聴取
コンラーデンのほかにも5、6人ほど腰に剣を下げ、甲冑を着た人たちが現れた。
「なんというありさまだ」
コンラーデンは応接間の惨状に絶句していた。
自分たちが帰る時までは何事もなかったのに、そう時間がたたないうちに部屋が一つぼろぼろになったんだもん。そりゃ驚くよね。
にいさまがコンラーデンに呼ばれて、説明を求められている。
他の騎士は部屋の惨状を確認したり、ボドウィンの体を拘束しなおしていた。
相変わらずボドウィンはぐったりしてるんだけど、にいさまはどれだけの勢いで弾き飛ばしたんだろう。
わたしはドクターと一緒に、比較的損傷の少ない壁際まで下がって、その様子を見ていた。
「クラウディア」
ドクターはコンラーデンや他の騎士の動きから目をそらさずに私を呼んだ。
「君は聞かれたことだけに答えろ。他の対応はわたしがする」
「……わかりました」
下手なこと言ったらまずいんだろうと、ドクターの雰囲気からそれを察した。
にいさまから聞ける情報をすべて聞き出したのか、コンラーデンがわたし達のほうにやってくる。
ドクターはロルフがしたような立礼をして、コンラーデンを迎えた。
「遅れた。この人数を転移させられる魔鉱石が見つからなくて手間取った」
「たびたびのお越しに感謝いたします、コンラーデン殿」
「挨拶はいい、ハッツフェルト博士。説明をしてもらおうか」
わたしはドクターに言われた通り、喋らずにじっとしていた。
ドクターは事実を少し曲げて、コンラーデンに説明していた。
リーラ様がわたしを廃嫡すると決めたから、ボドウィンが館からの退去を求めたこと。
ゼアビルド夫人が反発し、ボドウィン卿と言い争いになったこと。
わたしがゼアビルド夫人と離れることを嫌がったので、ボドウィンが業を煮やして実力行使に出たこと。
ゼアビルド夫人をモーレンベークに渡し、救援を求めたこと。
その間に状況が悪化し、目の前の魔力戦に気が動転したわたしが『たまたま』持っていた妖精の石をボドウィンに投げつけてしまい、ボドウィンの顔に当たって、吹き飛んでしまったこと。
傷の手当てをしたが治らず、これ以上暴れて本人が危険になるよりは、と体を拘束したのだと、さも事実のように噓を混ぜこんでいくので、聞いていたわたしもうんうんと頷いてしまった。
「たまたま、妖精の石を、ねぇ」
コンラーデンはやっぱりそこに引っかかったみたいで、右手で顎ひげを触りながら私を見下ろす。
「クラウディア様はご事情で館内の部屋を離れられず、貴族としての教育は受けられていません。妖精の石もそうとは知らず拾われたようです。私がそばについていながら把握できず、申し訳ありません」
ドクターは深々と頭を垂れ、謝罪した。
お前もだと、下を向いたドクターの視線に促され、わたしも頭を下げた。
「ですが」とドクターは顔をあげた。
「ボドウィン卿によりクラウディア様は頭部を負傷されました。これは明らかにリーラ様への反逆と捉えられてもしかるべき暴挙です」
「反逆などと、それは行き過ぎでは」
「コンラーデン殿、リーラ様との会話はお忘れか。クラウディア様はまだモーレンベーク辺境伯のご息女であらせられる。失礼だがボドウィン卿ご自身の身分は一般貴族。身分の低いものからこのように攻撃をうけ怪我を負われながら、クラウディア様はご自身の知識不足から妖精の石を使ったことを反省されている。さらにボドウィン卿の怪我を治してほしいと私に頼まれたのだ」
えっと私は頼んでいないんだけどそういうことにしたんだね。
ドクターの行動はどこまで計算されていて、どこから出まかせなんだろう。
この人は立派な詐欺師になるよ。
「ここでボドウィン卿をかばわれるのであれば、コンラーデン殿にも類は及びましょう。主のお身内を狙うものがそばにいたことに気づかぬ近衛兵などおりますまい」
自分にも火の粉が飛んできそうなことに気づいたコンラーデンが黙り込んだ。
「ですがクラウディア様は事を大ごとにされるのを望まれません。母上であられるリーラ様にはそのような憂いなく辺境伯のお勤めを全うしていただきたいと、そうお考えです」
ドクターに背中を押され、わたしはコンラーデンの前に立たされた。
どうふるまっていいのかわからず、わたしはドクターとコンラーデンの顔を交互に見上げる。
何もしゃべっちゃいけないんでしょ? これどう収めるの?
