収穫祭
収穫祭の当日、わたしは楽しみのあまりいつもより早く目が覚めてしまった。
ベッドの中でゴロゴロ寝返りをうってゼアビルド夫人が起こしに来るのを待っている。
ハンナは収穫祭の準備で昨日の夜から村に帰っているから、今日はゼアビルド夫人に身支度を整えてもらって、食堂で朝食を済ませたら、さぁ出発!
今日は馬に乗って移動するから、定番のワンピースではなくてズボンタイプの乗馬服を着せてもらった。
村までの移動もわたしが一緒なのだから貴族らしく馬車でと主張するゼアビルド夫人と、邪魔だというにいさまとで一悶着あったの。
この二人はそりが合わないというかノリがあわないというか、平民時代の気軽さを押し通すにいさまと貴族の習慣を押し通すゼアビルド夫人の対立は永遠に埋まらないんだろうなと思うよ。
そしてだいたいにいさまの要望のほうが通ってしまう。
ちなみにそのもめごとの間、ドクターはさっさと退室して自分の部屋に帰っていった。
この人は自分にとってどうでもいい事にはほんとうに淡泊なんだよねぇ。
用意してもらった乗馬服は、下は膝までのハーフパンツと長い靴下をはいて短めのショートブーツ。上はそれに合わせて体にぴったりとするジャケットっぽいもの。
すごく動きやすいから普段着もこれでいいのに。
そう言ったらゼアビルド夫人が片手で顔を覆ってため息をついたから、次からは気をつけようと思う。
いつもならため息の後には貴族とは、って始まるからね。
今回は昨日も今日もにいさまにいろいろと言って、言い疲れてしまったらしくてわたしには回ってこなかった。セーフ。
にいさまはグライフに乗ってきた時とあまり変わらない服だけれど、上着は丈が短め。
ドクターもほぼ同じ服だった。
ドクターが体にぴったりする服を着るの、初めて見た。意外と筋肉質なんだね。細マッチョ。
いつもは伸ばしていた髪を、三つ編みにして脇に垂らしていた。
馬に乗るもんね。邪魔にならなくていいと思う。
栗毛と葦毛の二頭の馬を用意してもらって、栗毛にわたしとにいさまが、葦毛にドクターが乗った。
今日は村はずれでキャンプもするからワクワクする。夕飯用の食べ物は祭り用に用意されたものを分けてもらう約束をしているんだって。
楽しみー!
「じゃあ行ってくる」
「行ってきます!」
気を付けてとゼアビルド夫人に送り出されて、私たちは出発した。
馬で二人乗りの場合、手綱を持つ人の後ろ側に乗るのがセオリーらしいけれど、わたしは小さいし乗馬未経験なのでにいさまの前に乗せてもらっている。
目線が2メートルくらいの高さにあるから慣れるまでは怖かったけれど、慣れてくると見たことのない木々の紅葉に目を奪われた。
車や自転車に乗り慣れてる身としては、馬独特動きは慣れていないし乗り心地は正直よくない。
でも背中ににいさまの体があって安定してるし、なにより館の外に出るのは初めてなのだ。
見るもの全てが物珍しい。
村に近づくと祭り独特の活気が伝わってくる。子供があちこちで走り回り、筒を持ってお互いに向けている。
その先からポンって軽い音がでたり煙が出た。
「にいさま、あの子達が持ってる筒はなんですか?」
「あれは軽く魔力をこめると音が鳴ったり煙が出る玩具だ。俺もよく遊んだよ」
玩具にも魔力をつかうんだねぇ。
ホントに魔力が身近なんだ。
「ねぇねぇ、おじさん達だれ?」
「なにしに来たの?」
馬の周りを子供達が取り囲む。
見たことのない人間が珍しいのか、子ども達に遠慮がない。
「危ないから馬の側に来るなよ。収穫祭を見に来たんだ。村長はいるかい?」
「あっちだよ!」
「教えてあげる!」
子ども達は馬の先頭に立って案内してくれた。
小さな子達がこの日のために手に手に玩具を持って、まるで行進みたいに進んでいく。みんなかわいいなぁ。
わたしも小さいんだけど。
「村長に挨拶にいったら、クラウディアも後で遊びに行ってこい」
「はい!」
わーい!あちこち見て回ろう!
