約束
にいさまがわたしにまたがっていたボドウィンを弾き飛ばした。
「クラウディア!無事か?!」
にいさまが仰向けになったわたしを抱き起こす。
「痛い…けど、ロルフとドクターが」
頭の左側がじんじんする。手を当てたらどろりと血が流れてきた。
わたしのケガを見てにいさまが顔色を変えた。
「あんのやろうっ」
ブウウンと大きな音がしてにいさまのシャイべが青く光りだす。その光の先がボドウィンに向かっているのを見て「やめろ!」とにいさまを止める声がした。
どん、と鈍い音がして破片がいくつかはじけ飛び、土煙の中からドクターが現れた。
よかった、無事だったんだ。
「エリアス。気持ちはわかるがこちらから手を出すな」
「何言ってんだよ! クラウディアがケガしたんだぞ!」
「ケガなら私もだ。落ち着け」
「落ち着けるか、ふざけんな!」
「いいから手を出すな。私が何のために反撃しなかったと思ってるんだ」
にいさまは体を怒りで震わせながら光を消した。
にいさまがこんなに怒るとこ、初めて見た。
ボドウィンはこの騒ぎでもピクリともしないけど…死んでないよね?気絶だよね?
気絶といえばロルフは?無事だよね?
わたしはにいさまの腕の中から起き上がって、ロルフのところに向かった。
にいさまは心配そうにわたしの後ろからついてくる。
「ロルフ?大丈夫?」
「う、う…ん」
「目を開けられる?痛いところない?」
「う、クラウディ…アアアアアっ」
ちょっと、なんで悲鳴を上げるの。
「血、おまえ血が!」
あ、うん。そうか、今のわたしの顔、血まみれなのか。
目の前に血まみれの顔があったら怖いよね。それはごめん。驚かせた。
けど、ロルフはどこも大きなケガしてなさそう。
「ロルフにケガがなくてよかったよぅ」
ああ助かったんだとほっとして、涙が出てきた。
殴られた頭はめちゃくちゃ痛い。けれど痛みより今は安堵感のほうが大きかった。
うえぇぇぇーんと声を出して泣くと、ロルフもちょっとだけ涙ぐんでた。
「傷を見せてみろ」
ドクターの声が聞こえてきて、ドクターも無事でよかったってますます泣けるよね。
「ああ、出血はもう止まっているな。傷を癒せるのかやってみよう」
ブゥゥンと小さい音がして、シャイべが起動したんだとわかった。
こめかみのあたりがほんのり暖かくなって気持ちがいい。痛みがだんだん引いてきた。
「ふむ。ケガは外部からの魔力でも癒やせるのだな」
わたし癒やされてるんだ、すごーい、魔法使ってもらってる。
ドクターもケガはどうだったのかなって、ドクター?
「……先生、ケガは?」
「血止めだけした。あまり治しすぎてもまずいからな」
……は?
治しすぎても?
わたしは泣くのをやめてドクターを見た。
さっきまでざっくり切れていた腕の傷は、キレイにとはいかなくても塞がっている。
骨……見えてたよね。
え、治るの?
ええっ、治せるの?!
涙がすぅーっと引っ込んだ。
「もしかして、先生はケガを治せるんですか?」
「当たり前のことを聞くな」
あたり、まえ。とは。
もしかしなくても、この世界ってケガは簡単に治っちゃったりするの?
それともドクターだけ?