コンラーデンは顎ひげをせわしなく触り、ふとつぶやいた。
「……ボドウィン卿にも困ったものだ。確かハッツフェルト博士のご実家とボドウィン卿の間に確執がありましたな。思いもかけない場所でハッツフェルト博士と再会し、抑えがきかなかったのでありましょう」
おや?
コンラーデンがなにか話を作り始めたよ。
口調も心なしか丁寧になってる。
「いやはや、とんだ出来事に巻き込まれましたな。クラウディア様にお怪我がなくてこのコンラーデン安堵しましたぞ。ハッツフェルト博士がしっかりとお守りくだされたのですな」
コンラーデンはうんうんと頷きながらしゃべり続ける。
「しかも幼い身でありながら博士の危機を助けたいとボドウィン卿を退けられ、さらに母上であるリーラ様の憂いまで心を砕かれておられる。魔力のないことが悔やまれますが立派なお心がけです」
昔ドクターに因縁のあったボドウィンが勝手に暴走して館とドクターに攻撃し、巻き込まれた私がボドウィンを止めて、なおかつおかあさまに心配をかけたくないから秘密にしてねって話にすり替わったぞ。
わたしは無傷で助かって、さらに妖精の石の話も消えちゃったぞ。
「ボドウィン卿は連れ帰り、しかるべき処罰を受けることになりましょう。もちろん反逆などではなく王からリーラ様にたまわった館を破壊した罪で」
こわっ。
自分に責任を押しつけられるのがイヤだからなんだろうけど、事実が簡単に曲げられている。
「お判りいただけて幸いです」
しれっとドクターも返している。
お互いの笑顔が怖いのはわたしだけ?
「どうして私が縛られているのだ! お前たち、私ではなくあの小娘を捕えろ!」
腹黒いやり取りがひと段落したころ、威勢のいい声が聞こえてきた。
よかった、生きてた。
気に食わない人だけど死んでいたらとっても寝覚めが悪いもん。
おとなしくしろ、とにいさまと周りの騎士に押さえられているけれど口は縛ってないから私とドクターへの暴言がひどい。
「私は侯爵家の人間だ、私を拘束するなどありえぬ! 私のシャイべをどうした!」
わたし達を見つけたボドウィンは、唾を飛ばしながらこちらに向かってこようとする。
「あいつが私の顔に何かを押し付けたのだ! 私に何をした!」
体の両脇を騎士に抑えられていなければ、わたし達にとびかかってきそうな勢いだ。
目が血走って尋常な顔つきじゃない。
「見苦しいぞ、ボドウィン卿。クラウディア様はまだリーラ様の庇護下にある。ボドウィン卿の取られた行動はリーラ様への敵対行為ですぞ!」
「敵対だと?!廃嫡の決まった小娘に躾をして何が悪い! 私はプライスラー侯爵の一族だぞ!」
コンラーデンに諫められてもなおボドウィンは吠える。
その剣幕にわたしはあとずさる。
ここまで悪意をぶつけられたのは初めてだ。
しかも理由が身分差別って……。
わたしは思わずドクターにしがみついた。
怖い、ここまで憎まれなきゃならない理由がわからない。
「それを言うのならクラウディア様はモーレンベーク辺境伯のご息女。身分で言えば侯爵の上にあたられる!」
コンラーデンがボドウィンを抑え込もうと、身分の差を持ち出すけど全く聞く耳を持たない。
クラウディアちゃんって、ほんとのほんとにお嬢様だったんだね。
侯爵ってたしか王様の次にえらい爵位じゃなかったっけ?辺境伯の位置がよくわからないんだけど、もう、貴族階級なんて昔の海外ドラマの中でしか見たことないよ!