「一人にはなるなよ。必ず私と行動しろ」
なんだ、ドクターの監視付きかぁ。
「あからさまにがっかりするんじゃない。勝手のわからない所で何かあっても俺たちが心配だからな」
「……はぁい」
そうだよね、クラウディアちゃんはまだちいさいもんね。
村の中心部に連れて行かれて、村長さんと引き合わされた。
村長さんは白ひげを蓄えたおじいちゃんで、にいさまを驚いたように見上げた。
「おまえエリアスじゃないか!」
「ザックか? おまえ村長になったのか。幼馴染が出世だなぁ
「騎士になったお前ほどじゃないさ、エリアス」」
にいさまは自分が馬から下りた後わたしを下ろしてくれた。
もしかして村長さんとにいさまは知り合い?
「おまえがちっとも村によりつかないからだ。ザックは3年前から村長だよ」
「村長、この人誰? 知り合い?」
「エリアスって、昔この村から騎士になった人?」
「おーい! みんな呼んでこい!」
「にいちゃん騎士なの?」
「かっこいー! 騎獣持ってる?」
にいさまの名前がでたとたん、大人も子供もわぁーっとにいさまを取り囲んだ。
わたしは人の波に飲み込まれる寸前にドクターに抱え上げられて、人波を抜けた。
「す、すごい。にいさまって実は凄い人……」
「こんな辺境の村から王都の騎士団に入団出来たからな。このへんじゃあいつは英雄だ」
確かに、納得できる皆の熱狂ぶり。
魔力は身近でも量の問題になるとそれはまた別の話なんだね。
「あいつが囲まれているうちに行くぞ」
わお、にいさまを囮にしたよ、この人は。
この国の村はだいたいどこも似たような作りで、真ん中に広場があって、そこから円を描くように建物が広がって、その外側に牧場や畑があって、もう少し大きな村だと女神教会の礼拝堂があるみたいだけど、小さい村では広場の脇にある村長の家に、行事ごとに派遣されてくるんだって。
村長の家はなにか災害があったときに村人全員が避難できる大きな講堂があって、今夜はそこに子供達が集まってお泊まり会なんだね。なるほど。
収穫祭の夜は村をあげての宴会で、朝から町のはずれでは牛や豚や鳥が十数頭も集められて、村人全員で解体作業をしているんだとか。
ドクターは、あれだけたくさんの解体を見たことがないから見学するって言うんだけどわたしはどうしようかな。
さっきから風に乗って生き物の断末魔が聞こえるから、遠慮しようかな…と思っていたのに。
わたしを一人にしておけないからってドクターに連れていかれた。
まぁ予想どおりに血の海だったよね…。
殺されるときの豚さんの顔は見ていられなかったけどそのあとの作業の手際がみなさん良くて、豚を抑える人、首にナイフを刺して血を抜く人、その血をボールに受け止める人、それぞれが自分の役割をわかっていて、流れるように豚が解体されていく。
井戸のそばでは切り分けられた腸を洗ったり内臓をゆでたり、食料にするための準備が進められていた。
血を抜かれた豚の中身は意外と平気なんだけど、わたしは鳥を絞めて羽をむしる作業のほうが直視できなかった。。
鶏の首をしめるときのあの声は……しばらく耳に残りそう。
でもこうして美味しくわたしたちが鳥や豚や牛の命をいただくんだもんね。
思わず命に感謝して手を合わせてしまった。
「それはどのような意味が……」
「命に感謝しているんです。美味しくいただきますって」
多分見たことのない仕草だったんだと思う。
思いっきり不審な目で見られたよ。
ドクターは、豚や牛の解体の手際や手順をもっと見たかったらしくて、どんどんそっちのほうによっていく。
わたしは遠慮したいのでどんどん離れていく。
うん、ここまで離れたら別行動でいいよね!