クラウディアちゃんは魔力がなくても、ケガをしたことはないからその辺の記憶はないの。
いや、いいのよ、ケガが治せるならいいと思うの。でもドクターがケガしたとき、あんなに焦らなくてよかったのかなって思うと、気持ちがね、こう。
おさまらないというか。
「何をむくれているんだ」
「むくれてません」
「だいだいお前は逃げろといったのに何で戻ってきたんだ。私一人ならボドウィンぐらい押さえられたんだ。足手まといだと言っただろう!」
「言われたけどそんなの『俺のことはいいから逃げろ』っていいながら後で助けに来いっていう前振りみたいなものじゃないですか!」
「マエフリとか何をわけのわからないことを言っているんだ!」
わたしとドクターがぎゃんぎゃん言い合ってるとロルフが笑いだした。
「ふ、二人っていっつもそうなんだな。初めて会った時もこうだったもんな」
「いつもじゃないよ。普段のわたしはもっとおとなしくしてるよ」
「俺、そんなとこ見てねーもん」
「たしかに」
そうだね、ロルフは館の中のわたしなんて知らないもんね。
さっきまでドクターと言い合っていた私が、今度はロルフと笑ってる。
ドクターは呆れたようにため息をついた。
「子供というものはころころと機嫌を変えてくれる。いずれにせよ君たちが無事でよかった」
そう言って私とロルフの頭を撫でてくれた。
ドクターがロルフの体をあらためて診てくれた。
ロルフは床に落とされたときに体を打ったけれど、打ち身だけですんだみたい。
打ち身もドクターが癒してくれていた。
わたしもケガは治ったみたいなんだけど、顔と髪の毛についた血はそのままだ。乾いてきて鏡を見なくてもきっとひどい有様なんだろうな。
せっかくリーラ様に会えるからって可愛くしてもらったのに。
「おい、あいつはどうする?」
にいさまが親指を立ててボドウィンの方を指さした。
「起き上がったらうるさそうだ。これで縛っておいてくれ。ついでにシャイべも外しておけ。ここにいる人間だけなら魔力は吸われないだろう」
「わかった。クラウディアをちゃんと治療しておいてくれよ」
にいさまはドクターにもらった分と、自分の腰からも黒い縄を出して、ボドウィンの腕や足を縛り始めた。
「なんだこの顔は。フランツ、お前がやったのか?」
にいさまがボドウィンを縛り上げながら、ドクターのほうにボドウィンの赤く爛れた顔を向けた。
う、結構えぐい傷になってる。
わたしは目をそらした。さっきまでボドウィンに対して怒りが勝っていたから忘れていたけれど、怒りが引いてしまうとやりすぎてしまったと反省するよ。
にいさまは縛り終えた後に右手首からシャイべを外して、服のポケットや首筋を確かめている。
これは後で知ったんだけど、魔力の多い貴族はシャイべを複数持ち歩いてることが多いっだって。
リーラ様は十個近く持ってるみたいだから、それだけでも桁違いの魔力を持っていることがわかるよね。
どうやらボドウィンは首にも下げていたみたいで、にいさまは二つのシャイべを手に戻ってきた。
「フランツ、あの袋は? こいつを入れておいたほうがいいだろ」
にいさまはシャイべを持ち上げてドクターに袋をよこせと手を出す。
「子供に渡したぞ」
ドクターがロルフを指さす。
「あの黒い袋のこと?」
まずい、袋のあるあたりに妖精の石をばらまいちゃった。
にいさまが行くと危ないよ。
ロルフが黒い袋のことだと気付いてくれて、ついでに私のやらかしも思い出してくれた。
「あ、庭にある。あと頼まれてた石もその近くにばらまいた」
「そりゃまずいだろう。おい、歩けるか?一緒に行ってもらわないと」
「うん、いく。あれ危ない石なんだよね?」
ロルフ覚えていてくれたんだね。
そうだ、ロルフにこれも頼まなきゃ。
わたしは手の中にしっかり握りこんでいた石をロルフに渡した。
「ロルフ、これも一緒に入れておいてくれる?」
「あの石だろ?わかった。入れとく」
ドクターはわたしがロルフに渡した石を見ながら考え込んでいた。
あれ、わたしがあの石を使ったことで怒られるのかと思ったんだけど。
ドクターはボドウィンに近づいてシャイベで顔を照らす。
「クラウディア、ボドウィンに押しつけていたのは、魔力を吸い取るあの石か?」
「そうです。思いっきりやっちゃいました……」
ドクターはシャイべを消すとにいさまを振り返った。
「エリアス、ゼアビルド夫人はどうした?」
「えっと転移室で入れ違いになった。俺がこっちに渡っている間にゼアビルド夫人がリーラ様を呼んでる声がしたが、取次は難しいだろう。せいぜい騎士団長どまりだ」
「騎士団がこちらに人をよこすとしたら誰だ?」
「俺の予想が当たればコンラーデン殿だ」
「そうか。では時間がない。みんな聞いてくれ」
ドクターはあの場にいなかったにいさまに聞かせるように、にいさまが去ってからの状況を説明した。
ボドウィンがわたし達を挑発して、わたしがその挑発に乗ってしまったこと。
ドクターが防戦しきれずに、わたしとロルフでボドウィンに突っ込んでいって、妖精の石を押し付けたこと。
石を押し付けた顔が赤く爛れていること。
「今、ボドウィンの顔の傷が癒せるのか試したが治らない。外部魔力で治せないこの特殊な傷は必ず問いただされる。魔力を吸い取る石の存在は隠しておきたい。あの石は公にならないほうがいい。あの石は魔力を吸い取ったまま、まだ石にとどまっている。これを悪用されたら世界が変わるぞ」
なんだかとっても大ごとになってきて、小心者のわたしはドキドキしてしまう。
そばで聞いていたロルフもちょっと顔が青ざめてる。
世界が変わるなんて、ドクターが大げさに言っているだけでしょう?
