そっれは! 馬鹿なことですね、笑っちゃった」


 私が声を上げて笑えば、アレイシオ殿下も手を叩いて笑う。影は、ずっと楽しそうに踊っている。



***



 未確認ダンジョンの報告をするかどうかの判断は、先送りすることになった。

 アレイシオ殿下は多分説明下手だけど。三つしかない王子妃という立場を私に与えたいほど、私の政治感覚と判断能力を信頼しているらしい。

 それなら私は、その信頼に応えなければならない。未確認ダンジョンを報告するのが、一般的な正解だとしても、私はもう一度考えてから自分で判断を下すことにした。


「セリア帰ってくんの結構遅かったな」

「すみません、買い出し急ぎじゃないって聞いてたんでゆっくりしちゃいました」

「全然構わねえけどよ。楽しかったか?」

「はい!」


 元グレイス砦市南ギルドに戻れば、階段でイングリッド姐さんに会った。

 夕食を食べたか聞かれて食べたと答えると、軽く飲まないかと誘われる。

 今はダンジョン保全機構に提出した報告書の回答待ちであり、明日も鍛錬ぐらいしかすることがない。私は一も二もなく頷いた。



 軽く杯を合わせ一口酒を飲んでから、私は口を開く。


「昨日一昨日は、色々すみません。ありがとうございました」

「全然いーぞ、若い冒険者のフォローするために残ってんだからな」

「残ってる?」


 イングリッド姐さんの言葉尻が引っかかり、思わず聞き返した。


「もともと、冒険者は引退するつもりだったんだよ。だけどベテランの冒険者なんてほとんど残ってねぇべや。ダンジョン保全機構の若手管理官を鍛えてくれねぇかって依頼されたんだ」

「え!? ダンジョンの攻略じゃなくて、指導を頼まれてたんですか?」

「両方だべ」


 イングリッド姐さんが酒に口つけた。それを見て私も街で適当に買った、ずんだ餅を一口食べる。枝豆って甘くしても美味しいんだ。


「イングリッド姐さんって有名な冒険者だったんですね」

「一応、ルミエナ殿下とダンジョン攻略したこともあるぞ」

「えぇ!?」


 全く記憶にない。というか、私とダンジョンに潜ったことはないはずだ。

 つまり本物のルミエナ殿下がダンジョンに潜っていた頃に、一緒に攻略していた人なのだろう。

 少しでも時期がずれていたら、大変なことになっていた。


「すごいですね⋯⋯」


 気を取り直して、イングリッド姐さんの杯に酒を注ぐ。


「一応そうだな。だけどあたしは、セリアの方がすごいとは思うぞ」

「なんでですか?」

「あたしはセリアの倍以上生きてるけどよ。敬語も使えねえし、報告書も書けねえべや。同じ冒険者出身で、ここまで出世してる奴始めて見たぜ」


 何度も冒険者であったことを否定しているけど、イングリッド姐さんは信じてくれない。

 冒険者は終わりゆく職業で、もう冬の島以外で活躍の場はない。教養のない冒険者は、職を失って路頭に迷っている人も多い。

 そんな中確かに、ダンジョン攻略に手慣れていて、王子の随行員をしている私は、大出世に見えるだろう。否定も疲れ始めてきた。


「私そもそも、元冒険者じゃないですから」

「まあそうだったとしても言うメリットないのはわかるけどよ」


 私が杯を飲み干すと、イングリッド姐さんが酒瓶を手に取った。キリッとしてて美味しかったけど、絶対度数強いからもう飲みたくないです。私は首を横に振る。

 ついでに話を逸らすよう試みることにした。


「イングリッド姐さんは、どうして冒険者になったんですか?」

「昔、地元の村にダンジョンが出現したんだ。珍しい魔法資源が取れるってんで、すぐにダンジョンは攻略されたべ」

「不幸中の幸いですね」

「自然が自慢の村だったんだ。たくさんの馬や牛を育ててた」


 イングリッド姐さんの語り口に、その村がどうなったのかわかってしまって。何ならその村の名前すらわかってしまって。雑な相槌を打ってしまったと後悔する。


「村には魔法具を作るための工場ができて、工場で働くたくさんの人が移住してきたべや。自然は無くなったし、牧場や家畜も手放すことになった」

「あの工場、最近移動しませんでしたっけ⋯⋯」

「あぁ、春の島に移ったぜ。工場ができる前からあった乗り合い馬車が、なんでか廃止されちまった」


 何も言えなくなって、二個目のずんだ餅を口に運んで、もそもそと咀嚼する。


「あたしにダンジョンを攻略する力があれば、村をあんな魔法具工場に取られずに済んだ。そう思って冒険者になったべ。セリアは?」

「ダンジョン保全機構を選んだ理由であれば⋯⋯秋の島出身だからですね。ダンジョンを利用することが、必ずしもその土地のためにならないことを私も経験したので」

「おい。もしかして、ノクシア出身か?」


 ピンポイントに故郷を当てられ目を瞬く。散々お嬢ちゃんだとからかっていたのに、スラム街出身だって発想になるのおかしくないか。


「そうですけど⋯⋯。え? ノクシア出身に見えます?」

「いや昔住んでた地名言っただけの当てずっぽう⋯⋯」


 私とイングリッド姐さんの間で、気まずい沈黙が流れる。

 ノクシアは所謂、秋の島の復興の影だ。秋の島で最も多くのダンジョンが発生した場所であり、魔法具士の工場のせいで環境が汚染された。

 行き場のなくなった冒険者と、魔法具の工場に出稼ぎに来た人で溢れ返っていた。

 酔っぱらいに振り上げられた酒瓶を受け止めたせいで腕に傷が残って、娼妓になった姉貴分にあんた高く売れないねって言われた。そしてその翌月に、私はルミエナ殿下によって掬い上げられた。

 正直、干渉光魔法が使える私には、ノクシア出身でも選べる未来はたくさんあった。だから、それがいい事だったのかは、今となってはわからない。


「そっか、ノクシアか⋯⋯」

「はい」

「怪我して金もない冒険者は、河川敷に天幕張って寝泊まりしてたべ。そしたら汚えし病気が流行るっつって、天幕燃やされたべさ」

「ありましたね」


 その光景は、今でも鮮明に思い出せる。ちょうど酒瓶でぶん殴られる少し前で、あの時はこの街はもう終わったと本気で思った。


「あたしあの時ルミエナ殿下とダンジョン攻略しててさ、宿取れてたんだけど⋯⋯。顔見知りの冒険者死んじゃって、名誉な仕事だったけど蹴って冬の島に帰ったべ」

「むしろよく、冒険者やめませんでしたね⋯⋯」


 まさかあの事件があった時ノクシアにいた人と、冬の島で出会うなんて。世間は存外狭い。

 話の内容が暗いせいで、二人の声のトーンもどんどん落ちていく。


「やめるつもりだったべ。だけど再就職先も決まらなくて、ダンジョン保全機構に今の仕事を頼まれた」

「冬の島のダンジョン攻略終わったら、どうするんですか?」

「今は故郷の工場の村が立ち退いたから、家族が牧畜を再開してるべ。それに誘ってもらってて、行き先もあるんだ」

「それは良かったです」


 明るい帰結にほっと息を吐く。上がっていた湿度が、すっと霧散したような気がする。


「まあでも、やるもんじゃないべ冒険者なんか」

「否定はできないですね」


 さっきまでの重たい語り口とは違う、カラッとした言葉に、私も軽く口調で返した。

 それに対し、イングリッド姐さんも口角を上げる。


「ほんっと! 生まれが違えば、絶対やってねぇな!」

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