広場に戻っちゃおーっと。
広場に戻ると今年に生まれたらしい赤ちゃんたちが集められていて、中央にいる白いローブを着た人が取り出した円盤を一人一人にもたせていた。
あれは女神教会の司祭かな?
へぇ、赤ちゃんの時も魔力を測るんだ。
魔力を測ったり収穫祭とか祝年式とかお祝い事だけじゃなくて、お葬式なんかも女神教会のお仕事。鐘を打つのも女神教会だし、この国の女神教会は忙しいね。
赤ちゃんは皆、似たり寄ったりのほんのりした光りかただったけど、一人だけちょっと強く光った赤ちゃんがいた。
その子の名前だけ司祭がなにかに書き留めている。
あの赤ちゃんは魔力が強めってことかな。
その様子を私の少し前で見ていた男の子が、突然足元の石を司祭に投げつけた。
石は手前で落ちたけど、司祭やその周りにいた大人は一斉にこっちを見る。
「ロルフ! あんた司祭さまや子供に当たったらどうするの!」
「またおまえだね! ハンナに言いつけるよ!」
周りにいたお母さん達が口々に男の子に向かって怒り出す。
「うるせー! くそババア!」
それを受けて言い返し、男の子はきびすを返してかけだした。
「ロルフ! まちな!」
お母さん達が赤ちゃんを抱えて追いかけてくる。
もちろん男の子のいたわたしの方へ。
わたしも怖くなって男の子の後を追って走り出す。
よく考えたらわたしは何も悪いことをしてないんだから逃げなくてもよかったんだよね。
勢いに驚いて走ってしまった。
体力がついたと思っていてもまだ全力で走るとすぐに息が切れる。
そんなに走らないうちにドタッと倒れてしまった。
や、やっぱり館の中だけ歩いてもダメだ。
今度からは庭にも出て体力つけないと。
せっかくのお洋服汚しちゃった。
ハァハァと息を整えていると、だいぶ先を走っていた男の子が振り返ってわたしの方を見ていた。
倒れている私を見て、どうしたらいいのかわからないらしい。
立ち止まって気にしてくれるだけでも優しいじゃない。
ゼェハァと立ち上がったら、男の子が戻ってきた。
「いくぞ」
とわたしの手をとって走り出す。
早い早いよ!もうお母さん達追いかけてこないよ!
だいぶ遠くまで走った気になったけど、実際にはそれほどでもなかったみたい。
わたしは息が荒いけれどさすが地元の子供、息一つ乱れてない。
「なんでおまえまで逃げるんだよ。つれて逃げることになったじゃないか」
「あの剣幕のお母さん達が追いかけてくるんだよ? 逃げたくなるもん。だいたいなんで石なんか投げたのよ!」
「だって、あいつら赤ん坊なのに魔力があるから……」
うん?魔力があるのは普通のことでしょ?
「しかも一人魔力が多そうなやつがいたじゃないか。俺は全然光らないのに!」
「光らない? 魔力がないの?」
わたし以外にもいたのかな!
