祝年祭まで
「クラウディア、クラウディアっ」
激しく揺さぶられて目を開けた。
目の前にはまた烏がいる。
あれ、前もこの景色見たことあるな。
「くそ、なんで今になってまた魔力が揺らぐんだよ」
「いいからおまえは出て行け!」
にいさまが烏に追い立てられてる。
はっはっと息が浅い。
吸っても吸っても呼吸が苦しい。
なにこれ?私に何が起こっているの?
私は怖くなって余計に息をしようとするけど、ますます苦しくなってくる。
頭がぼうっとして、手足が冷たい。
全身にピリピリと電気が走ってる感覚がある。これは初めての感覚だ。
わたしがパニックになっていると、烏が私の肩を掴んだ。
「落ち着け、吐く息を意識するんだ。無理に吸う必要はない」
フゥーーフゥーーと吐く息を意識して、長く細く吐くように意識した。
呼吸を意識することでだんだん落ち着いてきた。
いつの間にか背中をゆっくりなでてもらっていて、その手の温かさに体が少し緩んできた。
「そうだ、そう」
私の表面を走っていたチリチリとした電気が体内に取り込まれていく奇妙な感覚がして、体の中心に入ったなと感じたときにストンと体が楽になった。
はあっと私は全身の力を抜いた。
思った以上に体中に力が入っていたみたいで、緊張が抜けて手とか肩があちこち小刻みに震えてる。
なんだったんだろう今の。こんな事初めてだ。
冷たかった爪先を温めようと無意識の地に両手を口に当てていた。吐く息が暖かい。
ドクターは背中をなでながら、私に言った。
「聞きたいことがある。君は誰だ」
…………え?
な、にを聞かれてるの?わたし。
「私は君が生まれた時から主治医を勤めている。ハンナと同じくらい君とは付き合いが長い」
そうなの?くらちゃんが生まれた時から主治医だったの?
「違和感は魔力が完全になくなってからだ。君は私を受け入れるようになった。前は口もきかず、目も合わせなかった」
う、苦手意識はあったけどクラウディアちゃん、そんな子供っぽいことってクラウディアちゃんは5歳だった。
「次は魔犬だ。昔犬を飼ったことがある、といったな。昔とはいつだ。クラウディアは犬を飼ったことなどない」
あの時は大好きな犬にちょっとテンションが上がって止められなかったよ。
「先ほど上腕部といったな。腕のこの部分をなぜ上腕部という?医療に詳しいものか筋肉バカしか二の腕を上腕部など呼ばない」
だって職場はそういう言い方するし、防災訓練で教わった通りに言っただけだし。
「そして、止血の仕方だ。血が出ていたらまずは傷口を抑えて血を止めようとする。間違いではないが上腕部にあれほどのケガをしたら傷口を抑えても意味はない。肩の付け根を縛って止血する。だがそれは、医療に詳しいものか、戦闘の中魔力で傷口をふさぐひまもない兵士たちしか知らぬ」
ぐぐぐぐっと詰め寄られ、とどめを刺される。
ドクターは再びマントもマスクもとって、わたしの正面に座った。
「君はクラウディアではない。君は誰だ」
緑色の瞳にじっとつめられ、私は覚悟を決めた。
正直、クラウディアちゃんのことを誰かに相談したかったし、ドクターの方から言い出してくれたなら、わたしがクラウディアちゃんの中にいる別の私のことを話しても、信じてもらえる。
そう思ったから。
それから私は出来る限り詳しく話した。
私の本当の名前。
『日本』という国で医療関係の仕事をしていたこと。
とある病気でおそらく死んでしまって、クラウディアちゃんと出会い、次に目覚めたらクラウディアちゃんになってたこと。
騙すつもりはなく、こんなことを話しても誰にも信じてもらえないと思ったこと。
そしてクラウディアちゃんが外に出ていきたくないと、夢の中にいたいと望んでいたこと。
「夢の中のクラウディアちゃんはすごく楽しそうでした。どれだけ動いても、誰と一緒にいても苦しくないって」
けれど彼女はどんどん弱っていった。
お母さんに会いたい。頑張っている自分をほめてもらいたい。
それだけを望んでいたのに。
「クラウディアちゃんは、リーラ様の言葉を聞いていたんです。直接ではないけれど、私を通して」
「強い言葉だったと思うが、あれには事情がある」
「『私』はわかっています。大切に思ってなければ生まれた時から主治医をつけない。ハンナのように魔力の低い人に世話を任せない。なにより魔力が不安定になったら、ドクターはすぐに魔力遮断のマントを被ったでしょう?それを常に持ち歩いてくれてる。どれだけクラウディアちゃんの容態を気にかけていたのかわかります。でもそれは大人の理屈です。クラウディアちゃんはわかりません。あの子はまだ5歳なんです」
しらずしらず感情が高ぶって、涙があふれてくる。
お母さんに会わせてあげられなかった。
クラウディアちゃんの本当の望みもわかってあげられなかった。
私の手の中で消えてしまった感覚が蘇る。
「しん、死んじゃったっ。おかあ…っさんにっあわ……てっ」
もっとなにか私にできたことがあったんじゃないか。
この世界を知ることが楽しく、クラウディアちゃんをないがしろにしていたんじゃないか。
罪悪感が沸き上がる。自分への嫌悪も。
「ごめん…っなさ……ごめ……っ」
ごめんなさい、ごめんなさい、クラウディアちゃん、ごめんね。
「クラウディアは死んでなどいない」
ドクターが静かに言った。
「人が死ぬ時に何度も立ち会った。死ぬ時には魔力は体から溢れ地に落ちる。体の中には魔力は残らず空っぽになる。だが先ほどの魔力は君の中に消えた。あれはクラウディアの魔力だ。君の中にまだ、クラウディアはいる」
ほん……とに?