「いいか、クラウディアが押し付けたのは別の妖精の石だ。ボドウィンが気絶したときに一緒に砕けたと言い張れ。ロルフは妖精の石をすべて集めたら、それを持って一度家に帰るんだ。明日、私が必ずその袋を取りに行く。それまで安全な場所に隠しておくように。エリアスは見たままを言えばいい」
「『俺が来た時にはボドウィンは気絶していた』そう言えばいいんだな?」
「そうだ。間違っても頭にきて自分が弾き飛ばしたなんて言うなよ。問題の妖精の石は収穫祭の夜にクラウディアが拾った。価値がわからず持っていた。そうだな?」
こくこくこくとわたしは首を縦に振る。
「妖精の石を取り上げようとしたボドウィンともみ合って『偶然』顔に当たって『偶然』はじかれた。それで押し切るんだ」
ドクターはわたし達の顔を見て、念を押した。
「そんな偶然で通るか?」
「通すさ。クラウディアはまだリーラ様の娘だ。ボドウィンが下手に騒いでも己の首を絞めるだけだ。やつの実家がどれほど高位貴族だろうが、紫紺の魔女の権威にかなうはずがない。あの場に自分より身分の高いやつがいなくて、やつは調子に乗ったのさ」
ドクターがとてもいい笑顔で左腕の傷をなでる。
「この傷の代償はきっちり払わせてやる」
これは完全にドクターの私怨じゃない。
さっきの世界が変わる発言より実感がこもっていたよ。
「問題の石はわたしが預かる。魔力遮断の袋はまだあったはずだ。とってこよう」
ドクターが身をひるがえして応接間を出ていき、黒い袋を手に戻ってきた。
ロルフはわたしが渡した石をドクターの持ってきた袋に入れた。
「なぁ、クラウディアって、リーラ様の娘なのか?」
ロルフは目を見開いて、信じらんねぇとつぶやく。
ねぇ、わたしも信じられないよ。
それにわたしはほんとの意味では娘じゃないんだけど。
「ロルフ、貴族に対しての躾がされていないことは今は見逃す。それと、今夜のことは口外するな。わかったら、行け」
ロルフはドクターの言葉にハッとして、右手を左手で包むように握り、目の位置に掲げた。
「わかりました」
ぎこちない態度と言葉でロルフはわたし達に一礼した。
その瞬間、わたしとロルフの間に急に壁ができたことを感じた。
うわ、なにこれ。
今、とてもわかりやすく一線を引かれた。
これが、身分の差なの?さっきまでわたし達一緒にいたのに、急にロルフだけ違う世界に行ったみたい。
「走れ、君の姿が見られてもまずい」
ロルフはその言葉をうけ、もう一度一礼してから走り出した。
ロルフが庭で妖精の石を拾って村に向かったと同時に、紫色の光が部屋に満ちて、さっき会ったコンラーデンが再びわたし達の前に現れた。