期待しちゃうじゃない。
「魔力がないわけないじゃんか。なかったなら生きてないだろ」
男の子に思いっきり軽蔑したように見られたよ。
あああ、やっぱりそうなんだ。
魔力ゼロは生きられないってことは、こんな小さい子供でも知ってる常識なんだ。
ちょっと期待したぶんがっかりしたよ。
「俺はほんの、ほんのちょっと光るくらいだ。ないのとおんなじだよ。俺も皆と同じくらいの魔力が欲しかったよ……」
すごく悔しそうに言うから、放っておけなくて、わたしは手をつながれたまま、二人でまた歩き出した。
「おまえ、名前は?」
「クラウディアだよ。君はロルフでしょ?」
「あのババアの家の子供、しょっちゅう俺のことバカにするんだ。これみよがしに指を鳴らしてロウソクに火をつけたりオモチャを鳴らすんだ。俺が出来ないの知っててさ」
こっちにもあるんだね、そういう幼稚ないじめが。魔力が身近なぶん、そういう所でからかうんだ。
「母ちゃんは気にするなって、魔力が少なくたって出来ることはあるっていうけど、俺ががやりたいことは魔力がなきゃ出来ないんだ」
うーん、魔力が当たり前の世界にわたしがまだなじめないだけなんだろうけど、魔力を補うようなものはこの世界にはないんだろうか。
「それ絶対魔力がなきゃ出来ないの?なくてもなんとかならない?」
「なんねーよ。おまえそんないい服着てるから貴族の子供だろ。魔力が足りないなんて事ないんだろ!」
「え、わたし魔力ゼロだよ。魔力がないんだって」
「嘘つけ」
即答された。もうイヤだこのやりとり。
「ホントだよ。もともと少なくて、魔力が外に流れちゃうから最近まで兄弟にも会えなかったんだから」
さらにいえば母親にも会えていない。
「でも、元気だよ。生きてるよ」
「……あり得ないだろそんなの。俺をからかってるんだろ?」
「からかってないよ。ホントだって。シャイベなんか全然光らないんだよ! ウンともスンとも光らないんだから!」
魔法なんて縁のない世界からせっかく魔法の存在する世界にやってきたのに、魔法を見たこともないんだから!
わたしの剣幕に呆れたのかロルフがプッと吹き出した。
「わかったよ、クラウディアは魔力ゼロなんだな。わかった」
あ、ちょっと表情が柔らかくなった。
険しさがとれた顔はとても年相応で可愛い。
「俺さ、俺、父ちゃんみたいに牛飼いになりたいんだ。うちの牛乳はよそのやつよりうまいし、このへんじゃ一番高く買いとって貰えるんだ」
ロルフはぽつりぽつりと話し出した。
「父ちゃんの作る餌に秘密があってさ、父ちゃん人がいいから皆に作り方教えちゃうんだ。でもやっぱり父ちゃんの作る餌が一番上手に作れて、うちの牛乳が一番うまいんだ。父ちゃんの餌はさ、餌に魔力を流すんだ。流したかにコツがあるって言ってた。他の兄ちゃんたちは皆出来るけど……おれ、母ちゃんと一緒で魔力がすっげー少ないんだよ」
ロルフは悔しそうに顔をゆがめた。ほかの兄弟ができて、自分ができないのは悔しいよね。
「母ちゃん、俺には学校にいけっていうんだ。魔力が少なくてもできることを増やせって。でも学校に行ったって牛飼いになれるのかよ。まわりは祝年式が終わったら働き始めるんだぞ。学校なんていったら父ちゃんみたいな牛飼いになれなくなっちまう」
7歳で働き始めるのか…こっちの世界には児童の労働禁止って概念はないんだね。大事な労働力なんだ。
「悔しくってさ、腹が立つけど友達や兄ちゃんたちに魔力の使い方を教えてくれって頼んだんだ。でも魔力をこめるって言われてもわかんねーよ」
みんなはきっと何気なく魔力を使っているから、きっとうまく説明できなかったんだと思う。
わたしもきっと言われてもよくわからない。
「わかる! わたしもわからないもん」
「さっきも言ってたけどさ、おまえ貴族だろ?なんで魔力がないんだよ」
「そんなことしらないよ。生まれたときから魔力なんて使ったことも感じたこともないんだもん」
「魔力ゼロっておまえなんで生きてんの?」
それは私も知りたい。
ロルフは本当に私に魔力がないと信じてもらえたようだ。
「じゃあおれとおまえは仲間だな。魔力の少ない仲間。仲間の印にこれやるよ」
「なに? これ」
ロルフがポケットから取り出したのは、楕円形の赤い石。
手のひらに隠れるくらいのサイズで、宝石みたいに輝くわけでもない。
けれどじわりじわりと濃い赤色が、石の中からにじみ出るようにあふれてくる。
きれいというより見入ってしまう色味だ。
「村の外れに大きい石が何個も建ってる場所があるんだよ。大昔からあった広場なんだって。そこで見つけた」
昔からある?それは遺跡というやつかな。
それはぜひとも行ってみたい。
「兄ちゃんや友だちと遊びに行ったけど、みんなあそこにいくと具合が悪くなるんだ。俺や母ちゃんは平気なんだけど。俺、悔しくなるとあそこに行くんだ。あそこには母ちゃんしか来れないからさ、迎えに来てくれるまでずっと待ってたんだ」
その光景が目に浮かぶな。
さっきお母さんたちがハンナに言いつけるって言ってたけど、魔力の少ないお母さんって、ハンナのこと?
