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49話 冬の島への不信感①

「リオネル先輩! イエティが出ました!」


 応接室の扉が、絶対に王子がいることを配慮していない強さで叩かれる。緊急事態のようだ。

 そうしてこちらの返事も待たず、扉が開けられた。若い女性管理官が顔を出し、リオネル先輩を急かす。


「俺はもう、北部の担当じゃない」

「リオネル先輩の方が早く解決できるじゃないですか」

「アレイシオ殿下との打ち合わせ中だ。自分で行け」


 リオネル先輩の様子に疑問を覚える。もしかしてそんなに緊急じゃない?

 そして女性管理官は驚いたようにアレイシオ殿下に向き合い、大急ぎで頭を下げた。こんなに大々的に出迎えがあったのに、来客を把握していなかったのだろうか。いくらなんでも変だ。


「私はイエティについて、関心があるけれど」


 震える声で謝罪した女性管理官に同情したのか、アレイシオ殿下が助け舟を出す。するとリオネル先輩は若干嫌そうな顔をした。


「⋯⋯それなら行きましょうか。箒と外套と杖を持ってください。ラウルは剣も」


 アクアハース・リストレーションで一緒に働いていたからわかるが、リオネル先輩は仕事が増えてだるいと思う人ではない。

 何で嫌そうなのかわからないが、言われるがままに準備をする。

 春を迎えたとはいえ、冬の島は寒い。念のため背負い鞄に入れていた外套を取り出し、箒を持つ。念のためローブのポケットを確認すると、杖はちゃんと入っていた。



 リオネル先輩の後ろを飛んでいると、山間部に近づけば近づくほど、空気が冷たく感じる。

 外套を羽織っているけどそれでも寒くて、風除けに結界を展開した。魔力の無駄遣いだけどまあいいや。


「お前それずるくね?」


 横からラウル先輩が文句を言ってくる。仕方がないから、ラウル先輩の前にも結界を出してあげるか。

 ついでに前方を飛ぶアレイシオ殿下を確認すれば、風魔法でうまく冷気を受け流しているようだった。本当、夜遊びに慣れているんだよなぁ。


「もうすぐ着くので、スピードを落としてください」


 緩めた速度で進めば、小さな集落が吹雪に覆われているのが見え始めた。リオネル先輩が迷わずそこに突っ込んでいき、私たちも続く。

 吹雪の中に入ってみれば、風はあまり強くなく雪が降っているだけのようにも感じる。局所的に雪が降っていたせいで、吹雪のように見えたのだろう。


 到着した先には、白毛皮のマントを無造作に肩にかけた女性が立っていた。

 剣を背負っているから剣士なのだろうが、ラウルの持つ剣よりも太く長い。それにこの胸元の開いた上衣とゴテゴテした鎧。あまり機構の人っぽくない。


「村の人は!」

「全員無事だぜ! 後ろの奴らにやらせんのか?」


 リオネル先輩が箒から飛び降りる。リオネル先輩とは知り合いらしいが、アレイシオ殿下に無反応だ。もしかして冬の島の人たちは、アレイシオ殿下が来ることをあまり知らないのだろうか。


「この方たちは違う。後で紹介するから、先にイエティだ」

「おう、いつものでいいよな?」


 打ち合わせとも言えないような打ち合わせを済ましたリオネル先輩は、私たちの方を向いた。


「吹雪の中でイエティを探すのは大変だから、まず誘い出す。ラウル、セリア、自分の役割はわかっているな」

「はい!」


 ラウル先輩と私の様子を見た後、リオネル先輩は杖を掲げた。

 光魔法で周辺が一気に照らされる。


 少し経つと規則的に地面が揺れ、大きなモンスターが近づいてくるのがわかった。これがイエティの足音だろう。

 白い雪に紛れた、同じく白い大男が見えた瞬間、女剣士が飛び上がる。

 イエティの顔に僅かに剣が当たり、予想以上の俊敏さでイエティが斜め前に飛んだ。

 私の真正面に着地する。


「結界術――侵入方向を指定。攻性付与、拘束」


 冷静に杖を振った瞬間、先程とは質の違う光が当たりを包んだ。

 リオネル先輩の干渉光(かんしょうこう)魔法インターフェアだ!