「ボドウィン卿。卿はプライスラー侯爵の一族とはいえ、今は一般貴族であろう。身分差を盾に取るならば、卿はこの中では一番下だ。卿こそ身分をわきまえよ」
そういったドクターの顔をボドウィンが睨みつける。
「ハッツフェルト博士。お前こそ伯爵家を追い出された身で何を言う。一般貴族にすら名もないお前が一番下なのだよ」
どこの世界でも、誰が一番上だとか下だとかそういうくだらないことにこだわる人がいるけれど、ここまで身分差にこだわるっていったい何がこの人をそんな考えにしてしまったんだろう。
ドクターは、自分の優劣を、自分が一番下ではないと食い下がるボドウィンに深いため息をついた。
「確かに、私はハッツフェルト家を出ている。今さら伯爵家の称号を振りかざす気もないが、身分で言うならば、私はクラウディア様の主治医として私自身に子爵位をいただいている。これで納得できたか?ボドウィン」
「な、なんだと?」
「リーラ様の従者であるから礼を尽くしていたが、身分どうりの扱いを望むなら応えよう、跪け。クラウディア様に向かっての数々の暴言と、お怪我をさせた責任をその身で贖え」
「なん、な、な…っ」
ボドウィンは顔を真っ赤にして言い返そうとしたけれど言葉が見つからないみたい。
身分を立てにさんざん威張ってたのに、実は自分が一番身分が下だったなんて認められないよね。
ぱくぱくと口を開いたり閉じたりして、そのうち口の端から泡を吹き始めた。
そのまま目がぐるんと白目になって後ろに倒れこむ。
両脇を支えられていなければ床に激突してたと思う。
「ハッツフェルト博士もあまり追い詰めないでいただきたい。目が覚めた時の矛先は私にくる。卿本人はどうということもないがご実家の圧力はそれなりに受けるのだよ」
「でしたらしっかり手綱を取っていただきたい。クラウディア様に取り返しのつかないケガでもおわせられたらどう責任をとられるのか」
ドクターはボドウィンのことなんか心の底からどうでもいいという表情を浮かべてる。
「早く連行してください。この館の修繕もゼアビルド夫人が戻り次第相談しなくては」
「ああ、それならばゼアビルド夫人が戻られるのは時間がかかりそうですな。転移陣を使い、私に事のあらましを訴えられた後、魔力不足で倒れられました」
えっ?倒れた?
わたしはコンラーデンの顔を見上げた。
ドクターもその発言には驚いたみたい。
「おそらく、夫人にはもうお一人で転移陣を使って渡るほどの魔力はないと思われます。この館に戻られるとしても、誰かに渡してもらうか馬車か騎獣を使われるか……いずれにしろ今後リーラ様のお側に上がることは控えられたほうがよろしいかと。お命を縮めかねません。館の修繕についてはモーレンベークから職人を派遣しましょう。クラウディア様のお住まいがこのありさまでは、落ち着かれないでしょう」
「お気遣いありがとうございます」
「エリアス、今回はお前が残れ。ボドウィン卿のかわりだ」
「はっ」
コンラーデンはボドウィンを抱えている騎士たちに指示して、魔鉱石の準備を始める。
多分だけど、転移陣は移動する質量が決まっているんだろう。
一人移動したら帰りも一人分。
複数人移動するなら同じ人数をそろえなきゃならない、とか。
魔法は万能に見えるけど、使うにはいろいろな決まりがありそう。
「では、これで」
コンラーデンが魔鉱石を発動させ、部屋は再び紫の光に包まれた。
残されたのはわたし達と、そして夜空がきれいに見えるようになった応接間。
「夫人が倒れたのか…思った以上に魔力が減っていたってことか」
「館では不自由なく生活できていたから、我々もあまり意識していなかったが」
ゼアビルド夫人は、みためよりも実は高齢で全盛期ほどの魔力はないんだって。
だってリーラ様の乳母って言われていたものね。
すくなくても150歳は超えている……。
魔力は生命力だから、年齢を重ねていくうちに少なくなっていく。
街に暮らす貴族ならどうということはないけれど、リーラ様の側に仕えるには最低でも一人で転移陣を使い、さらに普通に業務をこなせる程度の魔力を求められる。
そのくらい魔力があって、魔力制御ができないと、逆にリーラ様に魔力が流れてしまうんだって。
今日だけで何回も転移陣での移動を見ているけど、本来なら気軽に使えるものじゃないんだ。
そういえばにいさまがここに来た時は騎獣に乗ってきたもの。
にいさま曰く、転移陣を一回使うのにフルマラソンを走るくらい疲れるんだって。
あ、フルマラソンっていうのはわたしなりににいさまの言葉を置き換えた結果ね。
鍛錬何時間分とか言われてもわからないから、だいたいこんな感じかなぁ。
「さて、と。とりあえず場所を移すか。ここじゃ落ち着かないだろ」
にいさまが提案してくれて、わたし達は食堂に移った。応接間から一番近くて椅子に座れる場所だから。
私は椅子に座るとどっと疲れが襲ってきた。
夕方から今までそんなに時間はたっていないのに、怒ったことの密度が高すぎて脳みそが焼き切れそう。
「村からだれか様子を見に来るかもしれないな。来たら俺が対応しよう。さてどうこたえるか」
「貴族同士のいざこざだ。そう答えれば深く聞いてこない」
にいさまとドクターがこれからのことを話していて、その声がだんだん子守歌に聞こえてきた。
こくん、こくん、と頭が揺れ、いつしか意識が遠ざかっていった。