「そこで拾ったやつ。家に持って帰ると兄ちゃんたちに取り上げられちゃうからかくしておいたんだ。一個やる」
「…ありがとう」
大事な宝物をわたしにくれたんだ。なにか返せるものはあるかな。
でもわたしなにも持ってないや……。
なにか役に立てることとか、知識とか……。
「あ、品種改良」
魔力関係のことはわたしには協力できないけど、もしこっちの世界でその方法を試してなかったら…
「ヒンシュカイリョウ、ってなんだ?」
うーんと、メンデルの法則ってこっちでも通じるのかなぁ。
「牛とか豚を増やすとき、なにかやってる?大きい牛と大きい牛を交尾させたり」
「したことない。発情期になれば勝手に交尾するだろ」
やってないんだ。
じゃあ試せるかも。
「たくさん牛乳を出す牛と、たくさん牛乳を出す牛の子供を交尾させると、たくさん牛乳を出す牛がうまれる可能性が高いってことなんだけど」
案の定こいつは何を言っているんだと言う目を向けられる。
やっぱり遺伝の概念はなかったか。
こっちでは何に例えたらわかりやすいんだろう。
やっぱり牛かな?
「えっと、黒い牛と白い牛を掛け合わせるとって、掛け合わせるって意味わかる?」
「交尾のことか?」
「うん、そうそう」
出来るだけわかりやすく伝えるようにしたいんけど、伝わるかな。
「黒い牛と白い牛を掛け合わせて、黒い牛の生まれる場合と白い牛が生まれる場合、さらに黒と白のまだらになる場合は……」
わたしは地面にざっとメンデルの法則の表を書いて説明した。
メンデルはエンドウ豆でこの法則を発見したんだけどね。
メンデルの法則ってええと私が習った説明で一番わかりやすいのが血液型だよね。
A型B型O型AB型の4種類あるでしょ?これ遺伝子情報で、規則的に遺伝するの。
両親からそれぞれ1つずつの遺伝子を受けとるから、3種の遺伝子のうち2つをもってうまれてくる。
例えばA型はAAとAOって遺伝子型。
B型はBBとBO。
O型はOOだけ。
AB型はABだけ。
これの組み合わせで血液型が決まるの。
だからA型とA型の組み合わせだとAAのA型と、AAのA型の場合はAAの子供だけ生まれる。
AAのA型とAOのA型の場合、子供はAAとAOの組み合わせになる。
AB型とO型の場合はABとOOの組み合わせだから、AOとBOになるの。
こういう遺伝子の組み合わせを探っていくのが品種改良の元なの。
これを頭に思い浮かべながら、黒い牛と白い牛でたとえて説明してみたけど通じるかなぁ…。
「……つまり、うちにいる一番牛乳を出す雌の仔牛は、ほかの仔牛より牛乳をたくさん出すんだ。その仔牛と体の大きい牡を交尾させたら、体が大きくて牛乳もたくさん出す牛が生まれるって事か?」
「そう!そのとおり!」
伝わったー!
