黒い烏の理由
体力作りとスパルタ教育のおかげで私の体と頭は急成長したと思う。
ハンナというお供と一緒に館の中を探検と称して歩く事も出来るようになったし、そろそろ館の外に出して貰えないかなぁ。
最近はゼアビルド夫人がマナーを覚えましょうって、立ち居振る舞い講義も始まってちょっと息抜きがしたい。
この館に住んでいて、自分専用の世話係がいるって事である程度予想はしてたけど、クラウディアちゃんは上流階級なんだと思う。
マナー講習なんて高校の時の修学旅行で、学年単位でホテルでハーフコースを食べながら受けたくらいだもん。
上流階級なんてまったく身近じゃないからいろいろ戸惑うけれど、病気がちでかつ部屋からほとんど出てこれない生活だったから、立ち居振る舞いが出来てないことは皆わかっているから、本当に基礎の基礎から教えられている気がする。
フォークとナイフの食事には慣れないけれど、ね。
ただマナー講習の流れで洋服を作って貰えたのは嬉しかった。
クラウディアちゃんはほぼほぼベッド生活だったから、肌触りのいい寝間着はたくさんあっても、普段着れるような服は少なかったんだ。
それでも成長するサイズに合わせて作られたらしい新品の子供服がクローゼットの中にかけられているのを見た時は、この服を用意してくれた人は、クラウディアちゃんに着てほしくて季節ごとに用意していたんだなぁってちょっとじんわりしちゃった。
こちらの世界にはTシャツにデニムなんてものはさすがに存在してなくて、女の子の洋服はワンピースタイプが多い。ストンとかぶって、レースや大きめのリボンでウェストの部分を結んでおしまい。
この時に初めて大きな姿見で今の自分の全身を見た。
真っ黒ストレートのおかっぱ頭に猫みたいに大きな瞳。アイボリーのレースがふんだんに使われたワンピースに若草色の刺繍が入ったリボンベルトをハイウェストに結ばれた、どこのキッズモデルかと見まごうような美少女が写っていた。
天使がいる!天使が!
興奮してふおおおおおと鏡に張り付いて、ハンナにそっと引き離された。
前の自分はごく一般的な顔立ちだったので、鏡に映る姿が自分だとは信じられない。
いやあいい目の保養だったとほくほくした。
ゼアビルド夫人もわたしの姿に満足したみたいで、
「体調がもう少し落ち着いたら、リーラ様とお会いできるように調整をお願いしてみましょう」
と言った。
リーラ様……かあさまだ……。
そう思ったとたん、急に鼓動が早くなった。
『かあさまにあえるの?きてくれる?』
「いつ、というお約束は出来ませんが、お嬢さまがお目覚めになってから、毎日ご報告しておりますよ。リーラ様もお元気になられていくお嬢さまのご様子を喜んでおられます」
ちょっと、今わたし喋ってないよ。
「リーラ様は一日でも早くお嬢さまにお会いしたいと思っておられます」
『わたしも、かあさまにあいたい』
ボロボロっと目から涙が零れてくる。
あいたい、あいたい、かあさま、かあさまと小さな子供のように泣きわめく。
まるで小さな子供みたいに。
そのとたん私の意識が襟首を掴んで引っ張られるように体の中に閉じ込められた。
なにこれ、こんなこと初めてだ。
「リーラ様はこの国になくてはならない大事なお方。クラウディア様の母上でも簡単にはお会いできません。聞き分けてくださいませ」
ゼアビルド夫人が説得しようとしてくれるけど、クラウディアちゃんは泣き止まない。
そのうち発熱してきたみたいで、慌ててドクターが呼ばれていた。
ドクターはなにかを感じたのが、前に私に触らせた円盤を取りだして触らせる。
わずかに円盤が光るのを見た途端、
「離れろ!」
と周りに叫んで、自分は黒のマントと烏のお面を取り出して被る。
「ハンナ以外部屋から出るんだ」
その言葉を聞くやいなやゼアビルド夫人が扉から飛び出した。
『きらい!きらい!せんせいだいきらい!』
大嫌いなドクターを近づけまいとクラウディアちゃんが癇癪を起こす。
「嫌いでかまわない、落ち着きなさい」
暴れる体を落ち着かせようとドクターがクラウディアちゃんの体を抱えてベッドの上に押さえ込む。
足でドクターを蹴り上げるから何回かは体のいいところに当たったと思う。
手も爪を立てて振り回すから近寄ったら無傷じゃすまないだろう。
『かあさまがいい!かあさまたすけて!』
「今の君の体で魔力を垂れ流せば君は死ぬぞ!」
死ぬ、と言う言葉にびくっと体が止まった。
いつもと違う強い口調にクラウディアちゃんが怯えている。
「落ち着け。魔力がない今朝までの状態だったら、リーラ様の側にいても問題はないと判断した。今みたいに魔力が垂れ流されているのなら、リーラ様に合う前に他の誰かに魔力を奪われて君は死ぬ」
死ぬ?
え、どういうこと?
「君はまだ理解できないかもしれない。だから何度でも伝える。君は魔力を制御できない。体の中に留めておけないのだ。留めておけない魔力は近くにある魔力の高いモノに注がれてしまう。わかるか?命そのものを垂れ流しているんだ」
わかった。
あの黒いマントとお面は魔力を遮断するものだ。
私が防護服みたいだと感じたそのままだったんだ。クラウディアちゃんの魔力を、生命を他の魔力から守るための防護服。
だから魔力を持つ人はそれをまとわなければクラウディアちゃんに近寄れない。
ゼアビルド夫人が最初あれだけ慎重だったのも頷ける。
防護服をとってしまってクラウディアちゃんの魔力を、生命力を吸い取ってしまったら……殺してしまうことになるからだ。
ハンナが側にいても大丈夫なのは彼女自身が話したように極端に魔力が少ないからだと思う。
「今のままではリーラ様にも兄弟にも会わせられない。またこの部屋だけの生活に戻りたいのか!」
「先生!嬢さまになんてことを言うんですか! こんな小さな子供が母親を慕うのは当然ではございませんか!」
ハンナもまた悲鳴のように叫ぶ
「その結果、彼女は死ぬ。リーラ様にもう一度子供の命を奪うようなまねをさせるのか。この子が生まれたときの騒動を忘れたのか? 彼女の嘆きは国を滅ぼす。彼女は紫紺の魔女なのだぞ!」
カクンとクラウディアちゃんの体から力が抜けた。力尽きたのだとわかる。
『かあさま、そばにいて……』
切実なその願いに、私は内側から見ていることしかできない。
クラウディアちゃんが母親を求める姿にただ呆然とするしかなかった。