「おそらくだが、君という殻でクラウディア自身の魔力を包んでいるのではないかと、推測している。クラウディアは君の中にいることで、魔力が流れ出るのを防いでいるのではないかと」
それってどういうこと?
「彼女は生きるために君を呼び寄せた、とも考えられる。なにせリーラ様の子だ。潜在的に何か理屈に合わない力を発揮したとも考えられる」
全て仮説の話だが、とドクターは言った。
ほんとに?ほんとにクラウディアちゃんはまだ生きてるの?私の中にいるの?
「だから仮説だと言っただろう。まだ証明できていない。人一人、自分の都合で呼び出して、自分の身を守ろうとする。自分勝手で実に子供らしい」
自己中心的な考えは大変子供だと、ドクターはにやりと笑った。
案外仮説は正しいかもしれないと言いながら。
もしも、もしもクラウディアちゃんが私の中にいるのなら。
「私、リーラ様に会いたい。もう一度会って、クラウディアちゃんと話してほしい。クラウディアちゃんはお母さんに褒めてもらいたかったんです」
クラウディアちゃんの望みをかなえてあげたい。
「リーラ様には簡単には会えないだろう。君は祝年式までに廃嫡が決まっている。あの様子ではリーラ様はもうお会いしてくださらない。自力でリーラ様に会える地位までいかなければ」
う、それめちゃくちゃ難しいよね。魔力が増えなければ廃嫡って言われたもの。
本当に魔力って増えないの?
「君は君で生きてもいい。クラウディアが君を通して世界を見ているなら、見せてあげればいい。私ではクラウディアをあの子供部屋から外に出すことは出来なかった。君ができるのなら、私もそうしてあげてほしいと思う」
私がしたいこと、してみたいこと。
生まれ変わったら絶対にしようと決めていたこと。
「私、いろんな所に行きたい。昔の生活を知りたいし、ずっとずっと前に生きていた人が何を考えてどんな人生を生きていたのか知りたい」
遺跡と呼ばれる場所に、北のほうに立っている木造の古い建物を見に、それをだれがどんな願いを込めて作り、その場所を選んだのか。
私はそれを知りたい。
でも私がやりたいことと、リーラ様に会うこと、それって。
「どうやったら両立できますか?」
「そんなことは今考えてもどうにもならない。とりあえず、今の君の望みは何だ」
「私、勉強がしたい。もう一度、勉強したいです」
するりと口から飛び出した。
勉強がしたい。
やり直したい。
前の人生が間違いだったとは思いたくないけれど、自分のやりたいことを今したい。
後回しになんてしない。
時間は有限で、いつその時間がなくなるか、誰にもわからないんだから。
ふむ、とドクターが考えこむ。
「祝年祭でリーラ様が君の後見人にならないというのなら、私がなってもいい。君の知識、特に医療に関する知識は大変興味深い。それに魔力が全くない今の状態にも興味がある。ぜひ脳も体も解剖してみたい」
ちょっとちょっと!おもいっきりマッドサイエンティストドクターになってるよ!
今の私は私だけの体じゃないでしょ?クラウディアちゃんもいるでしょ?絶対に聞いてるよ?ますます嫌われるからね?心の機微ってわかる?
「あの、『私』は構いませんけど、ちゃんとクラウディアちゃんの許可もとってくださいね?クラウディアちゃんが嫌がったら『私』も拒否です」
あ!今舌打ちした!
この人自分の欲求にはものすごく素直だな。子供だよ、大きな子供!
「なにはともあれ今後のことを考えなければ。廃嫡となれば私の主治医としての命令も解かれるだろうし」
だがまあ、とドクターは立ち上がる。
「まぁ、まずは外で聞き耳を立てているあいつを呼ぶか」
聞き耳をたてている?
「今の会話聞かれてました?」
「まぁ、あいつも一応国境警備隊の一員だし、視覚聴覚を状況に応じて強化するだろう。壁一枚くらいどうということもない」
なにそれ! 視覚聴覚の強化? 魔法なの? それは魔法なの? こっちの世界の常識は私の非常識だよ!
おにいさま。
申し訳ありません。
私はおにいさまをだましていました。
「おい、入ってきてもいいぞ。どうせこっちの会話は全部聞いていたんだろ」
壊れるかと思うほど大きな音をたてて開いた扉から、にいさまがもといエリアス様が飛び込んできた。
「クラウディア!!」
「っはい!!」
大声で呼ばれて思わず返事をしてしまった。
騙されたって怒られるっと身を縮めていたのに。
「ごめん」
ふわっと抱きしめられた。
謝られた。
「全部聞いた。気づかない悪い兄さまでごめんな。クラウディアは立派だ。自分の体と戦ってすごいぞ。えらい。がんばった」
私の中のクラウディアちゃんに向けて、エリアス様はたくさんほめてくれた。
そして私にも。
「まだ信じられないが、君の言うことに嘘を感じない。そして俺の知るクラウディアよりもだいぶ大人の印象を受ける。それだけでもクラウディアとは違うのだろうと思う。…まだ違和感はあるんだが、君は悪い人ではないと思う」
え、何でそう思うんですか?
「俺のカンだ」
「野生のな」
ドクターが茶化すけど、この二人ホントに仲がいい。
そして、なんだか受け入れてもらえてほっとした。
私、この世界で生きていいのかな?
心の仕えを全部吐き出したことで、今度こそ体の力が抜けた。
館の修理をどうするのか、ロルフに預けた妖精の石もとりに行かなきゃとか、問題はまだまだ山積みなんだけれど、私、やっとこの世界でちゃんと息ができる。
そう思った。
あと一つ。
短いエピローグでおしまいです。