それなら魔力は関係ないし、体が大きくて牛乳もたくさん出す牛がさらにいい餌を食べたら、美味しい牛乳をよりたくさん出してくれるって事。
ロルフってハンナが学校をすすめるだけあって理解が早い。
「そういう、メンデルノホウソクって学校に行けば教えてもらえるのか?」
え、えっと、どうかな。習うかな、習う、かな?わたしは習った。中学の時に。
「た、たぶん」
「そっかぁ。学校で習うのか……」
ごめん。こっちの学校で習うかは分からないけれど。
でも。
「魔力が足りなくてなりたい仕事をあきらめるのは早いと思う。出来ることを増やしていこうよ。武器は多い方がいいよ」
「俺よりちいさいくせに、おまえすげぇな」
ふふふふふふ、中身は26だしね。
「わたしね、いろんな所に行きたいの。昔の生活を知りたいし、ずっとずっと前に生きていた人が何を考えてどんな人生を生きていたのか知りたいの」
「そんなこと知ってなにするんだ?なにかに役立つのかよ」
「そんなのわかんないよ」
「わかんないっておまえ」
こっちの世界に考古学や民俗学って学問があるのかわからないし、似たような学問があったとして、そもそもそんな仕事があるのかわからない。
わたしはたくさんの不思議が見たいんだ。
この世界の全部の不思議を見たい。
もちろん魔法も見てみたい。わたしの世界にはない不思議だもの。
人生は思っていたよりずっと短いかもしれない、ある日突然なくなってしまうかもしれない。
あきらめたくない。
出来ることをしよう。
まずはこの世界を知るために、この世界のことを学んでいこう。
お願いロルフ、力説した私を理解できないって顔で見ないで。
「あのさ、これは誰にも言ってないんだけど、去年の祝年式の時に司祭様が教えてくれたんだ。魔力が少ないのはかわいそうだから、もし増やしたいなら方法があるって。よく考えて、もしその気があるなら収穫祭の夜に抜け出して来いって。収穫祭の夜は子供だけで過ごすだろ」
魔力を増やす方法があるの?
ドクターも誰も言っていなかったけどそんな裏技があるなら私も知りたい。
「そんな方法あるの? わたしも知りたい」
「だろ。俺、来年が祝年式だから、そうしたら魔力が決まっちまう。それまでに増やしたいって、そう思ってたんだけど」
なんだか吹っ切れた顔でロルフは言った。
「今教えてくれたやつ、面白かった。それに、魔力のない俺がもっといい牛を飼えたら、あいつらを見返してやれるしな」
うんうん、納得してくれて嬉しいよ。
それならわたしが行きたいところも連れていってもらえるかな。
「と言うわけで、その広場につれてって」
「これからかよ!」
もちろん!収穫祭の夜は長いんだもんね。
さぁ張り切って行ってみよー!
「クラウディア様、どこに行こうと?」
「もちろん、ひろ…ば……に」
後ろから地を這うような怒りに満ちた声が聞こえる。
ひぃ、この声は……っ。
ぎぎぎぎぎ、と後ろを振り返れば、額に青筋を浮かべたドクターがとってもいい笑顔で立っていた。
「一人で動かないようにと、言われていませんでしたか?」
「言ってません! 聞いてません!」
「言わなくてもおわかりください」
「ちゃんと言ってもらわないとわかりません!」
だって牛の解体のほうにどんどん行っちゃうんだもん、わたしは見たくなかったんだからしょうがなくない?
「これからは二度と離れませんように。絶対に」
「はぁい…」
ロルフが突然現れたドクターに固まっているのがわかる。わかるよ。ごめん巻き込んで。
「ロルフ、今度絶対に連れていってね、絶対だからねぇっ」
ドクターに抱え上げられながら、私は未練がましくロルフに向かって叫んでいた。