 私がその正体に気づいた瞬間、イエティがその場に崩れ落ちる。結界、いらなかったな。


「村の人に伝えてくれ」


 リオネル先輩が女剣士に指示を出し、淡々とイエティから魔石を外す。二人が一連の作業に慣れすぎていて、手伝う暇さえもなかった。


「流石だね、リオネル」

「お褒めに預かり光栄です」

「イエティ討伐はこれで終わりですが、ちょうど良いので、あとで先程の剣士を紹介します」


 リオネル先輩が手を止めて立ち上がる。話しているそばから、女剣士が戻って来た。


「つーか、こいつらが次の北部担当じゃないなら、なんで連れてきたんだよ」

「こいつらはやめろ」


 絡む女剣士の腕を振り切り、リオネル先輩がアレイシオ殿下に向き合う。


「こちらは、南部ダンジョンの攻略に協力してくれる、冒険者のイングリッドさんです」

「さんとか改まるのやめるべー」


 やっぱり機構の人じゃなかったんだ。イングリッドさんの格好には納得したけれど、逆にリオネル先輩との関係が気になってしまう。めちゃくちゃ距離近い。


「こちらは第三王子のアレイシオ殿下だ。来られることは事前に話しておいたと思うが」

「あぁ! 思い出したぜ! あたしはイングリッド・クロウ。冒険者パーティーのリーダーをしてる。ん? しています! よろしくな!」


 アレイシオ殿下の正体を聞いたら、卒倒してしまうんじゃないか。そんな私の予想を大きく裏切り、イングリッドさんは殿下に握手を求める。

 リオネル先輩がわざとらしく咳払いをして、イングリッドさんは「よろしくお願いします」と言い直した。


「アレイシオ・ヴァレンだ。南部ダンジョン攻略において、指揮官を務める。よろしく頼む」


 顔色一つ変えず、眉一本動かさず、アレイシオ殿下はイングリッドさんと握手を交わした。心が広い。


「俺は随行のラウル・エスト。剣士です」

「同じく随行のセリア・ノアルです。魔法使いです」


 ラウル先輩に続いて私も自己紹介する。握ったイングリッドさんの手のひらは、同じ女性だと思えないほど硬い。


「魔法使いなら、リオネルに憧れてたりすんのか!? 長いこと冒険者やってっけど、インターフェア使える奴なんて初めて見たぜ!」

「えっ、まあ、そうですね⋯⋯?」


 手を握ったまま上下にぶんぶん振られる。

 インターフェアは私も使えますけど。契約のせいでそう言えないのが悔しい。


「さっきも一撃でイエティ倒しちまってよぉ! どーよ、うちのリオ坊。優良物件じゃねぇの?」

「へ? 魔法の話じゃなく?」


 流れるように肩を組まれ、あたふたすることしかできない。話のテンポも早いしこの人、誰とでも距離が近いタイプだ。

 助けを求めるようラウル先輩を見たら、静かに目を逸らされた。えっ、ひどい。


「えとーそのー、私じゃなくて、イングリッドさんはリオネル先輩と親しいんですか?」

「イングリッド姐さんでいいぞ! 皆そう呼ぶからな。あとリオネルと親しく見えたらあれだ。機構の管理官じゃリオネルしか討伐に来てくんねーからさ! 自然と仲良くなっちまったんだ」


 強制的に肩を組まれた状態で、とんでもないことを聞かされる。

 冬の島管区は未攻略ダンジョンが多い。未攻略ダンジョンからはモンスターが出てきてしまうことや、ダンジョンそのものが広がってしまうことがある。

 それを防ぐため、ダンジョン保全機構 冬の島管区は、冒険者たちに全面協力をしていると聞いていた。

 だけど今の言葉はーー


「冬の島管区って、討伐協力してるんじゃないんですか?」

「聞いていないのか?」


 リオネル先輩は私に問い返した。首を振って答えれば、アレイシオ殿下に視線を移す。


「南部ダンジョンを攻略していた、冒険者三組が辞めてしまったと聞いているよ」

「そうですか⋯⋯。実際は冒険者三組と管理官四名です。戦い慣れた管理官は、全員辞めてしまいました」


 リオネル先輩は「俺も南部に行きますから、北部の後輩を鍛えているのですが、実践を嫌がる若手ばかりで⋯⋯」と愚痴を漏らす。だけど、そんなの耳に入って来ないほどの衝撃だ。

 

 単純計算で、十六名が辞めている。これは、今回の攻略に関わる人の数と同じ。

 一体南部ダンジョンで何があったのだろう。そして同じ人数で、その事態に対応できるのだろうか。

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